ブログ記事340件
平取町を挟む飛び地自治体である現日高町の北半、旧日高町のもとの名は右左府(うさっぷ)村でした。右左府村は昭和18(1943)年に日高村と改称します。改称の理由は「右左府」が難読であったからだと推察されます。ウサップとは、アイヌ語でu-sap,「互いに流れ下る川」(萱野茂)という意味のようです。ペンケウシャップ川とパンケウシャップ川が作るこの小盆地を意味します。ちなみにアイヌ語では"s"と"sh"は区別しないので、ウサップでもウシャップでもよいのです5万分の1地形図「右左府
名称:タツコフアイヌ語名:tapkop標高:322m所在地:虻田郡喜茂別町字知来別2万5千分の1地形図:喜茂別5万分の1地形図:留寿都北緯:42.793東経:140.9683D図皆さん、ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしょうか?私は、例年はこの時期東北地方のアイヌ語地名探索にでかけるのですが、今年はどこへも行っていません。というのも、十数年ぶりにPCを新しくしまして、それに関連するあれこれでけっこう手間をかけました。やっと本日(5月5日)の午前なんとか目途が付
旧穂別町の奥、鵡川沿いにに富内(とみうち)という集落があります。ここは、以前には国鉄富内線が通っていて、その線名にもととなったところです。大正12(1923)に私鉄・北海道鉱業鉄道(のち北海道鉄道と改称)金山線として沼ノ端・邊富内(へとない)間を開業。昭和18(1943)年、北海道鉄道は現千歳線とともに国有化されました。国有化と同時に、邊富内駅は富内駅と改称され、線名も国鉄富内線とされました。”富内”(とみうち)とは、日本語地名のように感じられますが、元はれっきとしたアイ
4月に入って北海道も外の雪も姿を消し、ようやく春めいてきました。長いとうみmんから覚めていろいろと出かけられる季節となっていました。さっそく、昨日出かけてきました。場所は、日高地方北部・沙流川上流の旧日高町。札幌からだと、道東自動車道占冠インタ経由の北回りのほうが近いですね。さて、今回は・・・・・・名称:キムンタプコプアイヌ語名:kimun-tapkop山のほうにあるたんこぶ山標高:391m所在地:沙流郡日高町宮下町3丁目2万5千分の1地形図;日高5万分の1地形図:
前回で、これまで見てきた北海道・東北のタプコプはすべて紹介しました。いよいよ北国にも春がやってきました。今後の見通しですが、まだ見ていない北海道のタプコプは、今年中に見ておきたいと思います。それらをざっと北から挙げると(すべてではありません?は存在が不確かなもの)、1.幌延町タッコシリ2.遠別町タプコプウシュナイ?3.初山別村タコナイ4.雄武町オタツコムシュペ?5.初山別村/遠別町オタコシベツ?6.初山別村セタッコナイ?
名称:竜子山(たつごやま)アイヌ語名:tapkop?標高:920.5m所在地:福島県田村市・双葉郡葛尾村2万5千分の1地形図:上移5万分の1地形図:川俣北緯:37.501東経:140.696地理院地図に加筆福島県東部の阿武隈高地、国道399号線を葛尾村の中心部で西に向かう県道に移りAを過ぎたあたりで突如見事な円錐形の独立丘は目に入る。これが竜子山である。Bではさらにそれに近づく。A付近方ら竜子山がよく見えるようになってきたBのあたり方峠越えに入る竜
名称:タツコフ、マクンタプコプ、神威岳アイヌ語名:makun-tapkop奥にあるたんこぶ山標高:467.5m所在地:歌志内市字中村・赤平市2万5千分の1地形図:赤平5万分の1地形図:赤平北緯:43.5188東経:142.006松浦武四郎の丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌のうちの丁巳第三巻の「再篙(こう)石狩日誌」(第二巻)のなかで、歌志内川(ota-sh-nai)の流域についてヲタシナイ(前略)先第一川口より左俚少し登りて、ハンケウタシナイ、ベンケウタシナイ、タツコフ、ヲ
