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「緩和ケアの矢先に亡くなった」そのような表現を、記事で読んだりすることがあります。実はこの「緩和ケアの矢先に」という言葉は、非常に大きな問題をはらんでいます。その言葉の何が良くないのか、そしてどう捉えたら良いのか。下記の記事で解説しました。ぜひご覧下さい。「緩和ケアの矢先」という言葉は、なぜこれほど誤解を生むのか
ずぼらエステティシャン主婦すーこです。ずぼらでこだわりやの面倒くさい性格ですが、美しく健康に年を重ねるべく日々を綴ってます。すーこの父は癌の末期です。本人も家族もメンタルやられる日々が続いてます。そんな時、茶香炉でラベンダーの葉っぱを炊いてます。香りは脳に直接働きかけるので、炊いてすぐリラックス効果があります。もうどうにもならない時、煮詰まって過ごしてる時、ベランダからラベンダーの葉を摘んで茶香炉で炊きます。アロマオイルがなくても葉っぱがあればいいので気に入ってます。茶香炉で炊く
数年前、父親は大腸がんとなり、手術と抗がん剤による治療をし、その後は何事もなく過ごせていた。それが肝臓へ転移したことが分かり、また手術と抗がん剤による治療をする。今度こそ治ったのかと思っていた。ところが去年、肺への転移が発覚する。手術するにはがんが大きく、抗がん剤で少し小さくする必要があった。けれど抗がん剤が合わず中止となる。父親はずっと闘病生活を続けていた。それが終わりを告げるのだ。先日、家族が医師と面談した。年内もつかどうかと言われたそうだ。あまりに急な話であった
12月15日凄く凄く苦しそうで顔を歪めてる父喘鳴もひどい…酸素もMAXにしても89熱も38度アイスノンで冷やす声掛けには時折頷くちゃんと聞こえてる❗️父の携帯が鳴りなんと、母から‼️認知症とパーキンソン病の母ははっきりしてる時と訳わからない時があるしかし、今朝ははっきりとしてて「お父さん大丈夫なの?」と母の声ちゃんと父に聞こえてる私達子供の声より絶対嬉しいはず❗️電話できない母がここぞと言う時に魔女のような察知力と嗅覚で普段できないことをやってのけるす
12月14日今日は夫も一緒に病院へ病室に入り、声掛けても全然起きてくれない…何度も声掛けするが起きる気配なし💧そこへ二男もお見舞いに来てくれた昨日、急に父が「ようちゃんは来ないのか?ようちゃんは?」と「ようすけに会いたいの?」「そりゃ会えるなら会いたい」二男に連絡して、会いに来てくれましたが二男の声掛けにも全く起きる気配なしたまに手を動かしたり唸るような声を出しますが会話にはならず…手をさすって声掛けしても話してくれない…呼吸も顎でぱくぱくするような呼吸昨日は
12月13日早起きして東京に向かおうと鼻息荒く急いでいる時に限ってアクシデントって起こるもの病院の最寄り駅に着いた時にはぐったり😔病院に向かう前にスタバでちょっと休憩その時、弟からLINE父がベッドから落ちたとのこと😱幸い骨折は無いとのことでしたが…(本当かなぁ…?)もうコーヒーがぶ飲み、ケーキは3〜4口で食べ(ちゃんと食べる笑)大急ぎで病院へ💨病院に着くと寝ている父容赦なく声掛けて起こしました笑「久しぶりだな」第一声穏やかな声ホッとする父に状況を聞くと覚えて
12月11日弟が病室を訪ねると父が起きてくれ、3人で電話「痛いところない?」「今は無いよ」「土曜日から行くけど食べたい物や必要なものある?」「無いよ」「お父さん、もうやめようと思ってるんだ」「何をやめるの??」「もうやめようと思うんだ…」「やめようと思うんだよ」滑舌の悪くなった聞き取りにくい声で何度もやめると言う父「やめるなんて言わないで、もう少し頑張ってよ」そんな言葉しか言えませんでした…
