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アテナイのアゴラに来ています。前回のストア・ポイキレの反対側にはゼウスの柱廊がありました。場所はこのあたり。ディスカバリーモードで説明がありました。ゼウスの柱廊ゼウスの柱廊は建築様式によって注目を浴びました。構造は他の建物に似ていましたが、両翼が突出していたのです。上には勝利の女神、ニケの装飾がありました。紀元前479年、ペルシアの第2次ギリシア侵攻を終わらせたプラタイアの戦いの後、「ゼウスの自由」を意味するゼウス・エレテリオス教団が設立されました。この柱廊は、紀元前5世
アテナイのアゴラに来ました。お店がたくさん並んでいる広場という感じです。場所はこのあたり。Wikipediaには、当時の建物の配置が記載されていました。アテナイのアゴラ見取り図紀元前5世紀頃列柱郭(ペリスタイル)-中庭貨幣鋳造所噴水(Enneakrounos)南柱廊民衆裁判所(ヘリアイア)orアイアコスの社(アイアケイオン)将軍会議場(ストラテゲイオン)-将軍(ストラテゴイ)達の会議場コロノス・アゴライオスの丘円堂(トロス)=当番評議員会
まいど〜🎮️長年やっているプレステ4の《アサシンクリードオデッセイ》……。本編はとっくの昔にクリアーしてはいるんですが、このゲームが本当に面白くて今もなお《やり込み》まくってまして。長年最強を目指すべく【熟練度】を上げているんですが、今回は熟練度210から220までの流れを……っと本当にど〜でもえ〜話😁👍操作している主人公、色んな人や国から仕事を請け負う傭兵でして。仕事を達成する度に《お金》や《物資》、そして《経験値》を得る事が出来ます。その経験値をためて規定の経験値量に達すると1つ
引き続き、アテナイのケラメイコスを散策しています。門の近くには、立派な屋敷がありました。アサクリ内ではハミッポスの邸宅として登場していました。ディスカバリーモードでは説明も記載されていました。ハミッポスの邸宅プーリュティオンの家としても知られるこの邸宅は、アテナイ屈指の美しさを誇っていた。エレウシスの秘儀を揶揄したことで所有者が罪に問われると、この邸宅はディオニソスに捧げられた。この邸宅については、パウサニアスの「ギリシア案内記」にも記載されています。[1.2.
前回に続き、アテナイのケラメイコスあたりにいます。ディスカバリーモードで陶器についてのツアーがありました。ケラメイコスは有名な陶器の生産地であったようです。陶器の探求ケラメイコスはアテナイのアクロポリス北西に位置する、広大な地域です。一部は墓地として使われましたが、陶器の作成も盛んに行われていました。ケラメイコスは陶芸においてとても重要な場所で、「セラミック」という言葉の由来にもなりました。おそらく川に惹かれた陶工たちが移り住み、活気あふれる共同体ができたのでしょう。紀元
アテネに入りました。北西にある門の近くに来ています。門はこんな感じ。近くには、銅像や彫刻が配置してあり、アテネが栄えていることがうかがえます。このあたりには、ディピュロン門と聖門という門があったようです。その近くには、デメテルとコレー像がありました。アサクリ内では、像について少し説明がありました。デメテルとコレー像聖なる門のそばに作られた、豊穣の女神デメテルとその娘コレーの像。彼女たちはアテナイとエレウシスの聖域をつなぐ道を見守り続けた。デメテルとコレ
おはよ〜さんです❗️今日は昼から彼女とランチデート❗️❗️そして久しぶりの普通の食事、楽しみです😁👍👍そんな今日の話はもう相当前からやっているプレステ4のゲーム【アサシンクリードオデッセイ】の話……。度々このブログにも登場しているこのゲームが本当に面白くてハッキリ言って《飽きません》❗️❗️コレぞ《神ゲー》と言っても過言でもないぐらい面白い。で、本編は何年も前にクリアしていて、現在は《熟練度》なる……いわゆる【最強を目指すためのレベル】を上げている最中でしてね。一般的な内容の《自己
鎧とか装備品チェンジってできるのかな?
