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ももんじや1718年(享保3年)創業。両国で300年以上続く猪肉料理専門店「ももんじや」まず、店の前に吊り下がったイノシシの迫力がすごくて入る前からかなり圧倒されます(笑)看板の「猪鍋(通称:ぼたん鍋)」は、程よい弾力がありつつ驚くほどクセもなく、煮込むほどに旨味がじんわり🤤白いバラ肉もとろけるような食感で想像するジビエのワイルドさとは全く違う上品さ。割下は、八丁味噌と桜味噌に独自のたれを配合した下町らしい濃いめの仕立て。しっかりコクがあるのに重たすぎず。野獣コース
私の住む埼玉県では昨日久しぶりの雪となりました。今日も夜から明日にかけて雪の予報が出ています。関東地方の私たちのところで雪を見るのは年に数度。数センチの雪でも、生活に大きい影響が出るのは、雪国の人にとっては信じられない話ですよね。と言うことで今日の1枚のアート(←勝手に名付けた)は夜に積もる雪の絵を。●歌川広重《名所江戸百景びくにはし雪中》江戸時代安政5年(1858年)(撮影は2023年1月、東京国立博物館本館常設展にて)
浜町・水天宮・明治座10年前の日本橋・両国界隈散歩をご紹介しています。10年前の散歩なので、どこをどう歩いたのか全く自信がありません。▲浜町あたりの大きなビルのエントランスガラス張りの大きなビルの1階。回転ドアを入ったところにいくつものソファーがあった。このビルに用が無い人も座って休めるようになっていました。いまもそうかな?▲水天宮安産祈願のお宮と思いましたが・・・・。▲小便小僧水天宮の境内にあったのではないかと思います。撮影時間1分以内の写真です。
20年ほど前に東京に単身赴任していた頃から気になっていた”もゝんじや”。今回、今は東京に勤務している息子に食事を誘ったところOKの返事。食事処の希望はいくつかありましたが、心残りは順につぶしていこうと”もゝんじや”を選択。店頭に飾られている猪のモニュメントは以前と変わりません。また店の横には猪のはく製が吊り下げられており、微笑ましい。案内されたのは雰囲気のある座敷。まずは、猪スネの煮込みの小鉢からスタート。メインの猪鍋は仲居さんがセットして下さり、仕上がるまで10分以上は掛かる
こちらも、初めての作家さん御助宿控帳さまざまな肉を食べさせる店「百獣屋」は肉同様多士済々の御助人が集う「御助宿」だある日剣の使い手である百獣屋の居候十四郎が武士に襲われた兄弟を助ける彼らの父親は藩の内紛で殺され兄弟はその仇討ちに上京したのだった…長篇書き下ろし時代小説きょうも、皆さまとともに”いい日”でありますようにcorinpapa
テレ東の片渕アナが、「サンタさんが来た」と思って布団の中で待っていると、来たのがお父さんだったので、それからクリスマスは暫く機嫌が悪かったと言うと、井ノ原部長、「サンタさんも人出不足だからお父さんに頼んだのかも知れないよ。」とフォローしていました。イノッチの年齢では経験していない筈ですが、戦後のサンタさんってそうでしたよね。「大将、ご機嫌よろしおまんな。」「人の機嫌がよろしかよろしないか、おまはんに判りまんのんかって言お思たらサンタはんやおまへんか何しておいでなはんね
今日はでぇとのお話です昨日は、旦那さまのお誕生日前祝いということで、でぇとでした※レオンは実家でお留守番です毎年、結婚式を挙げたホテルの鉄板焼を食べに行っていたのですが、昨年あまりにも酷かったので、別のお店に行くことに『鉄板焼で焼かれたビックリしたもの』今日は鉄板焼のお話です今日は旦那さまのお誕生日毎年、結婚式を挙げたホテルの鉄板焼を食べに行きます※去年はコロナ感染者が多かったので断念しました今年は1日早い、…ameblo.jp行ってみたいお店があるとのことで、こちらのお店
…久しぶりの猪鍋美味しいです。猪の肉って煮込んでも余り硬くならない不思議です。温まるなぁ因みにお刺身は鹿刺しですこれも旨い#ぷち忘年会#ももんじ屋#ぼたん鍋
東京時代に撮った「下町ぶらり写真」。先日の京島付近に続いて、その(2)として「清澄~両国界隈」です。なお、写真は撮影当時のもので、現在とは変わっていることがあるかもしれません。スタートは名橋「清洲橋」。隅田川の橋の中でも特に格好よいので好きです。ここから降りて「隅田川テラス」もよく散歩したものです。清澄側に渡るとすぐに「清澄公園」があります。隣には「清澄庭園」。松尾芭蕉「古池の句」の碑。由来の説明があります。近くには相撲部屋がたくさんありま
こんちゃ~~~~~~~~~っす☀あっち~なきっぺい!!!!昨日は月一開催のサ活田中君のターン恒例の錦糸町140℃サウナ灼熱!!喉カラカラで両国へ♪ももんじや(山くじらすき焼き)ぼたん鍋は一度食べた事あるけれどもししすきは初スタート♪何とも贅沢な極上!!!!あっさりで豚よりも軽く美味い!