覚書父の12月8日の容態主治医から弟への連絡昨日、放射線治療を行う前段階としてCTを撮影したそうです。2ヶ月弱前と比較して急速に進行しているのがわかりました。右肩の肩甲骨も破壊されていて、容態によっては数回に分けて放射線治療することもあるそうですが、今回は1回、本日の午後に実施してくださいます。お父さんも了承、サインもしたそうです。全身の骨が脆く溶けてきていて、骨折の危険がかなりあるとのこと。胸に水も溜まってきていて、水量が増えると呼吸困難になる可能性もあるそうです。膝に病変は
姉は、今日は訪問看護の方との面会でしたいよいよ、大学病院を退院し、1泊の温泉♨️旅行のあとはいよいよ自宅での療養になりますそのための訪問看護ステーションをソーシャルワーカーさんが探してくださいましたそして、病状の説明を含め本人(姉)との面談の日旅行から帰ってきたその日に、一度自宅に来てくださることになりましたベッドのことなども含めて私たち家族の不安なことなども相談させていただくことになりましたいよいよスタートする自宅での療養私の生活と併せて色々と両立できるのか。
実家に両親が住んでいる。父親、母親とも自立しており、今のところ支援は必要ない。けれど、父親はがんである。手術と抗がん剤治療を繰り返し、すでに治療は打ち切られている。もはや手術適応ではないし、抗がん剤は体に合わなく、中止となってしまった。キャロットケーキ私は横浜に住んでおり、実家とはかなり離れている。すぐに帰れる距離ではない。父親の病状を確認する為、母親とLINEをしている。ところがどうも的を得ない。←私←母親『お父さん、どうしてる?』『元気にしてる
土曜日からまた実家へ父のせん妄がまた一段と酷くなっていた月曜日に緩和ケア病院に入院する予定が一層不安を煽り、せん妄も酷くさせてる感じがする夜中は1時間半〜2時間おきに起きトイレへそして、そこからいろいろな話が始まる予定の確認(同じこと何回も聞く)何故、緩和ケア病院に入院するのか?入院したら焼かれるんじゃないのか?隣に火葬場があるだろ(ある訳ない)まだお父さんは生きているぞなどそしていろいろなことが気になる外壁塗装のこと入院の持ち物のこと株のこと急に株価を調べ始める
先週の木曜日歩き辛さを訴えてた父のために歩行器をレンタルそして、本日立ってられないと父自身で車椅子のレンタル依頼たった1週間で家でも車椅子に😓もっと先かと思ってました…今日は朝、お粥半分昼お粥半分(ヘルパーさんが作ってくれた)無糖ヨーグルト夜BIOの無糖ヨーグルト1個今日のヘルパーさんとの連絡帳
緩和ケア病院へ医師との面談の為行ってきました私1人で行くつもりでした車の運転が苦手な私はまたまたおばちゃんの大冒険にならないよう弟から広い道のルートを選んでもらいシミレーションばっちりにしてました👌なのにぃ父も行くってー😱実家は玄関に入る前に結構な階段があるんです(下がガレージになってるタイプ)その階段の登り降りがまず心配!!!転げ落ちたらどうしよう😨でも、もし自分だったら自分が入る病院は見ておきたい自分で決めたい気持ちは充分理解できます何とか、安全に父を助手席に
今日はゴミ捨てから始まり父の着替えや食事の世話薬の管理に掃除洗濯しかも、掃除ついでに外の枯葉の掃除してくれと言ってくる😑えーー、外掃除、今しなきゃダメなのか?しかし、父はこれってなるとずっと言ってるから渋々外周りも掃除11時に訪看が来るのでそれまでに銀行に振り込みに行けと言うし😮💨銀行に走って、看護師さんに現状を伝えてお風呂の用意して、お風呂入れてもらいやっとホッとできるかと思いきやお昼の用意…私もようや座ってお昼食べてる最中に家の電話が鳴り15時半に訪問医師が
今日は午前中に自身の食道癌術後初めての内視鏡検査実はまだ喉に大豆くらい?の詰まり感があって入院中にも主治医に話しても喉には何もないしCTでも大丈夫だと言われてましたでも、やっぱり気になるので今回もこれだけは検査の時に念を押してしっかり診てもらおうと思ってましたんで、処置室で医師に告げると内視鏡入れる前から、その詰まり感は癌とは関係ないですよ!!と強く言われてしまいましたきっとカルテにこの患者は喉の違和感を何も無いのに訴えるって記載があるんだろーな検査が終わり、リカバリー
