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2026/06/27イリューシンシュトルモビックは1941年から前線に投入され、当初は単座の地上部隊襲撃機として用いられましたが、重装甲で空飛ぶ戦車と呼ばれ7tというその重量故、運動性能は芳しくなく、ドイツのBf109に劣勢を強いられました。前線投入当初は全金属製の構造でしたが、アルミニウム不足のため主翼の一部は金属製、機首からコクピットにかけては防弾鋼板、それ以外は木製という構造でした。キャノピー前面には厚さが65mmに達する防弾ガラスがとりつけられています。1943年には航空
車通勤をしていた若い頃は、車内では流行りの音楽より航空無線ばかりを聞いていました。名古屋空港へ向かう旅客機から無線連絡が同じ時間帯に入り、そのやり取りを聞いて旅を感じていました。特に国際線はパイロットのお国なまりや独特な言い回しがおもしろかったです。さて、旅客機の話、特にこの10年くらいでしょうか、機体の種類が減っていて寂しいです。大型機はボーイング777と787、エアバスA330とA350、中型機はボーイング737とエアバスA320の6機種ばかりです。
こんばんは!あっと言う間の3連休で、見事に3日連続の自宅警備員として活躍!これで明日からの仕事に向けたチャージが完了!3連休は空いた時間に少しずつSwitch版のファイナルファンタジータクティクスを「クラシック」モードで進めており、現在は第二章に突入しており、さらわれた王女を探している最中ですwそんな移動中にゴブリンの森に迷い込んだチョコボと遭遇し、1枚目のようにゴブリンから因縁をつけられている最中にラムザ御一行も迷い込み、チョコボを発見!選択肢はもちろん助けて戦力に組み込みま
こんばんは!梅雨明けの翌日は真夏日となった関西です。外の直射日光に加えて、宅内もしっかりと暑い一日でしたwそんな暑い中、カップ麺を食しましたが、嫁は自分では食べないのですが、変わり種を見つけてくると買ってきますwそしてそれをこれ見よがしにストック場に放置・・・ボンはこの手の変わり種には手を出さないので、必然的に私が食べることになります。スルーしているとストック場の目立つ位置に置かれ、無言の圧力にさらされるので、早い目に食べておくのが吉ですw(まぁ私もこういうのは嫌いではないのでw)
こんばんは!あっという間に週末が終わろうとしています・・・多分、あっという間に来週も週末を迎えるはずなので、頑張っていきましょうw日曜日恒例の「スポーツ御意見番」では先週の6月3日に「ミスタープロ野球」こと読売巨人軍の終身名誉監督の長嶋茂雄さんが亡くなられたことから、ゲストは元横浜の大魔神こと佐々木さんとスペシャル御意見番の張本さんでした。てっきり、「オチ・ナカ」コンビかと思っていたのですが・・・しかしご両名の長嶋さんとのエピソードを聞いているとこのお二方で納得しました。佐々木さん
ロ非常事態省専門家と🐕120名ミャンマーへ☆彡3月29日にミャンマーで発生したマグニチュード7.7の大地震に対しロシアの非常事態省はプーチン大統領と同省アレクサンドル・クレンコフ長官の指示により、翌28日にジューコフスキー空港からミャンマーに救援機2機(イリューシンー76TD)を飛ばし支援を提供しました。ロシアの非常事態省の合同分遣隊には、「Centrospas」の航空機移動分遣隊と特別リスク救助活動センター「リーダー」の120人の専門家が含まれこのグループに
2020年に投稿した記事ですが、その後、ウクライナ戦争などで状況が目まぐるしく変わっているので再掲します。特に、ボーイングやエアバスから新造機や部品の供給を止められたロシアは航空業の生き残りの道を模索しています。1.共食い整備2.友好国イランで整備3.ロシア国産機&国産エンジン開発最近は特に3に力を入れているようです。開発中の150から200席クラスのロシア製旅客機イルクートMS21は国産化に目処がついたと報道がありました。(2025年3月追記)90年代まではロシアを旅
