ブログ記事54件
間もなく、翁は鴨船を手配して、ウツキネさまのもとにかけ戻りました。鴨船には、歌札を添えた目無し堅網が積み込まれています。「ウツキネさま、この鴨船にお乗りくださいませ。こちらの者たちが、ソヲ(現在の九州南部)のハデカミの館までお供仕りまする」「シホツツ、なんとありがたいことだ。礼を申す」ウツキネさまが鴨船に乗り込まれると、とも綱が解き放たれ、船は帆をなびかせて出発しました。順風にも恵まれ、ドオッ、ドオッと進んでゆく竜神さまの波に乗って、ウツキネさまは、颯爽とソヲの浜に
以下、『日本書紀①』(『新編日本古典文学全集2』、小島憲之・直木孝次郎・西宮一民・蔵中進・毛利正守:校注・訳小学館、1994年)より。*いちぶ、ルビを追加・省略しました。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー〔9〕葦原中国の平定、皇孫降臨と木花開耶姫p.111〜123〔第9段〕正文天照大神[あまてらすおほみかみ]の子[みこ]正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊[まさかあかつかちはやひあまのおしほみみのみこと]、高皇産霊尊[たかみむすひのみこと]の女[みむすめ]栲幡千千姫[
失くした釣り針のことを、なんとしてもサクラギさまに許していただけないウツキネさまは、がっくりと肩を落として、寄せては返す波を見つめておりました。「どうしたらよいものか・・・・・・」ウツキネさまが途方に暮れていると、どこからか、バサバサという羽音が聞こえてきます。音のする方へと近づいてゆくと、そこには、罠にかかってもがいている雁の姿がありました。「まるで、今の自分を見ているようだ」そう思われたウツキネさまは、少しじっとしていておくれと言うと、雁を罠から放してやりました
スガタ姫がお宮を去られた後、ホノアカリさまは、ハヤセ姫というお姫さまを正后に迎えられました。ところが、このハヤセ姫というお姫さまは、あまりに誇り高く生きてこられたためか、少しばかりお氣の強いところがありました。ホノアカリさまが、アスカ川を埋めて田にしたことは、やはり誤りだったかと思い悩んでいらした時、ハヤセ姫は言いました。「もう、過ぎたことではありませんか。今から元に戻すことはできないのですから、くよくよせずに、次のことをお考えになったらいかがです?」「それはそうなのだが
二月は日本に一時帰国しており、一か月以上ぶりの更新となってしまいましたあきれず、今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げますm(__)mニニキネさまの右の臣にアマノコヤネさま、左の臣にコモリさまが任命されて間もなく、スヘラギの象徴である三種神宝が、ニニキネさまにもアマテルさまより授けられました。二朝並立政権の誕生です。これを受けて、ニニキネさまは、かねてより計画していた灌漑事業による全国の新田開発に乗り出しました(『神ものがたり日本を作った指導者たち』第七章「イワ
📖神話編挿話⑨英雄ソサノヲの帰還それはもはや噂でも伝承でもなかった英雄ソサノヲの帰還――それは誰の目にも明らかな現実となっていた戦場ではその名が雷のように走った「嵐が戻った」「嵐神がいる」敵味方の区別なく声は広がり士気は一気に傾いた戦はその後も続いただが流れはもはや決していたソサノヲが斬りイブキドヌシが続きツキヨミの本隊が陣を組みオモイカネの策がその隙を逃さず突きワカヒメの祝詞が兵を支え傷を癒した月軍は大勝を収めたそれは奇跡ではない英雄が
ところで、二ハリ宮を建てる土地には、モグラのような姿で火を吐くオコロという生き物がいると、民に恐れられていました。クシヒコさまがかの地へ調べに行くと、あちらの穴、こちらの穴から、オコロがひょこひょこ顔を出します。「これこれ、そのようにあちこちから顔を出したり、引っ込めたりされると、どの穴に行ったらよいか、わからんではないか」クシヒコさまが言うと、しばらくして、オコロの兄弟がすごすごと穴から這い出てきました。「なんじらは、ここでなにをしておる」クシヒコさまが尋ねると、
