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AppleWatchSE(GPSモデル)-40mmスターライトアルミニウムケースとスターライトスポーツバンド-レギュラーAmazon(アマゾン)37,800円歴史からサヴァン症候群まで。『ヴァイキング』で歴史を学ぶ?新ヒーロー『クリス・ヘムズワース』?女麻薬王への道?米国版「GoodDoctor」が面白い?自分は映画や米ドラマが大好きでNetflixのベーシックプラン(990円)に加入している。中でも個人的にオススメなドラマや映画を紹介したい。『ヴァイキン
こんにちは!Scoti-manです。ここは、クルセイダーキングス3(CrusaderKings3通称「CK3」)の実績解除チャレンジのコーナーです。今回挑戦した実績はこちら。「1066年のウィリアムとして始め、ノルマンコンクエストに勝利してイングランド人となり(イングランド文化を導入し)、イングランド人のみの封臣を持つ」難易度カテゴリーは「普通」。ノルマンディー公ウィリアムは世界史でも登場するノルマンコンクエストの英雄だし、現在に繋がるイギリス王家の祖となった人
クヌートの正統な後継者は、彼とエマの間に生まれたハーザクヌート(デンマーク語では「ハーデクヌーズ」)でした。1035年にクヌートが死去すると、デンマークの王位はハーザクヌートが継承したのですが、ノルウェーでは、クヌートにより王位を追われたオーラブ2世の子マグヌス1世が、クヌートの子で摂政としてノルウェーを統治していたスヴェンを追放して王位を奪還しました。さらにマグヌス1世は、スウェーデンと結んでデンマークに侵攻する動きを見せたことから、ハーザクヌートはデンマークから離れられず、そのため、彼の異母
ヴァイキング(ノース人)によるイングランド侵攻は8世紀末に始まります。当初は海岸地帯を荒らす程度でしたが、865年には、デーン人を中心とするヴァイキングの連合軍(「大異教軍」と称される)がイングランド征服に乗り出し、イースト・アングリア、マーシア、ノーサンブリアの各王国を服属させてイングランドの大部分を支配下に置きました。これに対し、最後に残ったウェセックス王国のアルフレッド大王はデーン人を撃退し、イングランドはデーン人の支配地域(デーンロウ)とウェセックス王国に2分されました。その後もウ
ウィリアム1世(イングランド王)出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ナビゲーションに移動検索に移動ウィリアム1世WilliamIイングランド王バイユーのタペストリーに描かれたウィリアム1世在位1066年12月25日-1087年9月9日別号ノルマンディー公出生1027年ノルマンディー公国ファレーズ死去1087年9月9日ノルマンディー公国、ルーアン埋葬ノルマンディー公国、サン=テティエンヌ修道院配偶者マティ
記念すべき家系図これくしょん第1弾は、イングランド王ウィリアム1世征服王&マティルダ・オブ・フランダース王妃関係図です。お2人の関係はアンジュー伯フルク2世経由の3いとこ半、ノルマンディー公ロロ経由の4いとこです。当時は3~5いとこ同士の結婚が多く、15~16世紀のハプスブルク家みたいに、いとこ同士や伯父(叔父)&姪の結婚はまだまだ少数だったんですねwノルマンディー公ロベール1世の庶子という出自ながら、「イングランド王に、俺はなる!!!」的な大志を抱いてのし上がってきた、、、すんごいですね
17日はベタな観光地テムズ川沿い立つ世界遺産『ロンドン塔』へ行って来ました。近くまではいつも行くのですが今まで中に入ることが無く今回1人で地下鉄に乗って出掛けて来ました。イギリスにある世界文化遺産であるロンドン塔。イギリスの首都ロンドンを流れている、テムズ川の岸辺に建てられた城砦で、正式名称は「女王陛下の宮殿にして要塞」です。ロンドン塔の外観の全体が白い為、ホワイトタワーとも呼ばれています。1078年にウィリアム1世がロンドンを敵から守るために城砦の建築を命じ、城本体は20年ほどの年月
ロンドンは朝8時頃からやっと明るくなります。だから行動も遅くなりがち(汗)明るい時間になるべく行動したいので大英博物館へと急いで行きます。博物館はとても大きくて広い、全部を見て回りましたが、もっと時間をかけて見たいです。本当に勉強になりました。そこから次はロンドン塔へ。この時点で4時過ぎでしょうか。寒くて寒くて。手の痛みが疼き、正直泣きそうです(笑)ロンドン塔はウィリアム1世が築いた居城で、13世紀以降は監獄になり、16世紀には処刑場となった場所。しかしエリザベス女王の物も含む
ウィンザー城はイングランドの城女王エリザベス2世が過ごした城でもあるウィリアム1世によって建てられたウィンザー城は国王が過ごしてたかもねよくセレモニーでやってるよねイベントなど建物にはラウンドタワーやヘンリ8世門やノルマン門や庭園などそれぞれの建物があるウィンザー城めっちゃ行ってみたいどんな城だったのかいつか行ってみたい王の部屋へウィンザー城はイングランドの建物
こんばんは。アメブロさんがメンテナンス中に書いた記事をアップする、イギリス時間6月22日になったばかり、もも子です前に何度かお送りした、「テキトウにまとめ過ぎのイギリスの歴史」シリーズですが、イギリスは今の状態になる前の歴史が、4か国に分かれていてややこしすぎて断念しました。ですが先日、ももちゃんがすごい、ばくだん発言…いや、ばかじゃん発言を・・・エリザベス1世って、(現)エリザベス女王の、お母さんなんでしょ?ワタクシ、えっ!!!!???と、ものすごい勢いで、度肝を抜
こんばんは。あやです。久しぶりに国際人としての英語学、顔で覚える西洋史ネタいきます。前回の記事はこちら☟part1part2WilliamI[wíljəm]※Iの読み方注意oneではなくてthefirstウィリアム1世1027-1087イングランド王ニックネームはWilliamtheConqueror征服王ノルマンディー公でもあった。出典:goo辞書つぎいきます。ThomasAquinas[ta