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■今日はサムハラ神社秋の大祭に行ってきました。ものすごい人!!平日なのに!近くの公園まで並ぶほどの人でした。僕は幸いにもここ数年招待状をいただいていますので、最前の席に座ることができました。祓詞にはじまり、宮司さんによる祝詞奏上、そして巫女さんによる神楽と続きます。金と銀の扇子を使った美しい舞は、龍や鳳凰が連想されます。扇子の舞の後には、剣の舞。天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)に見立てた小刀を使った舞の奉納がありました。これは、神社の神楽
2024/04/20合気会茨城支部道場の稽古に参加させていただきました。本日は合気道道主植芝守央先生が後両手取りの技を教えていただきました。稽古後両手取り合わせ後両手取り一教(表、裏)後両手取り呼吸投げ後両手取り四方投げ後両手取り三教(表、裏)後両手取り小手返し後両手取り回転投げ座技呼吸法『合気道道主の稽古❣️』2023/03/25合気会茨城支部道場の稽古に参加致しました。本日は合気道道主植芝守央先生の稽古でした。今回はSさんパパも一緒に出稽古に参加
合気道の開祖の植芝盛平翁は、空海が開山された高野山もある和歌山という宗教が深く根付いた場所で育たれたせいか、宗教的な色彩を強くお持ちの方です。それが、合気道という武道に素晴らしい面を与えると共に誤解を生む原因になっている気がします。以前、このブログで書きましたように、私の生徒さんが合気道を始めたと知人に話したら、何で!あんな宗教みたいなものを始めたのか!と呆れられたそうです。植芝盛平翁の高弟の1人であり、独立して養神館を設立した塩田剛三館長は、合気道を宗教と分離して純粋な武道として、フィジ
60年も前のご法話ですが、光輝いています。五井先生と植芝先生の親密度が伝わってきます。お二人は一体であり、使命、天命が光り輝いています。お二人が体現しているものを、じっくり身に収め、行いに現わしてゆきたいと思います。植芝盛平翁の本当の姿を見破ったのは、聖師(出口王仁三郎)と五井先生だけだ、と翁自身がおっしゃってました。その翁が、五井先生を尊敬し、信頼し、翁自身が下座につかれ、五井先生の信者として会費を払われていたと伺っています。五井先生・・この人はどれだけ偉大な聖者なのか、どれだ
戦前の興武館時代に入門された白田林二郎先生引っ越しに当たり整理していたら私が合気道を内弟子として修行していた当時の資料が続々と出てきた。その当時はあまり関心がないものが今ではお宝として存在している。白田先生は開祖:植芝盛平翁先生の動向を見守ってこられた殺傷としての技の時代殺傷ではなく和合を求めた始めた時代技に精神(万有愛護)が乗ってきた時代その完成形様々な翁先生が存在していたそれを全く否定することなく見守ってこられたの