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脚本家の山田太一さん、お亡くなりになりになってしまいましたね。山田太一さんの書くドラマ、大好きだったので残念です。山田太一さんの代表作と言えば「ふぞろいの林檎たち」「男たちの旅路」。まあほかにも「今朝の秋」「思い出付づくり」「早春スケッチブック」「異人たちとの夏」などたくさん名作がありますけど、上記2つは特に印象に残っている人が多いのではないかと思います。しかもこの2つ、実は映像化されなかったボツ原稿があったのだそうです。「ふぞろいの林檎たち」はパートV。主人公たちが40代になっていて
先日の山田太一先生についてのトークイベントが、アーカイブ販売されることになりました!本来、その予定ではなかったのですが、ご要望が多かったためです。ありがとうございます!はからずも追悼の会になってしまったのですが、よかったらご視聴ください。【アーカイブ販売】『ふぞろいの林檎たちⅤ/男たちの旅路〈オートバイ〉山田太一未発表シナリオ集』刊行記念トークイベント山田太一幻の脚本奇跡の発見※イベントは2023年12月2日、今野書店にて開催されました。※本チケットは2024年3月7日までの限
週刊文春に「山田太一にアドリブなし柳沢慎吾が明かす林檎秘話」という記事が載りました。11月29日に脚本家の山田太一さんがお亡くなりになりました。山田さんは東京は浅草生まれ。松竹映画に入社後、脚本家として独立されます。「それぞれの秋」というドラマで確固たる地位を築いたそうです。木下惠介生誕100年木下恵介・人間の歌シリーズそれぞれの秋DVD-BOXAmazon(アマゾン)それぞれの秋Amazon(アマゾン)倉本聰さんはこの作品に影響を受けたそう
https://news.tv-asahi.co.jp/news_politics/articles/000327472.html“子ども3人以上”大学授業料を無償化へ「学費は自分で払う」8人大家族は?「異次元の少子化対策」の目玉となるでしょうか。3人以上の子どもがいる世帯に対して、大学の授業料を無償化する案が浮上しています。■「大学無償化」不公平感を訴える声も総務省によると、大学1年間でかかる費用は、入学金や授業料などで国立文系はおよそ84万円、私立理系はおよそ145万円。この金額が
普段のちょっとした話。面白くはないよ。書き残しときたいだけ。先日、脚本家の山田太一さんが亡くなった。89歳。死因は老衰、と聞いてふと2年前に85歳で亡くなった父が浮かんだ。「お父さんの死因も老衰って思っていいのかな……」とこぼした。そのつぶやきを拾った長男が、「いいんじゃない?病気はあったけど、それが原因ではないし。前の日までご飯食べて煙草吸ってトイレにも行けて。眠ってる間に亡くなったんだから、あれこそが老衰だと思うよ。」うん。だよね。なんだか心が軽くなった。NHKのBS3チャ
こんにちは!今日は、朝から仕事です。今、ランチ食べ終えました!最近、ふぞろいの林檎たちにハマってます!山田太一さんが亡くなったって、先日、テレビで観て、ふぞろいの林檎たちを観たくなって、YouTubeで、土曜日の夜から観てます!おそらく、自分が中3の時、放送されてたと思います。その後、再放送とかで、観ていたと思います。久しぶりぶりに、しっかり、観て、やっぱり、いいドラマです!高橋ひとみが、まさしく、体当たり演技してます!しかも、演技もいい感じです!綺麗だし!当時は、そこまで気づか
「神戸ニニンガ日誌」(第3,089号)○脚本家の山田太一が亡くなった。「ふぞろいの林檎たち」の中井貴一は「一字一句変えないように芝居を」と言われた。TVはCMが入るが、そこを「時間経過」に使ったり「タッチを変えたり」していたという。頭木弘樹は、倉本聰、橋田寿賀子、向田邦子と共に「脚本家でドラマを見る時代を作った」と書く。○倉本聰は「60年に及ぶ戦友」と言う。友人の歓送会で、向田邦子、山田太一、倉本聰が渋谷の小料理屋に集まった。友人は「倉本聰は木、山田太一は竹」と言った。竹は「しなやか
