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北方民族の文化や道具であるスキーやカヤックを楽しむ私は、楽器も伝統的な北方民族の物を奏でてみたいと思い、トンコリを手にしてみた。勘違いされがちなのだが、トンコリは日本のアイヌの楽器ではない。ロシア(サハリン)のエンチゥという民族の楽器だ。日本のアイヌにはトンコリの演奏技法も制作技法も伝わっていない。日本の国立博物館(ウポポイ)ですら、さも日本のものであるかのように展示や演奏体験をしており、混乱する。以前、シャクシャインの末裔に話を伺った時、「トンコリなんて無かった、俺ら
時々見返したくなる美しい映像。最終段階にて制作:ソン・シネマ社1992年カラー28分41秒作品概要サハリン島北部に暮らすニブフは善意の人たちだった。お客には、実の兄弟の様に接し、敵を持とうとは決して望まなかった。創造主タイフナドとの約束を守って自分たちと、その飼い犬に必要なだけしか、魚を取らず、狩にあたっても欲張らなかった。家を建てるのにも必要以上に木を切らなかった。大地を鋭いもので傷つけたり、行ないや言葉で汚すこともしなかった。祖先の決まりに従い、ニブフは熊の
簡単な自己紹介私主婦株&断捨離&ジム大好き夫年収2千万体育会系リーマン東大卒息子小6進学くらぶで25年中学受験娘小3ASD国立大附属の特別支援学校IQ63→IQ90台成長中専業主婦みうの日常を描いています。年収1200万の会社員リタイア後専業主婦に今年の目標はインカムゲイン年間100万円達成母の付き添いで日本橋高島屋へお出掛け。高島屋のオープンが10時じゃなかったので、暇を持て余して、近くをお散歩いい天気だね。日本橋。麒
21年前(2001年)はるばる北海道の網走に行って「オロチョンの火祭り」見て来たよっ♪「オロチョンの火祭り」は北海道網走市で先住民族を偲び豊穣を祈願して行われる儀式だよっ♪神様と語り通じ合えるシャーマンが採火式を執り行うと、北方少数民族の衣装を纏った人々と共に太鼓を叩きながらかがり火を囲んで踊る神秘的・幻想的なお祭りだよっ♪1940年頃から始まった北方民族の慰霊祭「モヨロ祭」が元となって、戦後サハリンから移住したウィルタ民族・ニブフ民族の協力のもと正式に網走市の夏祭りの演し物となったよっ♪
参加募集中です両日とも10:00~12:00呼吸を深め、心身を元気にするワークショップです詳細の案内は↓をクリックしてください『9/25初めての方向け編9/26背骨・丹田・呼吸編参加募集』国分寺は久しぶりの快晴(^-^)布団干しオンラインで初めての方向け『ハリマンヨガ入門・基本編』を9月25日(土)に『背骨、丹田、呼吸法』にフ…ameblo.jp「木彫り熊の申し子藤戸竹喜~アイヌであればこそ」を見てきました。8月に知床を訪れ、高橋海斗さんの写真
お墓参りついでに網走から紋別へ2泊の旅へ行ってきました。網走へ行きたかった1番の理由がここ。大広民芸店。長年の夢がやっと叶いましたこの木彫りの人形たちをお迎えしたかったんです…実際に自分の目で見てお迎えしたかった。セワポロロさんはこれからのシャーマン仕事のお供になってほしくて。北方民族ウィルタの人々によって作られてきたセワ(神、精霊)の人形。サマ(シャーマン)の祈祷用としても作られてきたそう。首に付いているクルクルはイナウ。礼拝に使う神への供物であるとともに神と人間
常設展ではスマホでバーコードを読み取ると、音声ガイドが聞けて展示物への理解が深まります。わあ😍きれい網走のお友達が言うにはウィルタの末裔が10年ほど前までは網走な居たそうなのです。そして途絶えてしまったと日用品から衣類の展示アウターは毛皮が多く、ベビーのつなぎも毛皮なのだけど又割れ排泄の関係ね。昔は紙おむつなんて無いものねモヨロ貝塚で出土した女性像も展示してありました。どきどき土器ここがスゴイ宗教的なものの展示、中央にシャーマンの装束があります。わりと近代のもの。青いタペ
※金カムではない話から始まります。すみません。我が家、一家全員毎年楽しみにしているもの、、、、それは『劇場版名探偵コナンとコラボカフェ』カフェは期間中何回も行きます。何ヵ所か巡ります。出来れば新一のお誕生日に予約取ります。※バースデー仕様のメラミン皿やら特別なものがでる。ランチョンマットは持ち帰り、ファイリングしてコレクションしてます。筋金入りのコナン好き一家なのです。我が家。夫が予約してくれたので今年もレッツらゴー金カムブログなので詳細は書き書きしませんが、赤井
おととい、2月7日は「北方領土の日」だったのですね。日本政府の主張どおり、TVもネットニュースも「日本に返せー!」ばっかりだけど、ほんまかな〜?と思って調べてみました「千島列島」の一部「歯舞」「色丹」「択捉」「国後」を日本では「北方領土」と呼んでいます。歴史をさかのぼると、17〜18世期、ロシアが先に進出、移住しているようです。その後100年ほど経って日本が奪い取って、そのまた100年ほど経った1945年、ヤルタ協定によって島々はロシアに返されました。しかし日本政府は1951年「択
20周年初日の今日、またコロナで大変な中、ご来店いただきましたお客様方、本当にありがとうございましたまた、お祝いとして素晴らしいお花を贈ってくださったお客様、感謝感激ですそして、とーっても珍しい北方民族ウィルタ族が神像として作った木製の人形セワポロロ(招福の使者)もお祝いにいただきました!これは家のお守りとして、マリンカの神棚に飾らせていただきましたこれでマリンカもこの先守られて笑顔が続きそうですそして20周年第一弾としてご紹介す
