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2024.4.27(Sat)いよいよ本日は…/セカイシティ春の単独公演「たびんちゅ!!」\開催です☘️束の間の世界旅行を一緒に楽しみましょう🌏✈️現地当日チケット1900円配信当日チケット2000円▶︎https://t.co/UTDh4zsQZL#セカイシティpic.twitter.com/Ckai9Ts12L—セカイシティ(@sekaicity)April26,2024シャリちゃんがニューヘアーとても似合ってますねたびんちゅ!!最中
ここ数年のわたしの変化激しくて。摂食障害の病みブログスタートでそして絵を突如描き始め、画家活動そして、農業住み込みバイト→与那国島での馬牧場体験という具合なにやら、しばらくは馬、そして、旅人みたいなのでタイトル変えました摂食障害はさ、治ってはないよ!😆でも、ただのセンサーなのねだからたまには食べ吐きでつらたんって内容にもなると思うでもだいぶ抜けてきてるよー!というか自分の中で不完全燃焼してたりすると、燻ったエネルギ
なんか、書いておきたくて。今わたしの中で湧き出てる思いを書く!シェアハウス?エアビー?作り(経営?)元住んでた家を改造か?アートリトリート(二泊三日とかで材料全てある。リゾート?一棟貸し物件で少人数制)場所は色んなとこがいいけどひとまず!海見えるとこからスタートかな馬。その子に伝えられるようにその子と息合わせられるようになりたい。乗馬技術も普通にあげたい。飛び乗れるように毎日練習する😆与那国島、石垣島どこになるか?移住というか遊牧何拠点か移動シーズンごと沖永良部島
【配信情報】弊社レーベルより2018年にCDリリースした作品が、本日より音楽配信を開始しました!-------------------アーティストyossy20代の頃、地球と遊ぶを旅して、今でも1年のうち2ヶ月間旅に出るという生粋の旅人。小笠原諸島の父島でネイチャーガイド「たびんちゅ」を営みつつ、小笠原の海、山、星空を師として音楽活動に励む。2018年11月には初のCD「島の声~奏でる唄~」を全国発売。「たびんちゅ」公式HPhttp:/
20年以上前、冬が本格的に始まる前の出来事。長年あこがれの地、ポーランドに行く機会に恵まれた。ドイツからベルリンを経由して、ポーランドまで陸路で移動。ワルシャワに2日ほど宿泊した。その後アウシュビッツ捕虜収容所に近い町、クラクフに電車で移動した。クラクフに到着してから、旧市街のはずれにあるユースホステルを目指した。ワルシャワのユースホステルで一緒だった香港人の女性と偶然同じ列車だったので、行動を共にした。ユースホステル到着後、受付で香港人女性がベッドの空きを尋ねた。「
10年ぐらい前の話、3週間セルビア語のサマースクールに参加した。※地図は、GoogleMapsから引用。セルビア語は、日本でも全く勉強したことがない初心者。初心者クラスに割り振られた。授業は、基本的なセルビア語のアルファベットと発音、簡単な文法や会話の授業だった。3週間の授業の最終日、セルビア語とは全く関係のない授業だった。クラスには、ロシア、ポーランド、スペイン、日本などいろんな国の人が参加している。先生からの提案で、各自の母国語についてお披露目をすることになった。何をや
15年近く前、セルビアの田舎町で開催されたセルビア語のサマースクールに参加した。サマースクールを終えて田舎町を後にして、首都ベオグラード駅近くにあるバスターミナルに降り立った。夜行列車でブルガリアの首都ソフィアに向かうまでに時間がある。バスターミナルを出て、セルビアの町に向かって歩き出した。町を歩いていると公園にフリーマーケットのような感じの店が出ていた。並んでいる店を眺めながら歩いていた。ふと一軒の露店の前で立ち止まった。古本屋のようだ。セルビア語のサマースクールに
5年前にスペインの聖地、サンティア・デ・ゴ・コンポステーラ(以下サンティアゴと記載)巡礼に出かけた。私が歩いたのは「ポルトガルの道」。ポルトガルの首都リスボンからポルトガルを北に向かい縦断し、聖地を目指す。私は途中のポルトガル北部の町から約1週間かけてゴールのサンティアゴを目指した。※地図はGoogleMapsより引用。サンティアゴで宿泊したのは、これまで同様にアルベルゲ(巡礼者向けの宿)。大きな違いは、これまでのアルベルゲはベッドが複数並ぶドミトリーだった。しかし、今回の
