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毒矢を射られたものがいたとする。「一体この矢はどこから飛んできたのか?一体誰が射た矢なのか?」「きっと、あいつが射た矢に違いない。憎たらしいあいつに違いない。」「えっ、矢じりには一体どんな毒が塗ってあったのか?トリカブトだろうか?…」そんなことを考えているより、まず矢を抜け!そのような話が「毒矢のたとえ」である。2500年ほど前、マールンクヤという青年が「世界には果てがあるのだろうか?」「世は常住かそれとも儚いものなのか?」「死後の世界はあるか否か?」
前回記事「薬師経の私的注目点(その4)」の続きです。昨年11/24以降、薬師経の要約と考察を行ってきましたが、最後に要点をまとめてみます。①薬師如来は、修行時代に世の人々の苦しみを取り除くため十二の願いを立てた②薬師如来は、十二の願いを実現して、遥か彼方の東方浄瑠璃世界に住んでいる③薬師如来は、身体が透き通っていて、様々な苦を滅する青白い光を発する④薬師如来は、病気だけではなく、衣食住の不足など様々な苦しみを取り除く⑤薬師如来は、世の人々の深い信心によ
叶萠弦來俺の基軸の欠片の一片を下記に要約する人間は古来より、「自分とは誰か?」という問いを抱いてきた。この問いは、哲学、宗教、心理学の分野で繰り返し議論されてきたが、決定的な答えは得られていない。ここでは、仏教の創始者である釈迦(ブッダ)の悟りを起点に、この問いを解明する。釈迦の悟りは、単なる精神的な体験ではなく、世界の本質を捉える認識論的な転換点である。特に、「空」と「縁起」の教えを、現代の脳科学的概念であるRASとスコトーマと重ね合わせることで、自我がもたらす認識の歪みを分析する。こ
こんばんは。オケイです。先日、仏教コードという本について語っている動画を見ました。著者は、YouTubeで怪談説法をされている三木大雲住職です。何千冊もあるお経は全て繋がっているそうです。お釈迦様が亡くなる前、お弟子さんを集めていった言葉、、、「今まで説いてきた教え、全部嘘やねん。良い生き方しろよと言ってるのは全部前フリ」と。お弟子さん方が怒って「もうええわー!なんやねん今までやってきたことは!」と、帰るシーンまで書いてあるとか。そして、残った精鋭弟子たちに「今まで説いてきたことは、嘘と
<『葬送のフリーレン』第18話「不死の軍勢」より>アウラ「・・・驚いたわ。私の掛けた魔法が解除されている。こんなことは初めてだわ。これほどの強力な解除魔法、魔力の消費も相当なものになるはず。どうしてこんな回りくどいことをするの?前に戦ったときは派手に吹き飛ばしていたじゃない」フリーレン「後でヒンメルに怒られたんだよ」アウラ「なら、益々(ますます)こんなことをする必要ないでしょ?」フリーレン「どうして?」アウラ「ヒンメルはもういないじゃない。」フリーレン「!・・・そうか。よかった。・
肉も野菜も俺だから、俺が俺を生かす為に命を捧げてくれてるから、俺は他の俺に何かを与える。高級車乗ってる俺は「超頑張ったんだろうな」って思うし、ママチャリでカゴにおかず詰め込んで走る俺は「これから夕飯作って家族に貢献するんだな」って思う。牛も野菜も俺だから、肉食も採食も無く「俺食」なわけで、自分に線引いて、良い悪いやってる奴が豊かな訳ない。したら食事に感謝できない理由が最初から無いわけ。さらに奥は、この世界全てが空が創ったもので、自分の人格や自由意思すらデザインされたものだから最初