ブログ記事318件
心が求める「満足」は生まれてすぐに、この世を知る前から書きかえられる。周りが嬉しそうだとうれしいから。周りが「これいいよね」と言えば「そうかそれがいいのだな」と。素直に素直に、信じて取り入れていく。この世の仕組みなど知らないまま。まだこの世がどんなかも、自分が何かもわからないころから。全身を研ぎ澄ませて観察する。反応して結果から学ぶ。素直に、ドキドキと、びっくりしたり、嬉しかったり、悲しかったり、恐ろしかったり。自分を守り生き抜く知恵。とりあえず、仮の自分を組み立て動かす。そうして、自
この世界では今も戦争が続いていて強くなる思想の状態によっては、女性はやっと行けるようになった学校へも行けなくなる。いまだに「普通」は一部の人によって(主に男性と特権階級の人たち)作られてきたもののまま。フリーランスでイラストを描き、それから結婚離婚で母子家庭となり、会社を作りイラストとデザインの仕事をしていた。この世の普通からすると、従わず人としての尊厳を求めただけで「我儘の罰を受ける」という扱いになる。あら、それならそれでけっこうだわと受けて立ったけど、これじゃあ自分のことしか出来ないじゃな
二度目の庭日。月一だと一年がすぐ済みそう。同居メンバーのキッチンカーが故障して庭営業した時は「いっぱい来てくれますように!」って迷いなく庭に居たのに。さて、私のこととなると…来て欲しいけど来てくれるのか、でも来すぎたら忙しくてゆっくり話せなくなると困っちゃうとか、そもそも今までだって忙しい時に話が聞けてたかしら私、などと揺れ動く画家心。いや、私に接客は求めていないと思うので(たぶん)楽しく居ようと何度も思い直す。じつは、私は話すのが三人以上になると、頭がまわらなくなる。集中してる時に「
何にもなかったただの庭。落ち葉が邪魔だと庭木も抜かれてツンツルテンだった実家。わたしの手だけでこつこつお手入れしてちょっとかわいい場所になった。ここに「ぴよぴ世」をつくる。この世とあの世の間にはぴよぴ世がある↓〈ぴよぴ世〉|柚木ミサト+きゅうりちゃんじつは…「あの世」と「この世」の間には「ぴよぴ世」という楽園がある。桃源郷、竜宮城とも呼ばれ昔話に描かれているが、訪れた人は「この楽園のことは決して他言しない」と約束をしてこの世に帰るので他に情報はない。その昔は誰もが気軽に訪
誤魔化して諫めていた「切ないさん」が溢れそうになっていたのですが、いよいよ溢れてきちゃって溢れた中におります。今傷つくようなことが起きているわけでなく、過去の受け止めきれなかった悲しみと痛みがわたしの準備ができるまで静かに待っていてくれたのですね。いやはや、思ったより多かった!その過去に傷ついたことが全部表に出てきて、「ねえ、もうわたしのこと見てくれる?」ときゃあきゃあと足元にまとわりついてきます。その子達を抱きしめて「がんばったねえ」「えらかったねえ」と頭をなでる。すると嬉しそうにぎゅう
「始めなきゃ」と思ってたら、始まって終わって始まってた。始まり続けていた。もたもたと、何やってるんだろうと焦ってた。心地悪くもんもんとしてた。↓何か大したことなんてしなくてもいいんだと安らいで焦っての繰り返しでどんぶらこ。↓過去に重ねてきた色々は、わたしの本心からの願いへ向かっていたとわかった。↓すげー!気がつく前からやっている!と感心して感謝した。自分に。毎日何かつくって、毎日何か描いていて、満足することもあって不条理に心が暴れることもあって、このどんぶらこがとてもい
これは生きて集めたデータ。自分のしてきたことを反省したり、ダメだったのではないかと顧みることは誰にでもいい効果をもたらすわけではい。謙虚であることと、傲慢であることは関係しない。傲慢な謙虚だって存在する。自分の思うようにならない他人の行動のように思うかもだけど、影響を採用するかの決定はいつも自分自身にある。自分は決定できる。お母さんでお父さん、おじいちゃんでおばあちゃん、パートナーで親友。強く望む誰の言葉も抱擁も、自分が認めず受け取ろうと思わなければ受け取らない。愛されたいのは自分自身に