名脚本家の山田太一さんが、11月29日、老衰のため逝去されました。享年89。『岸辺のアルバム』は、大人になってから再放送で見ましたが、清純派の八千草薫が不倫する主婦を演じていることにショックを受けました。中流のごく普通の家族なのに、段々崩壊していく様がサスペンスフルでした。『ふぞろいの林檎たち』は、見たことはないのですが、シナリオ教室に通っていた頃、テキストにしていました。4流大学に通っている青年たちの青春を描いた作品でした。NHKで放映されていた『男たちの旅路』も心に残ります
【訃報】脚本家の山田太一さんが老衰のため死去89歳https://t.co/y2kH2C4tDK山田さんは、『真夜中のあいさつ』で文化庁芸術祭大賞、『ふぞろいの林檎たち2』などで菊池寛賞、『異人たちとの夏』で山本周五郎賞、映画『少年時代』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞した。pic.twitter.com/7PTyqDmEYn—ライブドアニュース(@livedoornews)November30,2023#山田太一の講演で聞いた発言(『終りに見た街』)「
脚本家の山田太一さんが死去されました。1983年にテレビで放映された、「ふぞろいの林檎たち」が印象に残っています。同世代の役者がたくさん出ていました。高橋ひとみさんは、50代で結婚していますが、夫との交わりがすごいらしいです。(自分で言っています。)https://www.youtube.com/watch?v=eKsUaEGAmhA&t=16s今から銭湯に行きます。雨が降っているので、なんか嫌ですね~
果物の中でみかんは特別な存在です。美しい妻のテニス仲間がみかん畑をやっています。いつもそこから二箱ずつ買っていて、年に数回頼むことが常です。果物は何でも好きですが、みかんは冬場の貴重なビタミン源になっています。果物は値段の高いものが多くて贅沢品に分類されます。もちろん、その分類基準は世間とはいささか違います。僕の場合は、かなりの割合で貧乏性によるところが大きいからです。まあ、貧乏性自体少なからず気に入っているので問題はありません。その点、みかんは安く手に入るので貧乏人の味方です
先日、山田太一(89)さんが亡くなられた。ふぞろいの林檎たち。あまりに有名なドラマだ。今年の夏だったかな?男たちの旅路をBS放送で見ました。古さもあるんですが、それを超越する何か訴えかえてくるものがあって心がザワザワする作品でした。鶴田浩二さんの存在感の重さと水谷豊さんと桃井かおりさんの熱演がさらに作品を奥深いものにしていました。あれだけ重厚なテーマをど真ん中にドーンと置いて描くドラマは近年にはないです。先日の「相棒」(難聴障害編)のように、ほのかに悲しみとあわ
プロフィールはこちら→https://ameblo.jp/nao653roma/entry-12586180164.html?frm=themeプチ断食はこちら→https://ameblo.jp/nao653roma/entry-12586528664.html?frm=thememahanakoのダイエット3法則バランス良く食べるストレスを溜めない継続は力なりアラカンおばさんの「プチ断食」期間は2019年末から今年2020年9/30までの9ヶ月でした9
会社の近くのお弁当屋さんのハンバーグがね、ちょー美味しくて大好きなのよ。いつもこの日記に書いてるお店ではなくてもうひとつ、こちらのお店ではハンバーグしか買ったことないけど、逆に言えばハンバーグといえばここで。デミソースと和風玉ねぎソースが選べて、今回は玉ねぎで。先週だったかな、山田太一さんがお亡くなりになったという報道を見て、俺たち世代で言えばやっぱりふぞろいの林檎たちっていうドラマがね、懐かしいね。岸辺のアルバムなんていう名作もあったけど、83年から始まったふぞろいの林檎たちっていうのは、当
脚本家の山田太一さんが、老衰の為89歳でお亡くなりになられました。山田太一さんは、「岸辺のアルバム」「ふぞろいの林檎たち」のリアルな人間ドラマで多くの人に人気を集めました。山田太一さんのご冥福を謹んでお祈り致します。