前回は幕末の定番B級グルメとして【軍鶏鍋】をご紹介させて頂いたが、今日はもう一つの人気グルメとして幕末期に人気が沸騰した【豚鍋】をご紹介したい。『食材が豚に変わっただけでは無いか。』と言われればそれまでだが、それはそれで偉大なる冒険なのであった。豚が受け入れられるまでには時間もかかり...前段として【軍鶏】のブームがあったからこそ、すんなりと定着する事が出来た。龍馬や鬼平が愛した【軍鶏鍋】をホップとするならば、【豚鍋】はステップ...そして【牛すき焼き】はジャンプと言えるかも知れない。
…すごく久しぶりの両国もゝんじや300年続く老舗の味はやはり間違いないですね、最高です。美味しかった#ももんじや#両国ももんじや#猪料理#創業享保3年#since1718#ぼたん鍋#猪鍋#山くじらすき焼き#鹿刺し#鹿竜田揚げ#熊汁
土曜日、日曜日と海は荒れていそうなので、おじいが貰ってきた獣肉でももんじ鍋です。今はジビエとか言うのかな。なかなかお目にかかれないアナグマの肉を貰いました。小さい頃おばあちゃんが夕方になったらムジナが出るからはよ帰っといでと言っていたヤツかな。化物か妖怪だと思って居たけどアナグマの事らしいなぁ。イノシンの箱罠にかかったそうだ。旨いらしい。かなりの脂身なので背中なのかな。食べ過ぎ注意でした。家族のほとんどが新幹線に乗った?ある場所で大渋滞でした。何事も限度があるね。
隅田川を越え、両国にの看板が目についたジビエ料理(猪料理)で有名な「ももんじや」さん明治の文明開化以前、日本では表向き肉食忌避がありましたそのため・・・猪肉を山鯨(やまくじら)、鶏肉を柏(かしわ)と称し薬として食していたそうです。また、猪肉を「牡丹」、鹿肉を「紅葉」と称する、花札の絵柄より由来する隠語もありますまた、江戸時代彦根藩では全国で唯一牛肉の味噌漬けが作られ、滋養をつける薬として幕府(将軍)に献上までされていたそうです店の横には、猪のはく製毛皮がつるさ
恒例となりました、山口いづみさんとのお相撲観戦❗今回も、二人でお着物着て観戦しました❗❗←これも定番✌️今場所も毎日“和装day”開催👘着物を着て写真撮影に参加したら“国技館カレー”と、撮った写真でその場で作ってくれる“缶バッジ”がもらえます🥰館内には飲食スペースもでき、“カレーとチャンコ”が売られてました😉感染防止対策を取りながらも、少しずつ緩和されている感じ👍お相撲を見に行くといつもお会いする方が、私が正代関を応援しているのを知ってか“正代関グッズ”をプレゼントして下さいました〜
仕事で向かった都内某所の帰り、ちょいと周辺をぶらついてみた。両国って武蔵と下総を分けているってことなのかな、知らんけど。ということはこっち側(自分が住んでる側)は厳密にいうと江戸ではないのかな。いつかはこのお店で食べてみようかなと思ってるのだが独りでふらっと行く感じでもないのでいまだ実現せず。店の横には食材がぶら下がっている。この時点では美味しそうとは言えんかな。今日の一言:いつかっていつ?で、知らぬ間に歳をとってしまう。でも狸汁はイヤ。(昔たべたことあってえらい不味かった記
