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人を傷つけて平気な人ってドラマの中にしかいないものだと思ってました。意外に平気な人っているんですねまあ、あえて人を傷つける人もいますしね。だけど白雪姫だって毒リンゴの母がいないとお話が進まないように人生に悪役がいて(悪役と言い切って良いのか、お人好しの私はちょっと躊躇)はじめてドラマが進む。自分の人生の登場人物は悪役を糾弾するべき相手ではなく(父がどんなに酷い目にあっても追い詰めてはいけないと言ってたもんね)自分がより良い人生を進むための道標としたい。(同
記事をリニューアルしました(2022/11/13)中街道の下平田には高さ2mを越える大きな道標が立っている。[南面]_右、おか(於可)寺、はせ、いせ、あすか(可)社、かく山、たふのみ(三)ね(祢)(多武峰)、あべ、道[西面]_左、な(奈)ら、京、大坂、久米寺、たへま、法り(里)う寺、たつ田、道[東面]_左、つぼ坂、か(加)うや山(高野山)、こ(古)んか(加゙)う山(金剛山)、よしの山上、道北面は現在
初めていらっしゃった方は、まずこちらからご覧になってみてください無・邪気のススメ守護霊からのメッセージ運を呼ぶ愛される魔法体験者様の感想幸せは邪気のない人におとずれます。「無・邪気」です。あなたなりの幸せに辿り着くこと、それが「成功」です。ゆっくり少しずつでいいですよ。焦らなくていいですよ。3年計画くらいでいきましょう。今の目の前のトラブルが、実は幸せへの道標だったのだと、何年も経ってからわかる時があります。1日1回ポチッとしていただけると
父親の仏壇開眼供養と49日法要を終えました。お孫ちゃん1号君、3号君も数珠を持ち御経をあげて手を合わせて焼香を行って…葬儀時は初めてで、少々ぎこちなかったですが今日はちゃんと出来ていました。法要の後は「喜怒哀楽」さんの仕出し弁当を大爺じぃの遺影を見ながら、、、「大爺じぃに感謝して頂きます‼️」m(__)m親父さんとお袋さんとで創り上げて来たこの家族‥私達兄弟、子供達、お孫ちゃん達、確実に「いのちのバトン」が繋がっていますよ。親父さんの生き方が、遺された私達
ܾܾ𖥧𓇣𖦥𖥧𖥣仕事帰りに『海上の森』を散策しました尾根道を歩きますキビタキを発見(☆∀☆)遠いなぁ💦アップ✩背中にリュックを背負っている様にに見えますね🤭すぐに飛んで、傍に居るはずなのに見つかりません🫣その時の様子です↓駐車場から随分遠くまで歩いていたら、ふと思い出しました。そういえば、PM5時に駐車場が閉まってしまう事を💦やばい😱その時PM4時1時間で着くかどうか…道を間違えたら一巻の終わりです。道標をしっかり確認
↑長岳寺へんろ道マップを作りました。釜口山長岳寺(天理市柳本町)の境内に設けられている八十八ヶ所霊場をめぐるコースです。ネット上にルートマップが見当たらないので作ってみました。実測図ではありませんがGPSを使ったのでほぼこんな感じだと思います。1から88の数字は八十八ヶ所各霊場の石仏の位置を示しています。30分から1時間もあれば充分廻れるとコースだと思います。興味のある方は一度巡ってみてください。なお境内に入るには入山料(大人400円)が必要です。入口(スタート地点)に立つ道標については以下
②高井主膳正自刃地・祠経由~ナツメ別館裏手尾根道古墳徘徊。祠は倒木に襲われてそのままでしたが、彷徨い道は以前より藪草が刈られていました。分岐を左上へと徘徊です。ナツメ別館駐車場方向です。道標マ8ナツメ別館の裏手へと徘徊為て行きます。ぃよぃよ尾根道を古墳徘徊開始です。よく手入れが行き届いた尾根道です。(^_-)此の上に別館駐車場があります。ナツメ別館駐車場です。いょいょ尾根道を古墳徘徊開始です。怪しげなトーテ
記事をリニューアルしました。(2023/4/15)[北東面]_是より、南、壱丁半、石清水八幡宮[南東面]_村中安全、世話人、(上段)大安寺里、光音、○兵衛?、善十郎?、四郎兵衛?、浄○郎?、(下段)……郎、源十郎、○兵衛、平兵衛?、西九条?、九之助?[北西面]_嘉永ニ巳酉年四月吉日建之[南西面]_文字なし頭頂部。北側から。西側から。東側から。*****・各面の内容[北
