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フランス最大の英雄と呼ばれる人物、アンリ四世。なぜ、アンリ4世が英雄なのか?それはフランスを統一した乱世の英雄だからです。アンリ4世が生まれた時、フランスは王権とカトリックとユグノーの三つ巴の殺し合いで、大動乱が続きました。のちにユグノー戦争となります。国王がアンリ3世、カトリックの代表がギーズ公アンリ、そしてユグノーの盟主がアンリ4世、3勢力のすべての代表がアンリなので、『三アンリ戦争』とも呼ばれます。アンリ4世が幼少のころ、実権を握っていたのはアンリ3世の母后で摂政のカトリーヌ・メディシス
キリスト教の浸透とともに眠りの寺院は衰退し、代わりに登場したのがロイヤル・タッチです。ロイヤル・タッチとは国王や高位の聖職者などに触れられると、病気が治るとされる奇跡療法です。めっちゃ御利益のありそうなお方、エリザベス1世。WikiImagesによるPixabayからの画像彼女もロイヤルタッチをしたのでしょうか?王や聖職者に踏まれたり、唾を吐きかけられたりすると、病気が治ったり、見えなかった眼が見えるようになったり、動かせなかった足が動かせるようになったりしたそうです。
フランス王家に女王は存在しなかったが、女王が生まれる可能性があったらしい。ユグノーであるアンリ4世が国王に即位したことを多数派のカトリックは認めず、サリカ法典を放棄してでもユグノーの王を認めたくなかったようだ(なので、カトリック側はカトリーヌ·ド·メディシスの孫でフェリペ2世の娘を女王にしようと考えた)。アンリ4世は即位直後、国内におけるカトリックの信仰の自由を認めたが、カトリック側はユグノーの国王を認めず、アンリ4世は延々と続く宗教戦争を集結させる為カトリックに改宗したという。カトリーヌ
こんにちはバルコアです。エジプトの催眠術とは異なり、キリスト教の僧院では病人を集め、神の名による催眠術が行われたのである。やがて5世紀の終わりごろ、フランスでは神の名による信仰療法と異なり、ローヤル・タッチとよばれる催眠類似の治療が流行した。これは地上の最大の権力者である王には、神の力が備わっているはずであり、この王の手に触れることは神に直接触れることであると当時の民衆が信じたことによる。このローヤル・タッチでもっとも有名なる王にアンリ4世がいる。記録によればアンリ4世
私は今日、この疫病(covid-19)で傷ついた巴里の街を歩いた。もうすぐNoël(クリスマス)だというのに、なんだか今年はパッとしない。それでも気分を盛り立てようと、イルミネーションが必死に努力しているように、私の目にはうつる。つい3年前までは、小さな路地の商店街にも沢山のイルミネーションが飾られ、嬉しそうにキラキラと光が舞っていた。今年はメッキリ少なくなって、大通りでさえ、星がたったの1個という、有様だ。人々の気分もちょっと遠慮がちに、Noëlのプレゼントを買っているような
「歴史のなかの女たち名画に秘められたその生涯」高階秀爾箸文春文庫1984年刊(文庫版)1978年刊(単行本)改訂版岩波現代文庫↓歴史のなかの女たち―名画に秘められたその生涯(岩波現代文庫)Amazon(アマゾン)1〜4,800円こんばんは。この本で紹介されている女性の中から、エリザベス1世に近い世代の方をシリーズで書かせていただいています。すっかりフランス宮廷史、というかフランス王と王妃と愛妾のゴシ
「歴史のなかの女たち名画に秘められたその生涯」高階秀爾箸文春文庫1984年刊(文庫版)1978年刊(単行本)改訂版岩波現代文庫↓歴史のなかの女たち―名画に秘められたその生涯(岩波現代文庫)Amazon(アマゾン)1〜4,800円こんばんは。この本で紹介されている女性の中から、エリザベス1世に近い世代の方をシリーズで書かせていただいています。昨日の記事では「カトリーヌ・ド・メディシス」を次回は書くと予告したのですが、