雪まつり期間中、大通から札幌駅を結ぶチカホ(地下歩行空間)でアイヌ文化紹介の展示が行われていました。アニメ「ゴールデンカムイ」のPOPです。ゴールデンカムイの作中では、アイヌの人たちはシサム(和人)と対等の立場で交流し、アイヌ文化や習慣、どのようなものを食べて、どのように生活していたのかが分かりやすく描かれています。また、樺太(サハリン)編ではアイヌの人たちと関係の深い、文化や習慣的にも近い「ニヴフ(ギリヤーク)」や「ウィルタ」といった樺太一帯に土着するロシア少数民族の人たちも出てきます。
河野本道編著昭和51年①ニクブン、ウィタ、オロチョンの工芸と刺しゅう②エンチゥ(カラフト・アイヌ)の物質文化ニブフ、ウィルタお知らせをご覧あれ
アイヌとマオリを結ぶ交流プログラム『ルイカ』の一環として行われている展示会で、美しい樺太アイヌ刺繍のタペストリーと出会いました。まさに一目惚れです。聞くと、100年くらい前の樺太アイヌ文様を再現したものだとか。私の父は樺太出身ということもあり…まさに魂がじゃわめいて、購入させてもらいました。交流プログラムを主催されている島田あけみさんは、首都圏で暮らすアイヌのグループの一つ「チャシアンカラの会」の代表です。チャシアンカラとはアイヌ語で「自分たちの砦」という意味だそうです。あけみさんとお会い
遅ればせながら3月10日(日)にワークショップを受けてまいりました。場所は網走の北方民族博物館でございます。参加しようかどうしようかギリギリまで様子を見ていました。この時期の北海道はドカ雪が降ることがあります。アイスバーンも怖いです。でも、今年の道東は雪が少なかったので思い切って申し込みました。係の方から「良かったですね。定員〆切の最後のお一人です」とのお声がけがありまさに、ぎりぎりセーフだったのだなと安堵しました。でも、誰かを誘うこともできなか
サハリン州郷土博物館の話が出たついでに、さらに自然史展示の話を進める。剥製展示の動物で、最初に目を引いたのは、1階の動物展示場の入口に、シカのような大型動物が立って僕たちを歓迎してくれた(写真)。エゾシカより巨大なトナカイ一瞬、エゾシカかな、と思ったが(何しろ説明はすべてロシア語なので、その時は分からなかった)、どうも違う。帰国して、もう1度、写真を見直し、トナカイだと分かった。今の日本人は、日本統治時代の南樺太に先住民族がいたことを知らないだろう。まず最大の先住民は
昨年手がけていた作品が完成したのでupします1月には仕上がっていたのですが写真がなかなか撮れずにいました。本当は棒に通してひもで吊り下げたかったのですが手ごろな木の枝を山に探しに行くのもがまの茎で紐を編むのもゆるくないので断念しました。ヘタレです(笑)実は12月にがまを使ったゴザ編みにチャレンジしました。正しい編み方をマスターしたとは言いがたいのですが最終的に形になったので良しとします。たぶん、次にやったら少し上手になっていると思います(笑)
北方少数民族ウィルタ族。これまでもblogに幾度か書いてきていますが、世界に僅か数十人となってしまった人々で、今もサハリンに暮らし、また歴史的背景があり日本でもほんの僅かながら暮らしている人々です。またウィルタ族の限らずニブフ族(ギリヤーク)や樺太アイヌといったサハリンの少数民族の人々も同様で、そんな北方少数民族の文化を伝える為に建てられた『ジャッカ・ドフニ』という資料館がかつてありました。私は父が樺太(サハリン)出身であることや、他にも諸々縁あって、ウィルタの人々の文化と権利を守る為に設立さ
昨日、見知らぬ女性が突然私を訪ねてやって来た。ウィルタのことについて聞きたいのだという。ウィルタとは、現在、樺太(サハリン)で極僅かに暮らす北方民少数民族のことである。人口は400名弱。私の生まれがオホーツクであること、そして父親が樺太生まれであることも、きっと何か関係しているのだろう。縁あって私はウィルタ協会というところに所属している。2010年に閉館してしまったが、かつてジャッカ・ドフニという建物が網走にあり、そこがウィルタ協会の本拠地だった。実は日本にもウィルタの人々が極僅かだが暮らして
一年くらい前。チャレンジライブに出た際、愛器にぶら下げている、北方民族ウィルタ(アイヌの従兄弟くらい?の民族)の御守り『セワ』を見た、チャレンジライブ主催の山本勝栄さん(大空町の写真家でもある)から「そうやってとんさんは民族学に進んでゆくんだよ」と言われました。当時、そんなつもりはさらさらなかったのですが、その後アイヌ楽器のムックリを作ってみたり、先日のイオマンテの解釈のように、もともと家にあった本を読み直して、以前は読み流していた内容が入ってきていたり。私(とん)はい
かつて忌野清志郎が、かつての篠原ともえにも通ずる派手な衣装とワハハの梅ちゃんバリのメイクで「愛し合ってるか~~い!!」と『叫びMC』をやっていました。普段はボソボソと喋る程度の口数の少ない人だったのですが。ミュージシャン、ステージに上がりマイクに向かうと「た・ち・つ・て・と」が「つぁ・つぃ・つぅ・つぇ~つぉうぉう!」という発音になるのは、今となっては当り前のことなのでしょうか。チャレンジの仲間たちも、楽器にはじまり衣装や髪型、サングラスと、各々趣向を凝らせ