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#肺がん【海外記事】肺腫瘍が神経を通じて脳へ信号を送り食欲を低下させる可能性/米国国立衛生研究所・LKB1遺伝子変異を持つ肺がんマウスで脂肪の多い食事によって食欲低下と体重減少が悪化・肺の炎症に関わるPGE2が増え、迷走神経を介して食欲を抑える脳領域が活性化・抗炎症薬やオメガ3脂肪酸でPGE2を減らすと、マウスの悪液質症状が軽減・現状はマウス試験--------------------がん悪液質の対策方法が見つかったという次元ではありません。ただある種の肺がんにおいて、栄養を摂れな
悪液質を合併した進行非小細胞肺がんに対する化学免疫療法+エドルミズ、悪液質の改善が生存期間延長の指標となり得る可能性/オンコロ・エドルミズ併用による無増悪生存期間の延長は確認されなかったが多くの患者で悪液質が改善・悪液質から抜け出した患者は生存期間が長く改善の有無が予後の目安となる可能性→改善19.9ヵ月vs改善なし7.1ヵ月https://oncolo.jp/news/260716ra01エドルミズを併用して悪液質が改善した患者さんの生存期間が、改善しなかった患者さんより長かっ
2部に分けて投稿しています本文はこちらです高齢者の病気と症状高齢者の「いつもと違う」に気づくためにがん(悪性腫瘍)がんとは・身体の遺伝子が変異することで異常な細胞(がん)が増える病気です。・臓器や血液やリンパなどに、がん化した細胞が異常に増加するため、その機能が低下します。・進行すると、がんが最初に発生した部位(原発巣)から周囲の組織に広がる浸潤や血液やリンパの流れにのり他の臓器に広がる転移がみられます。・慢性的な炎症をともなうがん悪液質などに
コンビニの雑誌コーナーで見た週刊誌の表紙に目が止まった。思わずその週刊誌を手に取り購入。気になったその表紙の言葉は名医が明かすだから私は「がんで死にたい」この言葉、母が癌になって私も頭をよぎった考え。購入した週刊誌のそのページにはやり残したことを実行する時間的な余裕がある。苦しい寝たきり生活を回避できる痛みを抑える緩和ケアが広がっている無理な延命治療がつらい死に際を招くこともこれと同じようなことを母が癌になり、治療する方法が無くなり、緩和ケアに入って亡くなるまでを近くにいて、
ブログのタイトルを変更してみた。右も左もわからず、緩和ケア病棟に入る前から余命宣告されていたからわかっていたことだけど、本当に最期の時間なんだと思うと経験したことのない複雑で本当に胸の締め付けられる時間が耐えられなくなり、どんどん溜まっていく、自分の中の得体のしれないものをどこかに吐き出したくてはじめたブログ。何も考えることなく、その時のそのままを書いていたが、母が亡くなり、葬儀も終えて、こんな吐き出しブログなのに読んでくれる人がいるから少しずつブログを整えようとタイトルを変更。自分で書い
がん悪液質というものを知り、治療薬があることも調べた。母は外科外来に通っていたのだが、この頃、母と私は外科で診てもらい続けるのか緩和ケアで診てもらうのかを話し合っていた。外科の先生も親身になってくれる良い医師で、母は話しやすいと思っていた。新しく緩和ケアの先生に主治医を変えて話しにくい人だったらという不安もあり、緩和ケア内科に切り替えられないでいた。緩和ケア内科に切り替えてしまうと、完全に治す為の治療を諦め、辛さや苦しさ痛みを緩和するだけの治療になってしまう。その決断も難しかったんじゃない
コストコのホンサムウォンという高麗人参の漢方ドリンクを買って渡したり、プロテインも必要だとプロテイン入りヨーグルトのオイコスを渡したり、オイコスもなんだか嫌になってきちゃったと言われたら、これもコストコでチョコレートドリンクでプロテインが入っているものを買ってきたり。2週間〜3週間で外科外来に通院していたので、医師にも相談してイノラス配合経腸用液という術後だったり、食事があまり食べられない人用の栄養剤を処方してもらってきた。イノラスも味が苦手と手をつけなくなっていった。それでも栄養はと