ホノアカリさまのアスカ宮が完成した頃、弟のニニキネ(キヨヒト)さまも、いよいよご自分のお宮を持つ時がやってきたと、勅を出されました。「大物主・クシヒコの先祖が築き上げた出雲八重垣の国は、優れた法(のり)によって治められた理想的な国であった。その礎を創ったクシヒコの祖父・ソサノヲの功績は実に大きい。この偉大なる先人に習い、わたくしもぜひ、このような国を築きたいと全国を巡ってきたが、この度、誠にふさわしい地を賜った。ここに宮を建て、田を開きたいと思う。宮の名は、ニハリ宮とする」ホノア
斑鳩のお宮に移ってようやく一年程経ったある日の朝、ホノアカリさまは、お宮の高殿から、眼下に広がる景色を見渡していました。すると、悠然と空を飛んでいた二羽のカラスが、ゆっくりと弧を描きながら、朝日を浴びて白庭山に舞い降りました。子どもの頃、カラスに驚いて尻もちをついたホノアカリさまに、弟のキヨヒトさまが放った言葉が蘇ります。「カラスに驚くなんて、兄さまったら、弱っちーの。カラスは、悪いものを枯らしてくれるんだぞー」「悪いものを枯らす・・・・・・」ホノアカリさまは、カラ
民が困っているとの知らせが伊勢に入ると、アマテルさまは、陸路を海路に変更するよう勅を出されました。ホノアカリさまの弟のキヨヒトさまと大叔父のタチカラヲさまが勅使として遣わされ、速船で上総の九十九里浜に到着すると、おふたりは、ご一行が滞在している香取宮へはせ参じました。「申し上げます。急ぎ、磐楠船(磐のように頑丈な楠の帆船)を用意し、海路にて進むよう、アマテルさまより勅でございます」キヨヒトさまが、兄のホノアカリさまに申し上げました。「ここまできて、船に乗り換えろというのか」
梅の花がほころび、ウグイスの声が聞こえ始めたころ、ミカサ(奈良市春日山)を本拠地として、ナカ国(近江、山陽地方)を治めていたカスガマロの父・カスガトノが、日高見のオシホミミさまに引退を申し出ました。「いつかはこの日がくるとは思っていたが、いよいよ政から退かれるか。カスガトノに代わる者は、そうたやすく見つかるものではない。ここは、このわたくしが、ナカ国へ出向くことにしよう」オシホミミさまがそうご決心され、ナカ国へ移る準備を始められたところ、その噂を聞きつけた日高見の民衆が騒ぎ出しました
ずいぶん時間が空いてしまいましたが、オシホミミさまとタクハタチチ姫さまのふたりの皇子、テルヒコさまとキヨヒトさまのお話の続きを書かせていただきます「お父さまは、なぜ、長男のわたしではなく、次男の弟に『キヨヒト』という名を授けたのだろう。『ヒト』は、スヘラギになる者のイミナ(本名)に使われるものだというのに。わたしは、生まれた時から、それほど頼りなげに見えたのだろうか」自分の中で何度も繰り返してきた疑問が、再びテルヒコさまの頭の中をぐるぐる回りました。「お父さまがあれ
奈良のお香屋・あーく煌々(きらら)さんが主催するホツマツタヱ講座『縁結界解(えんゆひかいかい)』にてホツマツタヱからみた日本神話講座を行っています。今回は『天照大神は男神だった!?』というお話をさせていただきます!●日時2025年11月9日(日)●会場まいどほーる[大和郡山市商工会館](奈良県大和郡山市北郡山町185-3)●時間13:30~17:30(13:00より受付)●参加費5,000円●縁結会18:00~19:30懇
オシホミミさまとタクハタチチ姫さまには、おふたりの皇子さまがいらっしゃり、それぞれイミナを、テルヒコさま、キヨヒトさまとおっしゃいました。ご長男のテルヒコさまは、後にアスカホノアカリさまとなられ、ご次男のキヨヒトさまは、ニニキネさまとなられます。帝王学を学ばれるために、幼い頃から親元を離れて過ごし、寂しい思いをされたオシホミミさまは、ある程度の年齢が来るまで、おふたりをお手元でお育てになられました。「わ~い、ぼくのお山、お~きくって、きらきら~!」テルヒコさまが嬉しそ
アマテルさまから直接教えを受けてこられたカスガマロさまが、朝廷の会議で、スズカという言葉についてお話しされた時のことです。タクハタチチ姫さまが、垂簾(たれ)の中からお出ましになり、「スズカとは、アマテルさまから賜りましたわたくしのイミナ(本名)でもございます。その意味を、詳しくご教示いただけますでしょうか」と願い出られました。「承りました」カスガマロさまは答えると、次のように話し出されました。「スズカの『スズ』は、ご承知のように、暦として使われているスズの木が