スーパームーンの前夜祭は、とても綺麗な満月です!来週の火曜日はもう6月。早いですね!2021年コロナ禍に振り回されすぎませんように!こんにちは就能美有です。バレエ・チャイコフスキー:眠れる森の美女を色々な角度から綴ってきましたが一旦こちらは、本日が最終回となります。↓過去記事はこちらからバレエ:チャイコフスキー・眠れる森の美女(仏講座から)バレエ音楽の世界眠れる森の美女第3幕:コーダ・ジェネラルとアポテオーズからコー
こんにちは。ノートルパリです。ご訪問頂きありがとうございます。パリのセーヌ川に浮かぶシテ島には、シテ宮というパリで最初の宮殿がありました。現在、そのシテ宮は、マリーアントワネットの独房があったコンセルジュリーと最高裁判所=パレデュジュステイスと素晴らしいステンドグラスのあるサントシャペル=聖なる礼拝堂があります。これらに関しては、以前もブログに書きましたが、再度、写真を1枚ずつご紹介。シテ宮コンセルジュリー内部サントシャペル=聖なる礼拝堂これらシテ宮の正面、特に、コ
フランス国王の有名な愛人を描くルーヴル美術館のよく知られた三枚。順にルイ15世、アンリ2世、アンリ4世の愛人。2枚目は同名の女神になぞらえる。王よりも20歳も年上です!(モーリス・カンタン・ドラトゥール作「書斎のポンパドール夫人」、1749-1755年、パリ、ルーヴル美術館、INV27614、1.75×1.28m)(「狩人姿のディアンヌ・ド・ポワティエ」」、1550年代、パリ、ルーヴル美術館、INV445、1.91×1.32m)(フォンテーヌブロー派「ガブリエル・デストレとその姉妹」、15
昨日、アンスティチュ・フランセ東京で開講中の講座「アンリ4世が築いた壮麗なるパリ」の講座第3回目を終えました。昨日は、*ガブリエル・デストレ天宝の天使と仰がれた絶世の美女。理知的で教養もあり、国民の平和を望むためには王がカトリックに改宗するする必要性を説いた。これによって王は改宗。そして、ナントの勅令を出した。宗教の自由。フランスという国に平和が訪れた。一方でガブリエルの浪費グセと豪華志向は有名。のちの愛妾たち同様、それでなくとも宗教戦争で多額の借金を負っていたフランスの国庫を空
皆さんこんにちは~!パリ個人旅行案内のNOTREPARISノートルパリです。お元気でしょうか?ルーブル美術館の見どころのイタリアルネッサンスやフランス18~19世紀の新古典派+ロマン派やギリシャ+ローマ+イタリア16世紀の彫刻や宝石の間やナポレオン3世のアパルトマンなどで1回目のルーブル美術館は、疲れ果てて、終了してしまうかと思います。2回目のルーブル美術館のお勧めは、ギャラリーメディティスにあるルーベンスの大きな絵画の連作『マリー・ド・メディシスの生涯』。素晴らし
Cast:PrincessAurora:FumiKanekoPrinceFlorimund:FedericoBonelliLilacFairy:GinaStorm-JensenCarabosse:KristenMcNally当初、オーロラを踊るはずだったカスバートソンが怪我のため降板して金子扶生(ふみ)さんが抜擢されたようで、喜びが全身から伝わってくるフレッシュなオーロラ姫です8月7日(現地時間で)までの公開でした(今はもう見られない)オーロラ姫
1984年の夏は熱かった。夏までに、映画「スカーフェイス」や、映画「カリブの熱い夜」が公開されていた年で、映画「フットルース」が盛り上がっていた頃、それらの主題歌と共に、映画「さよなら夏のリセ」の、“愛のリセエンヌChristyAndAnna”をカセットテープで聴いていたのを思い出して懐かしくなり、探してみたが見つからず、サントラを入手しようにもCD等は発売されていないようで、仕方な
