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名称:タプコプ別名or関連地名:タッコウシアイヌ語名:tapkop,tapkop-ushたんこぶ山、たんこぶ山のあるところ標高:20mくらい所在地:北海道苫小牧市植苗2万5千分の1地形図:ウトナイ湖5万分の1地形図:千歳明治年間発行の道庁切圖では、室蘭街道(現国道36号線)の脇、丹治沼の東にタプコプという地名があります。ただし、現地図からは消えています。国道36号線のこのあたりは札幌から苫小牧方面に行く場合によく通っていたのですが、タプコプの存在を気にしたことはあ
コイカタツコブ名称:ヲイカウシタツコブ別称:タプコプ、円山、円山神社跡アイヌ語名:オイカウシタプコプoika-us-tapkop、意味:向こう岸(渡船場)のたんこぶ山標高:約80m(海抜)所在地:北海道夕張郡栗山町2万5千分の1地形図:雨霧山5万分の1地形図:追分図1.地理院地図(2023年7月18日)より松浦武四郎の『由宇発利(ゆうばり)日誌』に、夕張川筋のタツコブが記され、永田方正の『北海豪蝦夷語地名解』の夕張郡のなかにもタプコプ、丸山の記載があります。東西蝦夷
名称:タプコプアイヌ語名:tapkopたんこぶ山、小山標高:67m関連地名:タップコサラ所在地:北海道沙流郡平取(びらとり)町紫雲古津(しうんこつ)2万5千分の1地形図:富川5万分の1地形図:富川タプコプサラ(手前)とタプコプ(奥)国土地理院2.5万分の1地形図地「富川」を見ると、平取町の紫雲古津(しうんこつ)の西の山すそにタップコサラ川という小さな川(沢)がある(図.1矢印)。その川は明治期の20万分の1道庁切圖(図.2)にも江戸末期の東西蝦夷山川地理取調図(松浦武四
今回は前回に続き東北地方のタプコプを紹介します。これは東北地方ではもっとも有名なタプコプだと思います。よく目立つ見事な独立峰です。達子森(たっこもり)は秋田県大館市の扇田地区にある独立丘です。”森”は東北地方では"forest"の意味ではなく山の名前によく用いられています。ここにはもう30年来4度も行っています。おなじみです。名称:達子森アイヌ語名:tapkop標高:207.0m所在地:秋田県大館市扇田2万5千分の1地形図:扇田5万分の1地形図:大館花輪線こ線橋上(B
東北地方のタプコプを紹介する。東北では”tapkop”は”タッコ”と呼ばれることが多く、田子、達居、達子、立子などと様々に書かれる。少なくとも宮城県以北のものはアイヌ語由来と思われる。名称:龍甲岩(たっこいわ、たつごいわ)アイヌ語名:tapkop標高:約30m所在地:岩手県岩泉町小本2万5千分の1地形図:小本5万分の1地形図:岩泉北東北にあるタプコプの一つです。海にあるところが特徴です。場所は岩手県の下閉伊郡岩泉町の小本、三陸海岸・太平洋に面しています。三陸鉄道の
名称:ポンタツコプアイヌ語名:pon-tapkop意味:小さなたんこぶ山、小丘(永田)標高:43m所在地:北海道広尾郡広尾町尾張2万5千分の1地形図:大樹5万分の1地形図:大樹ポンタツコプ(図1A地点より)拡大図1地理院地図(矢印の先に43mの標高点がある)拡大図冒頭の写真は、紋別川南岸の広尾町尾張の四号線上のA地点(図1)より矢印の方向を見たものである。この方向から眺めると、みごとにこんもりとした小山に見える。典型的なタプコプの形である。図2東西
名称:ホロタツコフ意味:大きなたんこぶ山所在地:北海道音威子府村・美深町2万5千分の1地形図:恩根内ホロタツコフ(2025年10月撮影)図1.2万5千分の1地形図恩根内(平成22年)上の写真は、冷泉川のほとり(A)より480.5m三角点の山(矢印)を撮ったものである。図2.東西蝦夷山川地理取調圖(松浦武四郎)松浦武四郎の東西蝦夷山川地理取調圖では、天塩川左岸支流につき下流より、ヤムワッカナイ、シュマルクシナイ、ヲクルマトマナイと続く、現地図で見ると、ヤムワッカ