(2015年撮影)奈良市の法蓮郵便局西の丁字路にある元明天皇陵と元正天皇陵を案内する道標について。2023年頃に角地の民家が解体され、道標はその後撤去されて敷地内で転倒していた。道標は廃棄される予定だったようだが、この度(2024年4月)地元の有志の方によって引き取られ、保存される見通し。詳しくは有志の方のXのポスト(ツイート)を。元明天皇・元正天皇ファンの皆様に朗報です(´・_・`)私有地の工事により、処分の危機にさらされていた大阪皇陵巡拝會の石標、この度、私が私財を投げ打って
日時:2022年11月14日コース:3登山口⇔7かぬか平⇔8分岐→9道標→堺ノ神岳→8分岐(岩手県)県道171号と川崎集落への分岐に、「堺の神岳登山口1」の案内板が有りました。堺ノ神岳大川コースの分岐・屈曲点には、1から11まで番号が付けられた道標が有ります。私は堺ノ神岳は3回目で、大川コースからは二年前に冬の堺ノ神岳に来て以来です川崎集落先の川崎林道入口です。この分岐には、「堺の神岳登山口2」の案内板が有ります。ここから登山口まで林
古い記事をリニューアルしました。(2024/4/19)坪井集落の北はずれにあるお堂内に石仏や庚申塔などとともに道標が安置されている。[西面]_(上部に大師坐像)、(右側)右、な(奈)ら、ヨリ、京、(中央)四国八十八ヶ所、為惣法界菩提、(左側)左、たつた(多)、法り(里)うじ(「な(奈)」「た(多)」「り(里)」は変体仮名)[北面]_右、岡寺、ヨリ、よしの、すぐ、みわ(三王)
【23年7月2日探索・10月12日公開】現在地はこの辺1.9km右方向にある川俣はバス停のある浦山大日堂あたりの事か?私が進むのは鳥首峠方向になる。道標の他にあったのは安曇幹線326号へと至ると書かれた標柱と電柱だ。通行不能区間になると、主要地方道の県道73号線は急にこんな感じになった。ここなどは崩落している事もあり、道幅は30cm程度だろうか。画像だけを見ると道にロープが落ちているように見えるかもしれないが、崖登り用の補助ロープが設置されている個所があった
***前回の記事、その⑨より続きです***伊勢西街道(三重県からは濃州道、区間により巡見道とも呼ばれます)最終回の歩きです。始めに北から、関ヶ原~松ノ木バス停まで歩きました(その①~④)。その後は南から、桑名~西野尻駅まで歩きました(その⑤~⑨)。西野尻駅から北に歩いて途中にある時というバス停から出る関ヶ原に向かう一日3往復しかない帰りのバス(の2便目)に目的地松ノ木でこれを捕まえて乗らなければなりません。乗り遅れても約2時間待てば最終便で帰ることはできるのですが避けたい・・・
灯台大好きな息子の影響か一目惚れして。丸山祐介さんの道標。丸山祐介さんは、1975年生の若い金工作家。小物入れになっている。道標とはとても良いタイトル。
***前回の記事、その⑩より続きです***員弁川を橋で渡っても青空盛り花盛りです。羽田看板があります。こうしてキリスト看板と一緒にいることも多いような。が、その手前の公民館的建物に立派な石柱があります、なんだろ。「昭和八年十二月二十三日有□□□嗣宮御降誕之□□□□奉祝紀念□説□」表側には「皇統連綿」昭和八年の明仁上皇陛下の誕生記念の石碑でした。地元白瀬マップ、こういう地域マップはつい見てしまいますね。古い看板。旅人の目印になる街道脇
脊振山系脊振山ー三瀬峠(早良区エリア)の道標設置事業から15年が経ちました。痛んできた道標もあるので支柱の入れ替をしました。アゴ坂峠と猟師岩山の2本です。アゴ坂峠11月23日(祝)西南学院大学ワンダーフォーゲル部2名計6名この日の弁当:JAワッキーの鳥飯(名物)11月26日(日)猟師岩山参加:脊振の自然を愛する会4名(ワンゲルOB)西南学院大学ワンダーフォーゲル部4名計8名この日の
モヤモヤすっきりアドバイザー天時信哉(Amatoki)です。ごきげんいかがですか?6/4~6/10のタロットカードからのエールです。☆今週のアドバイスカード『例え暗闇の中でも光を放って、希望はあなたの道標となる』【星】☆今週の流れのスリーカード(過去・現在・未来)過去【ソード・8】現在【ペンタクル・4】未来【女帝】過去、本来の力が発揮されず、もどかしい状態の時もあったあなた、今は、現状を守り維持することに心を砕い