名称:トワルタップコップ、トアルタップコップアイヌ語名:tuwar-tapkop随伴地名:トワル(ゆるい)標高:314.0m所在地:瀬棚郡今金町・二海郡八雲町境界2万5千分の1地形図:ルコツ岳5万分の1地形図:今金北緯:42.376東経:140.182地理院地図より北海道今金町と八雲町との境界にトワルタップコップ岳(上図A)とキムンタップコップ岳という二つのタプコプがあります。アイヌ語名では、トワルタップコップは「生ぬるい川の水源にあるたんこぶ山」という意
名称:キムンタップコップアイヌ語名:kimun-tapkop随伴地名:キムン(山のほうにある)標高:322m所在地:瀬棚郡今金町・二海郡八雲町境界2万5千分の1地形図:ルコツ岳5万分の1地形図:今金北緯:42.357東経:140.133地理院地図より北海道今金町と八雲町との境界にトワルタップコップ岳(上図A)とキムンタップコップ岳(同B)という二つのタプコプがあります。アイヌ語名では、トワルタップコップは「生ぬるい川の水源にあるたんこぶ山」、キムンタ
名称:女達居山(めたっこやま)アイヌ語名:tapkop標高:207.0m所在地:宮城県黒川郡大衡村大瓜2万5千分の1地形図:七ツ森5万分の1地形図:吉岡北緯:38.485東経:140.812宮城県中部・黒川郡大和町(たいわちょう)の達居森(たっこもり、262.1m、下の地図D)の北の黒川郡大衡村(おおひらむら)には、女達居山(めたっこやま、202m、下地図G)という山もあります。達居森を見たあと、峠道をひとつ越えて、北隣の大衡村に入ってみます。すると達居森を北か
タプコプの南端はどのあたりかといいますと、異論はあるのですが、福島県あたりかと考えています。とりあえず南に下って宮城県の中部を見てみますます。名称:達居森(たっこもり)アイヌ語名:tapkop標高:262.1m所在地:宮城県黒川郡大和町・大衡村2万5千分の1地形図:七ツ森5万分の1地形図:吉岡北緯:38.470東経:140.819黒川郡大和町(たいわちょう)に達居森(たっこもり、262.1m、下地図D)という山があります。またその北の大衡村には、女達居山(めたっ
名称:タプコプ随伴名称:タプコプサラアイヌ語名:tapkop標高:33m所在地:新冠郡新冠町字高江2万5千分の1地形図:静内5万分の1地形図:静内北緯:42.374東経:142.310標識の立っているD峰明治25年もしくは28年発行の北海道庁実測切図には、新冠町の北西にタプコプサラという地名が記されています。タプコプサラとは、平取町の紫雲古津にもあって、アイヌ語で「たんこぶ山のある葦原」という意味で、近くにタプコプがあること示しています。明治28年発行「北海道
タプコプとは小独立丘つまり「たんこぶ山」をあらわすアイヌ語地名で北海道と東北北部に広く分布しています。2023年7月6日に空いたものですが、その後新の発見したものを追加した見ました。1.北海道のタプコプ北海道平取町シュプンタプコプ北海道のタプコプの分布(2023年7月6日)北海道のタプコプの分布(2026年3月18日)2.東北のタプコプ秋田県大館市達子森東北地方のタプコプの分布(2023年7月6日)東北地方のタプコプの分布(2026年3月18日)(今後随時改定
名称:タプコプ?関連地名:タッコ川アイヌ語名:tapkop?標高:86m2万5千分の1地形図:銀山5万分の1地形図:仁木緯度:43.0347経度:140.750これは自転車で走っていて偶然見つけたのですが、仁木町の銀山にタッコ川という余市川支流の小川がありました。タッコと紛らわしいアイヌ語地名にタップがあります。タッコの場合は、tapkop,つまり「たんこぶ山」が詰まったものですが、タップの場合は、tap,つまり「曲がった流れ」が詰ったものも含まれるため(例;美唄
名称:タツコヒ坊主山アイヌ語名:tapkop標高:374.6m所在地:瀬棚郡今金町字美利河2万5千分の1地形図:美利河5万分の1地形図:今金北緯:42.474東経:140.160松浦武四郎の東西蝦夷山川地理取調図には、いまの今金町の後志利別川の上流部に”タツコヒ”が記されています。これは”タプコプ”の事ではないか?と思われます。見地ではそう訛ってよばれていたのかもしれません。これを今の地図で見てみると、この山は坊主山に相当すると思われます。東西蝦夷山川地