本シリーズのタイトルとして、”すべて公開”とさせていただきましたが、これは「これまで訪問した」という意味で、未訪問のタプコプもまだ数多く残っています。それらも今後順次たずねてゆくつもりです。名称:コップ山別称:ニウシタプコプアイヌ語名:ni-ush-i-tapkop意味:木々の茂ったたんこぶ山標高:313.2m所在地:北海道深川市納内2万5千分の1地形図:多度志5万分の1地形図:深川北海道深川市のコップ山旧国道12号線国見峠から見たコップ山深川市納内地区から見るコ
「北海道・東北既訪問タプコプすべて公開」の2回目となりました。これから示すようにまずは名称と所在地、現在の地図(2万5千分の1地形図、地図と略す)を示します。後に、出典各種資料での記載の有無を示します。その略称として、戊午:戊午東西蝦夷山川地理取調日誌(松浦武四郎)丁巳:丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌(松浦武四郎)永田:北海道蝦夷語地名解(永田地名解)(永田方正、明治23年)山川:東西蝦夷山川地理取調圖(松浦武四郎)切圖:北海道実測切圖(北海道庁、明治25/28年)ほかに
7年まえだったか?大間より東の風間浦村のアイヌ語地名を自転車でたずねてきました大間で泊まった海峡荘の朝朝から丁場でマグロをさばくご主人。「数日ねかしたマグロがうまいんだ」大間崎に立ち寄る。大間崎からは北海道亀田半島が望める。青森市より北海道の方あ近いまず目指すは、釜谷(かまや)。旧釜谷と新釜谷とがある。釜谷とはアイヌ語で平岩の岸という意味の地名。北海道にも、北斗市、函館市に二つ、寿都町のいずれも海岸部にある地名である。国土地理院2.5万分の1地形図大間(平成16年)
津軽海峡・函館湾の西側の北斗市上磯地に釜谷(かまや)という地名があります。釜谷とは一見日本語地名のようですが、アイヌ語でkama-yaで”平岩の岸”という意味のアイヌ語地名です。同じ名の地名は津軽海峡を挟んで北海道南岸、青森県の北部海岸散在していて、いずれも地名どおりこの辺りのはずっと平磯が続いています。以前、函館本線の新函館北斗駅から上磯に出て津軽海峡に沿って道南いさりび鉄道釜谷駅まで自転車で走ったことがあります。国土地理院2.5万分の1地形図「当別」(平成2年)より釜
津軽半島北西端・国道339号線の小泊・竜飛間(竜泊ライン)は本当に秘境で、1975年の国道指定時には小泊・竜飛間が未通、全通は1984年、この区間の完全片側一車線化は2000年という新しい国道です。国道339号-Wikipediaja.wikipedia.orgこの竜泊ラインの北半は尾根を津軽半島北西部山地の尾根を縫う山岳道路ですが、南半は海岸沿いの道となっています。2022年の夏、そこを持参したブロンプトンで走りました。残念ながら、北半の山岳部はブロンプトンではちょっときつい
北海道には幌内(ホロナイ)という地名・川名は数多くあり、ごく普通の地名ですが、東北地方にもいくつか分布しています。ホロナイはアイヌ語のポロ・ナイporo-naiで大きな沢(川)という意味です。さて、青森県十和田市の奥入瀬川(渓流)に、大幌内川と小幌内川がに左岸に並行して注いでいます。北海道・旧樺太以外でporo-naiに対して幌内と漢字をあてるのはここだけです「幌内」が「大きな沢」という意味ですから、大幌内川は「大きな・大きな沢の川」というように「大きな」、と「川または沢」がか
JR北海道の釧網本線は私の好きな鉄道路線です。釧網本線列車(細岡駅2025年10月)始発の釧路を出ると、釧路川に沿って左手に広大な釧路湿原、右手に達古武沼、塘路湖、シラルトロ湖の海跡湖群、遠くにはあかんの山々、湿原ではシカの群れやタンチョウなどの野生動物が見られることもあります。緑から斜里までは整然と区画されたジャガイモを中心とする広大な畑作地帯で、裾野を長く引いた斜視だけが望めます。斜里から終点の網走までは、一転オホーツク海に沿った海岸を行きます。冬には流氷、夏には可憐な
矢越海岸青の洞窟クルーズの出発点は知内町の小谷石港、ここは知内側どん詰まり集落でこの先には行には行けません。ある意味この集落は地の果てシレトコ(shir-etopk)なのです。人口は以前は千人を超えていたものの今は150人程度なのだそうです。小谷石(こだにいし)とは、いかにも和名のように響きますが、実はアイヌ語名"katan-ush"で「集落のあるところ」という意味です。知内町小谷石集落のはずれ(B)はこんな感じもう30年くらい前のことですが、秘沼(B級湖沼と呼んでいた)の一