岩手県の三陸沿岸北部にある野田村。NHKの朝の連続ドラマで登場した、三陸鉄道の駅がある。その駅から山間に10キロほど入ったところに今回の宿がある。宿の名前は「苫屋」築100年を超える曲がり家と呼ばれる、L字型の家屋を宿として用いている。この宿、何が珍しいかと言えば、予約の受付は往復はがきのみ。メールはおろか、電話での受付も行っていないとのこと。おもしろそうだなと思い、往復はがきで宿泊の予約をして山間の宿に出掛けた。予定だと、三陸鉄道を降りて、一日数便のバスに乗ると宿の近く
20年以上前の話。ベトナムの南部の都市、ホーチミンを旅行する機会があった。若い頃だったので、持ち合わせも少なかった。しかし、好奇心と情熱と時間は余るぐらいにあった。現地についてから、安宿の集中しているファングラオ通りを目指した。そして、前を歩いてめぼしい宿を何軒か周り、宿泊先を見つけた。エアコンはないものの、天井に扇風機がついており、部屋にはシャワーとトイレがついていた。部屋の様子を確認して、問題がないので何日か滞在することにした。昼間は観光、日が沈むと宿に戻り、宿の近くの屋
金沢にジョージア料理を扱うビストロがある。ちなみにジョージアとは、イランの北側にある、ヨーロッパの国のひとつ。2年前に牛丼の松屋で「シュクメルリ御前」が期間限定で登場。そのシュクメルリのお国である。知る人が決して多いとは言えない国であるが、料理がおいしいのである。加えて世界でももっとっも古い時期にワインが作られた国でもある。ジョージア料理を扱うレストランは日本で数少ない。その数少ない店のひとつが、金沢にある。ビストロPasapasaである。ちょうど金沢に行く用事があったので
香川県の琴平にある、金刀比羅宮(通称、こんぴらさん)。こんぴらさんのお守りがチャーミングなのである。黄色いパッケージに入った黄色いお守り。こんぴら狗のマスコット付きのお守り大中小の3種類の黄色いお守りセット、もある。ワンちゃんのマスコットに惹かれてマスコット付きのお守りを購入。帰り道に境内にある、カフェ神椿に立ち寄った。こちらは資生堂パーラーがプロデュース。時間がなかったので店内飲食はあきらめ、お土産のみ購入。ここで目に留まったのが黄色いラベルがチャーミングな缶。缶の中身
15年近く前、短期間であるが北マケドニアに住んでいたことがある。当時はインターネットはあったものの、PCから送るのみ。インターネットが普及する前の世代がファックスでメッセージのやり取りしていたのに比べると楽チン。とはいうものの、郵便局で扱う切手の中に美しいデザインのモノのあり、急ぎじゃない場合エアメールを送ることがあった。北マケドニアと聞いても、何処にあるのかピンとこない人もいるだろう。ギリシャの北側、ヨーロッパに属する国である。※画像はGoogleMapsから引用。通常、
もう時効と言ってもいいぐらいに前の話。ソウルの国際空港が金浦空港だった頃の話。ソウル経由の飛行機で東南アジアを旅行していた。東南アジアをメインに旅行するつもりだったが、利用した便はソウル経由の便。追加料金なしでソウルに何日か滞在することができた。「せっかくだから」と2日ほどソウルに滞在し、ソウル観光を楽しむつもりだった。しかし、東南アジア各地を1か月弱周ってくると身体が疲れる。加えて、歯が痛くてたまらない。タイ・バンコクからソウル行の便に乗っている頃には痛みが耐え難かった
10年以上前の出来事。夏の終わりに、ウズベキスタンに旅行する機会があった。通常、旅行は一人旅なのだが、休みがなかなか捻出できなかった。このため、パックツアーに参加することに。首都タシケント、古都ヒヴァ、青の都サマルカンド、等を駆け足で周る8日間の旅。ツアーの終盤近くにサマルカンドに到着した。サマルカンドに到着した日の夜は広場でウズベキスタンのショーを見ながらの食事。会場に到着する頃には既にショーは始まっていた。席に案内されて、民族舞踊を見た。民族舞踊終了後、少し休憩が入る。