こうだろうと思っていた「つもり」が違ってたことがたくさん見つかっている。私の発見の覚え書き。+++赤ちゃんはいつから許されぬ大人になるのか生まれた時はこの世のことを何も知らないまっさらな赤ちゃん。生まれた環境や状況が全く同じ子どもはいない。育つ環境や状況も同じじゃない。体の能力も同じではない。私にいろんな癖がついたように私にいろんなことがあったように、他の赤ちゃんにもいろんなことがあったんだと思う。私はいま58歳で、ずいぶん大人になった。よく見渡して自分のことも振り返って、
相談できない自分に危機が来ても相談できない。相談するなんて恐ろしい。そんな思いをするなら、死んだほうがいい。母がお金に困ると父は怒った。母が「困る」と父に怒られた。そんな困る状況になったのはお前のせいだ。励ましや労り合いや相談のない家に育った。それで、私は誰にも困ったと言えなくなったのだと思う。助けたかった。母の叱られた心をなんとか助けたかった。私が「母が困っている」とおばあちゃんに助けを求めた時、母は真っ先に私を叱った。おばあちゃんに話すなと。私の経験は困った
スキを極めるもっとも追求してはっきりイメージしておくのはスキだと思う。「どんながスキなの?」スキを極めながら暮らしをお手入れしていくといい感じに仕上がる。嫌なことも困ったことの探求も「じゃあどんながいいの?」と好きから始める。どれよりどれがいいという話ではない。私の全部の中に、スキを追求していくことが重要なポジションにあるということ。+++どういうことか更にくわしくこの世には心配事がたくさんあるし、心を引き裂かれるひどいことも切れ目なく存在している。ずっと観察してきて私
※20230225日本語が拙いので修正幼稚園に通ってたとき、音楽教室にかよった。友だちとおそろいのおけいこバッグ。音楽発表会のとき、さっぱりオルガンが弾けなかったわたしは「弾いてる真似をするように」と大人の誰かにいわれ真似で乗り切った。それしか覚えていない。なんで通ったんだろう?辞められるとは知らなかった。それから、お手洗いは斜めになった長い側溝のような作りで休み時間に子どもたちは3列に並び前の子のお尻を見ながらおしっこをした。屈辱的でこっそりひとりで用を足した。
朝、通勤電車て星集めしてたら、なんか、ビビッと来た🌅🌅🌅きゅうりルームだって、AKB48の18期オーデションの復活枠でトップでイベント終わって順位確定待ち中みたいね。フォローしてしまったよ🤗🤗🤗こんな感じで、しっかりしてる👍👍👍👍したっけ、まだ予選でこれから決勝になって、決勝を通過して4次審査受けて通ったら、やすすの居る最終審査かなぁ〜予選は10ブロックあったから、30人と紐付きが決勝にすすんだね。きゅうりちゃんは、2ブロック1位通過👏👏ポイントは各ブロックでまちまちだから、全
社会を嘆いてるわけじゃないよ。まだ文明は初期段階で未来からすると今は、古代なんじゃないかと思う。毒親ってよくいうけれど、それはまだ人類が始まったばかりの未熟な毒社会で育ったからじゃないのかと思う。辛いことはたくさんある。酷い目に遭うこともある。けれど、なぜそうなってしまうのかは理由が見える。生まれた赤ちゃんが育つ社会が毒っぽくて未熟なら、「そりゃそうなるわなあ。」と思う。生まれ育つうちに歪むことがある。それは赤ちゃんのせいだろうか。その赤ちゃんが選んだんだろうか。大人になって、身につ
この世は「あれれ」なのです。人生は「あれれ」な勘違いを修正していく旅。わたしの場合は。これがつらい、あれが悲しい。これはうれしい、あれはサイコー。これらは自分でそう設定していないとそう思えないのです。なんでこれを悲しいことに分類したんだろう?なんであれを喜ぶことに分類したんだろう?設定を変える実験を繰り返して自分にしっくりくるように調整していきました。今もその途中で、終わりは無いみたい。わたしは、絶えず変化しているから。変化し続ける私たちがつくるこの世も休ま