昨日は弟も仕事の為、日中は父1人でした朝食は、お粥・味噌汁・ヨーグルト10時半に訪問看護師さんが来てくださり入浴の介助をしてもらったそう夕方に弟が帰る際、ご飯が食べれないと怒っていると…食べれないのは食べたいのに胃に入っていかないのか、それとも用意できないのか…どうも後者の方で怒っていたようです昼間は2回転倒したとのこと転んでどうやって立ち上がったんだろう骨折しなくて良かったよぉほんの2週間前はしっかりとしたLINEもできたので父の様子や気持ちも聞く事ができていたのです
10月31日に父の大学病院診察に付き添った時は父はタクシーにも1人で乗り込み院内も歩いて診察室まで行っていたそして、帰りには一緒にスーパーにも行き併設のコーヒーショップでお茶もした☕️なのに、10日前後でこんなに弱るの⁉️1人で立ち上がれない歩くのはやっと食もどんどん細くなる朝お粥半分とヨーグルト昼コーンスープ夜湯豆腐半丁こんな感じ10日前は今半のすき焼き弁当にビール2缶を完食してたんだよ❗️足の浮腫みもひどい通帳記帳に行く際に靴下を履かせて帰宅して脱がせ
居宅のケアマネとして、これまで何人か末期がんの方を担当してきましたが、毎回症状が違ったり、家族の気持ちと本人の気持ちが違ったり、バランスがとても繊細さを求められる場合が多かったです。昨日電話に出てもらえなかったのですが、今日は奥様が出てくださり、緊急で明日介護ベッドを入れられることを伝えたらとても喜んでいました。包括の人はベッドを急いでいない、と言っていたので連休明けに調整したのですが、病院の看護師と話し合い、早いほうがいいという
誰かの希望になりますように。↓こちら『●【ガン治療まとめ】』【ガン治療まとめ】まず、読者様から頂いた癌に対する治療法をご紹介します。こちらをまとめ記事に致しますのでこれから一気に追加していきます。その前に…まず癌治療で…ameblo.jp
観ていない方はTVerで無料で視聴可能なので必ず観るべきです。https://tver.jp/episodes/ep1w3ue0xy母の自宅でのターミナルケア延命を諦めること。亡くなるまでの期間症状1ヶ月前食欲不振、倦怠感、便秘、不眠2~1週間前寝たきり、せん妄、嚥下障害、血圧低下数日前尿量減少、下顎呼吸、死前喘鳴私たちは暮らしの中で問題を解決する、暮らしを持続可能にするなど不可能を可能にすると言う考え方が身体に染み付いています。人が人生を終える場所も病院、介
突然大学病院から電話あれ?今日はまる診察予定なかったよな?と思ったら弟の病院から命にかかわるぐらいの低血圧になったから電話した、と担当のお医者さんちょうど区画整理の説明会に参加中やがてローンやっと払い終わったまるの家がなくなっちゃうというので役所の人の説明聞いてる真最中住民はみんな怒ってた説明不十分わかりにくいそんなことはどうでもよかったてなわけでちょっと遅れて電車に飛び乗った父母の最期にも間に合わなかったから今度もか…?いやいやまだ、逝くの
今年に入っていろいろな変化があります。一番大きな変化は父親が今年6月に緊急で入院。ガン末期ということで、『もうゆっくりさせてくれ』と治療を拒否し、先月からホスピスに入ってます。ホスピスには2か月しかいれない保険上の規定なのでしょう。私もそうですが、いつかはこの世から去らないといけないのですが、理屈ではわかっていても、やっぱり辛い。身体の小さい父親で、自分が小さいのもなんだか遺伝のせいのように思い、子どもの時はとても自分を受け入れられませんでした。そんな自分を