10年近く前、メキシコに眺めの旅行をした時の出来事。ちょうど、今ぐらいの時期。日本への帰国が近づいてきて、手持ちに余裕があったのでネイルをすることにした。私が滞在していたのはメキシコの東部、ユカタン半島にある町メリダ。メリダの町の中心部から20分ぐらい歩いた住宅街にある小さな宿に滞在していた。宿から数分歩いたところにネイルサロンがある。住宅の一部を改装したサロンには、通りがかるといつも人がいる。宿のスタッフに尋ねると人気の店らしい。帰国が近づき、少し懐に余裕があったので試してみる
四半世紀近く前、とある省庁主催の国際交流事業に参加する機会があった。毎年、派遣先が変わるのだが、私が参加した時の派遣先のひとつがインド。インドに3週間ほど派遣された。参加したプログラムの中にインドでホームステイがあった。インドに到着してから、ステイ先が割り振られた。私のステイ先は、エンジニアの方の家。高校生の娘さんと中学生の息子さんがいる4人家族で、住まいはマンション。なのでステイ中自分の部屋が割り振られたわけではなくて、娘さんの部屋に泊まり、同じベッドで寝泊まりすることになった
15年前の出来事。北マケドニア共和国(以下、北マケドニアと記載)に1年近く滞在していたことがある。当時はマケドニア旧ユーゴスラビア共和国と呼ばれていた。ちなみに北マケドニアはヨーロッパにある。位置的にはギリシャの北側、ブルガリアの西側にあたる。(地図参照)お金はどうしていたかと言えば、インターナショナルカードで日本の銀行口座から出金していた。一度に上限金額の設定はあるものの、手数料は200円とさほど高くない。2か月分の必要なお金を都度、銀行でおろして手元に置いていた。
20年ぐらい前の出来事。ニュージーランドのオークランドに少しの間住んでいたことがある。住んでいた場所は、ダウンタウンと呼ばれる町の中心から徒歩圏内。ある日、買い物に出掛けようとスーパーを目指した。スーパーに行く途中に、広い公園がある。この公園ではちょっとしたスポーツの試合が行われたり、散策や子供を遊ばせたりと近隣の住人の憩いの場所となっている。公園の傍らに車が停まっていた。近づいてみると献血車だった。国内旅行するときに旅先の献血センターに立ち寄る機会が多かった。※注意
10年近く前のちょうど今頃の話。メキシコ東部、ユカタン半島の町メリダを訪れた。この町に少し長居するのもいいなと思った。到着して数日は、こじんまりとしたアットホームなペンションに泊まっていた。1泊30ドル(朝食付き、トイレ・シャワー共同)。高くはないが、長期間滞在するとそれなりの金額になる。さて、どうしようかなと思っていた。そこでペンションのオーナーに相談した。「どれぐらいの期間、メリダにはいるのか?」「3か月ぐらいかな(年末ごろまで)」と言うのも当時メキシコは180日まで滞在
先日、顔ハメ歴40年と言う大ベテランと同席する機会があった。顔ハメ板と自分の顔を以下に自然に、一体化させるか、長年の経験に基づく知見についてお話を聞く機会があった。私自身、顔ハメラー(と言うのだろうか)、いわゆる顔ハメ板愛好家ではない。しかし旅先の珍しい場所に行くと、顔ハメ板のみ撮影することがある。この日本最北端と日本最南端の顔ハメ板もそうである。日本最北端のそれは、「何となく」でシャッターを切ったまま1年以上、眠っていた。日本最南端のそれは、一度登場することがあった。せ
大学卒業前の出来事。ネパールに旅行に出かけた。当時はネパールが王政だった。首都カトマンズに到着後、ヒマラヤ山脈が見える町ポカラに移動。そして再びカトマンズに戻ってきた。当時は学生、手持ちがあまりなかった。治安の良さとある程度の清潔さが確保されるなら、建物が古いことはさほど気にならない。色々と安宿を探し回り、見付けた宿。空室の有無を確認し、部屋を見せて貰うことにした。ちなみに部屋は個室、トイレとシャワーは共同である。部屋の鍵を渡されたので、階下に上がり部屋を見る。