ここ一ヶ月ほど吐きそうなくらい自分に変化を起こしている。怖くて涙飛び散ったり、発見に感動して涙したり。(どっちにしても泣く)そして、自分を思い出している。いいことが起きてると思ってます。頭で考えてきたことを、行動する。(今までとは全然違う。勇気を持って行動しているけど、嫌なことを我慢してはいない。安らぎと幸福時間は何倍も増えてる。)ちっともうまくいかない。はらはらと泣けてくる。なんと、これが前進。あ、これは今すごく好きな感じ。お、ものすごく安らいでる。ぎょ、どえ
お腹が空いてるならおにぎりを握ろう。これまで真面目に働いてなかったとか、悪いことばかりしてたとか、人助けを一生懸命したとか、心が優しいとか、どうでもいい。お腹が空いてるならおにぎりを握って食べよう。それでお米がなくなっちゃったら一緒に困ろう。きっと何か思いつく。みんなどんなでもそのままでいいから今、安らいで生きよう。ずるくても怠けても、うっかりパチンコで借金を抱えても。生真面目で人のために働いて毎日辛抱していても、どんな人もそのままでいいから、おいしいおにぎりを
わたしったら、また行ったり来たりしとるよー。何回も書いてきてるけど、この世に不快と不自由が大きくて、一生懸命考えて生きてきた。こんなに苦しいのは、わたしのどこかがダメなのに違いない。足りないのはなんだろうか、どうすれば良いのだろうかと。「真剣に考えなくちゃ。」とずっと真面目に考えてきた。なのに、いつもぼんやりと約束を忘れる。(わるぎはない)できると思っていてもできない。(まえはできたのに)好きなこと以外、ものすごくつまらない。(さっさとやればいいじゃないか)がんばってもがんばっ
2年前だ。今ならすごくわかるぞ。わかってなかったのかよ。理解の順番は決まってない。先にわかった気になって、すっかり忘れて思い出してもっとわかる。過去に私が描いたことは、きっと未来の私がささやいたことかもしれん。今の私が深く感心して腑に落とす。時間を超えて、私は私の応援をする。+++じつはどれだけ説得しても同じ不安に取り乱す私に自分自身うんざりしててついにこんなイラストが思い浮かんだ弁財天さんに直接叱られる私。そしてついに、さっき弁財天に花丸をもらった
東日本大震災で原発事故が起き、たくさんの放射性物質が福島県を中心に日本中に降り注ぎ、私は放射能の絵を描いた。農産物の生産方法によっては、表面についた放射性物質が検知され出荷停止は長野県や愛知県にも及んだ。この絵を「あかいつぶつつぶの絵」と名付けて、全てのシリーズを使用自由で公開して日本だけでなくいろんなところで使われた。「愛しい人を守るために愛を持って自由にお使いください」お知らせ無用、販売についてだけお知らせをもらうことにした。事故後すぐはスピードが必要だったし、私の事務処理能力は遅く
何度も読んだ記事。とっておきたいのでリブログしとく。+++わたしは社会問題に目を向けることが好きだ。けど、他のことと同じで、そうしたい人がすればいい。しない人もする人もお互いの恩恵は受けて生きてるんで、「いつもありがとう!」でしかない。社会も世界も、自分で作っていく。わたしはそう思ってる。政治は暮らしのことで、こうしたいああしたいと誰でも簡単にアクセスできるようにと人がシステムを作ったものだ。これも使うよ。政治だから届くところもあるのも知ってる。そのゾーンに友達がたくさんい
めんどくさいが来る。寒気みたいにふいに来る。やたら来る。今までもめんどくさいさんは来てたんだけど、このところお出ましになる場面が違うのだよ。クヨクヨしだすとなかなか抜けられなかったけど、来るのよめんどくさいさんが。のしのし近寄ってきて「クヨクヨしてるの?ねー、めんどくさいよねえ」って言うの。んで去っていくんだけど「ほんと、めんどくさいよねー」って思って、クヨクヨできなくなっちゃう。憤慨して怒っていても、どこからかのしのし近寄ってきて「怒ってるの?腹立つよねー、ねー、めんどくさいねー。」って