2025.8.10夫と関西入りを1日早めた方がよいのでは?と話していた10:00すぎに主治医から電話個室の空きがでたのだけど母が「面会時間以外は1人で寂しいから嫌だ」「4人部屋の方が看護師さんの出入りが多くて、気が紛れる」と言ってはるんです▪️本人の同意なしでは移動することができない▪️(主治医に確認したところ)面会ルームでの面会になるので、車椅子に乗れない場合は面会不可▪️今、本人の希望で頑張ってポータブルトイレでしているけれど排泄時は血圧の変動が激しいので、そこで・・・と
2025.7.24脚が浮腫んで歩くことができずもう家に帰ることができない母せめて大好きな主治医の病院で過ごさせてあげたい先生にもそのようにお伝えはしたものの、急性期病棟では限界もあり万が一、出なくてはならなくなった時のために、緩和ケア病棟のある病院への転院も視野に入れて・・・パンフレットだけでも見ておこうと思い、緩和ホスピスのある病院へ問い合わせ大学病院の「地域連携入退院支援センター」にもあるとのことで、軽〜い気持ちでもらいに行きましたこのパンフレットは「ご自由にどうぞ」と置い
2025.7.8退院緩和ケア科と放射線科の診察の後、午後退院従姉妹に迎えに来てもらい帰りにお買い物に寄ってもらってから帰宅2025.7.9前日の帰宅後、入院の荷物を片付けてから朝6時までぐっすり熟睡したそう食欲もあるとのこと「これからシャワーを浴びるね」と言いながら、LINEが届くまだ浴びていない(笑)身体が思うように動かず、一つ一つに時間がかかるとのことそんななか、お店を休んで母のもとに来させてくれたお礼の電話を夫と義母にしてくれた2025.7.10やっと仏様に
おはようございます♪WAKOです☺︎訪問看護は癌末期の方が、転倒しやすく、、入院をすすめているところ痛み止めはカロナール(かなりの量ですが)からは増えず癌末期の方にしては珍しいなぁなんて思っています経過は本当に人、それぞれさてさて毎日訪問しているある施設長いこと通っているのでヘルパーさん1人1人のこともよくわかっています(笑)夜勤専従のヘルパーさんが、、ウチの父親が肺がんですでに末期なんですよかかりつけの病院がほぼ全員に告知する病院でお父さ
夫:脳梗塞により右半身麻痺大腸がんステージⅢC→腹腔鏡手術(2019年11月)→抗がん剤(オキサリプラチン+ゼローダ)2019年12月~5クール半→肝転移→大動脈リンパ節転移(疑い→確定)2020年10月→抗がん剤(5-FU/ロイコボリン+CPT-11+パニツムマブ)~2021年2月→大動脈周囲リンパ節手術2021年4月7日→退院後自宅療養→仕事復帰2021/5/10~→家庭内別居中2021/06/02~→抗がん剤(5-FU/ロイコボリン+CPT-11
一昨日に通夜、昨日葬儀が無事終わりました。平日にも関わらず予想していたより沢山の方が参列してくださいました。仏式だったら焼香をする場面で献花をしてもらったんですが、人数が少なかったらあっという間に終わっちゃうかな?と思ってたんですが、杞憂に終わりました。逆に火葬場の予約時間に間に合うかな?って途中で逆の心配したほど。老人ホームに入っている夫の母に夫が亡くなった事を伝えるとどうしても顔を見に行きたいというので施設の方に相談して、車椅子で連れてきて頂きました。かなり痴呆が進んで要介護4
6月17日大腸がんで約6年闘病していた夫が亡くなりました。親しかった友人、同僚、孫娘達とも会えて、最後はすーーっとロウソクが燃え尽きるように少しずつ呼吸が弱まっていって、最後の瞬間がいつだったのかははっきりとはわかりませんが、看護師さんが聴診器で看取る事ができたのは私だけでした。娘達もすぐに駆けつけてくれて、その後病室にやって来た(30分も後だった😅)医師の死亡宣告は皆で聞きました。葬儀屋さんの車が来れるのが3時間半後(車が出払ってた)だったので、ゆっくり病室を片付けて、その間に夫