癌になった人が痩せてしまう、抗がん剤治療が辛かったんじゃないか、抗がん剤の副作用で吐いたりしてるのかも。そんなイメージの人が多い気がする。アラフィフの私が見ていたドラマの癌の人は抗がん剤治療がはじまると吐いて、吐いて、気持ち悪くて食べられないって描写が多かった。確かに抗がん剤の副作用で気持ち悪くはなる。でも母の場合は遺伝子検査をして、副作用の強いだけで体に合わない抗がん剤は最初から除外されていた。抗がん剤治療の前に吐き気止めを飲むことで、脳に気持ち悪いと思わせないようにする。もちろん吐き気
アメブロで日記をつけはじめ、ハッシュタグをつけるようになって気がついたことがある。母は大腸癌だった。死亡診断書に直腸癌とあり、厳密には確かに直腸癌だなと再認識。大腸がんとハッシュタグにしていたのを途中から直腸がんに変えた。大腸がんにしろ、直腸がんにしろタグ付けしている人が多い。母は直腸癌見つかり、腹腔鏡手術をした。周辺リンパにも転移があり、ステージⅢ、抗がん剤治療をはじめてしばらくしてからPET検査をして腹膜播種がわかった。化学療法室の医師がPET検査前のCTを見直すとその時から腹膜播種は
葬儀の時に司会の方が読む略歴紹介。手紙ではないけれど、私が私の知る母の人生を略歴として書いたものを司会の方に読んでもらった。自分で書いたのに、自分で読んで泣いてしまって、やっと読み直せるようになってきたので、ここに残しておこうと思う。私の吐露を読んでくれている人がいて、今後母の闘病の記録や終活についての回想録を書くつもりで、母がどんな人物だったかを残すことも意味があるように思えるようになった。何より、結婚式はビデオを撮っても葬儀は撮らないから、どこかに残しておきたい気持ちがある。本来で
5月21日夫が夫の実家に連絡しないのかと気にしていた。病気のことは家族と定期的に交流があって隠すことのできない親の友人くらいにしか伝えていなかった。その友人にさえ、亡くなったことは伝えていない。9時になるのを待ち、夫の実家に連絡する。義父が電話に出たが義父にはなんとなく伝えづらく、義母にかわってもらい、闘病していたことと、亡くなり葬儀も無事に終えたことを伝えた。なんと言葉にして良いのかわからず、結局泣いてしまい伝えるべきことは伝えたが、何を言ったのかはあまり覚えていない。実家に向かい、今度
5月20日27日ぶりに母が帰宅。とても小さくなって帰ってきた。骨になったら、そこの棚にこの布を敷いて置いてくれればいいから。時間があったら縫直ししたかったんだけど、このままでもいけると思う。これ、おばあちゃんのスカートなんだけど、何かに使えるかなと貰ってきておいたやつ。良い感じでしょ?スカートだなんて思わなくない?ゴムだけ抜かれたスカートの上に母を納める。母の思惑通り、悪くない。悪くないどころか良い感じに納まった。収まるじゃなく、ちゃんと納まっている。母が亡くなってすぐくらいだ
5月20日母が希望した公営火葬場。独特な建物だが撮影が禁止されている。場所的にも当たり前なことだが、少し残念。火葬炉が個室になっている為、最後のお別れもゆっくりとできた。火葬炉に棺が入って行くのを家族みんなで見つめた。最後のお別れになるのだが、母の亡骸からはすでに魂を感じないというか、顔も別人というか、亡き祖母に似ているから母は母なのだけど、カラダはすでに器の役目を終えている感じがして、寂しいけれど、役目を終えたカラダを返してあげたいというか、消えて無くなる感じより、帰っていくというよ
5月20日お別れの会今日は母の告別式だった。無宗教スタイルでのお葬式。9時30分の集合だったが、朝のトラブルがあったのにも関わらず、予定よりも早く到着できた。高速で2時間ちょっとの距離のところから来てくれた叔父たちの車も同じくらいの時間に到着。10時の開式まで少し時間の余裕ができた。無宗教のお葬式、お坊さんを呼ばないお葬式というのは行うほうも何をするべきなのか考えてしまう。何かできるイベントを!と思い、和紙の折り紙を準備して、開式までの間に家族で折り鶴を折ることに。大人が7人いて
