ブログ記事39件
2026.1現在、高校3年生となりました。3ヶ月に1回程度の経過観察も終わりました。現在身長は165cm、もう伸びてないかな。親も小柄なので、こんなものかなという感じです。右足首の繊維化した軟骨を取る手術の時に、成長軟骨に傷が付くかもしれないと心配されましたが、当時から28cm背が伸びたので、問題なかったようです。逆に背が伸びすぎると右足の成長が左足に追いつかず、再手術となる可能性があると言われていましたが、それも無くて済みました。骨延長は、その後の成長を見越して、右を左よ
夏休み明けの2020.9からは、松葉杖も無くなり、走ったり、運動も出来るようになりました。息子は早速サッカーのトレーニングシューズを買いました!息子としては、直ぐにでもサッカーをしたかったのですが、ただでさえも怪我の多いスポーツなので、しばらくは基礎トレのみ。「よりによってサッカーか。。他のスポーツなら出来るけど。。」とK先生も苦笑い。結局、試合形式などの許可が出たのは1年生の終わり頃でした。思えば小学5年の3月以来。2年近くが経っていました。11月には最後のリハビリ。1年半、
2020.5末に新型コロナの自宅待機が明け、中学への登校が始まりました。小学6年の夏休み前以来、1年ぶりに歩いて登校する姿は感慨深いものがありました。中学には小学校からも申し送りがあったようですし、同じ小学校からの進学が多かったので、スムーズに馴染みました。6月には右足に体重を掛けても良くなり、装具も簡素化して、7月には松葉杖無しでも短時間なら歩けるようになりました。手術をした小学6年生の夏は身長が137cmでしたが、1年で10cm伸び、147cmになっていました。中学で
新しい装具は、再生した骨に負担が掛からないようにプロテクターでガッチリとふくらはぎを締め付けないといけないのですが、結構装着が難しくて、長く立っているとズレて足が痛くなることがありました。それでも、イリザロフが外れて消毒が無くなりお風呂に入れるようになったり、普通のズボンが履けるようになって、卒業式にもスーツで参加できました。当時コロナで自宅待機が続いていたので、我が家としてはゆっくりとリハビリ出来ました。骨の再生を促すという超音波治療も行いました。新しい装具、靴底が浮いている
2020年1月には松葉杖でずいぶん歩けるようになり、小学校最後の遠足で遊園地にも行けました。寒いと金属が冷えて骨まで痛むようでしたが、それが吹き飛ぶほど、楽しんで来ていました。そしてようやく、イリザロフを装着して7ヶ月、2020年2月に、ようやくイリザロフを外せることになりました。夏に過ごした同じ病室に再び入院し、2/21、イリザロフを外す手術を受けました。イリザロフを外した後は、串が刺さっていた場所が引き攣れたような傷痕が残りましたが、それでもスッキリと爽快でした。私は
手術翌日から、直ぐにリハビリスタート。イリザロフを付けた体で、ベッドから起き上がり、車椅子に乗って、トイレに行って、ベッドに戻る。イリザロフは重く、3キロくらいあるので、手でよいしょと、足を持ち上げる。これだけでもひと苦労。車椅子の操作、手すりを使って歩く、松葉杖の使い方を練習。足首付近にイリザロフがあることで、足首がダラんと伸びた状態になり易く、関節が固まるのを防止するため、毎日足首をマッサージしたり、特殊な装具を履く。思い通りにならない体。退屈な病室。嫌になってしま
手術1週間後から、骨延長が始まりました。息子は既に右足が左足に比べて2.5cm短く、更に成長する事も見越して、4cm延ばすことにしていました。イリザロフについた6本のシャフトのメモリを表の指示通りに合わせることで、リングの間隔が広がり、切断した骨の間に隙間が出来て、骨を延ばします。息子は変形を矯正する為、毎週レントゲンを撮って、コンピュータで綿密に計算された通りに6本のシャフトのメモリを合わせました。1日1mmが目安でしたが、間を広げると、筋肉や皮膚、神経も引っ張られるので、とて
8月の下旬にはイリザロフが付いた体にも馴染み、一人で車椅子や松葉杖を使って、トイレやお風呂に行けるようになり、ベッドの上では、見ていて痛くないのかな?とこちらが思ってしまうような体制でも平気で過ごすようになりました。私も退院後に備え、イリザロフのメモリ調整や、消毒を自宅で出来るように練習しました。イリザロフの生活で最も大変な事の一つが衛生管理です。ほとんどの患者が一度は感染症を経験すると言われ、8本の金属の串が骨まで貫通しているので、そこから骨まで菌が入り込むと骨髄炎に至る可能性
延長が終了すると痛みも和らいだようでした。一方、消毒やマッサージ、リハビリが、ややおざなりになってしまい、ちゃんと取り組んでくれない子供にイライラすることが多かったように思います。一度はピンの刺入部が赤く腫れ、感染症かと焦りました。病院で飲んだ抗生物質が体質に合わず、リハビリ中に目の周辺が腫れ出して、慌てて処置してもらったこともありました。結果的には努力の甲斐あり、一度も大きな感染症には至りませんでした。また、足首のマッサージをしっかりやらないと関節が固まって足首が曲がらなくなり