人生で一度もホンモノの相撲を観たことがなかったにしあに。まだお母さんが素ッ転んで入院騒動になる前の11月のある日、「一辺くらい国技館で大相撲を観てみたいだよん」「ああ、んじゃ、もうじき初場所のチケットが発売されるから行きましょうか?」「おおう、オゴるから連れてってくれ!これは、取材なのだ」「あの……」「ん?」「キンちゃんさんも誘いません?」「?うん、興味あるかどうか訊いてみる。予定もあるだろうし……」「では、三枚取れるように頑張ります。おそらく抽選になるので……」「ほえ~
今年2019年干支イノシシ年(亥年)だったので、、、ももんじゃじゃ。ぶら下がってるよね。今年、いのししさん、お疲れさんでした。中国は豚年。というか、日本以外豚年。ブタおつかれ。ここは、両国の名店ももんじやです。ももんじゃは、ドラクエです。ももんじって、猪、鹿、狸などの獣やその肉。でここに書いてある「山くじらすき焼き」の山くじらは、むかし、獣の肉食を忌避してる中で、これは山の鯨じゃ的な、獣じゃないよ、くじらだよ的な、公然の秘密の逃げの手で
2019.10.26一日一季語猪(いのしし《ゐのしし》)【秋―動物―晩秋】山深く秩父はいまも猪を撃つ山口青邨秩父。この地は昔二ホンオオカミが生息しており「もののけ姫」に登場する白い犬神モロのモデルでも有名です。山深いこの地のジビエ料理として有名なのが牡丹鍋だそうです。令和となっても、店主が自ら狩猟した猪、鹿の料理をいただけるそうです。【傍題季語】瓜坊(うりぼう)、手負猪(ておひじし)、野猪(のじし・やちよ)、猪肉(ゐのにく、ゐのししにく、
ももんじ屋ももんじももんじやももんじ屋(ももんじや)またはももんじい屋とは江戸時代の江戸近郊農村において農民が鉄砲などで捕獲した農害獣の猪や鹿を利根川を利用して江戸へ運びその他、犬や狼に狐、猿、鶏、牛、馬などの肉を食べさせたり売っていた店のこと。表向きは肉食忌避があったからこれらを「薬喰い」と呼んだ。猪肉を山鯨(やまくじら)鶏肉を柏(かしわ)鹿肉を紅葉(もみじ)などと称した。猪肉を「牡丹」鹿肉を「紅葉」と称するのは花札の絵柄に
猪鍋で有名な両国の「ももんじや」。以前ランチタイムに伺った際は玉砕したので、今度こそ猪肉ランチを食べに行こうと思ったら、どうやら現在ランチ営業はやっていない模様。「ディナーの猪鍋に付き合ってくれる奇特な方、おりますかね?(チラッ)」と親しい人々に聞いたところ、こちらの↓「房総ジビエいのししやわらかジャーキー」を頂きました。「ももんじや」の予行練習というわけですね!ビーフジャーキーに比べたらずっとやわらかく、名前の通りやわらかジャーキー!猪肉はもっとにおうのかと思ったら、そう
おはようございます。昨日、神田祭の帰りにもう一つイベントへ行きました。第8回鳥居清長忌展覧会架橋360年記念『二日間だけの両国橋ワンダーランド』@回向院念仏堂1659(万治2)年に架橋された両国橋は今年で360年。6度目の還暦!そして明暦の大火で亡くなった方を葬るためにできたのが回向院。有縁、無縁、人・動物に関わらずなんでも受け入れるお墓です。この展覧会では、両国橋を描いた浮世絵などが
いつか友達と行ったお店。猪の親子?が飾ってあり、ちょっと店内に入るのに躊躇しましたが…お願いしたコースの名前が野獣肉コースどんなコースよ煮込み的なものから始まり、メインの猪鍋グツグツと煮込んでいるところ。よく煮込んでも、お肉が硬くならないそうです。煮込んでいる間に鹿刺しと竜田揚げ。鹿刺しが美味しい臭みがない出来上がった猪鍋を。本当だ全く硬くなっていない猪の肉が、こんなに美味しいだなんて知らなかった〆にうどんを。熊汁…。好き嫌いが分かれると思います。私はダメでし