ルーヴル美術館。名品150選。マリー・ド・メディシスの生涯。王の死。宗教戦争で乱れた国の立て直しに力を尽くしたアンリ4世は暗殺される。偉大な王は神々に天に迎えられる。主人公は幼い王の摂政として国の行方を担うことになる。球は権力、船が国の「舵取り」を暗示します。(ルーベンス作「王の死とマリー・ド・メディシスの摂政就任」、1622-1625年、パリ、ルーヴル美術館、INV1779、3.94×7.27)via名画を読み解くYourownwebsite,AmebaOwnd
ルーヴル美術館。名品150選。マリー・ド・メディシスの生涯。王との出会い。メディチ家から嫁いできた主人公は、フランス国王と南フランスで始めて出会う。下はその場所リヨンの街の擬人像。城壁型の冠。さて主人公は片胸を出す。夫とともに最高神夫妻になぞらえられた姿です。(ピーテル・パウル・ルーベンス「王との出会い(連作「マリー・ド・メディシスの生涯」)」、1622-1625年、パリ、ルーヴル美術館、INV1775、3.94×2.95m)via名画を読み解くYourownwebsite,A
ジヴリーブランレプレフェールデュロイアンリ4世2015ルモワスネ謙虚にこのくらいのワインで。十分美味しい5月末です。帆立を剥いてご飯にのせて今日は箱ウニ帆立もウニも格安・・・言えないぜ海苔で巻いて、ホタテやウニを食べます。鶏です。ソースは帆立のヒモと春菊ブリー
フォンテーヌブロー派(仏:ÉcoledeFontainebleau、英:SchoolofFontainebleau)はフランス・ルネサンス期に宮廷で活躍した画家のグループです。名の伝わらない画家も多いのですね。フランソワ1世の時代に招かれたロッソ・フィオレンティーノに始まり、続くフランチェスコ・プリマティッチオやニコロ・デッラバーテなどイタリア出身のルネサンス(マニエリスム)の画家によって基礎が築かれたのですね。洗練性や華麗な表現手法は後のロココ美術へと継承されたので
ルーヴル美術館。名品150選。「ガブリエル・デストレとその姉妹」。右は王妃の座を狙っていた王の愛人。この奇妙な絵画は恐らく子供ができたことを暗示します。ではどの辺に暗示的だと思いますか?答えは・・・下記リンクをどうぞ。結局女性は謎の死を遂げます。(フォンテーヌブロー派「ガブリエル・デストレとその姉妹」、1594年頃、パリ、ルーヴル美術館、RF1937-1、0.96×1.25m)皆さん、この絵、気になるでしょう?皆さん、この絵、気になりますか?気になるでしょう?赤いカーテンがあり、手前に女性
こんばんわ。はなちゃんのブログにお立ち寄りいただいてありがとうございますはなちゃん&にこにこ地方は、とてもいい天気になりました。観光日和…こんな日は寺社仏閣の庭園に行きたい…我慢しましたが。先ほど、スーパー🛒へいく途中、車が全く走っていなくて街も暗い。自然が生き生きしてる一方で、コントラストで、開いているお店の明かりがとても眩ゆく見えましたよ。コロナの影響で、去年までとは全く違う世界になって、外に刺激を求めるんじゃなくて、内面の豊かさにフォーカスしやすい環境に、なってき
ごめんっ!今日はお父ちゃん寝坊してもた。気付けば5時半。ケンスケのおねしょ確認するとやはり遅かった。じっとり布団までは行かなかったが敷きパッドシーツはアウト。もう出してしまったので大丈夫なんですがここは始末をさせないと。彼を起こし洗濯場に。その間着替え洗い物を出す。今度はホースの(8の字巻き)を教えたるわ絡まないクセをつけるために。申し訳なさそうに息子は言う…お父ちゃんごめんな。…笑気にすんなって!