様々なニュースをお伝えする<NewsAngle>。今回は、「岸辺のアルバム」「ふぞろいの林檎たち」「男たちの旅路」など数多くの名作ドラマを手掛けた脚本家・山田太一さんが亡くなりました。この話題をお伝え致します。脚本家・山田太一さんが先月29日(水)、老衰のため亡くなりました。89歳でした。山田さんは東京・浅草生まれ。早稲田大学卒業後、松竹大船撮影所に入社。演出部として木下恵介監督の助監督に就きます。1965年(昭和40年)に独立しフリーに、テレビドラマの脚本家として「男たちの旅
“マスターケンヂの『木もれびカフェ』”へ、ようこそ!こんばんは。いつもお越しいただいて、ありがとうございます。(^^)ここ数年、これまで活躍をされた方々がたくさんお亡くなりになられて、そのうちのひと握りの方は、その功績や思い出を『木もれびカフェ』でもお届けしてきました。でも、今回はちょっと特別かな。11月末に亡くなられた山田太一さんは、我が人生の道先案内人をしてくれた方。そういう意味で特別な思いです。出会いは、そう『ふぞろいの林檎たち』。
脚本家の山田太一さんが亡くなった。中学生の頃、再放送だったかリアルタイムで観ていたか記憶は曖昧だが、「ふぞろいの林檎たち」に夢中になった。再放送は録画して何回も何回も繰り返し観た。当時十代だった私は、この先に待ち受けているであろう世の中の理不尽さだったり、働くことや恋にも色んな形があることや親子の確執、挫折やコンプレックス等々をあのドラマで予習していたように思う。シリーズ1と2はDVDも買ってシリーズ3は再放送の録画を大切に保管している。40代や50代の林檎たちもいつか観ることができる
アメリカのキッシンジャー元国務長官(100)が死去(11/30)外交史に大きな足跡を残したアメリカのキッシンジャー元国務長官が亡くなりました。100歳でした。キッシンジャー氏は、ニクソン政権とフォード政権で国家安全保障担当の大統領補佐官と国務長官を務め、1972年に当時のニクソン大統領の中国訪問を実現させ、国交正常化への道筋をつけました。(引用終了)『日本の暗部を担った「第三の男」(6)』(11/18)キッシンジャー氏の事務所によりますと、キッシンジャー氏は11月29日コネテ
脚本家の山田太一さんが亡くなった。一度だけ、とあるパーティーに出席されている山田太一さんをお見かけしたことがあった。表情は穏やかながら、強く、そしてとても深い目。後にも先にも、あれほど強く深い眼差しの方にお会いしたことはない。「男たちの旅路」「異人たちとの夏」「ふぞろいの林檎たち」など、思い出深い作品も多い。小説やエッセイをよく読ませていただいていて、心に沁みるものが多かった。印象深いのは、大学時代の寺山修司さんとの親密な交流、手紙のやり取り。お二人それぞれのイメージから、かなり深
おはようございます😃昨日、脚本家の山田太一さんが亡くなった事を知りました山田太一さんと言えばおばさん世代の方にはドラマ「ふぞろいの林檎たち」が思い出されると思うこの「ふぞろいの林檎たち」が放送されたのが1983年おばさんがJKだった頃🤭3流、4流大学に在学中の若者達の葛藤や人間模様を表現したドラマだったんだけどおばさんも3流高校に進んで高卒で就職したからきっとふぞろいの林檎だったんだな〜ってでもね、このふぞろいの林檎の中に人間らしい人間がいる面白い人間がいるできない子なりの
https://reminder.top/631285008/山田太一脚本ドラマ「ふぞろいの林檎たち」に欠かせないサザンオールスターズの音楽夜9時55分。僕はお茶の間のテレビの前に待機した。10時――画面に大きく「山田太一脚本」の文字。遠方に高層ビルを臨み、手前に林檎を放り投げる複数の手のスローモーション。カッコいい。続いてタイトル『ふぞろいの林檎たち』。音楽はサザンオールスターズの「気分しだいで責めないで」。『ふぞろい~』のオープニングというと「いとしのエリー」と思われているが第1回の