前回紹介した、焼け落ちたヘラ神殿のもう少し南に、ヴォウリアグメニの陥没孔というものがありました。アサクリ内では海底に穴が空いているという感じ。ヴォウリアグメニという土地は現在ではビーチやホテルがある観光スポットのようです。場所はこのあたり。以下、英語版Wikipediaより。ヴォウリアグメニ((ギリシア語:Βουλιαγμένη、「沈んだ」という意味)は、…近くにあるヴォウリアグメニ湖にちなんで名づけられている。アテネで最も高級な郊外の一つであり、有名なホテルや
アテネとピレウスの周辺を散策していたら、焼け落ちたヘラ神殿というのを見つけました。以前、記事にしたファリロン港の近くです。アサシンクリードオデッセイで古代ギリシャ-4ページ目ameblo.jp場所は、アサクリ内ではこのあたり。現実でどこに相当するかは分かりませんでした。焼け落ちたヘラ神殿については、パウサニアス先生が「ギリシア案内記」の中で言及しています。[1.1.5]ファリロンからアテネに向かう途中、扉も屋根も失われたヘラ神殿がある。ゴブリュアスの息子であ
約62時間楽しませていただきました。女王陛下に勲章授けられました。ラストの章をクリアしたのは、現状5.3%なのでユニティより少ない・・面白かったのにね。なんで?感想。・前作ユニティよりもフリーランが洗練され、プレイヤーの感覚的な操作に素直になった。・丁寧に自分のレベルに見合ったエリアを探して、そこのイベントをクリアしていくことで、ほとんどつまづくことなく進められる。・そんな感じでレベル上げができると、最終盤はステルスしなくても、一人で10人くらい相手にゴリ押し
ディスカバリーモードでアテネの旗について説明がありました。アテナイの旗アテナイの旗は紀元前5世紀のアテナイ硬貨に影響を受けています。硬貨の片面にはこの街の主神アテナが表され、反対側にはフクロウが表されています。アテナは複数の要素を司っていましたが、主に戦争、工芸、知恵と関係づけられていました。アテナイを守る神であり、名前の由来にもなりました。アテナのフクロウはアテナの知恵と保護を象徴し、図像ではよくアテナの横に描かれました。アテナイの硬貨はとても象徴的で、古代にはフクロウを意味
引き続き、ピレウスを散策しています。アテネに続く道の城壁あたりに来ました。↓城壁の上↓城壁の中城壁については、ディスカバリーモードで説明がありました。長い壁テミストクレスの城壁は鉄のボルトで繋げられ、成形された船で固定された石の厚板で作られていました。スパルタとの戦争を前にして、急いで建てられたことは明らかだったとトゥキディデスは記しています。長い城壁は通常の城壁と異なるやり方でアテナイを守ることを意図したものでした。彼らは街を2つの主要港と繋いで本土から切り離した
アテネのすぐ隣、ピレウス(ペイライエウス)にやってきました。海が近いだけあって開放的で、様々な商品やお店が並んでいました。工房もあれば神殿もあり、当時の栄えた様子がうかがえます。場所はこのあたり。PIRAEUSと書かれています。前回のファリロン(PHALERUM)からさらに西で、当時はアテネとの間に城壁に囲まれた通路があったようです。ディスカバリーモードではツアーが組まれていて、ピレウスについて詳細な説明がありました。ピレウスの概要ピレウスは3つの主要セクターに分かれ
ラヴリオ銀山から北西へ。ファリロンの水没した港がありました。と言っても、宝箱が海底にあるくらいでしたが…。場所はこのあたり。PHALERUMと書かれている場所です。アテネの南西。ファリロンについては、パウサニアス先生が、近くの栄えた港ペイライエウス(ピレウス)を説明する中で言及しています。[1.1.2]ペイライエウスは早い時代から集落であったが、テミストクレスがアテネの最高官になる前は港ではなかった。ファリロンがアテネから最も海に近い場所であったため、アテネの港はフ
ポセイドン神殿の北側に行き、ラヴリオの銀鉱山に来ました。ラウレイオン、ラウリオンとも言うようです。場所はこのあたり。現在も遺跡が残っています。ディスカバリーモードではツアーが組まれていて、詳細な説明がありました。道具鉱山では様々な道具が使われました。通路の作成は鉄のノミと金槌、測量機、くさびが使用されました。鉱石や石は、皮の袋や草の籠を使って取り除かれました。石油ランプや松明は明かりを灯しました。照明は勤務時間の間、持続するように設計されていました。そして地形を
スニオン岬の先にあったポセイドン神殿まで来ました。海に面していて眺めもきれい。場所はこのあたり。岬の先端です。スニオンのポセイドン神殿は現在も残っており、観光地となっているようです。夕日の名所だとか。アサクリ内でも大きな神殿と、広い聖域がありました。ディスカバリーモードでは美しい絵と説明書きがありました。スニオンスニオンはアッティカ地方の最南端、アテナイから約70キロ南にあります。この地域にある有史以前の墓から、紀元前3000年頃より人が住み始めたと思
今回からアテネを含むアッティカ周辺を回っていこうかと思います。まずはスニオン岬から。↓南側↓北側北側は結構山がちです。場所はこのあたり。Wikipediaで少し説明がありました。スニオン岬(古代ギリシア語:ΆκρονΣούνιον;英語:CapeSounion)は、ギリシアのアッティカ半島の最南端にある岬である。首都アテネの南南東約69kmに位置している。ギリシア神話の「海の神」であるポセ
