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いつもありがとうございます最近、気になるお米の価格ですが、言葉をかえると「シャリ」という言葉を聞いて、皆さんは何を思い浮かべますか?私たちは普段、お寿司の「シャリ」として何気なく使っています。でも、仏教には「仏舎利(ぶっしゃり)」という言葉があります。お釈迦さまや高僧の遺骨を「仏舎利」と呼び、それを礼拝する信仰があります。そして、仏舎利が米粒のように見えることから、米を「シャリ」と呼ぶようになったともいわれています。ここから私は、ふと思いました。私たちが毎日食べている「お米」は、
こんにちは立木龍です今日は朝から暑かったですね1日を通して暑いようなので気をつけて過ごしましょうさて、明日、8月27日を数秘術でみると一つのサイクルの完結の日やってきたことがあれば成果として現れます良くも悪くも結果としてでてきますよダメな部分があれば見直し考えやり直すことも大切になります一つの終わりは一つの始まりでもあります次へ進むために良い完結をむかえましょう数秘術でみるラッキーカラーは紫色高い精神性をもちあわせる色とされ社寺において良く用いられる色
さてさて、みなさんまあ、カミムスビが話せばいいんですけど話さないので僕が話します。本当にCEOだと言いながら一兵卒のようなドブさらいのような働き方してます。社長室にふんぞりかえって座ってあれやれこれやれっていうんじゃなくて現場にはいっていく社長で現場の人には嫌がられるかもしれないですね。みなさん型にはめるっていうでしょ?とても嫌がりますね。自由にさせろー昭和かーって怒り出します。でも、一方で「型破り」って言葉があります。つまり、型にはまってないと型破れないんです。型に
お釈迦さまのお声!それは法華経の教えです。別の名を最上王経とも呼ばれ諸経の王でもあります。どんな衆生も救わずにはおかないという仏陀の方便の力は「法華経」のすばらしさです。不透明な日常生活を生きる私たちに❝仏陀のことば❞を法華経から抜粋してお届けいたします。多宝如来と釈迦牟尼世尊は、二人で宝塔の中に並んだ◎みなこれ真実なり"善いかな善いかな、釈迦牟尼世尊は能(よ)く平等の大慧、菩薩を教える法にして、仏に護念せられるるものたる妙法華経をももって大
所行は滅びゆく。怠ることなく努めよ。」釈尊(お釈迦様)の入滅に際しての最後の言葉であると伝えられています「所行(諸行)は滅びゆく怠ることなく努めよ」意味は、この世のすべては必ず変わり滅びるのだから、気をゆるめず精一杯努めなさい、という意味仏教の無常(無常とは、すべてのものは生まれ変化し、同じままではいられないという仏教の基本的な考え方)「今この一瞬を大切に生きなさい」という励ましの言葉と理解されます。最後の最後までお釈迦さまに教えを頂きたく弟子たちが集まりました。永遠は無いん
⟡.·*.··············································⟡.·*.✨💎本日の一転語💎✨縁生の弟子たちよ我が声を信じよ。我が声に目覚めよ。我が向かう方向につき従え。我に従い来よ。我の振るこの白き手に従い来よ。我はあなたがたの永遠の師である。永遠の師のその後ろに続くことが弟子の使命であるということをゆめゆめ忘れてはならない。『仏陀再誕』より【仏陀再誕オ
8月24日我が家は、昨日24日をもって8月のお盆月の行事を一通り終えました盂蘭盆会こちらでは、23日に大施餓鬼会が行われてご先祖さまや先に旅立った大切な人を供養する読経会がおこなわれました盂蘭盆会とはお釈迦さまの十大弟子のひとりだった、目連尊者が施餓鬼道で苦しんでいる母をみつけ、救おうとお釈迦さまに相談しましたすると、お釈迦さまから返ってきた言葉は…昔は、8月13日から23日までがお盆の期間と言われていて、仏教の中では旧暦7月15日に夏の修行が終わるとされていました私
