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私が以前、このブログで書いた、「王貞治の通算756号ホームラン達成」の記事は、後で読み返した時に、一つの記事に、多くの事を詰め込み過ぎている…と、私は思った。そこで、今回は、私が以前書いた、「王貞治の通算756号ホームラン」の記事を、いくつかに分け、加筆修正(?)した上で、一挙投稿させて頂いた。勿論、どの記事から読んで頂いても構わない。…という事で、「1977(昭和52)年の王貞治(巨人)『通算756号ホームラン』への道」の「第6回(最終回)」を、ご覧頂こう。『197
1964年2月小説倶楽部「小説倶楽部」は、1950年に創業した桃園書房から発行された、読切小説を掲載した月刊誌です。山岡荘八、山本周五郎、海音寺潮五郎と言った作家を始め、多くの当時の小説家と呼ばれた人たちが参加しています。短編小説が主な記事ですが、映画情報、漫画、芸能ニュースなど、小説雑誌と思われがちですが、多岐にわたった記事で埋められて行きます。年を追うごとに、傾向が替っていき、当時としては過激なアダルト系の雑誌に変わっていきます。そんな事もあり、あまり一般的には目に触れな
(その1)の記事で載せきれなかった写真が何枚かあったので、こちらでご紹介。今回の追悼展示では2個のサインボールも展示されていました。1個目は2000年の優勝記念ロゴボールへのサイン。コレクター的には、どうしてもサインが薄くなっているのが気になってしまいます。ぜひ、これ以上薄くならないように温湿度を調整して保管をしてほしいところです。それにしても、このジャビットのロゴが非常に懐かしいです。当時私は小学6年生の12歳、有楽町のそごうの日本一セールに行き、このロゴが入ったジ
ミスタープロ野球・長嶋茂雄の定宿だった「大仁ホテル」そんな素晴らしいホテルで1泊。ワタシの部屋は離れの「安宅の間」ホテルの写真に飾ってあった長嶋さんの部屋は「富士の間」ワタシはその倍以上の広さがある「安宅の間」を独り占め1人では広すぎる17畳の部屋今回の旅はここ「大仁ホテル」泊りたくて、ふらっと伊東園ホテルのホームページを見たらたまたま空きがある日がこの日だけ。速攻で予約し温泉巡りの企画を立て、実行するまで1月もありませんでしたわそれにしてもこの広い部屋に1人だけの
日刊ゲンダイにて毎週火曜日夕刊で掲載されています酒向院長の記事をブログでも毎週お知らせいたします。第122回~「ミスター」こと長嶋茂雄氏から学んだ健康寿命延伸の道筋~“ミスター”こと長嶋茂雄氏が脳梗塞を治療した大学病院で、脳外科医として担当しました。脳梗塞を内科的に治療後、ミスターにはリハビリ専門病院に転院していただきました。2004年のことでした。その年、私は脳外科医からリハビリ医に転向し、ご縁があってミスターが通院する病院で2011年末まで支えさせていただ
昨日の夕方、宇都宮の街中を走っていたら、懐かしいクルマと遭遇しました。トヨタの「GX61型後期マークⅡ2000グランデツインカム24」であります!いや~懐かしいなぁ~。オラがクルマに興味を持ったのが、1981年(昭和56年)の2月、小学3年生の終わり。そ~なんですよ川崎さん、1981年2月といえば、あのトヨタ初代ソアラが発売になった時ですよ!それまでオラは、クルマは好きでも嫌いでもなく・・・・・、一番好きなのはウルトラマンや仮面ライダーなどの特撮(今でも特撮が一番好きだけど)でした
3月24日、長嶋茂雄追悼展~ミスタージャイアンツ不滅の背番号『3』~https://www.takashimaya.co.jp/store/special/nagashima_shigeo_ten/日本橋高島屋8階の催事場平日でも来場者が多い。野球に詳しくなさそうな人も多い。長嶋さんの人柄なのでしょう。パネル展示がメインだが、試合等で使用された実物の展示も。また大画面で流されている動画映像を除いて、全て写真撮影OK。会場は順路に沿って第1章~第6章とな
長嶋茂雄を語るときどうしても❝さん❞づけでは呼べない。呼び捨ては失礼だという人がいる。しかし、呼び捨てにしている気はまったくない。野球の話をしているときに「長嶋さんのランニングホームランのホームへのスライディング、よかったね~」もいいけど………「おいおいおい見たぁ~~~⤴―――!!長嶋のランニングホームランのスライディング、すっげぇなあ~!!今日はサイコーーー~~~-!!。いっぱいやっか」………の方かやっぱり盛り上がる。普通に語るときも❝さ
東京ドーム22ゲート"OURGIANTSWILLLIVEFOREVER."ShigeoNAGASHIMA|1974(我が巨人軍は永久に不滅です。長嶋茂雄)22ゲート下にはBIGEGG1988TOKYODOME(最近では聞かれなくなった愛称BIGEGG)22ゲート1塁側階段OHGate(バットと月桂樹のゲート・モニュメント;2014)階段にグラフィックアート(バットを振る王貞治;2022)階段横の壁にゲート・レリーフ(「
10年ぶりに行ってきました。京セラドーム大阪!巨人の主催試合!東京ドームまでは、なかなか行かれへん、関西の巨人ファンがあちこちから集結しました!長男次男と一緒に、私を含め3人で行ってきました。長男は私に合わせてくれてるのか、巨人ファン。次男は青が好き!というthe男の子みたいな理由で中日ファン。当たり前ですけど、ひろーい!試合開始すぐに球場入りしました。ほんまは開場の4時から入りたかったのですが(練習とか始球式とかも見たい)お子達の学校があり、給食だけ頂いて早退した次第でして…(
新年早々、ちょっと珍品のサインを手に入れることが出来ました。それがこちら↓このサインを見ただけでどなたか分かるという方は、30代以上のプロ野球ファンではないでしょうか。こちら、ラジオ日本に所属し野球記者をしていた「岩田暁美さん」という方のサイン。一介の野球記者であり、要するに”一般人”である彼女は、ある人の横にいつもついて回っていることで、広く世間に知られることとなりました。その人というが、言わずと知れたミスター。1994年から「長嶋番」として試合前後の長
故郷の宮城県仙台市では野球中継と言えば読売ジャイアンツの中継オンリーでしたので、巨人ファンになるのが自然の流れでした。団塊の世代としては、やはり長嶋茂雄が推しでした。NHKの「あの人に会いたい追悼2025」(2025年12月26日放送)という番組で、長嶋の追悼場面で、長嶋の好きだった曲として、シナトラではなく、エルヴィスの“MyWay”が流され、彼は笑いながらこう言っていたそうです。「物事を進めるのにセオリーとか、善しあしがありますよね。先
おはようございま~す!8月23日、土曜日の朝皆さんいかがお過ごしですか?亀梨和也です!デジタルシングル「Thetruth」そして、ソロベストアルバム「KameBest」が配信リリースとなりました~皆さん、楽しんでいただけてますでしょうか?改めまして、おはようございます!亀梨和也です!さ~今日もよろしくお願い致します!さ~皆さんから番組に頂いている「夏の思い出」いきましょう!・ラジオネームがめちゃん『こんにちは~(亀ちゃんからも、こんにちは!)早速ですが、先日スイス・バーゼルに行っ