5月17日湯灌の儀式湯灌して母を棺に納める。葬儀場につくと安置室の前室のような場所。介護用のお風呂のようなものにネットが張られ、そのネットに母が寝かされていた。体の上にはバスタオルがかけられ、湯灌がはじまる。まずは水を飲ませる儀式。大きな綿棒のようなもので唇にトントンと触れる。最初は納棺師の方が殺菌作用のあるシャンプーをしてくれて、次にリンスインシャンプー。家族が順番にシャンプーのお手伝い。優しく頭を洗ってあげる。触れた頭が冷たくて亡くなっているんだと実感する。父、私、娘がシ
5月15日夜の話父を1人にするのが心配で、父が一番かわいがっている息子に仕事を休めないかを聞いてみた。職場で相談してくれ、土曜日休みをもらい、息子が実家に泊まってくれた。私は息子が泊まれるように布団を準備し、翌日の予定を伝え、すぐに次の予定を済ませに出かけた。旦那さん作成の木材雑貨を中心に扱う雑貨店を夫婦で営む友人宅に向かう。発注していた木のペアリングの受け取りを済ませた。次は、娘が小4?小3かも?の時に出会って、気がつけば14年ほどの付き合いで今は子供関係なく、旅行などにも行く仲
5月15日午前3時前、突然母が何かをしゃべりはじめた。せん妄によるものだと思う。もう何も話すことなく、眠ってしまっているのかと思ったら、声が出て少し嬉しくなる。何を言ったのかは聞き取れなかったけれど。午前4時、体勢移動で来た看護師さんに起きたいと訴え、ベッドを起こしてもらい、口が乾いているからか何か飲みたいとジェスチャーし、氷を口に入れてもらった。どうやら、自力でナースコールを押したようだ。ムカムカするようで、看護師さんたちが丁寧に声かけをして、吐き気止めの注射を準備して打ってくれ
5月14日今日も朝を迎えられた。昨日の夜は少し呼吸の乱れが気になって、アラームを2時間おきにセットして眠った。朝のオムツチェック、看護師さんが母におしっこ出そうにない?と声かけをする。たぶん昨日の昼くらいからおしっこが出ていないのかもしれない。水分もあまり摂れていない。氷を食べさせているが、1日の水分摂取もかなり少なくなってしまった。もしもし?もしもし?電話が取れない!せん妄なんだろうけど、電話が鳴り続けているのか、ずっともしもしと言い続けて、どうしてあげてよいのかわからなくなる。頭の中
5月13日昨日の朝、なんとかポータブルトイレに行ったけどその後はもうトイレに立てなくなった。起きていたらトイレに行くと言うんだと思うけど、意識が朦朧としている時などにリハビリパンツを汚すことが増えた。こうなるとテープ式オムツのほうが楽だと思うのにまだ持ち込んだリハビリパンツが残っているからか、リハビリパンツを寝たまま履かせてくれている。朝5時半、リハビリパンツを履き替え、痛み止めの座薬を入れてもらい、また眠ってしまうかと思ったけど、ちゃんと起きていたから少し話せるように下手だけど私が口腔
5月12日の続き8時半トイレ。看護師さん2人ががりでポータブルトイレに座らせてくれ、トイレをする。私は自分の祖父を10年介護して、時に急性期病棟に入院することがあったが、緩和ケア病棟の看護師さんたちは優しい。大変でも患者が最後まで求めているものを極力叶えてくれようとサポートしてくれる。母に大学病院や癌研に行ってみないかと言ったことがあるけれど、自宅から近いという理由だけで通っていた病院で大腸がんが見つかり入院した病院だったのだが、看護師さんたちが優しいからここがいい。緩和ケア病
5月12日午前1時。母がトイレに行く。看護師さんをナースコールで呼び、支えてもらい、悪液質で筋肉が全て無くなったような細い足でなんとか立ち、ベッド脇のポータブルトイレに。長く立てずにポータブルトイレに座った状態で看護師さんにズボンとリハビリパンツをおろしてもらう。たぶん背中やお腹の筋肉もなくなり、座っているだけでも辛そうだし、疲れるんだと思う。自分で拭くこともできずに看護師さんに拭いてもらう。プライドの高かった母。自分で拭く力がなくても、履くタイプのオムツをしていてもトイレを使い
