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ドビュッシー前奏曲第2集5番「ヒースの茂る荒れ地」変イ長調の穏やかな曲。荒野に咲く可憐なヒースの花。エリカとも呼ばれ、花はピンク色の小さな可憐な姿かたちをしているが決してか弱くはなく、たくましいその花。私はこの曲のイメージとして、平安末期の漂泊の歌人、西行の和歌を思い浮かべました。「雲雀たつ荒地に生ふる姫ゆりの何につくともなき心かな」ひばりがさえずる殺伐とした荒野に、無心に咲く姫ゆりの何と美しいことか行くあてもない荒野に彷徨い、このまま行き
秘境の美容室『ぱぁまやさん』奈良吉野郡川上村で美容室をしてます鍵谷(かぎたに)いづみいーさんですおはようございます去年の今日のブログをリライトしてますたまたま去年と同じ日に静香さんが髪を切りに来てくれますうわぁー静香さんと行った金峯神社⛩️もう一年経つんだ!ってなってます吉野山のてっぺんに鎮座する金峯神社⛩に行ってきました奥千本にあります吉野山の地主神を祭る神社。標高は約765mあり吉野山で1番高い場所にあります詳しくはこちらから奈良にある最強のパワー
なにごとのおわしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる西行山あいに点在する集落を通り抜ける時この地上の至るところで、人々はそれぞれの人生を生きているのだと知る。空をゆく飛行機にも、たくさんの人生が乗っている。庭に咲く花にも山深きところの木々にも尊いイノチが息づいている。時折、ふとその事実に感動する。ああ、有り難きしあわせ、と胸に手をあて頭を垂れる。そんな感慨を
平安期の蝶を詠った和歌をみてきたので、まとめとして作者と作品を年代順に並べてみます。平安前期①僧正遍照(816-890)ちりぬればのちはあくたになる花を思ひしらずもまとふてふ(蝶)かな後期②大江匡房(1041-1117)百年は花に宿りて過ぐしてきこの世は蝶の夢にぞ有ける③源仲正(1095六位蔵人ー1135頃引退)面白や花に睦るる唐蝶のなればや我も思ふあたりに④西行(1118-1190)籬(ませ)に咲く花に睦(むつ)れて飛ぶ蝶の羨ましきもはかなかりけ
立春になったとはいえ雪が積もり本当に寒い真冬の二月神代の時代から日本家屋は夏を想定した建物で、平安の都の神殿造り屋敷は大きな御簾で仕切られてはいました壁というものがなく、風がよく通り、冬はそれはそれは寒かったことでしょう。綿が流通するのは江戸時代からですから、厳しい寒さを凌ぐには麻等の薄い衣を着て更に重ねて着るしかありません。ここから「衣(き)更(さら)着」というので二月は、「きさらぎ」とつけられたそうです。そして、春に向けて草木が生えはじめるから「生更木(きさらぎ)」
(神奈川県横須賀市長沢)春風の花を散らすと見る夢はさめても胸のさわぐなりけり西行『山家集』2週間ぶりに、わが横須賀長沢の海(正式には「野比海岸公園」)を歩いてみたら、ずいぶんと「様変わり」していて驚いた。なんだかやたらと「ピンク」がかっている…(笑)。看板が立っていたので見てみると「海岸アート&フォットなんちゃら」とか書いてある。これは(よくわからないがおそらく…)巨大な「ぶらんこ」。なんと!「どこでもドア」まであるではないか(笑)。
(東京都江東区深川江東区芭蕉記念館)何の木の花とは知らず匂ひかな松尾芭蕉(なんのきのはなとはしらずにおいかな)伊勢神宮での作。何事のおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる西行(なにごとのおわしますかはしらねどもかたじけなさになみだこぼるる)という和歌が念頭にあったようだ。誰がいらっしゃるのかはわからないが、そのありがたさに涙がこぼれてくる。という意味だ。西行も芭蕉も伊勢神宮の気高さに圧倒されている。
3/28付けブログに書いたとおり、友人と行った大磯で、TVのロケに遭遇しました。場所は、吉田茂首相御用達だったという新杵という和菓子屋さん。やけに人が多いなぁとぶらぶら歩いていたら、立ち止まらないように店の前に溜まらないで、といった神経質な人払いをしていました。実はこのとき、サンダル姿で寒さ除けの毛布を型に掛けたスレンダーな女性を店の脇で見かけていました。傍にいた人が気を使っていたので、女優さんに違いない、松本まりかさんに似ているなぁと思ったけど、いまひとつ自信が持てず。
<さいぎょう・つつみがたき>5月19日(日)開催の第133回「高槻市民寄席」におけるゲスト・太閤堂新玄(たいこうどう・しんげん)さんの演目。西行法師といえば、平安時代末期から鎌倉時代にかけて活躍した歌人だ。講談は、若き日の西行が和歌の修行に励み、古今に残る名歌を幾つも書き残し、紫式部や清少納言と並ぶ有名歌人となる物語。新玄さんは、平成16年からほぼ毎年ゲスト出演していただいている。好男子?(講談師)の太閤堂新玄さん。★★★★★★★★★★★★★★★★★★
西行と崇徳院…なりひらを語るうちに源氏物語など加わり入院沙汰…更にはふたつの神宮への想いまでもを語りだし。時が過ぎ…m(__)m最早、冬…(源氏香葉書、ついに秋は一枚のみのご紹介にとどまっております…m(__)m)いったいどこまで西行と崇徳院を語ったかを、失念…“崇徳院と西行の年齢差は?”でしたm(__)m前回までのあらすじ?はこちら☆もう、このテーマ、いいですかねいえいえ…院のことは、捨て置けませぬ…。という訳で。結論か
あくがるる心はされどやまざくら散りなむのちや身に帰るべき-西行Myhearthasbeenfascinatedandflewtothewildcherryblossoms.Aftertheflowershavefallen,myheartwillcomebacktome.~SaigyoWaka.我が心は魅惑されて山桜の元へ飛んで行ってしまった。花が散ったあとで心は我が身に戻って来るのだ天水_MV「時空逍遥_吉野山」
司馬遼太郎。トシヨリになってからこの人の本を時折、手にするようになった。それにしてもこの司馬遼太郎という人はいろんなことをよく知っているものだ。まるで、歩く百科事典のような人だと思う。(笑)(最近、この種の物書きがいなくなっている)今から30年位は前の対談集。対談の相手は、医学の世界の人、山村雄一である。対談のテーマは実に幅広くどのテーマの対談も面白くこの2日、私はこの対談集にハマってしまった。たとえばあの歌人、西行。源頼朝に幕府に招待され源頼朝を相手