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一昨年(2023年)寄稿したamebloを添付します。2025年9月25日祝㊗️中島みゆきさん50周年の佳き日に大勢の中島みゆきさんファンの方が、筆者のX(旧Twitter)アカウントをフォローしてくださったので、思い出のエピキュラスをお読み頂けたら幸いです。note「中島みゆきさんとの再会場所」より
先月、再開発で様変わりしてしまった渋谷に出向き、尾崎豊縁の場所を寄稿したが、筆者には、忘れなれない渋谷のある場所がありその場所を訪れてみた。コロナ禍にその場所は、取り壊されこんな風景になっていて愕然とした。覚悟していたが、辛い風景だった。坂を登りきった場所は、桜丘町8丁目その昔ハマボールというボウリング場があり生前の父によく連れてこられたのは、筆者が、まだ小学4年生の頃だった。時は、ボウリングブーム真っ只中しかしブームは、去るのが常だ。ボウリングブームは、衰退して
所沢のライブには完全にやられてしまい、高校1年生のボクはもうアルフィーにメロメロ状態。そしてその時配られたアルフィーマニアの案内チラシに目が止まった。そもそもずーっと入会したいなーと思っていたFCのアルフィーマニア。けど当時入会するには現会員の推薦状が必要で、そんなお知り合いが近くにいるわけもなく。コンサート会場で見知らぬお姉さんにお願いする勇気もないし、どうしたものかと悶々としていたのでした。そんな時に見たマニアの案内チラシには「推薦者紹介制度」という文言があったのだ!なに
先日の渋谷放浪日記の続きです。「ヤマハ・エピキュラス」があった坂を上った話を書きましたが、エピキュラスにまつわる記憶が次々と蘇り。ほとんど自分のための日記状態ですが、つらつらと挙げてみると・・・。初めて行ったのは18歳の夏で、僕が初めて自分からメンバーを集めて本格的に組んだバンドで応募したコンテストのセミファイナル出場の時でした。地元・柏の楽器屋さんに「エピキュラスは場所がちょっと分かりにくいかも」と言われて心配になり、なんと事前に現地確認のために下見に行った、っつう都会慣れしていな
ライブを観に行く、何か買う物がある、等の目的があるわけでもなく「何となく渋谷の街を歩き回る」というような事をしたのって一体いつ以来だろう?運動不足を感じた事もあってふと思い立ち。しかしいざ歩き始めたらかなりのロングウォーキングになってしまい、足が痛い。渋谷は坂も多いしね。「旧・こどもの城」の裏手あたりのエリアの駐車場に車を止めて、明治通り方向へ歩き始める。おお、こんな所にアニエスベーの路面店があるんだ・・・。昔はファイヤー通りからライブハウス「eggman」のほうに上がっていく坂
今日はひとりランチを超久しぶりに「バンビ」で。もちろんバンビランチです。(食べ物は定番が好きなので。立ち食い蕎麦はいつもたぬき蕎麦)で、その超久しぶりなバンビランチのカニクリームコロッケを最初にパクっと食べた瞬間にええええええこんなに鮮やかに蘇るってあるのおおおおおって驚くぐらいに瞬時に脳内に渋谷ジョイタイムが蘇ったです。このクリームコロッケの味はジョイタイムのクリームコロッケの味だと。(厳密には違うはずだけど、なぜか)渋谷ジョイタイムは
こんにちは。前回の続きです。相鉄・JR直通線1周年記念のスタンプラリーに参加しました。残すスタンプは恵比寿と渋谷駅のみ。。恵比寿から徒歩で渋谷まで歩いてきました。。。恵比寿付近から歩くと、246号を渡る横断歩道がなく、、、歩道橋を渡ることに。。。すると、、、すごい景色が待っていました。向こうに見えるのは渋谷ストリームのビル。そして手前は山手線のホームですよね。。その下は、、、、、大工事現場。。すごいことになってますね。。。渋谷駅の西口って、、、子供の頃、
NHKのクローズアップ現代で、渋谷の大規模再開発のことをやっていて、ビックリした。エピキュラスがなくなるのは知っていたけれど、街全体が変わるなんて。。。東横線のホームが、あの迷路のような地下に変わった時点で、そう、あの時に、私にとっての渋谷は、渋谷でなくなった。エピキュラスにはたくさんの思い出がある。雅夢のファンクラブの集いがあったのもエピキュラスだった❤️三浦和人さんと、はじめて、間近に言葉を交わしたのもエピキュラス付近だった。高校生の頃❤️今も、その
来月2日まで、……そう、そう、そう、……崖の上のヤマハ💕それって❔💨デスヨネ。。。そりゃ、もう✌それは、さておき(^-^)/私も一意専心、新たな作画に挑戦して参ります👍あざっす💓Byふぉと悟空https://www.shibukei.com/headline/13666/
先日22日(土)TOKYOMXのミュージックモアで金井夕子さんが出てましたあ~PRしとけばよかったオーディション時はかなり短髪だったという話からで、そういえば前回のブログにそれらしい写真があります、探してみてね夕子さんが好きだった南沙織さんの「春の予感」は、おいらも大好きな曲で、今でも時々自然とサビを口ずさみます尾崎亜美さんの曲とは知らなかったけど、この曲などで夕子さんが亜美さんをリクエストしたということは、夕子さんの感性も加わってあの名曲が生まれたと、ちょっと運命も感じますね