アイヌ語地名の矢越についての話、中断していましたので再開します。前回は、本州側の下北半島佐井村の矢越でしたが、今回は北海道側の矢越について書きます。これは、2019年8月の話です。「道南矢越海岸・青の洞窟クルーズ」参加者は私を含め総勢6名道南。知内町小谷石と福島町岩部のあいだの矢越海岸は切り立った断崖が続き道路すらなく、自然がそのまま残された北海道絵でも知床半島に匹敵する秘境です(歩きでは絶対無理なので知床よりも秘境かもしれない)。図1.矢越海岸全図(国土地理院
道北の羽幌町の築別川の北側の支流にタプコプウシユ(?)ナイという川がある(図1,2)。これは”tapkop-ush-nai”で「タプコプのある川」あると思われるので、その近くにタプコプという山があると思われるので、昨日9月28日、札幌からはるばる行ってみた。途中ガス欠になりかけて、深川でGS開店するまで待ったので予定より1時間遅れて到着。図1.二十万分の一道庁切圖図2.東西蝦夷山川地理取調図(松浦武四郎)図3.地理院地図に加筆今の地図(図3)で見れば、C-Dの川がタプコプウシュ
宮城県大崎市の尿前の関は、江戸代の伊達(仙台)藩と新庄藩とのさかいの関所で、松尾芭蕉が通過した際の「蚤(ノミ)しらみ馬(ウマ)の尿(バリ)する枕元(マクラモト)」という句で有名です。尿前に近い陸羽東線中山平温泉駅芭蕉の通った羽前仙台街道中山越尿前は”マイ(オマ)”が付くことから、アイヌ語地名でしょう。位置的には保呂内、半俵(はんたら)などと同じく宮城県北部のアイヌ語地名が濃厚な地域の南端に位置しています。山田英蔵さんは、sut-oma-iで「山すそ・にある・ところ」という
宮城県大崎市の鬼首カルデラ南部には、尿前(B)、岩渕山(C)、花渕山(D)、半俵山(E)などアイヌ語地名をにおわせる地名が出てきます。【図1】国土地理院5万分の1地形図鳴子(S56)【地図2】荒雄湖と半俵山(国土地理院地図「鬼首」より)なかでも注目は、半俵山(はんたらやま、標高602m、地図1E、地図2C)です。この辺りではひときわ目立つ山です。江合川(荒雄川)に沿ってカルデラ内に向かうと、鳴子ダムつくる荒雄湖が広がり、その左岸に半俵山があります。このダム湖の
秋田県南東にある東成瀬村の田子内(たごない)は、アイヌ語で"tapkop-nai"ではないかと考えられます。ではtapkopはどこにあるのか?が気になります。ということで現地に行ってみました。(2025年9月12日)仙台空港からレンタカーで東北自動車道に入り岩手県の奥州簡易インタ、国道342号線を経て田子内に入りました。国土地理院2.5万分の1地形図田子内(令和2年)より国道342号線の「田子内」の標識現在の国道342号線はバイパスとなっていますが、田子内は(地図
秋田県横手市の旧増田町に狙半内(さるはんない)という地名があります。そこには狙半内川が流れています。狙半内はサル・パ・ナイ(sar-pa-nai)で、「低湿地の土手のところの川」という意味のアイヌ語地名でしょう。2.5万図田子内狙半内川と狙半内の集落狙半内川にかかる橋(狙半内川と書いてあるが読めない)東北には佐羽内(青森県三戸郡田子町)、佐羽根(岩手県宮古市)など似た地名があります。sarの付く地名は北海道にも道北のサロベツ(sar-pet)、日高の沙流川(sa
釜谷、磯谷、中歌、宇田、根田内、矢越など、津軽海峡の両岸には同じアイヌ語地名が見られます。それを知ったのは山田秀三さんの著書を読んだ時でした。これはきっと海峡の両側はかつて同一の文化圏にあって、人々はさかんに交流していたからでしょう。当然同じような言語、アイヌ語/アイヌ語祖語を話していたと思われます。山田さんは彼らのことをアイヌ語族と呼んでいました。それらの地名を探しに私は海峡両岸を何度か訪ね歩きました。山田秀三『アイヌ語地名研究1』(192頁)より