5月11日病院から電話がかかることなく今日を迎えられた。毎晩、寝ている時に力が入っていて、起きると体が痛い。母が入院してからお風呂は朝入って、体をほぐすようになった。前から朝シャワーを浴びることはあったけど、1時間くらい、ゆっくり入浴する。数日前、精神的にも疲れ切っていて、仕事から深夜帰宅する夫にお風呂に朝入りたいから洗っておいてとLINEでお願いした。今朝もお風呂は洗われていて、昨日は無意識に自分で洗ったっけ?と思ってしまったのだが、あの日から夫が仕事から帰宅して自分が入浴したあとにお
5月10日自宅から病院に面会に向かおうとしていたところに、父がやってきた。私の自宅は元々、父の地元で父の本拠地は父の実家がある私の自宅があるところなのだが、今は母の闘病サポート(実際は母が父の面倒を見ていて、サポートというより一緒にいただけ)の為に私の実家を拠点にしているが、町会の行事などは私の自宅のほうで所属している。その町会の行事参加で私の自宅に来ていた父は一度戻ると私に声をかけて、戻って行ったのだが私も病院に行こうと車に乗り込み出発しようとしたところに父の車が進路を塞ぐように横付けさ
5月9日先月23日に母が入院した日から夜中電話がかかってくるかもと寝ている時も緊張しているみたいで、朝起きると肩や背中の凝りがひどく、夜中に足がつることもあったりする。朝娘をベッドの中からいってらっしゃい気をつけてと送り出し、頭も肩も痛すぎてもう一度眠った。久しぶりに夢を見たのだが、母が入院する病室と似たようで似ていない病室でベッドに寝ていた母が突然、まるで最後の力を振り絞っるように起き上がり、バルコニーに続く窓を開け、バルコニーの柵に手をかけ飛び降りようとするのを私が必死に抱き止める……
振り返りこのころものすごい悩んでたなぁ
ご覧頂きましてありがとうございます維持療法(キイトルーダ)29・30回🏥既に終わってますが記事が追いつかず・・・通院での治療です🚃30回!私の中の感想としては30回と言うキリの良い回数が終わった時何だかすごく嬉しかった☺️治療で身体はボロボロだと思うけど自分から自分へ『頑張りました』と声を掛けました。・・・自分で自分を褒めるしかない最近、仕事帰りで疲れていてついついセリアで『頑張ったね』シールを買ってしまった必要な物だけ購入するつもりが・・・私は手帳派なので病院の日にシー
心身の健康ヘルスケア・パーソナルコーチのリアル・サイエンスドクタ—崎谷です。◆パレオ協会基礎医学Q&A◆『ガンの根本治療について』今回は、ガンの根本治療についての回答をシェアいたします。(ご質問)崎谷先生、いつもお世話になっています。いつも貴重な情報をありがとうございます。ブログの『ショウガ由来成分が解き明かす、がん細胞の脂肪中毒の実態』を拝読させていただきました。質問がございます。がん細胞は、脂肪をエネルギー源として増殖(以下「脂肪合成」と言う)し、当該脂肪合成が
『情報迷子になるかもしれんけど』ワタシやっぱ焦ってるんかな父の時はネットの情報漁りまくり図書館の本積み上げて暮らしてたがジオトリフ10年選手の母に対してはどこかのほほんとしたとこあってさそ…ameblo.jp読んだけど楽しい内容ではないし目新しくもなくとっとと返却した図書館の本ただ時が流れてもいつまでも頭に残ってる項目がひとつ「外食時に服用した薬のゴミは持ち帰るべきである」ってところ母の場合はすべて朝にまとめて飲むんで外で飲むとしたらお腹ぴぃなった時のロペミンくらいなん
残念ながら私は参加できないのですがお手伝しているNPO法人ヒューマンシップコミニティ代表の佐野幸子さんが〈薬剤師カフェ〉をスタートします。11月23日に開催される第一回のゲストはホームケアクリニック横浜港南で訪問管理栄養士をしている森田千雅子さんです。末期がんの母の在宅療養で苦労したのは食事でした。当時は介護保険制度も無く、多職種による在宅ケアもありませんので、自分でなんとかするしかありませんでした。がんの悪液質により食べられなくなり痩せていく母。何とかして食べてもらおうと必死に頑張りまし