アマテルさまのお妃のおひとり、ハヤアキツ姫さまは、天児(あまがつ)と名づけた人形を御自ら手作りされて、ご婚礼前のタクハタチチ姫さまに贈られました。天児の中には、ハヤアキツ姫さまが詠まれた御歌が縫い込まれており、天児に神を招き入れて、災厄からタクハタチチ姫さまをお守りくださるようになっています。ハヤアキツ姫さまが天児を作られた背景には、アマテルさまがご経験された次のようなお話がありました。その昔、朝廷内でクーデターを計ったために筑紫へ流され、さすら姫となったモチコ、ハヤコ(ア
オシホミミさまは、アマテルさまから正式に三種神宝を譲り受けてアマカミにご就任される式典を前に、頬を紅潮させていらっしゃいました。お日さまの申し子と言われるほど臣民から尊敬され、慕われているアマテルさまの後を継がせていただく。その重責に、ともすれば押しつぶされそうになるご自分を鼓舞されているようです。オシホミミさまは、九重に据え置かれた敷物の上に、神妙な面持ちでお座りになられました。続いて、カスガマロさまが御前へと進み、筵(むしろ)の上に立って一礼されます。オシホミミさまは、九
フツヌシさまとカスガマロさまがお宮へ向かってゆくと、お宮とそのあたり一帯が黄金色に輝いていることに、カスガマロさまは気づかれました。「なんと見事な」カスガマロさまが感嘆の声をあげられると、フツヌシさまが言いました。「おかげ様で、この地では、それはたくさんの金が採掘されるのでございます。アマテルさまが初めて日高見にお出ましになられた折は、そのお姿から放たれる御光に驚いたカラスが、一本の木に金を集めて、黄金の華を咲かせたという逸話が残されております(『神ものがたり日本をつくった指
日高見へ向かっていらしたカスガマロさまが、ホツマ国との国堺に到着されると、そこには、伯父のフツヌシさまの姿がありました。「カスガマロさま、お待ちしておりました。フツヌシでございます」「これはこれは、フツヌシ伯父さま、お初にお目にかかります。わざわざお出迎えくださり、誠に恐縮に存じます」「そう硬くならずに。アマテルさまから三種の神器という宝を預けられたカスガマロさまにお会いできるのを、この伯父は楽しみにしておりましたのですよ」「ありがとうございます。国ゆずりで武功を挙げられ
日高見に多賀の都を移されたオシホミミさまが、タクハタチチ姫さまをお后さまにお迎えになり、アマカミとしてご即位されるお仕度が整うと、伊勢にいらっしゃるアマテルさまへのご報告の使者が、日高見から派遣されました。その使者は、出雲から津軽へと国替えを命ぜられたオホナムチさま(『神ものがたり』第六章「国ゆずり」参照)のご子息のシマツウシさまでした。一時は、朝廷から遠ざけられたものの、またこうして、オシホミミさまの使者としてアマテルさまにご挨拶に伺わせていただける光栄に胸を熱くしながら、シマツウ
日高見に多賀の都が移ってから、オシホミミさまは、ヨロマロさまの妹姫のタクハタチチ姫さまをお后さまに迎えられました。左大臣・タカミムスビ家のお姫さまであり、ご自身のはとこにもあたるタクハタチチ姫さまに、オシホミミさまは幼い頃から、ほのかな恋心を抱いていらっしゃいました。優しく控え目なオシホミミさまは、その想いをご自分の胸に秘めて、帝王学を学ぶことにいそしんでこられたのです。それが今、こうして、タクハタチチ姫さまと結ばれることになり、オシホミミさまは、天の巡合わせに、心から感謝され
アマテルさまとセオリツ姫さまの皇子、オシホミミさまは、長らく、ワカ姫さまとオモイカネさまのもとでご養育され、帝王学を学ばれていました。ワカ姫さまとオモイカネさまがお隠れになられると、オシホミミさまは、いよいよ、アマテルさまの後を継いで、アマカミに就任されることになりました。ご学友のタカミムスビ家のヨロマロさまは、曾祖父のトヨケさまが治めていらした日高見の守として、オシホミミさまを支えます。類まれなご人格をお持ちのご両親の血を受け継ぎ、秋晴れの空のように涼やかで素直なお心をお持ち
ところで、朝廷でも群を抜いて頭脳明晰であられたオモイカネさまは、ワカ姫さまとともに皇子オシホミミさまのご教育に携わりながら、長らく、ネの国とサホコ(山陰・北陸地方)を治めていらっしゃいました。ソサノヲさまが朝廷に復帰されてネの国一帯を治めるようになられてからは、左大臣として朝廷に仕え、天文学にも精通されていました。暦の作成にも携われたオモイカネさまは、氷川神社末社の気象神社(東京都杉並区)のご祭神としてもお祀りされています。ご夫妻そろって、ご公務にお忙しい日々をお過ごしでしたが、オモ
