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模型の台帳を見たら、オロネ10もオシ17も共にフェニックス製で、購入は何と柏市のサクライ模型でした。このサクライ模型、私が柏市在住時代に、通っていた柏第三小学校の東に隣接していて、しょっちゅう顔を出していた模型店です。ダイヤモンドシリーズC59キットと宮沢2900はここで買ったものです。その後サクライ模型は柏駅前の丸井の地下?に移り、社会人になって東京出張の際に寄って買ったものでした。趣味歴を振り返ったついでに、これらの実写写真も紹介します。私の見たスロ54です。1枚目は1975年名古屋駅、E
スロ54に続いて、編成にするため仕掛のオシ17と未着手のオロネ10にも手を付けることにしました。私の嗜好の第一は戦前の3等級制の時代ですが、次は自分が幼少時代の国鉄になります。10系客車は憧れでした。この際ですのででっち上げて編成物にしようというわけです。ただし実車の考証には深入りしないようにと考えています。C59に床板改造したスロ54+TOMIXオハネ17完成品+KATOスハ43を編成してみました。良い感じです。スロにはステップとか、KE54形電気連結栓なども追加したくなりますが、後でまとめ
手持ちの車輌で何か出来ないかなあと思ってたら、青大将ナロ10とオシ17の出物があったので入線つばめ、はとから引退したのち、鹿児島に移動して急行霧島に使われた直後の編成にしてみることに寝台車はマイクロの旧製品からぶどう色の中に青大将が挟まれるまさに異色の編成
以前入手したジャンク品であるKATOのオシ17ですが、塗装の後必要なレボリューションファクトリーのインレタを扱っている店から購入しようとしたら欠品でオシ17はそのまま放置となっていました。で、先日或る探し物をしがてら部屋の片付けを行なっていたら当初の目的の物は出て来なかったものの、以前に探していて出て来なかった物の幾つかが出て来ました。その中のひとつがGMのインレタでした。それを眺めてみるとオシ17に付けたい車番が有るのを発見、GMのインレタに有るのは車番と食堂の表記だけで他の表記類は
先月入手したジャンク客車、単品のスハ43は大破の後、オハ46として復旧しましたが、ジャンク品まとめての客車は塗装落としは大体終えた所でストップしていました。出来もしない事をあれこれ考えてしまう自分、スロ60とマシ35はどうするか思案中ですが、オシ17はどうしたいかあらかじめ決まっていたのでこれだけでも塗装したいと考えていました。ところが日頃の行いが悪いのか、休みの日は雨降りばかり、先月は全くといっていい程降らなかったのにこの違いは何?と愚痴っても仕方ありませんが、やっと晴れとはいかない
先日KATOのオシ17茶がバラ売りされていたので入線しましたおそらくはかもめ後期編成のバラシかと形態と時期的にやや?な部分がありますが、雰囲気重視で旧客日本海編成の食堂車として編入しておきました
こんにちは。オケタ模型です。本日の入線はkatoの「オシ178」です。オシ17は昭和31年、戦前製客車の台枠に新製車体を製作して国鉄工場で製造された食堂車です。30両が製造されました。模型は、「10-130110系寝台急行「安芸」10両基本セット」のAssyパーツで組んだものになります。食堂側の妻面から。製造銘板らしき凹凸もありますね。側面から。大きな窓に高い丸屋根・・・バランスの取れたデザインですね~。所属表記は「中ヒロ」。中国支社の広島運転所でしょうか。「定員40」の表記
みなさん、こんばんは。今日飯食ってたら、青い電車がやって来た。パンタは無いけど、パンタ台は有るんだな。さて碓氷峠鉄道文化むらの、一番奥までやって来ました。碓氷峠を駆け抜けた勇者たち。EF6325+(不明)碓氷峠用の専用機関車は、必ず重連を組んで運用してました。因みに架線が有る場所に置かれてるので、時たま動くようです。189系特急あさま189系の特急あさまも、この横軽区間はEF63のお世話にならなければなりません。
この写真の客車、オシ17は食堂車で、長距離を走る特急列車や急行列車によく連結されていた。それまで定員30名だったのが、車体を拡大した為40名に出来た食堂車で、その後の国鉄食堂車の基本構造を確立し、大きな影響を与えた。その反面、厨房はまだ技術が発達していなかったので、電気レンジではなく古風な石炭レンジであった。また、一部に戦前客車の廃車発生品を使用していたが、台車は最新型の乗り心地の良いものであった。ところがだ、1972年11月に、夜行急行列車「きたぐに」が北陸トンネルで火災事故を起こ
ナロ10内装オシ17内装ナロ10リクライニングシートこれからオシ17のテーブルや一輪刺しを作っていきます。テーブルクロス難しそう。
昨日のナロ10に続き、オシ17も作業を再開いたしました。年内に内装まで作って配布できたらいいなと思っています。
いまどきの長距離の列車旅はイベント列車を除いて一般の人が利用できるような食堂車はなくなり、弁当の車内販売さえも無くなりつつあります。昔は食堂車に加え車内販売や駅弁など、車内での食事も旅の楽しみであったのですが寂しい限りです。そんな旅の楽しみ食堂車を模型で振り返ってみようと思います。KATOマシ35(品番513-3)ブルー「つばめ」「はと」用の食堂車として昭和26年に登場。改造車含め全5両。車体幅が従来客車と同じなので、座席配置は1列と2列で定員30名です。その後に「はつかり