2023年4月30日(日)曇りのち晴れ昨日:29日の雨が嘘のように天気回復、なんで29日の山開きだけ。。<脊振の花情報です>ツクシシャクナゲ:花は少ないが見ごろ(一部は蕾)昨年は50年に一度の見事な開花でした(私流です)コバノミツバツツジ:雨上がりでキレイでした(盛りは過ぎています)ハイノキ:咲き始めました。若葉がキレイです。今日は傾いた道標の手直し、小型道標の固定バンド補強小型道標結束バンドを取り替えました鬼が鼻岩上部のピークより脊振山
今回も福知山市のことです福知山駅の前の通り(けやき通り・現在国道9号線があるのは駅裏)を真っ直ぐ行くと、突き当たりの信号の右手に鳥居が見えます高良厄神神社住所・京都府福知山市鋳物師町60-1御祭神高良玉垂命御神徳開運厄除無病息災延命長寿駐車場なし道標解説この道標は文化5(1808)年丹後口門の近辺に建てられた行先を示す道しるべである。丹後口門(番所)とは現在の鋳物師町と寺町の境い辺りである。道標の多くは巡礼や社寺参拝の旅人の道案内で、この道標は丹後の成相寺道を知
こんにちは!「本当の自分と出逢う道標(みちしるべ)」カウンセリングセラピスト桜井奈緒です。子供の頃からずっと生きづらさを感じていました。それは「本当の私」で生きられていなかったから。「世間に出て困らないように」と親から教えられた制限の中でただ世間を生きるために学校でも職場でもそこに順応できるための仮面をつけて過ごしていましたただただ毎日世間に順応するために自分を繕う毎日。気がついたら
【20年3月15日探索・10月6日公開】現在地はこの辺ここに架けられた住宅街への梯子と、「あぶないガケくずれ」の注意表記も健在だった。この先30mくらいで線路は途切れる。その先、ホッパーがあったはずで、9年前にはホッパー現役当時の画像が見られたサイトがあったんだが、今は削除されてしまっている。梯子のない側の崖をよじ登り、5m位上にある遊歩道に出た。その先に設置されている木製の桟橋もかなり草臥れたな。水路があるが、普段、水は流れて
曽根の街並み探訪つづき入江家に向かう途中、道標があります。曽根天満宮・随神門を出ると、目に飛び込んでくるのが、曽根天満宮前の道標です。東面に「当社曽根松」と刻まれて、名松の所在地であることを示しています。南面には「天保二年辛卯九月吉日」、西面「當社曽根松」、北面「右飛免ぢ左石宝でん道」と刻まれています。当時の旅人には親切な道標だったにちがいありません。道路元標旧国道250号線沿いに「曽根町道路」しか見えない・・・・・すっかり
あの頃はただ見たり聴いたりただ称賛しては喜んでいられた限りなくピュアなmind吸収率は人一倍抱えきれない夢たちにただ高揚していたのいつもいつも全身全霊でその箱は目一杯メーターを振り切ってやがて溢れ出したモノ止められないもの諦めない感情残された想い達全部全部叶えていきたいあなたといっしょぜんぶぜんぶかなえていきたいあなたといっしょ
こんにちは!「本当の自分と出逢う道標(みちしるべ)」カウンセリングセラピスト桜井奈緒ですあなたは自分の気持ちややりたいことややりたくないことやどうしたらよいのかと悩んだり迷ったりそんな時にどうやって答えを見つけていますか?何か答えがあるかも!と本を読むかもしれませんね。答えのヒントが見つかるかも!とそのことに関連する動画を見ることがあるかもしれません。それとも頭の中でぐるぐると考え続けてしまっている
突然ですが、「杉屋佐助」なる人物をご存じでしょうか?江戸時代後期に名古屋で米問屋を経営していた方で、尾張藩とも繋がりが強く、名字帯刀(みょうじたいとう)を許された身分のいわゆる豪商です。そしてこの佐助さん、財の一部を使って、お寺や神社の常夜灯または街道の道標などを寄付(寄進)した人物です。その奉納寄進物は現在も残っていて、愛知県、岐阜県、三重県、富山県などで34基程が確認されているそうです。※1827年[文政10年]頃から1865年[慶応元年]まで。天保の大飢饉、ペリー黒船来航の時