8月末の退院後も骨延長は継続しており、自宅で朝晩のメモリ調整、消毒、マッサージが必要でした。また毎週の診察と週2のリハビリがあり、水曜日と土曜日に車で1時間の通院。仕事と家庭と通院で、本当に大変でしたが、私の職場の人達の理解、協力があり、本当に助かりました。そして9月末でようやく骨延長が終了!延ばした骨がしっかりと固まるまで待ちます。(長い道のり…)シャフトが緩まないように、更に固定具が追加されて、ますます重装備になり、宇宙ステーションみたいでした。次の難関が修学旅行でしたが、
1ヶ月の入院生活を終え、8/29にようやく退院。とは言え、イリザロフを付けたままの学校生活は大変でした。学校に予め相談に行き、担任の先生だけでなく、保健の先生、校長先生にも、生活上の注意を共有しました。イリザロフは意外としっかりと固定されているので、転けるなどの少々の衝撃では問題ないようです。一方、学校は病院のように衛生管理されているわけではないので、埃や砂などによる感染が不安でした。見た目もかなりグロテスクなので、周囲の子供達に何か言われないかも心配でした。感染防止と周りの人
2019年7月29日いよいよ手術朝9時に手術室に入り、出てきたのは15時!小さな足に不自然な大きな塊を付けての帰還。グルグル巻きの包帯を翌日取ると、膝下に4本、足首に4本の金属の串が貫通し、4つの大きなリング、6本のメモリ付きシャフトに繋がっていました。足首の内側は7センチほど切開され、ここから繊維化した軟骨を取り除いたとの事でした。手術は成功と言うものの、あまりの痛々しさに絶句しました。手術をする右足に印を付けるK先生術直後の右足には、大きな包帯
改めて6月に全身検査を受けて、手術が可能な事を確認し、治療計画を立てました。6年生の夏休みが始まると直ぐに入院して、7月末に手術、1ヶ月病院でリハビリを受け、日常生活を送れる訓練をする。イリザロフを付けると半年くらいは車椅子、松葉杖生活。退院後も毎週リハビリに通う。冬くらいにイリザロフを外す手術を行う。(実際は、最初の説明より、ずっと大変でしたが。)手術後はとうぶん通常の生活が出来なくなるので、それまでにたくさん遊びました。海に行ったり、バッティングセンターや、公園で遊ん
K先生のいるU病院は、民間の総合病院で、イリザロフ外来が設置されており、院長であるK先生が自ら診察に当たっておられました。K先生は息子の足を見て、「これは、FFCDやな。撮るまでも無いけど、一応撮っとこか」とCTを撮ると、そこには右足首の表面がガサガサとしている様子がはっきり写っていました。FocalFibrocartilaginousDysplasia(FFCD)限局性繊維軟骨異形成症は、骨の表面を覆う軟骨が繊維化して硬くなり、骨の成長を妨げる疾患ということでした。
今は元気に走り回っている子供を見ると、わざと足の骨を切断して矯正する治療が本当に必要なのか、とても悩みました。全国的に有名な大学病院での診断とは言え、原因が不明のままで再発や他の箇所に発生する可能性も分からないと言う先生に任せて良いかも、不安でした。小6運動会所属していた少年サッカーチームは3月末から1ヶ月休んでいましたが、続けることは難しそうで、コーチに状況を説明して、退部すると伝えました。悩む様子を見て、ママ友がプロサッカーチームのチームドクターをしている整形外科の先生のクリニッ
大学病院では、脛の骨変形の理由は分からないものの、治療は必要で、創外固定(イリザロフ)法と言う手法で、曲がった骨の矯正を行うと言われました。もちろん初めて聞く言葉に、治療法に関する10ページほどの冊子を渡され、実際にイリザロフ法で治療中の中学生くらいの女の子の動画を見せてくれました。イリザロフとは、金属のシャフトで繋がった複数のリングを足に通し、足の骨に貫通させた何本もの金属の串で足に固定したものです。シャフトにはスクリューが付いていて、スクリューを回すことによって、リングの間隔が調整で
息子はサッカー大好き少年で、小学生当時、地域の少年サッカーチームに所属し、週3回の練習が何より楽しみでした。学校が終わるとボールを持って公園に駆けていく、活発な男の子でした。小柄だったけど、負けん気が強く、すばしこくて、ボール捌きも上手かったと、親バカながら思っていました。そんな息子が練習終わりに足を痛がるようになったのは、小学5年生の終わり頃。右足首を痛がるので、成長痛かな?、利き足だから、ボールを蹴るのが負担なのかなと思っていました。どんどん痛みが酷くなり、練習中に足を引きずるように