タミヤの〝1/35ミリタリーミニチュアシリーズ〟のラインナップ中、現在入手可能であるソビエト戦車や自走砲は殆ど作った。作っていないのは、購入して棚に罪んである〝T34/85〟とT55亜種の〝エニグマ〟、そして未購入の〝SU-122〟だけである。一番最初に作ったリバイブ版KV-1、そして作った中でも最新だったリバイブ版KV-2キットの出来は素晴らしかった。価格は今時らしく高額だったが、パーツ構成自体はシンプルでディテールは美しく、どちらかと言えば初心者でも楽しめる内容だと思った。そしてかな
随分久しぶりな本編(?)時は1950年代、、ソビエト社会主義共和国連邦(以降:ソ連)では本格的な中長距離機の開発が求めらていた。当時、イギリスのデ・ハビランドがアメリカさえ出し抜く形で世界初のジェット旅客機、コメットを開発。世界に衝撃を与えた。勿論ソ連も例外ではなく、急ごしらえの設計でソ連初のジェット旅客機、ツポレフTu-104を開発する。しかしそれはプロパガンダに過ぎず、実際の航空産業としては芳しいものではなかった。それが背景にあったのか、、1950年代中頃(Tu-10
4/16のことです。。Facebookのアプリを開いたら、、「八年前の今日」としてヒコーキの画像が、、というわけで、その日、、つまりは8年前の4/16の撮影を、、この日はある情報を聞き付けまして羽田空港へ向かいました。。北海道へ向かうAIRDOのB737-700、、展開したのは羽田空港第2ターミナル。この日の狙いはとある要人機。この時点ではまだデッキで撮影してますが、すこし、、いや!かなりの懸念事項がありました。大韓航空B777-300なにげにアジアのキャリアし
BerievA-50Mainstayベリエフ設計局/イリューシン設計局A-50メインステイ早期警戒機(scissorsandPlanes)1:400スケールペーパークラフト2月も終わってもう3月も1週過ぎてしまいましたが先月末からちょこちょこと作っていたモデルが完成しました製作したのはロシアの早期警戒機A-50、NATOコードネームは「メインステイ」西側の早期警戒機が大体が旅客機を原型にしているのに対して高翼の貨物輸送機Il-76をベース機としている為、
先日、赤十字から「お前の肝臓の数値やべぇ~よ?紹介状同封してやるから、医者にかかれ」と封書が来た不審者です。。。献血の結果、貧血はギリギリ回避したもの、肝臓の数値が急激に悪化したようで、、、少なくとも検査を受けるまでは人生の潤滑油を補給できなくなった不審者です。。そんな不審者のもとに、、「予約品届いてるからさっさと買いに来い」とのメールが、、、そんなわけで、数日前にひょっこり都心まで足を運んだのでした。。で、今回の調達品がこちら!ラーダ・エアラインズIL-62Mなん
猫とワンだFULLライフこのお話は2013年に虹の橋に行ったカミュくんと2018年に虹の橋に行った福ちゃんと過ごした楽しい日々のお話です過去に載せたモノの再投稿です楽しんで頂けたら嬉しいですある日アスパラベーコンを作りましたアスパラのベーコン巻きアスパラをベーコンで巻いて塩・コショウして焼きました私は好きテーブルに置いて夕食の支度の続きをしました振り返ると
1月24日、ウクライナ国境に近いロシア西部でウクライナ人捕虜65人と、乗員、警備要員のロシア人9人、計74人を乗せたロシア軍の輸送機イリューシン76が墜落し、全員が死亡したと報道されました。ロシア側はウクライナに撃墜されたと主張しています。イリューシン76を以前、沖縄で撮っていたことを思い出しました。ロシアのボルガドニエプル航空の民間貨物機で、撮影データを見ますと、那覇の定宿「ホテルグランビュー沖縄」の客室から6年前の2018年3月に撮っていました。640mm相当で撮影し、トリミングで拡
数ヵ月まえ、、ここ最近、贔屓にしてるミニチュアモデルのお店のホームページで、とある品物を予約しました。。そして昨日、、「予約品が届いたから取りに来い!」との連絡が、、中空きのシフトで間に3時間半の空き時間が発生するこの日、、これは都合がよい!とばかりに空き時間に受け取りに行きましたとさ。で!今回、調達したのはこちら!クバーナ航空イリューシンIL-62M!メーカーはヘルパでスケールは1/500です。クバーナ航空は以前に取り上げたので詳細はパス!(↓クバーナの記事)