なつかしい。いまならわかるよ〜。そこに書いてあること。わかってるみたいに書いてあるけど、わかってないよね〜。この時はわかんなくてもよかったよ。いま、わたしはわたしに居る時間を自覚してる。自分の感覚を愛でて、わたしと私が話している。「いいじゃん!」「これもいいと思ってて」「おおっ、よく見つかったね!これもいいねえ!」私が絵を描く、私が野を歩く、私がわたしを見ているのを感じる。私(本来の私)とわたし(この世でいろいろを生き癖を持ったわたし)はくるくる変わる。それがいい。急に記憶
こちらも販売のお知らせをしますねー、とかいってたいわき生まれのきゅうりちゃん。里親さんが「うちへぜひ」とお知らせ前に迎えに来られました。早速玉座を作って送りました。郵便なのでゆっくり届きます。里親って書くと四千円で販売なんで、人身売買的な極悪さを醸します。暗闇屋案件なんで、ま、いいか。いちご農園にいくので、玉座はいちごです。もう、どうしようかわいい。玉座はおまけです。はい、お・ま・け、です。わたし、こんなのあったらうれしいなー、いつもこうして作って描いて生きていきたい
おきゅうりさま愛と勇気のお守り。好奇心と一緒に、いつもそばにいてくれます。webショップに載せる前にFacebookに載せたらすぐ里親さんが見つかって、うれしくておまけで作った玉座がうっかりすごい。かわいいな〜+++きゅうりちゃんはわたしの作ったキャラクターです。子どもたちが立ち向かう放射線の学習応援キャラとして生まれました。母の編んだきゅうりちゃんは100匹を超えて世界中に運ばれ販売され、東日本大震災の原発事故で、子供たちに必要な放射線についてのテキストを作る活動を支えてもら
うれしーい。気に入ってもらえました^^お母さんも自分用に小さいサイズで追加オーダーをいただきました。うふふ。
この絵を見て「酵母は愛かな」って友達が言った。愛だろうなと思ったけど、その愛ってどんな愛かなってお風呂の中でぷくぷくつかって考えた。きのう、「やすらぎの森」という映画を見て、胸を引き裂くような出来事の果てに灯った静かで穏やかな愛を感じていた。映画のお話は、世の中から離れて森で暮らす三人のおじいさん(世捨て人)は互いに踏み込みすぎず、けれど近くにいることで安らぎ、それぞれ自由に暮らしていた。そこへ存在を抹殺されて、たった今まで自由を知らなかったおばあさんが助けられ連れてこられる。老
自分のことを話す練習をしてた。友達に「話せば楽になることもあるから」と言われて話したいと思って、一年すぎた。でも話すと澱みやザラつき、こうは思ってほしくないという怖さで、一言を選ぶのに狡さや弱さや醜さが見えて「こんな辛いなら、何も言わないで死んでいきたい」と本気で思った。惨めで、腹立たしく、怖くて、卑怯者だと思える。吐き出された汚物みたいで表に置いておくのは嫌だなって思っている。(これまでの練習も、迷い悩んだままいろんなところへ置いてあるけど)もーいーやん!そんなのほんとは無
決心と不安。日々の悪史伝世に気弱になるけど、そうだったそうだった。決める楽しみ自分の担当を満喫する好きなものを自由に選ぶ自分で選べばなんでも栄養ああ、元気が灯る
「助けて欲しい」を察知して「助けなければ」を無理してやってきた人生だった。楽しかったし、甲斐もあった。いや、最近までここまで度が過ぎてたとは知らんかった。自分でも。そうなった理由はある。(いま、理由はどうでもいい。私が生きるのに、必要だった。この経験が。)辛すぎておかしいと思って、自分を研究し始めた。わたしの特徴は、ずっといつも助けることを探して探して見つかると安心して、一生懸命取り組んでた。いつだったか、わたしに力を貸して欲しいという人が現れて、月にいくら払ったらあなたを
ズカズカと入っていって、くつろいでいるその人たちの足元に仁王立ちになって「本当のことを知りやがれ!何があったか知りやがれ!こんちくしょう!」そう思って、わたしは心にためていたことを大声でいくつも叫びました。そのあと続けて、「隣に住んでも構わないけど!わたしのところへズカズカと入ってこないでちょうだいっ!以上!だわ。」えっ!?大っ嫌いなのに、隣に住んでもいいんかい。夢だったんだけど(夢かいっ)面白かった。でも、過去にほんとにあったこと。そのときわたしは言わなかった。悲しく辛く思い