先日スハニ35という客車でブログを書きました。そのくだりで、ベスト3に入るに違いない客車は「スハニ35」というところに「ではベスト1、2は何」とのコメントがありまして、それなら個人的感想を書くかということになりました。「おい、おい、設計変更により発生した20mmの段差が解決してないぞ」「話題をそらす気か?」なんて突っ込みたい方。解決出来ていないことの言い訳をブログにしたって面白くないでしょ閑話休題好きな客車ベスト3までは絞り込めないのと、今回は
色々とお教えいただきながら、あれこれ考えていると深い沼にはまって、手が止まりそうになったので。今回はとりあえずの、完走を目指して。元々入っていた番号を入れて、終わることにしました(^_^;)また、時期が来て。気が向いたら、塗り直しますわ(°∀°)そして、こっそり・・・弊社のHPまたは
OMF参加モデルの配布も無事スタートできたので、MMDオシ17の作業を再開しています。実は同じくロコモデル伝説の図面を使ってこっそりもう1形式作り始めています。こちらもオシ17と同じ編成に組み込んで使う車ですよ~。
明日は1月7日です.本日はKATOから発売されたオシ17を紹介します.1960年代までの特別急行・普通急行列車には欠かせない車両でした.10-14226号車当初は「かもめ」などの特別急行列車用の食堂車として使用されていました.筆者は持っていませんが,青大将の製品にも入っています.10-13018号車1960年代には普通急行列車に使用されるようになりました.この時期が最も輝いていた時期かもしれません.50652018号車過去に単品売りされていたものです.非常口はなくなってい
タイトルの通りです。このパーツは犬式旧型客車の共通パーツとなる予定ですので、ここからさらに作りこんで丁寧に仕上げる予定です。
125系以外にこんなの作ってます、的な記事を書いたことがありました。が、こちらの車も形になってきたので紹介します。はい、オシ17です。先日拝見・DLしたナハ/ナハフ11、さらには拙作EF12に小改装したEF10-35と合わせて「かもめ」を組成する目的で作っています。反対側です。厨房が両側窓なしの青大将タイプも作る予定はあります。
本日(といっても昨日になりましたが)も自宅用買い物のついでに中古車輌を購入してきました。購入したのはKATOのオシ17とスハフ44、オシも程度はイマイチな感じですがスハフの方は完璧なジャンク品(嫌な完璧だな)でして車掌室側がエライ事になっています。こちら側はまだかわいいもので反対側はなんか怪しげな方法で埋められています。室内も椅子パーツがご覧の通り、怪しげな茶色を筆で厚塗りされていました。希望としては再生させられれば、駄目なら部品取りとなっていただきます。その為に早速
今回は、1989年1月に新前橋で撮影したオヤ17-1をご紹介させていただきます。運転台らしき窓がありますが電車ではなく客車です。オヤ17は、食堂車オシ17から改造された教習車で、このオヤ17-1には講習室の他、電気機関車の運転台シミュレーターが設置されていたとのことです。秋田運転区に配置されていたようですが、1987年に廃車になりました。オヤ17-1は、現在はオシ17-2055に復元されて「碓氷峠鉄道文化むら」に保存されています。写真は、先週撮影したオシ17-205
こんばんは^^特急つばめプロジェクト…オシ17に乗せるウェイトレスの制服について資料が揃ったので、これでウェイトレスの制服を塗り替えていきます。ピンクの制服から紺の制服に着替えもらいます。この色から…このように…しかし、筆塗りなので…腰の部分のエプロンの紐が消えてしまいました。そこで…爪楊枝で色を乗せてみましたがイマイチなので…妻の裁縫箱から白の縫い糸を失敬して…いや、ちゃんと断りましたよ(笑)で、縫い糸を巻きました。ないよりはマシになりました。自己満足ですが…😅
こんばんは^^タムタムでつばめに必要な小物を調達してきました。ブルートレイン食堂車乗務員の人形と2ミリのドリルの刃です。ドリルの刃はベンチレーターを外すために買いました。じゃあ、なぜブルートレイン食堂車乗務員がつばめプロジェクトに必要なのか?それはオシ17に乗せるウェイトレスと一番左の男性が必要なのです。資料を見るとボーイなのか給士長か分かりませんが上着が白い人がいるので、それを再現します。ウェイトレスのお姉さんはこのままか制服を紺に塗り替えるから思案中です。
昨日は機関車編としたのだが、振り返ると電気機関車ばかりになっていた。自分が幼少のころ住んでいたのはJRの元町駅近く。花隈公園から見る当時の国鉄はすでに電化で、電車と電気機関車の牽引する貨物であふれていた。ディーゼルやSLも好きだが、電機の方が慣れ親しんでいる。mkj0416@kimamagigatoneアメブロを更新しました。『碓氷鉄道文化むら~機関車編』#碓氷鉄道文化むら#電気機関車https://t.co/GyftR5WdzD2019年03月03日09:00これ
食堂車は子供の頃からの憧れだった。記憶でしかないが小学生の頃、何時も踏切で見る列車には窓際に一輪差しの赤い花が見えた。今、思えばオシ17のような気がする。鉄博の食堂車はオジサンで賑わっていた。2018-1-28
すでに一部メンバーが全力投球で完成車もでているらしいのですが、これ。ここまで罫書いた所で紙の板が降ってくることが決まってこれはここで中断^^;しかし、この車だけで何両揃うことになるんだろう?^^;