先日、ロシアからあるヒコーキの初飛行の報せがあった。IL-96-400M基本形式のIL-96-300を9m以上ストレッチした派生形式です。(↓ニュース記事はこちら)まさかの4発機!?ロシアが新型「大型旅客機」の初飛行に成功そのスペックは「時代錯誤」を覆せるか|乗りものニュースA340っぽさ、ちょっとある…。trafficnews.jpSNS上では「今時4発(笑)」とか「B777XやA350が競合?マジで(笑)」といった感じの冷ややかな反応。。まぁ~そうでしょうね。。
時は1955年、、第二次世界大戦の終結により誕生したドイツ民主共和国(以降東ドイツ)にて、周辺国と国内の航空輸送を行う組織として、国営航空ルフトハンザドイツ航空が設立された。これは東西において混乱を生む。そもそも先んじて西ドイツで同名の航空会社ルフトハンザが設立、運行されていた。双方が正当性を主張するなかで東ドイツは西ルフトハンザの東ドイツへの乗り入れを禁止し、対する西ドイツは東ルフトハンザの乗り入れを禁止にはしなかったが混乱を招くとして罰金を課した。そして1963年、国際司法の場
アンゴラという国を御存じでしょうか?場所としてはアフリカの中部と南部の間くらいの位置で大西洋に面したところにあります。かつてはポルトガルの植民地であった背景から公用語はポルトガル語が用いられているようです。さて、このアンゴラ、、、内戦の絶えない印象のあるアフリカよろしく、植民地からの独立戦争を経て、独立を勝ち取るも長引く内戦、、一応は収束した体の内戦ですが、今でも一部の地域が独立を唱えてゲリラ戦が勃発することもある。。軍の主な任務が内戦の鎮圧という実情です。そして、この国、、、
早期警戒管制機、、通称AWACS(エーワックス)を御存じだろうか?読んで字のごとく、、巡航高度を飛行する航空機に高性能のレーダーを搭載し、探知エリア内の飛翔物を検知し自軍・友軍に情報を提供することで戦局を有利に進めることのできる、、いわば飛行するレーダーサイトです。この考えの誕生はこれまでの弾着観測射撃とか夜間の隠密飛行なんて考えを一切に古いもの、、むしろ使えない旧世代の遺物にまで追いやった、、、アメリカがB707をベースにE-3セントリーを誕生させたことで東側諸国、、特にソ連は戦々
時は2017年、、年末の足音が聞こえ始めた11月の中頃、、外務省から外国からの要人来日についてのプレスリリースがあった。外国要人の来日はいくつかの区分がある。最上級の国賓のほか実務訪問賓客など、、この時は実務訪問賓客としての来日、、日程は12/11~13人物は、、ロシア連邦ラブロフ外相、、この時点では「外相の来日か、、搭乗機はロシア航空のIL-96、、多分、いつもの機体だろぅ。。」と軽く見ていた。年の瀬の慌ただしさを感じ、日程が迫った12月の上旬、、「RA-86467らし
さてはて、、永い永いロシアの貨物機ネタでしたが、、現在はロシアの蛮行により極めて珍しくなったとは言え、、これまでもロシア製や旧ソ連の機材を目撃する機会は極めて稀でした。一部(中部国際空港)を除き、1年で何度も来るような機材ではありませんでした。そんなロシアンカーゴと私が初めての遭遇したのは2013年、、丁度10年ほど前の事でした。。2013年1月、、ある日、不審者の姿は成田空港にありました。この日の成田はあいにくの天候、、(まぁ~それでも撮影するわけですが、、)この日、不審
すっかり久しぶりになってしまった、本編。。というわけで、ソ連の崩壊であらわとなったロシア国内での貨物需要の現実に既存キャリアであたアエロフロートだけでなく、世界情勢の変化を受けて空軍においても輸送機が余剰となる事態になったロシア国内。。。ソ連の解体により生まれたアエロフロート・ロシア航空はそれまで運行していたAn-124とIL-76を継承。運行を継続するも、重量物や大型の国内貨物は鉄路による輸送体系がソ連時代にすでに構築され、航空貨物は軽貨物の需要が伸びてきていた。その中で重量物・大