先日、久しぶりにシャルトルに行ってきました。以前行ったときは、聖堂の前の方を修理していましたが、それが終わって綺麗になっていました。マリア様のヴェール。ステンドグラス。(シャルトルブルー)アンリ4世は、この聖堂で戴冠式を行ったそうです。(1594年2月27日)『へぇー。そうなんだ。』って感じ。アンリ3世が亡くなって、王位
【検証2日目】東京国立博物館の充実したコレクションのおかげで、1日目は、かなり順調なスタートを切ることができました。そこで、2日目も、コレクション展に狙いを定めることに。ところが、頼みにしていた国立西洋美術館も、東京国立近代美術館も、現在、休館中であることが判明そこで、都心から少し足を延ばし、八王子へ。都内屈指の美術コレクションを誇る東京富士美術館で、ビンゴチャレンジです。なお、残念ながら、この日は本館がお休み。新館の常設展示室で数字を探します。まず、見つけたのは、《ドーセッ
ルーヴル美術館の至宝、ルーベンス作連作「マリー・ド・メディシスの生涯」の一枚です。摂政となったマリー・ド・メディシスの婚姻政策に基づき、フランスとスペインの王女を国境の河で交換するという場面です。左の女の子がフランス王女エリザベート、右がスペイン王女アンヌ・ドトリッシュです。右の子が、マリー・ド・メディシスの息子フランス国王ルイ13世(ブルボン王朝、在位:1610-1643年)の王妃となる。左の子はマリーと夫の国王アンリ4世(ブルボン王朝、在位:1589-1610年)の娘、ルイ13世の妹です。
国王ルイ13世(ブルボン王朝、在位:1610-1643年)。国王アンリ4世(ブルボン王朝、在位1589-1610年)とマリー・ド・メディシスの息子です。フランスは基本的にカトリックの国。プロテスタントの反乱を国王ルイ13世が鎮圧したことを称える作品です。背景には出来事の舞台となったフランス西部の街が表されています。勝利の女神が王に冠を授けます。(フィリップ・ド・シャンペーニュ作「勝利の女神に冠を授けられるフランス国王ルイ13世(在位:1610-1643年)」、1635年、パリ、ルーヴル美術館、
もともと分家の系統であった国王アンリ4世(ブルボン王朝、在位:1589-1610年)は、親しみやすい人柄で「フランスで最も愛された王」と言われました。マルゴとの結婚が無効となった後、王はガブリエル・デストレと結婚との結婚を望むも叶わず、国の立て直しのため、お金持ちのメディチ家出身のマリー・ド・メディシスと結婚します。(ピーテル・パウル・ルーベンス作「王妃の肖像画を受け取り愛によって武装解除されるアンリ4世(部分、連作「マリー・ド・メディシスの生涯)」、1622-1625年、パリ、ルーヴル美術館
アンリ4世(ブルボン王朝、在位:1589-1610年)は、プロテスタントのフランス国王は認めがたい国民感情を考え、カトリックに改宗して即位するという離れ技をやってのけます。アンリ4世は、新旧両教徒の融和と、内戦で疲弊した国内の立て直しに努めます。関係が冷えていた「王妃マルゴ」とは「結婚の無効」が認められました。(フランス・プルビュス(子)「黒い衣装のフランス国王アンリ4世(在位:1589-1610年)」、1610年?パリ、ルーヴル美術館、INV1708、39×25cm)via名画を読み
ガブリエル・デストレとその姉妹。右の女性はフランス国王アンリ4世(在位:1589-1610年)のお気に入りの愛人。その懐妊を暗示すると見られる作品です。作品の全体は子宮を思わせるイメージ。画面の奥に男性の下半身を表す絵画。これアンリ4世を暗示?指輪は結婚の約束かも。彼女は王妃になりたかったのですが叶わず死します。王アンリ4世、連作「マリー・ド・メディシスの生涯」の主人公、マリー・ド・メディシスと結婚します(フォンテーヌブロー派「ガブリエル・デストレとその姉妹ヴィヤール侯爵夫人」、1594年頃、
ここではフランス国王アンリ4世(在位:1589-1610)は、ギリシア神話最大の英雄ヘラクレスになぞらえられています。棍棒、怪物レルヌのヒドラがヘラクレスを暗示するものです。連作「マリー・ド・メディシスの生涯」でも王アンリ4世と、英雄ヘラクレスの関連づけがありました。暗殺された王は昇天し、天上の世界で、偉大な英雄ヘラクレスと同様に、神々の列に加わるという表現です。(トゥッサン・デュブルイユ周辺の画家「レルヌのヒドラを倒すヘラクレス姿のアンリ4世」、1600年頃、パリ、ルーヴル美術館、RF199
マリー・ド・メディシス(連作「マリー・ド・メディシスの生涯」の主人公)の夫は、フランス国王アンリ4世(在位:1589-1610年)。この人は「フランスで最も愛された国王」と言われた人です。分家の系統だったのですが、前の王朝が断絶して王位がまわってきます。ブルボン王朝最初の王様です。王は肖像画に見とれています。(ピーテル・パウル・ルーベンス作「王妃の肖像画を受け取り愛によって武装解除されるアンリ4世(部分、連作「マリー・ド・メディシスの生涯)」、1622-1625年、パリ、ルーヴル美術館、INV