時が流れ、オシホミミさまとタチカラヲさまが麗しの青年になられた頃、アマテルさまのふたりのお妃さまがクーデターを起こし、ソサノヲさまが巻き込まれるという事件が起きたのですが、詳しくは、『神ものがたり日本をつくった指導者たち』第三章をご参照くださいねかの有名な岩戸開きでは、オモイカネさまとタチカラヲさま親子が大活躍されます。ソサノヲさまがワカ姫さまにお別れのご挨拶にいらっしゃるシーンも、感動的でした。見事、ソサノヲさまが朝廷に復帰され、有名な「八雲立つ」の歌をワカ姫さまに捧げられ
翌日、ご講義を受けにいらしたオシホミミさまに、ワカ姫さまが言いました。「昨日は、シツヒコがご無理をさせて、ごめんなさいね。お風邪をお召しになられなくて、本当によかった」「ありがとうございます。わたくしは大丈夫ですので、どうかご心配なさりませんよう」オシホミミさまが、ワカ姫さまを労わるようにおっしゃいました。「オシホミミさまは、本当にお優しくていらっしゃる」ワカ姫さまは、いつもながら感心したようにオシホミミさまを見つめ、言葉を続けました。「でも、火の性質が強いシ
「3ニニギノミコトは山幸彦の父(その3)」今日は、宇喜田秀家みなさん、おはようございます11月20日は秀吉の五大老の一人宇喜田秀家が八丈島で亡くなりました妻の豪姫は遠島後も仕送りを続けたのですニニギノミコトは山幸彦の父(その3)ニニギノミコトの天孫降臨の前に天孫降臨の詔(みことのり)を受けた3人がいました天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)と天穂日命(あめのひのみこと)ともに天照大御神の子です天若日子(あめのわかひこ)は天津国玉
「オシホミミさま、今日は田んぼに、オタマジャクシを取りに行きましょう!」片手に壺を抱えて、シツヒコさまが誘いました。「田んぼまで?」「はい、田んぼまで!」「お宮の外に行ったら・・・・・・」「だいじょうぶですよ!すぐそこですから。ぼくに任せてください!」シツヒコさまは、オシホミミさまの手を引っ張ると、ずんずん歩いて行きます。だんだんお宮が遠くなって、オシホミミさまは心配そうです。「葉っぱの間からお日さまの光が見えて、きれいでしょう?」嬉しそうにして
ところで、アマテルさまとセオリツ姫さまの間には、オシホミミさまという皇子さまがいらしたのですが、お體があまりご丈夫ではなく、お宮の中に閉じこもりがちであられました。帝王学を学ぶために、第七代アマカミのイサナギさまの元へいらしたものの、間もなく、イサナギさまは、お隠れになって(亡くなって)しまいました。次の後見をどうしたものかと思われたアマテルさまは、活発なシツヒコさまをご覧になり、オシホミミさまのご養育を、ワカ姫さまご夫妻にお任せしたいと思われるようになりました。元気に外でかけ
天照大神の子という、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命の名前は、初見ではどこで区切ればいいか分からぬほどに長い神名で、その中には何度も「勝」が内包されます。意訳すれば、「私は勝った勝った、本当に勝った」天之忍穂耳命、とでもなるのでしょうか。とにかく勝った事を全面に出しているとなりますが、これは「記紀」で「神話」として描かれる人物です。この人物の歴史的名称が、同様に「勝」をその名に内包する、玉勝山代根子命と思われます。勝つとは誰に対してなのかを考察すればそれは孝元天皇側なのでしょう。正哉吾勝勝
独り歩きする偶像。人々の夢やロマン、希望を黙して吸収。膨張し続け久しくも第2代アスカ皇君にして、最後のカグヤマ皇君、ニギハヤヒ・クニテル神。その真の威容とは。茫洋とした謎多き皇君、ニギハヤヒ・クニテルさん。「クシタマ」か「ホノアカリ」が名につけば何でもかんでもニギハヤヒと同神扱い。両名とも複数おられますよね。蓬莱浅間宮、三皇子の長男、ホノアカリ・ムメヒト神と初代事代主ヲコヌシ・クシヒコ神、第三代大物主コモリ神の血をひくタマネ姫の長男として生まれる。弟はタケヒテル・タケテル神。