津軽海峡両岸の共通するアイヌ語地名の中でとくいなものが矢越(やごし)です。矢越はいっけん和名のように響きますが、れっきとしたアイヌ語地名です。矢越はアイヌ語でヤ・クシ・イ(ya-kush-i)で「丘を・通る・ところ」という意で、浜伝いの通行が困難で、”陸路で迂回(回り道)するところ”を示し、東北地方に2か所(青森県下北郡佐井村、岩手県下閉伊郡普代村、道南(知内町/福島町)に1か所あります。山田秀三『アイヌ語地名研究1』(192頁)より初めて訪ねた矢越は、青森県下北半島佐井村の矢
平取町の貫気別(ぬっきべつ)はアイヌ語地名が濃いところです。そもそも貫気別はアイヌ語で、ヌプキ・ペッ(Nupki-pet)で「濁り水の川」の意味で、ここ以外にも。豊浦町など道内にいくつかあります。貫気別広域図
”穴澗”または”アナマ”という地名、北海道と東北北部だけにみられる地名です。しかしアイヌ語地名とは考えられていないのようです。よって、アイヌ語地名関係の文献にはほとんど取り上げられていないふしぎな地名です。しかし、その分布はアイヌ語地名に近いものがあります。角川日本地名大辞典・北海道上巻では「アナマは穴澗によるもの」と全く説明になっていません。いずれも海岸にある地名なので、海岸地形に由来するものだと思います。自分の所有の地図を検索してみると、11件がヒット。ほかでも検索して
平取町の貫気別は沙流川の支流の額平川と貫気別川流域の小盆地でタプコプ(tap-kop)とモイワ(mo-iwa)がへいぞんしているところです。ここには何度か訪ねていますが、8月31日、羽幌方面のあアイヌ語地名探訪に行く予定が、北海道マラソンによる札幌市内の交通規制により北方面に行くことができず、急遽予定を変更して7年ぶりに行ってきました。貫気別広域図国土地理院2.5万分の1地形図振内より貫気別中心街には商店や診療所、小学校などがあり、中学校跡越しに三角錐型の山が
先日のオコツナイに関連して、オコッペ(0-u-kot-pet)もほぼ同じ意味のアイヌ語地名です。つまり尻(河口)がくっついているか接近している川という意味です。オコッペは北海道オホーツク沿岸の興部(興部町、興部川)がよく知られていますが、青森県下北半島の大間町にも奥戸あります。そして道内では、十勝管内浦幌町東部の海岸にも興部があります。ここではオコッペ沢川とチプネオコッペ川とが向かい合うようにして太平洋に注いでいます。国土地理院2.5万分の1地形図「厚内」(昭和61年)国土地
島牧村の海岸ににオコツナイというところがあります。オコツナイとはオ・ウ・コトゥ・ナイ(o-u-kot-nai)で、尻が互いにくっついている川という意味。”尻がくっつく”とは擬人的には性交のことを意味しますが、そこまで考えることはないと思いますが・・・・・。アイヌ語では、川の尻は河口のことですので、河口同志が同じか接近している川という意味になるかとおもいます。というオコツナイはここのほかにもいくつかあります。たとえばオホーツク雄武町市街のオコツナイ川とポンオコツナイ川、八雲市
松浦武四郎の『東西蝦夷山川地理取調図』には、十勝の美生川(ピパイロ川)流域に、ヤウンタツコフとヲルンタツコというふたつのタプコプが記されています。ヤウンタツコフ(ya-un-tapkop)は外側のタプコプ(たんこぶ山)、オルンタツコ(or-un-tapkop)は内側のタプコプという意味でしょう。松浦武四郎の『東西蝦夷山川地理取調図』先週の月曜日、十勝芽室町の南西、美生川筋にそれらを見に行ったのですが、誤って一つ北の支流の渋山(しぶさん)川の方入ってしまい、別の山をタプコプだと誤認し
では続けますヒメマス養殖に関してはこう↓↑以上wikiから拝借十和田湖だけじゃなくいろいろな湖へ移殖されてるようですね〜!驚きました( ̄0 ̄;)アイヌ語ではカパル(薄い、平べったい)+チェプ(魚)=カパチェプだそうですが、説明されずともジョニーはある程度アイヌ語には強いので分かります(。•̀ᴗ-)و✧ちなみにこの道の駅がある「和井内(わいない)」も語尾に「ナイ」が付くのでアイヌ語とゆーか東北先住民語とみて間違いないですよね!ちなみに数年前には八戸のうみねこマラ