わたしが就職活動をした頃は世にいう就職氷河期で大学に出ていても就職先が見つからない時代だった短大、大卒の人が高卒の給料でもいいから働かせてもらいたいと請う時代だから商業高校に通っていた強みもあって高卒で就職することにした当時は今のように進学先が多様ではなかった短大か大学専門学校は製菓、美容師、保育士今のようなITやらアニメーション・声優やらゲーミングなんてないパソコンはWindows98が出始めた頃やっとインターネットが始まり情報処理、エクセルというものが出て(式の始まり
本日は鬱で、丸一日、寝ていました。ストレスで前歯がかけたので、マウスピースをつけて寝るようにしたら、少しだけ歯の痛みが減りました。先程、やっと起きて、新聞を見て、記事をお借りしました。さまざまな解釈が出来る言葉ですが、社会の中でも映えない、マイノリティの精神障害者の私…としては、マイナスの輝きという言葉に、胸を打たれました。※現在、日曜日の夜に、やっているドラマがあり、内容が重たいせいか?、視聴率が低いらしいのですが、、、私は大好きで、主人と観ています。確かに、世の中は明るい方が
山田太一先生がご逝去されました。もし山田太一ドラマがなかったら、テレビドラマの世界は大きくちがっていたと思います。6年間、週1で通い、全作品インタビューをさせていただきました。それが終わったところでした。貴重なお話を、ちゃんとかたちにして残さなければと、あらためて責任を感じています。山田太一先生がお元気なうちに、この本を出せたことは、本当によかったと思っています。版元の国書刊行会、編集者の樽本周馬さんのおかげです。ふぞろいの林檎たちV/男たちの旅路〈オートバイ〉:山田太一未発表
電通に内定した時、大学の森川教授(元電通)が「お祝いに」とサプライズゲストで山田太一さんを招いて、ご飯をご馳走してくれた。その時点で「ふぞろいの林檎たち」はPart3まで放送されていて、すべてを集中して観ていたから、目の前に山田太一がいる状況に、ただただ驚いた。まだ何者でもない学生の「中井貴一のお兄さん役(小林薫)は、なぜ変わったんですか?」という好奇心だけの薄っぺらい質問にも、ひとつひとつ、丁寧に、言葉を選ぶような口調で答えてくださった。途中で森川先生から
山田太一さん死去業界仲間が続々追悼中井貴一「人としてのあり方教わった」役所広司「大きな星が…」(スポニチアネックス)-Yahoo!ニュース「岸辺のアルバム」「ふぞろいの林檎たち」など多数の名作ドラマで知られる脚本家の山田太一(やまだ・たいち、本名・石坂太一=いしざか・たいち)さんが11月29日、老衰のため死去した。89歳。東京都出身news.yahoo.co.jp山田太一さん、亡くなりましたね。ふぞろいの林檎たちの世代なので、あのドラマには特別な思いがありますね。当時の知人
ボ:山田太一さんが亡くなりましたツ:『ふぞろいの林檎たち』、名作でしたボ:小林薫さんが、お母さん役の初井言榮さんと奥さん役の根岸季衣さんの間で板挟みになる婿の辛さを描いたホームドラマですねツ:そんな見方してたのかよご冥福をお祈りします。山田太一さん死去俳優ら続々追悼-Yahoo!ニュース「岸辺のアルバム」「ふぞろいの林檎たち」など多数の名作ドラマで知られる脚本家の山田太一(やまだ・たいち、本名・石坂太一=いしざか・たいち)さんが11月29日、老衰のため死去した。89歳。東京
脚本家、山田太一さんの訃報を聞いた最近は、第一報を聞いてえー、って、訃報ばかり、だ脚本家の山田太一さん死去89歳「ふぞろいの林檎たち」|毎日新聞「男たちの旅路」「岸辺のアルバム」「ふぞろいの林檎(りんご)たち」など、市井の人々の日常から人間や時代を描くテレビドラマを手がけた脚本家、小説家の山田太一(やまだ・たいち、本名・石坂太一=いしざか・たいち)さんが11月29日、老衰のため死去した。89歳。葬儀は家族で営む。喪主は長男石坂拓郎(いしざmainichi.jp大好きだった
2023年12月1日金曜日午前中に訃報が入って来たようです。僕がこの訃報を聞いたのは午後8時すぎでした。脚本家の山田太一さんが亡くなられました。89歳でした。代表作は多くありますが、1980年代から1990年代にかけて放送されたTBS系金曜ドラマ「ふぞろいの林檎たち」の印象が強いです。中井貴一さん・時任三郎さん・柳沢慎吾さん・石原真理子さん・手塚理美さんなどが出演されていました。サザンオールスターズが歌った主題歌「いとしのエリー」は