10年近く前、偶然ハンガリーの首都ブダペストに立ち寄った時の出来事。もともとハンガリーに行く予定は全くなかった。もとはと言えば、モルドバ(ルーマニアの東側)から日本に帰国するために、ドイツに行く必要があった。(ドイツ・フランクフルト⇒東京のチケットを持っていたから)モルドバからフランクフルト直行便はあるものの、便数が少なく値段も高い。途中、どこかの国を経由すれことになる。モルドバの隣国ルーマニアの首都ブカレストを経由するのが便数も多いし妥当だろう。しかし値段が高い。モ
偶然なのか、2020年以降沖縄の西表島に行く機会が重なった。しかも半年の間に3回も。西表島には、沖縄本島からも直行で行くことはできない。一度、石垣島で船に乗り換える必要がある。(船の所要時間は1時間弱)。所要時間がすごい掛かるわけではないが、手間はかかるのである。さて前置きが長くなったが、短期間の間に3度足を運んだのはなぜか?西表島は星がきれいに見えることで有名なのである。石垣島や宮古島も星空は美しいことで知られている。西表島は居住者の数が更に少ないので、集落の明かりも
何年か前、サンフランシスコに旅行した時の出来事。旅行したのは冬場の空気が乾燥した時期。肌や手荒れがしやすい時期でもある。もともと少し水仕事をすると手荒れが激しいワタクシ。空気が乾燥する冬場だと、手荒れ確率が高い。アフターケアの有無にかかわらず。この旅行した時も手荒れの激しい時期だった。指先がひび割れし、ペンを持ってサインしようとすると痛いぐらいだった。そんな状況の中、サンフランシスコに出掛けた。飛行機到着後、入国審査に向かう。人が少なそうな列に並び順番を待つ。
20年近く前、ニュージーランドに長期滞在したことがある。当時は今よりもNZドルのレートも安かった。とはいうものの、ずっとホテルに滞在するとお金もかかる。町の中心部から歩いて30分ぐらいの場所に部屋を借りることにした。借りた部屋の近くに、規模の大きなスーパーがあった。このスーパー、ワインの品ぞろえが充実している。そこで、地元の方がまとめ買いをしているワインの銘柄の一つが気になった。それが「OysterBay」と言う銘柄の白ワイン。ニュージーランド北島の南部の地域で醸造されている。
10年ぐらい前、3週間ほどセルビア語サマースクールに参加した。サマースクールは首都ベオグラードじゃなくて、バリエヴォと呼ばれるセルビア中部の山の中で開催された。地図の〇で囲まれた場所である。※注意:地図はGoogleMapsより引用。サマースクールを終了した後、せっかくの機会を利用してモンテネグロに行くことにした。セルビアとモンテネグロはかつて同じユーゴスラビア連邦の国だった。そして連邦に属する各共和国が独立した後も、「セルビア=モンテネグロ」と言われるように最後まで同じ国だ
10年ぐらい前にアルメニアの首都イェレバンに出掛けた時の出来事。ツアーに参加していたので、きちんとした朝ごはんの出る宿に泊まっていた。朝食はビュッフェ形式。卵料理、ハムやソーセージ、サラダ、パンが並ぶ。夏場なのでフルーツの種類も豊富。フルーツを盛りつけたお皿が並ぶコーナーで目に留まったのがスイカ。何やら男性と思しき人型に細工をしている。ウサギリンゴや、野菜に細工をしたものを見たことはあるがスイカに細工するとは。びっくり。花をかたどった細工ものもある。ところで、
20年近く前、今よりもハンガリーを訪れる観光客が少なかったころの話。年の瀬が迫る頃、ハンガリーの首都ブダペストに旅行に出かけた。ハンガリーの首都ブダペストにはいくつかの温泉がある。プールのようなスタイルの施設、オスマントルコ風の施設、アールデコスタイルの施設などバリエーションも様々。そのうちのひとつ、アールデコスタイルの温泉に訪れた。温泉はドナウ川の河畔のホテルにある。現在は英語の説明があると思うのだが、当時はハンガリー語の説明のみ。四苦八苦してお金を支払い、ロッカー(という
10年以上前に、北マケドニアに出掛けた時の出来事。ちなみに北マケドニアは、当時は「旧ユーゴスラビア連邦マケドニア共和国」と呼ばれていた。場所はギリシャの北側、ブルガリアの西側にある。北マケドニア屈指の観光地、オフリド。ヨーロッパ最古の湖、オフリド湖の湖畔に広がる町。湖畔のリゾート地であり、町なかにはマケドニア正教の教会が数多く立ち並ぶ。決して大きな町でないので、町なかにある教会は歩いて観てまわることができる。しかし屈指の美しさを誇る聖ナウム修道院は町から20キロ近く