アポロンの神域はこれが最後。一番上にある劇場まで来ました。場所はここ↓円を中心に階段状に席が並べられていました。以下、Wikipediaより。デルポイの古代劇場の最上部は標高596メートルにあり、アポローンの神域からアテーナー・プロナイアの神域に至るほぼデルポイ全域を眺望できる[144]。劇場はもともと紀元前4世紀に建造されたが、紀元前2世紀中ごろ(紀元前160-159年)、ペルガモン王国のエウメネス2
PS公式で恒例のまとめ情報が閲覧可能だったので確認してみました。今年プレイしたタイトルは20本、毎年これくらいですね~スタイルはスリルを求める傾向にあるようですwまぁオープンワールド系とかアクションをメインにプレイしてたからかも。最もプレイ時間が多かったランキングの上位はこんな感じ。やはり探索に時間がかかるオープンワールド系が多いですね~アサクリはほんと時間がかかった(∩´∀`)∩でも面白かった。最後に沿うプレイ時間は482時間・・・結構遊んで
switch2のアサシンクリードシャドウズを買いました。今年の初めにPS5でリリースされたものがswitch2に移植されたものとなります。PS5でもすでにクリア済みなのですがswitch2の性能を試してみたい!と思って購入。携帯モードとかであのグラフィックがどうなるのか・・・さすがに画質は下がるのは覚悟の上ですが携帯でできるってのは大きなメリットですね~。ただ75GBの空き容量が必要というのがでかすぎる(;^ω^)
おはようございます連日天気は良いですが、すっかり寒いですアサクリ関係ないですが、11/24にゴーストオブヨウテイのNewGame+が追加されるみたいですね!!楽しみ昨日は最初に弥助のクエストを進めまして、お市さんを撮りました素敵ですその後奈緒江に切り替えて、淡路に行くためのクエストをざっとこなして、やってきました淡路島海がきれいに見えたのでキャプチャしたのですが、全然綺麗に見えないですねその後洲本城の前でも真っ昼間なはずなのに暗い
目次簡単な解説?対応機種難易度レベリングクリアレビュー序盤(1~30レべ)に強い装備中盤に(31~89レべ)強い装備終盤に(90~99レべ)強い装備追加DLCに関して課金要素について最後に目次を開く簡単な解説?Assassin'sCreedOdysseyは紀元前430年のテルモピュライの戦いからペロポネソス戦争時代の古代ギリシアが舞台である。プレイヤーはまずテルモピュライの戦いでレオニダスを操作しチュートリアルをする本編はペロポネソス戦争でプレイヤーはアレ
【ゲーム】「アサシンクリード」新作は開発中止になっていた背景は『シャドウズ』黒人の「弥助」反発問題1muffin★垢版|大砲2025/10/09(木)11:06:03.30ID:f3akyE7/9https://news.yahoo.co.jp/articles/53d1a1fba76185d918d9f6404580a912d5e677c110/9(木)10:48ユービーアイソフトが手掛けるアクションアドベンチャー『アサシンクリード(以下、アサクリ)』シリーズにつ
このところあまりゲームをしていなくて、久しぶりのプレイに選んだのは、アサシンクリード・ローグ。2014年製。アサシンクリード/通称アサクリのシリーズは、しばらく前にオリジンをプレイしただけで、しばらく離れていた。久しぶりにプレイしたら、最初は勝手が全然わからなくなっていたけど、何度かゲームオーバーを繰り返すうちになんとなく思い出す。というか、これは過去シリーズやってないと、ストーリーやキャラクターがさっぱり何が何だかわからない?とりあえず何のためにとかよくわからんけど、示
アサクリ問題を「弥助やないかい」をバズらせたキャベツの人が総括していこれで。これを最後に、もうアサシンクリードシャドウズについては、取り上げないそうです。感謝して終わる、と総括しているのですが、私もこのゲームには感謝してます。このゲームが酷すぎて、「弥助やないかい」を初めに多くの炎上歌が誕生し、多くの問題点が検証され、知られていなかったことが知られるきっかけになったわけですから。そして文化や歴史戦はどんな場所でも行われていることもあらためて気づかされたのです。そしてこうした日本についての問
アサクリシャドウズ皆さんはシステム障害をご存知でしょうか?有給取って免許の更新に行った5月某日、警察署はシステム障害にみまわれていた。言って!!ニュース速報で流すとかスマホのアラートでお知らせするとかしてよその日アサシンは朝からネイルに行き、免許講習の時間まで空いていたので役所でマイナンバーの電子証明書の更新をしようと思ったの。役所に着いて発券機を操作したら…180分待ち。あの…役所ですよね?どっかの夢みたいな国のアトラクションとかじゃないですよね?順番待ちの皆さんアレで
アサシンクリードオデッセイ。デルフォイのアポロン神域を順番に見ています。アポロン神殿の西側にはデルポイの戦車乗りという大きな像が置かれていました。ディスカバリーモードでは説明が書かれていました。デルポイの戦車乗りこの像はゲラの暴君が自身の勝利を祝うために捧げられた。彼は紀元前478年または474年のピュティア大祭で、戦車競走に勝利した英