大阪仏舎利塔へ久しぶりに行きました。住宅地の中にあたかもインドにきたかのような場所があります。昭和38年に川島貞子さんという方が、私費を投じてお釈迦さんの遺骨を納めた塔です。高台にあり、まわりを見渡せます。誰でも参拝できます。駐車場もあります。隣は、老人ホームなどの施設もあり、食事をするところもあるようです。
つづき2.地獄行きの後生の一大事もう一つの一大事は、地獄に堕ちる一大事です。蓮如上人は帖外御文にこう教えられています。「後生という事は、ながき世まで地獄におつることなれば、いかにもいそぎ後生の一大事を思いとりて、弥陀の本願をたのみ、他力の信心を決定すべし」(帖外御文)もう一つの後生の一大事は、死ねば地獄へ堕ちて苦しまねばならないことだと教えられています。だから急いで他力の信心を決定しなさいと言われています。「他力の信心を決定する」とは、後生の一大事の解決をするということで
こんばんはまっきーです。今朝、配信のおかもんライブ法話では、課題の分離についてのお話があり自分自身の癖を、振り返りました。私は相手がイライラして不穏な発言があると自分の行動が良くなかったのではないかと不安な気持ちになります。相手に嫌われないか…この想いが私の根っこにはまだ、あるので相手のイライラした気持ちに振り回されてしまうことがあります。私は訪問介護ヘルパーをしていますが本日のライブ法話を聴いてある日の訪問で起きた出来事を思い出しました。お
半分居眠り運転⁉️で海老名へまるで阿弥陀如来さまに呼ばれたかの様に増全寺に初参拝へ阿弥陀如来さまの御真言を唱えて神戸開きます。今だに意識の戻らない同僚についてと紹介いただいた方の御加護を祈ります。ペットの供養もされておりました。福禄寿さまにご挨拶蓮殊さんはこの後に通りがかりで見つけた諏訪神社に寄ってから駅に向かうそうでここで解散。九門は反対側に進みます。ナビに伊勢皇大神宮と見えたので寄り道天津祝詞を奏上し神戸を開きますすぐ先にお社があったので詣りました神社名及び御
いつも食べる時間や寝る時間を削ってご奉公の様子をアップしているのですが、もはやトイレの時間もないくらいのスケジュールでアップが追いつきません(涙)。昨日は朝参詣から超過密に予定が入り、夜もカルパの自宅兼オフィスでお助行、社員のみんなと質疑応答大会になり、楽しく有意義なかけがえのない時間になったけれど、お寺に戻ったのは午前1時を回っていました。そして、土曜日となった今朝はシャンタさんが迎えに来てくれて香風寺スリランカ別院で特別御講とへーマンティさんの一周忌法要、そこから大白蓮寺ゴール親会場で別
仏教と世界の叡智から学んで〜みんな菩薩になろう〜道路の冠水があったり、鉄道作業での事故、台風など、いろいろと落ち着かない世間様ですねここのところ法華経の原文解説を読んでいるので、世間、という言葉が出てきました!世間の対義語は、出世間人間の社会的な営みから離れたところで自身の心を見、可能性を開いていくための修行をすることを、出世間と言いましたこの頃、実家から帰ったあと、あえて人と会う予定もなく、夫娘はそれぞれ仕事塾で出かけ、わたしは淡々とお寺の仕事仏教の勉強チベット体操瞑想
また、暑さがぶり返してきました。気候変動が、生活様式を変えざるを得ない状況になりつつあります。伝統的な働き方や、スポーツなど。基本は、日中に活動するのが、太古からの伝統でしたが、徐々に夏は、日中の活動は控える方向に移っています。インドの人は昔から、夏は40度以上が当たり前だったので、昼間は誰もいません。夕方から夜になって人が集まり賑やかになってきます。そんな状況が日本でも起こりうるかもしれません。そのくらいこの気候変動は、人類史上大きな出来事です。この変動を元に戻すことは、ほぼ不可能でしょうか
お釈迦さまのお声!それは法華経の教えです。別の名を最上王経とも呼ばれ諸経の王でもあります。どんな衆生も救わずにはおかないという仏陀の方便の力は「法華経」のすばらしさです。不透明な日常生活を生きる私たちに❝仏陀のことば❞を法華経から抜粋してお届けいたします。法華経は奥が深い教えです◎難信難解(なんしんなんげ)の教えとは❓"難信難解とは、理解できない、わからないという意味ではなく、非常に深い教えであるからいい加減に学んだのでは信解を得るのことが
