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いつかこのことを書き留めておきたい、そう考えていたけれど、一体、どこから書いてよいのやら…私が彼のことを、好きになれない理由彼の作品を読む気にならない理由それを、この記事が代弁してくれたように思います。かねてから、このお二人の関係性は知ってはいたけれど、三輪さんの記憶は今でも鮮やかなままなのですね****************バラ300本が今生の別れだった…「ノーベル賞が欲しい」と言った三島由紀夫に美輪明宏が切った痛烈なタンカ三島由紀夫は、当時16歳だった美輪明宏と出会い、人生が変わ
先日の、ミーティング安寧実現プログラム【第4期】グループミーティングもめちゃ楽しかった~絶好調で4期も進行中です!しおちゃんのゆるむ~調う【33日間実践ジャーナリングプログラム】kakushio.hp.peraichi.comさて、たまに三島由紀夫さんに似てるねと言われる…シオヤタカハルでございます。今から55年前の1970年11月25日に三島由紀夫さんは、連載中の4部作『豊饒(ほうじょう)の海』最終回の原稿
新浜松駅前で毎月第3日曜日12時から開催されている、社会の不条理を糾す会静岡演説会に参加してきました。弁士が代わり代わりに、◎車を運転する際、所謂交通弱者(歩行者・自転車)に配慮するのは当然のことだが、歩行者や自転車乗りが「優先意識」を持っていると、「安全を人任せ」になってしまうという危険がある。自分は悪く(落ち度が)なくても信号無視、ながら運転などの被害に遭うかもしれない。路上はもちろん日常生活でも、用心と気配りで自身の安全を確保しよう。◎高市総理は北朝鮮による拉致事件の解決を目指すこと