名称:タプコプアイヌ語名:tapkop標高:41m?随伴名称:タプコプウシュナイ所在地:羽幌郡羽幌町字築別道北の羽幌町の築別川の北側の支流にタプコプウシユナイという川がある(図1,2)。これは”tapkop-ush-nai”で「タプコプのある川」あると思われるので、その近くにタプコプという山があるはずと思われるので、9月28日、札幌からはるばる行ってみた。途中ガス欠になりかけて、深川でGS開店するまで待ったので予定より1時間遅れて到着。図1.20万分の1実測道庁切圖
名称:タプコプアイヌ語名:tapkop標高:162m所在地:登別市幌別鉱山町2万5千分の1地形図:室蘭東北部5万分の1地形図:登別温泉北緯:42.459東経:141.059(2024-08-21の記事をリメイクしました。)2003年9月7日北海道登別市の幌別川筋にタプコプという小独立峰があることは前から知っていましたが、長いことそのままになっていました。先日、児島恭子著『アイヌ語地名の歴史』を読んでいたら、幌別川筋のタプコプアンナイという沢が取り上げられており、そ
名称:タプコプアイヌ語名:tapkop標高:109.4m所在地:日高町字広富(旧門別町)2万5千分の1地形図:庫富5万分の1地形図:富川北緯:42.580東経:142.230今の地図からは消えてしまったタプコプも結構あります。その一つを傷害します。を見ると日高町(旧門別町)の門別川筋にもタプコプがありました。昨年それを見に行きました。20万分の1道庁切図(明治28年)より、門別川筋日高自動車道を日高門別インタを降り、ひたすら門別川を遡ります。庫富の集落
さて、アイヌ語地名事態については現在にあるいは古い2万5千分の1地形図類を調べれば、ピックアップはできます。また、大まかなその意味についても、永田地名解や松浦武四郎の著書あるいは山田秀三氏の著作に示されています。しかし、詳しいところとなると十分ではありません。そこで登場するのが、知里真志保著『地名アイヌ語小辞典』(1956年初版:発行所不詳、私の所有は、復刻4版、北海道出版企画センター、1992年)です。本書は”小辞典”と呼ぶにふさわしく170ページほどの小冊子で、サイズは新
古い時代のアイヌ語地名は時を経るにしたがって徐々に地図から消えてゆくことがあります。ところが、まれに新たに登場する場合もあります。平取町振内の南東にある茂岩山(403.2m)は、東西蝦夷山川地理取調圖(松浦武四郎)や道庁実測切図、仮製5万図には記載されず、昭和55年発行(昭和52年測量)の5万分の1地形図『岩知志』にいきなり”茂岩山”として登場する珍しいものです。そのいきさつは、どのようなものだったのか?これから調べて行きたいと思っています。少なくて、ものちの示す人工的なモイワで
今年は冬の十勝の旅にちょっとはまっています。1月に続いて2度目の十勝行。前回は1人でしたが、今回は札幌から1名、仙台からもう1名、私を含めて総勢3名の旅。まずは、ジュエリーアイスで有名な十勝川河口の大津海岸。大津とは、滋賀県の大津とは全く関係なく、アイヌ語での”オホツナイ”を音(おと)を似せて”おおつ”としたもの、しかし、ここは十勝で一番古い町で、『十勝発祥の」の石碑もあります十勝に鉄道が届くまで入植する和人はこの河口の港から、十勝川をさかのぼって各地におもむいという十勝第一の港であ
名称:タプコプアイヌ語名:tapkop標高:237.9m所在地:新冠郡新冠町字太陽2万5千分の1地形図:太陽5万分の1地形図:新和北緯:42.536東経:142.432私がこのシリーズで書くタプコプは、原則として現地に行って実際に見たものだけを取り上げているのですが、今回のものは未踏破のものです。最近は、地理院地図の3Dモードを利用してタプコプをパソコン上で立体視してその形状を確かめているのですが、今回のものはその流れで偶然見つけてしまったのです。場所は日高の新冠
松浦武四郎が『東部安加武留宇智之誌』などで記した、津別町のタプコプ(タッコブ)については様々な見解があるようです。このタプコプは、網走川とタッコブ川のの合流部近くの永代橋あたりからでもはっきりと認められます。写真1図1タプコプと思われる山塊にはB,C,Dの3つの峰がある(地理院地図より)その理由を以下に述べます。このタプコプは、上図のAの方角から見ると下(写真2)の様に見えます。写真1ここで、地理院地図地図で3D像を作ってみると、下(図2、3)のように