いつもブログを見て頂きありがとうございます〜(●♡∀♡)(๑♡⌓♡๑)♡(ӦvӦ。)2026年8月18日(火曜日)朝から気持ちよく晴れた一日でした〜ヽ(`▽´)/でも⋯湿度は高いままで⋯しかも太陽が出たら当然気温が上がって⋯とても蒸し暑くなりました⤵ずっと天気が悪い状態でしたから晴れてくれるのは嬉しいのですが⋯少し涼しい日が続いてましたから、いきなり暑さが戻ってきた感じです。晴れたとはいえ湿気がある状態で⋯ジメジメ&ムシムシは続いてます⤵(;
前回の記事で、「人間に生まれることは難しい」とお話ししました。皆さんは人間の両親から生まれたのだから、それは当たり前と思ってはいませんか。お釈迦様はそうは仰っておられません。「人身受け難し」とは、人間として生まれることは難しいということです。でも、みんな気がついたら人間に生まれていて、そんなに大変だった自覚はないのではないでしょうか。そんなに難しいの?という人がほとんどです。ところが仏教では、人間に生まれる難しさをお釈迦様は盲亀浮木(もうきふぼく)といわれるたとえ話
お盆も終わりました。7月のとても暑い高温から少し和らぎ始めたように感じるお盆からこちら。それでも30℃は超えているのですが、過ごしやすいと感じるのは、暑い気温を体験したからでしょう。あの暑さに比べれば、という事です。それに因んで、相対的、という事を考えてみると、人間の脳は相対的な感覚や考えになりやすいという事です。そして、その相対的な事が、自分にとって絶対的になりやすいというのもよくあります。特に、アジア圏は相対的な人種が多いのかもしれません。何かと比べる、歩調を合わせる、協調する、そんな社
いつもお読み頂きましてありがとうございます。正直もういいのではと思ったのですが、連投します。天界の方が熱くお話されていたのと下に堕ちる魂を6割から1割に減らしたいという天界のご意向があるので念押しで要点絞って書いておきます。僕たちがここでは天国的なことしか言わないのわかってるよね。天国的じゃないことはあんまり話してません。まあなんというか話してもいいけどどうしても
みなさん、こんにちは僕たちがここでは天国的なことしか言わないのわかってるよね。天国的じゃないことはあんまり話してません。まあなんというか話してもいいけどどうしても怖い、苦しい、嫌なものはインパクト強いし惹きつける力が強いから引っ張られてしまう。知らないなら知らないでそのままの方がいい天国だけ知ってればいいというのもあります。本物と偽物だって本物だけしってれば偽物が来てもすぐわかりますからね。でも、難しいんですね。天国的なことしか言わないと自分の心がどうみても天国的では
みなさま、おはようございます☀美女とビール大好き、B型、トリプリビイ脳のブレーキを外して、楽に楽しく速く読める速読楽読天王寺駅前スクールのATSUSHIです♬今回も楽読メルマガの紹介です!───────────────────────ネコちゃんと共に仏教を学ぼう!───────────────────────「法句経」ってご存知ですか?「ほっくきょう」と読み、仏教の基本的な教えを短い詩節の形で伝えた経典です。この法句経を楽しくしか
お盆の由来として語られる「目連(もくれん)さんの物語」。その中で、お釈迦さまが目連さんに伝えた教えがあります。「多くの修行僧を供養しなさい」この言葉、現代の感覚だと少し分かりにくいですよね。「亡くなった僧侶を供養するの?」「どうして母親を救うために、僧侶に布施をするの?」そんな疑問を持つ方も多いと思います。今日は、この部分をできるだけ分かりやすく考えてみたいと思います。目連さんは“母を救いたかった”目連さんは、お釈迦さまの弟子の一人で、「神通第一」と呼ばれた人物です
仏の智慧(ちえ)は海のごとく広大にして、仏の心は大慈悲なり。仏は姿なくして妙(たえ)なる姿を示し、身をもって教えを説かれました。人に生まるるは難く、いまある生命は有難く、世に仏あるは難く、仏の教えを聞くは有難い❕共に学んで行きましょう仏と共に生きる信は、道が長く退屈なときに励ましとなり、さとりに導く。信は、常に仏の前にいるという思いを人に与え、仏に抱かれている思いを与え、身も心も柔らかにし、人びとによく親しみなじむ徳をあたえる前回のつづきから。この信のあるも