昨日、ロシアによる武力侵攻を受けるウクライナの大統領ゼレンスキー氏がG7が開かれる広島に到着された、、個人的には「どんな機材で来日されるのか?」が気になっていたが、まさかフランス政府が機材を融通したとは。。てっきりビズのチャーターくらいかと思っていたのですが、、侵攻により不自由を強いられているウクライナですが、以前はちゃんと政府機を運行していました。2019年に執り行われた即位礼正殿の儀の際には専用機A320でゼレンスキー氏は来日されてます。今回紹介はその先代、、ウクライナ政府
時はソ連時代、、エンジンを主翼に懸架する方法が普及したことでソ連においても航空機の大型化が進んだ。ソ連で初めて主翼にパイロンを介してエンジンを懸架する方法を採用したのはイリューシン設計局が開発したIL-76であった。(ソビエト空軍IL-761/500インフライト製)イリューシン76は民間向けの貨物機としても製造されたが、社会主義のソ連においては国営のアエロフロート・ソビエトしかなく、アエロフロート自体が空軍の令下であり、空軍の機材にもアエロフロートの表記があるものもあったほど、、
かつてのソ連、現在のロシアは世界最大の国土を持つことでしられ、国内線でも8時間に及ぶ長距離路線が存在する。社会主義を掲げたソ連の時代の航空輸送は全て国営のアエロフロート・ソビエトによって行われていた。ソ連末期、、ドニエプル川のほとりにある空港でのちに巨大貨物機アントノフAn-124を駆るヴォルガ・ドニエプルが複数の出資者により設立。これに続くようにソ連解体間際から直後にかけていくつもの旅客・貨物それぞれの航空各社が設立されていった。今回はそんなころに設立された航空会社を数社取り上げてい
飛行機のダイキャストモデルのメーカーはいくつかあり、それぞれに特徴や得意不得意がある。一大ブランドのヘルパ(Herpa)は主に1/500スケールを手掛け、基本は全金属モデル。一方で造形には甘さがある時期が長かった。対して、1/400スケールではいくつものメーカーが乱立し、しのぎを削る状況であった。主翼や尾翼をプラで再現したドラゴンウイングや主翼なども金属で整形するジェミニジェッツなどなど、、ただ、メーカーが違うと全く違う、、訳でもないのが、この世界。。今回はブランドが違う二つの
ハイッ、前回の続きです。航空機関連写真を撮り始めて、初めて成田空港およびその周辺へのデビュー報告です。今回は、第1ターミナル展望デッキからの残りのショットと、「うな重」メインで行きます。イリューシンが飛び立った後、(09:31)PH-BHD(09:34)N702GT
一機一機取り上げてると埒が明かない状態になってきたので、、(実は先月だけで32機、今月でも21機増えてる、、)今回からは話にでてくる事柄に関係ありそうなのを出していこうと思います。。(なので、次回以降も複数のコレクションが出てきます、、)1929年、カリブ海の島国、キューバ共和国(以降:キューバ)にアメリカの航空機メーカー、カーティスが設立したCompañíaNacionalCubanadeAviaciónCurtissが今回の主役、クバーナ航空の母体です。実は結構歴
時は1970年代、、旧西側諸国ではDC-10やL1011、はてはヨーロッパ製のA300が飛び交い、さらに超大型機のB747が進空していた。「今後は航空輸送においても大量輸送時代を迎える」そう感じたソビエト社会主義共和国連邦(以降:ソ連)の指導部は来るモスクワ五輪を見据え、大型民用機の開発を各設計局に指示した。設計局とは西側で言うところのメーカーに近いが、少々ニュアンスが異なる。アメリカでは基本的に設計から生産までをメーカーが一貫して行う。外地での合弁企業で生産したり、部品単位
国交がなく、日本からは近くて遠い国、、それが朝鮮民主主義人民共和国(以降:北朝鮮)。朝鮮労働党が実権を握るの共産主義国であり、核開発にいそしみ、弾道ミサイルをぶっぱなしまくる、、、そんな北朝鮮にある唯一の民用航空が高麗航空(コリョ航空)です。(こちらは旧塗装のIL-62M、高麗航空で最大の機材です。)今回は機材のIL-62ではなく、高麗航空にスポットをあてていきます。高麗航空の歴史は結構長く、1954年にさかのぼる。1954年に設立された朝鮮民航は翌55年に就航した。当時はD