一昨年、松浦武四郎著丁巳(ていし)東西蝦夷山川地理取調日誌(上・下2冊)(高倉信一郎校訂、秋葉実解読、昭和57年、北海道出版企画センター)および戊午(ぼご)東西蝦夷山川地理取調日誌(上・中・下3冊)(同、昭和60年、北海道出版企画センター)を古書ネットで購入しました。松浦武四郎丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌(上・下)松浦武四郎戊午東西蝦夷山川地理取調日誌(上・中・下)これらには、松浦が調べたおびただしい数のアイヌ語地名が載せられており、改めて松浦のすごさを確認できるとともに、こ
名称:タプコプ(タッコウトルサンナイ)アイヌ語名:tapkop標高:83.8m所在地:白老郡白老町字石山2万5千分の1地形図:白老5万分の1地形図:白老北緯:42.553東経:141.278白老町発行の、『白老のアイヌ語地名』というフリー冊子があります。白老町の観光案内書や白老駅に置いてあります。それによると、白老町内には3つのタプコプがあると書かれています。白老町内にあるタプコプは、①千歳市との境、支笏湖南岸にある多峰古峰(たっぷこっぷ)山、②敷生地区
名称:ウトルルクシタプコプアイヌ語名:utur-rukus-i-tapkop標高:324.9m所在地:虻田郡喜茂別町字比羅岡2万5千分の1地形図:喜茂別5万分の1地形図:留寿都北緯:42.805東経:140.888喜茂別町には2つのタプコプがあることが松浦武四郎作の「東西蝦夷山川取調圖」で記されています。しかし、記事となっているのは『戊午東西蝦夷山川取調日誌』の「東部作発呂留宇知之(サッポロルーチシ;札幌越え)誌」でのウトルルクシタツコブ是はヒン子シリとシリベツ間に
昨日の続きになります。名称:小鷲峻(しすん)山アイヌ語地名:tapkop?標高:387m所在地:新十津川町トップ2万5千分の1地形図:石狩大和、吉野5万分の1地形図:滝川北緯:43.617東経:141.7382025年8月カマワマナイタツコフ(鷲峻山)の東にある山です。古いお記録には全く記されていませんが、国道451号線の吉野付近から、カマワナイタツコフ(鷲峻山)を眺めるといやがおう目に入ります。現在の2地図で見れば、小鷲峻山という名であることがわかります。こ
名称:カマワナイタツコフ、鷲峻(しすん)山アイヌ語地名:kamaya-nai-tapkop標高:504.7m所在地:新十津川町トップ2万5千分の1地形図:石狩大和5万分の1地形図:滝川北緯:43.617東経:141.7372025年8月松浦武四郎の東西蝦夷山川地理取調(十)はほぼ現20万分の1地勢図の『留萌』の領域をあらわしたものですが、その中にカマワマナイタツコフという山が記されています。場所は今の新十津川町を流れる徳富川の流域です。近くにカマヤコナイという川がある
俗称永田地名解、正確には北海道蝦夷語地名解は明治24年仁刊行され、全道6千数百のアイヌ語地名を収録した。いわばアイヌ語地名のバイブルのような書である。山田秀三さんは「地名に関しては北海道でできた最高の書であったろうか」と絶賛している。永田地名解(草風館復刻版)序文著者の永田方正(ながた・ほうせい)は天保9((1838)年に四国西条藩士として生まれ、江戸に出て学び、聖書和約を発行するなど当代の一流の知識人であった。明治15年に北海道にわたり遊楽部(現八雲)のアイヌ学校で教育を担当
私がそもそもアイヌ語地名に興味を持ったのは、1981年ころアイヌ語地名研究家の山田秀三さんが、NHKのテレビに出演されアイヌ語地名についてお話しされたのをたまたま見たことからでした。その映像はビデオに収録してあります。その時、山田さんは主に北海道の地名と東北北部の地名の類似性、つまり東北北部にアイヌが地名が分布していることお話しされました。その映像で度肝を抜かれたのは、話の内容はともかく、山田さんがスタジオ内で堂々とタバコを吸っているシーンがそのまま放送されたことでした。この時す