地球は宇宙広さといえどはっきりした愛の星です。そんなふうには見えないかもしれませんが愛の星に間違いありません。だからこそ、みなさんはこんなにも愛に悩んでいるのでしょう。私の声を受け取ってくれる女性が期待嫉妬必要性はいらないのでは?話してますね。でも、地上にいきる人間ならば期待もする嫉妬もする必要に感じる時もあるそうも話しています。人の心は複雑で時に興味深いもので人は自分が愛した人を失いたくないと思うのです。自分以外の人に心奪われたくないのです。つまり、恐れがあるので
昨日の仕事の帰り、自転車に乗ってて、雲がすごかったので写真撮りました。モクモク、遠くに感じながらすごく近くに迫ってくるような気がして。綺麗なんですが、怖い感じもありました。むかしむかし、両親共働きなので保育園に通っていました。軽自動車で母が迎えに来てくれて、ある日、その車の中から見た雲もこんな感じだったことがあるのを思い出しました。その頃は、人が亡くなったら良い人は天国に行くというお話をきいて、リアルに信じてたので、あの雲の上には天国があって、花が咲いて、お釈迦さまがいて、皆んな穏やか
仏説盂蘭盆経によれば「7月15日に衆僧三宝を供養せよ」とあり目連尊者の母親が餓鬼道に落ちてお釈迦さまに問うたところ「汝一人にては如何ともし難し」と言われたことにはじまるのです自分たちで拝み自分たちで供養するからお坊さんは必要がないと安易な考え方をする人が多く見かけられますがすでにお釈迦さまには見透かされていたのですお坊さんの代わりに経を読みお坊さんの代わりに餓鬼を招いて秘法を修せば無量の功徳を得ることができるなどと思い違いする者まで現れたようです
皆さん、おはようございます。今日もお忙しい中、ブログにお越しいただきましてありがとうございます。昨日の埼玉は雨が物凄い事になりました💦私の住む場所は幸いなことに被害は無かったのですが仕事の帰りに夫の車の乗りこむときにずぶ濡れになりました(゚Д゚)。はい。地域によって日にちはまちまちですが、今日・13日からお盆に入っている地域の方も多いと思います。お盆の盆は盂蘭盆会(うらぼんえ)から来ています。インドのサンスクリット語・ウラバンナから来ています。ウラバンナとは逆さ吊りの刑と言う意味です。
9月に向けて、さらに自分に集中することが大切と書きました。「この世は幻想である」とお釈迦さまが喝破したことを、私たちもいよいよ体感できそうなレベルに近づいてきたらしい。普段現実と認識している空間は、実は私たちが作り出しているイリュージョン、夢みたいなもの。本来私たちが存在する場所は、もっと高い周波数帯の、光溢れる軽やかな世界。今、少しずつそちらに近づいている手応えを覚え始めた感じ。周囲に起きる出来事は全て、己の内面の反映。例えば、前を歩いていた人が突然転んで、も
お釈迦さまのお声!それは法華経の教えです。別の名を最上王経とも呼ばれ諸経の王でもあります。どんな衆生も救わずにはおかないという仏陀の方便の力は「法華経」のすばらしさです。不透明な日常生活を生きる私たちに❝仏陀のことば❞を法華経から抜粋してお届けいたします。法華経の締めくくりは普賢菩薩です「法華経」最後の品は「普賢菩薩勧発品」といって普賢菩薩のことが説かれる。普賢菩薩は文殊菩薩と相対していることが多い。文殊は獅子に乗り、普賢は象に乗っている「法華経」で
これは仏教の言葉で、「毎日を穏やかに、幸せに生きるための心の持ち方」を表していると考えると、とても分かりやすいです。写真は右から読みます。①安楽浄土にいたるひと「あんらくじょうど」とは、苦しみや不安から離れた、安らかな世界のことです。簡単にいうと、👉心穏やかに、幸せな境地へ向かう人という意味です。②五濁悪世にかえりては「五濁悪世(ごじょくあくせ)」とは、争いや欲、迷い、苦しみなどが多い世の中のこと。つまり、👉安らかな境地に至った人が、悩みや苦しみのある