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今日の一読は「誉田別命(ほむたわけのみこと)」です。息長帯比売命(神功皇后)の子どもで、神功皇后が新羅を攻めた時に、すでにお腹の中にいて、帰路に生まれたようです。武神とされていましたが、天皇即位後は朝鮮半島からの渡来人を多く受け入れたとして、好戦的な印象はありませんでした。「神としては八幡様の愛称で知られている。八幡大神は誉田別尊の神霊(死後に神になること)で、第29代欽明天皇の時代に大分県宇佐の地に初めて示顕した。のちに源氏の氏神として崇められることでその名が知られ、武芸や弓矢の神として
ここまで3回に分けて記事にした祟りの信仰関連の話ですが、今日は内容の一部を移動しタイトルを変更しました。さて、まとめに入りますが、こうして「祟り」は、古の時代から観念が形成されていた事が分かります。祟りは神霊の作用祟りは、大方が神霊の作用に属する。古代人には自然物の霊異や人間の死霊に対する恐怖の念が今より多く深かった。平安時代に及んで妖霊としての物の怪に対する意識や、非業の死を遂げた人の霊魂が怨霊となって疫病流行などの祟りをなすと信じられた「御霊信仰(ごりょうしんこう
聖域や霊地の神気も分からずに、勝手な事をほざくインチキ霊能者やスピリチュアル詐欺師共、桜井死期子などの輩は神霊が意図も簡単に自分の願いや幸せを叶えてくれる存在の如く語っているが、証明できないことを言うことは明らかなる嘘、偽りであり、人として如何なものかしら。神気とは眷属や神霊、大自然の精霊などが放つ霊的な波動を言うのであるが、此奴らインチキ詐欺師共は、何もないところに手を合わせて祈っているのと何ら変わらない。そこには神気も神霊もいないのに、一人芝居を演じているのだ。龍神を使役しているとほざ