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当ブログの全体像と、この記事の位置付けはこちらの表の通り。このブログは、私が一人旅で行った東海道五十三次を徒歩で巡る旅の記録。無事に日本橋から京都までを歩き通した今、既に旅の一日ごとの様子を旅日記的に一通り書き終えているが、読み返してみると日毎の記事では東海道旅の全体像が全く見えない事に気付いた。なのでこの記事は、その全体像を、データの面と感想の面からまとめとして整理してみた。目次歩行距離と日数お試し-1,-2:本番-1(東半分):本番-2(西半分):私
東京国立博物館の常設展。大正年間の東海道の絵巻がありました。今日の1枚のアート(←勝手に名付けた)●《東海道五十三次絵巻巻1》横山大観・下村観山・今村紫紅・小杉未醒各筆1915(大正4)年東京国立博物館蔵東博のホームページによると、本館の常設展で3月16日まで展示予定だそうです。作品のキャプションによると。大正3年に再興され、現在も続いている、日本美術院展。その運営資金調達のため、横山大観・下村観山・今村紫紅・小杉未醒(小杉放庵)の4人の
新必殺からくり人火吹きのブラ平演-芦屋雁之助無愛想だが人情家で面倒見が良いために、仲間からの信頼も厚く、皆に慕われている。一座では火吹き芸を得意とし、殺しの技も油をロウソクの火に吹き付けて、敵や建造物を焼き尽くす烈火技。すべてを灰にする人間火炎放射器ですね。前回も記したかと思いますが、これはえげつないです。天保一座は天保の改革により幕府のお咎めを受け、小屋を焼かれた上に江戸追放処分を言い渡される。その夜、「東海道五十三次」で名をはせた浮世絵師・安藤広重
こんにちはいつも、小生のブログに立寄っていただきありがとうございます。只今、投稿している記事はちょっと過去の思い出内容ですが、高齢夫婦が初めて目標を決め成し遂げた東海道五十三次の街道を京都(三条大橋)から東京(日本橋)まで歩くツアーのフォト記録です。東海道五十三次街道ウオークツアーは、全回数は27回ではじめは日帰りウォークから、今回の記事から一泊二日コースになり、さらに20回目からは三泊四日で歩くツアーになっていきます。日帰りのときは、1ヶ月に1回の割合
伊勢国一の鳥居2025年4月26日(土)訪問いせくにいちのとりい住所:三重県桑名市船馬町344月5日に放送された『ブラタモリ』「伊勢神宮への旅・第一夜」で知った場所になりますブラタモリでは伊勢路と呼ばれる道の中でも江戸からお伊勢参りに向かった人々のメインルートを旅されていました番組を拝見後偶然のタイミングでしたので伊勢国で一番最初に伺うと決めました伊勢路は伊勢神宮への参拝を目的とする参宮客や生活路として利用された道でした東海道に次ぐ交通量
大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺』にも登場した天才・平賀源内を知るために改めて観た『江戸の大ヒットメーカー歌川広重-歴史探偵-NHK』について歌川広重の大ヒットの秘密を探る(『江戸の大ヒットメーカー歌川広重-歴史探偵-NHK』より)天才広重の創作術とは大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺』で、いずれ登場するあろう歌川広重、浮世絵師として最大のヒットメーカーで、ゴッホも広重の絵を模写するほどの浮世絵界の巨人と言っていい人ですが、なぜぞれだけ
東海道五十三次での難所といえば、やはり箱根越えだろうか。10年ほど前に徒歩で小田原方からチャレンジしたことがある。登りは急勾配だったが、道は整備されていたので、登山ほど厳しくなかった。それでも冬だったのにけっこう汗をかいた記憶がある。そして下りは楽だった。江戸時代から残る石畳に観劇しながら、軽快に進んだものだった。箱根を越えて最初の宿場が三島。伊豆地方の政治・文化の中心で栄え、箱根越えの旅人でも賑わった。そんな旅人の癒しになったのが三島大社である。元々は源頼朝が源氏再興を祈願し、社殿が造営さ
こんにちは!るかぴょんPRブログのお時間です🎶今回は毎日完売する人気商品『大師巻』でお馴染みの堂本製菓さんをご紹介!こちら堂本アトレ川崎店さんでの風景ですが開店前から多くの方が購入されることを見越してこのように列が決められています。なんとこの数字、アトレ2階へ続く階段まであるんです。堂本さんは大師巻をはじめ、川崎発祥!?とされる三角おむすびを表現したお煎餅や川崎大師でたくさん見ることの出来るだるまの形のお煎餅なども商品展開されています。堂本
曽我梅林を訪ねたあと箱根に向かいました。下曽我駅からJR御殿場線•東海道本線で小田原駅に出て、箱根登山電車と箱根登山ケーブルで中強羅まで約2時間半。早雲山の頂きには雪が残ってました。箱根本箱は1年ぶり、通算10泊目です。本と温泉と食のブックオーベルジュ"箱根本箱"17時以降チェックインで部屋はお任せの直前予約のサービスプランでしたが、案内された客室は、2階の外輪山側の眺めの良いゆったりした部屋でした✌️しかも一休ダイヤモンド会員特典は、地ビールとシャンパンのミニボトルでした❣️
東海道歩き旅そして実は、スペイン・コンポステーラ巡礼の予行演習日本橋を出発して、川崎を目指します。↓前回『東海道あるき旅①日本橋を出発!』かずさんは今年の年末年始、かの有名な、スペイン🇪🇸のコンポステーラの巡礼地を1人で歩く計画を立てていますサンティアゴ・デ・コンポステーラには、聖ヤコブ(スペ…ameblo.jp続きです🐾日本橋エリアの誕生は、江戸幕府開府の際、江戸城を中心に造成した“町人地”がはじまりといわれています。「日本橋」は、1603年(慶長8
現在、生活工房ギャラリーで開催されているのは、“ヘアカラー展なぜ染める、なぜ染まる。”という展覧会。ヘアカラー文化をテーマにした展覧会です。白髪家系に生まれたため、30歳になる前から、白髪を目立たせないために、髪を染めているのですが、今日の今日まで、ヘアカラーについて考えたことはありませんでした。そういえば、いつから人は髪を染めるようになったのでしょう?その歴史はかなり古く、紀元前3500年の古代エジプトで、一種の魔除けも兼ね、ヘナで髪を赤橙色に染めていたと考えられ
東海道、桑名宿。石取会館のすぐ先には、何やら無機質な建物が。↓↓↓ここは、桑名市博物館。↓↓↓博物館の脇には、東海道の何処かに在った道標が移設されている。↓↓↓この博物館の常設展示では、桑名宿の歴史が解るようになっている。博物館内部は、ほぼ撮影禁止なのだが、時折、撮影OKな物も。エントランス前のこちらも、その一つ。↓↓↓大和文殊派の、藤原正真作の短刀。あの“村正”で有名な千子派の影響も見られると。こちらは、『桑名の千羽鶴』。↓↓↓こちらは、1枚の紙から折られた、