2026年1月現在、まもなく高校生活を終わろうとしている息子が小学6年生の時に経験した骨の病気と治療に関する記録を、今更ですが記したいと思います。思い返せば、2019年のあの当時、私は同じような治療をしている子供の行く末、日々の生活が知りたくて、ネット上を探しましたが、ほとんど見つかりませんでした。久しぶりに探してみても、状況は変わらないようです。もしかしたら、あの時の私と同じ思いをしている人がいるかもしれないので、少しでも役立てば良いなと思います。私の息子は、小学校6年生の時に、
ツイッターをやってるおすすめを見てたら「貴方妊婦なんですね、奇形児産まれてきますように」ってコメントを見ためちゃくちゃショックだったその発言した人は、夜職の整形女で、顔のことをアンチにバカにされての発言らしいでも、関係ない私にその引リツが流れてきて、悪意を持って奇形児って言葉使ってるの見て、私はめちゃくちゃ傷付いたうちの長男は、骨に奇形を持って産まれた妊娠中切迫早産で入院したけど、子供は元気だった何も問題ないと言われていた出産直後、赤ちゃんの体を調べていた先生に、足の異常
カミングアウトします、すぐ下の弟(3歳下の長男で現在39歳でめっちゃ嫌な奴、よく記事に出てくる仲がいい弟は8歳半下の三男)が小人症で25年くらい前に当時中学生で身長を伸ばす治療を受けていた。ずっと忘れていたけどブログをフォローしている方の息子さん2人が平均よりもかなり小さいらしく現在治療中だそうでその記事を読んで思い出した、親には絶対に人に言うなと言われていたけどもう時効だと思う。差別的な表現はできるだけしないようにしていますが不快に感じた方がいたらすみません。
転職活動や離職の記事の閲覧数がとても多かったのでその後のことや今現在の支出について書きます。仕事を辞めて2ヶ月ちょっと、早朝に起きなくていいし電車を乗り継いで通勤に片道1時間ちょっとかかったり職場の人間関係や経営のゴタゴタや時々くるとても難しい仕事や期日を守らないとというプレッシャーがなくなりストレスが8割方なくなったいつまで働かないかは決めていなくて貯金と不労所得があるのでしばらくはやっていける、新しいことを勉強するために学校に通ったり別の職種に転向したりと
息子が骨延長手術をするから情報が耳に入ったのか最近よく『身長を伸ばす手術』のテレビ番組を見かける。美容目的で身長を高くする手術はイリザロフ創外固定器(リング型)が使われて行われているみたいだけれど息子は単支柱創外固定器を使って手術を行った。見た目は違うけれど、たぶん内容は読んだ感じでは同じに思えた。息子は脚長差があり、痛みが出たので手術をする事になった。簡単に⬆️手術をする事になったと書いてるがそりゃもう、悩みに悩んだよ。息子は片足のみ2.2cmの延長手術。たった2.2cmや
娘のクラスの先生から娘のことを話してくださいとお電話をいただいて終礼の教室に行ってきましたこれまで年長さん、小学校3年生、5年生(今回)の3回手術を受けてきましたが、クラスのお友達にお話する機会はなかったので、娘のことや足のことを聞いてもらえるなんて嬉しいなと思いました。教室前に行くと、"りりのお母さん"とお友達が声をかけてくれました。クラスメイトも同じ学年の子たちもいつもとても気持ちよく接してくれています。車椅子を押したり、カバンを持ってくれたり、荷物を持つのを手伝ってくれたり、迎えが来る
この地域の「イリザロフ法」の研究会が昨日行われた。イリザロフ法は、イリザロフ創外固定器と呼ばれるリング型創外固定器を用いて、骨の長さの調整や、変形を矯正する治療法。漫画、「グラップラー刃牙」のシリーズで、主人公の範馬刃牙の腹違いの兄、ジャック・ハンマーが、手足を伸ばすために受けた手術として知られているかもしれない。この治療で確かに骨を伸ばすことは可能だ。そう、身長を伸ばすことも。原理としては、人工的に骨折させた部位を1日1mmくらいのスピードで離して行くことで、その部位に新たな骨が作られ
前回のブログで、小学校の連絡帳っていらないと思いませんか??と独り言しましたが職場の同僚に遅ればせながらリサーチしたら、ほとんど先生がコメントしなかったり、電話連絡が多かったりという学校もあるんですね。簡便な連絡帳なら、負担がなくて良いですね。さてさて。。。今日のラッコちゃんとのおやつ。。。このシュークリーム、美味しい美味しいもので景気をつけて、先天性絞扼輪症候群の手術で1番大変だった話を。。ラッコちゃんは片足が、絞扼輪症候群の絞扼輪で締め付けられて、その先は(遠位端とい
うちのオットも身長を伸ばす手術をやってます2010年の秋にオットが交通事故から骨髄炎に罹り、イリザロフ法で骨延長で骨を伸ばしました。まぁ、元々別行動の我が家。オットはその時は箱根にバイクで行っていたようです。それは渋滞中の車両間事故、「サンキュー事故」と呼ばれる物でした。オットはバイク好きで、車載カメラが付いていたので事故の一部始終はカメラに録画されていました。手術が終わって体調が落ち着いたら警察の取り調べも受けました。事故に遭っ