ViewthispostonInstagram#閲覧注意#イノシシ#猪#ももんじや#もゝんじや#両国#ジビエへねもねさん(@henemone2814)がシェアした投稿-2019年3月月8日午後11時50分PST
先日、接待で両国の『ももんじや』へ。JR馬喰町駅で降りて京葉道路を東へ、両国橋を渡るとお馴染みの看板が見えて来ます。猪鍋の店だけに金の猪。獣系が好きでない私は接待でなければ来ない店。店先にはレプリカの獣達が沢山います。昔は本物を吊るしていたそうです。店の中にも獣オンパレード😓何が出てくるか、ビール🍺を飲みながら戦々恐々と待っていると…先ず『猪の煮込み』。猪肉はサッパリでしたが、出汁が濃厚で美味。ビール🍺によく合います。次いで鹿肉の刺身、馬刺しとは違いサッパリ。鳥のささみの刺身のような味
長生きできる?江戸時代の“常識にとらわれない”生き方アエラドット朝日新聞出版西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。死ぬまでボケ...江戸期の近江、肉筆で米原で展示「精度高く貴重」/滋賀毎日新聞江戸時代に肉筆で描かれた近江国の大絵図が米原市柏原の柏原宿歴史館で展示されている。3月10日まで。同館のミニテーマ展示「絵図を読む」の3回目。2019年は亥年!江戸時代から続く
落語「二番煎じ」は、冬に町内の夜回りをする旦那衆が、役人に隠れて酒や猪鍋を囲んで宴会する話。「甲府い」を聴いて豆腐やがんもどきが食べたくなったら、佃の豆腐屋さんの「よこい」へ。「二番煎じ」を聴いて猪鍋を食べたくなったら、両国のももんじやへ。遠目に見ると「もんじゃ」に見えますが、「ももんじや」です。今年は亥年ですし、猪鍋デビューには良きタイミング!と思いきや、この日はランチをやっておらず。ももんじ=百獣の事なのですね。創業年の1718年と言えば、第8代将軍徳川吉宗(徳川家康の曾孫)の
冬になりましたので、ぼたん鍋を食べたいなあと思い。。。とはいえ、京都まで行く予定もないので東京のももんじやさんへ。いのししを前面に押し出しています。お部屋にもいのしし。初めに猪鍋に火をつけてぐつぐつ開始です。お鍋が煮えるまで、先付けの猪すじ煮込み。鹿刺身。とても食べやすいです。変わったものが苦手な旦那はんも、こちらのお刺身は絶賛してました。鹿肉の竜田揚げ。熱いうちにいただきます。そろそろ、お鍋も煮えてきた様子。こ
午前中の停電時間中は、北側のベランダ2箇所のアサガオのツルの片づけとタネの採取。停電が終わったあと不具合発生。浴室乾燥機(24時間換気装置)が壊れたようだ。停電前にきちんと停止しておいたのだが…。いろいろ試したのだが復活せず、修理を依頼…。午後は明日発行する予定のメルマガのまとめ作業。南側ベランダのアサガオの鉢、半分ほどを片付ける。日当たりが良くまだ咲いている鉢があるので、それらは残す。きのう両国で。10年ほど前まで、事務所はずっと両国にあった。店頭に本物のイノシシが吊り下げられ