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2024年3月31日、私と美月は第七番札所である金目山光明寺を後にして、座間市に位置する第八番札所の妙法山星谷寺(しょうこくじ)へ向かいました。第一番札所の杉本寺から第八番札所の星谷寺までが相模国に属する寺院であり、この後、坂東三十三観音霊場は武蔵国(埼玉・東京・神奈川一部)へと舞台を移します。まず仁王像が迎えてくれる星谷寺は、行基が金光星の如く山谷に輝くのを見て聖観音を彫刻し、堂宇を営み星の谷観音堂として創建したと伝えられています。(神奈川県ホームページより)国指定重文の梵鐘や「星の谷
江戸期より庶民の信仰と娯楽を集めて来た金龍山浅草寺ですが、その由緒は飛鳥時代の638年に遡ると伝えられています。漁師の檜前(ひのくま)浜成・竹成という兄弟が、投網で引き揚げた人形を土師真中知(はじのまなかち)に見せたところ、「有難い聖観音である」として寺を開創して祀りました。(江戸名所図会より)その後、慈覚大師円仁が訪れて聖観音のお前立を彫って天台宗となりましたが、1950年に独立(単立)して聖観音宗の本山となりました。(2019年5月、美月と『三社祭』にて)明治期の神仏分離令で浅草寺