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文字数制限に成りつつあるので続・徳島県の防空監視哨巡りたまに更新予定にても追加で更新します。備忘録徳島県の防空監視哨敵機発見の際は本部へ発見方向、敵見方の別、機種、機数、高度、進行方向を報告。平素の訓練成果は西部軍昭和19年7月以降では中部軍管轄下において撫養が最優秀。徳島本部は一番宍喰に始まる一九カ所の監視哨からの通信を受け、大阪の中部軍(大阪城本丸南に司令部)と善通寺本部(第十一師団)に指揮連絡や監視哨からの定時の気象情報を送る。徳島県には19箇所の防空監視哨が在った様です
今年は戦後80年の節目ということで、マスメディア含め様々な企画が出されています。そんな中でも、余り触れられてこないのですが、太平洋戦争末期に三浦半島では空襲対策、そして来るべき本土決戦に向けて軍事施設の地下化が進められていました。これはその地下壕の一つ。施設構内の地下化は兵隊たち自らが行っていたのです。過酷な掘削作業であり落盤事故で無くなった兵隊も多く存在します。奥へ奥へと続く深い穴蔵ですが、無数に残るノミの跡からは彼らの血と汗を感じることができます。
徳島県の防空監視哨巡りたまに更新予定の方がアメブロ文字数制限に成り、こちらで引き続き補足します。宍喰防空監視哨(一番)↑監視哨跡米軍撮影1947/10/13(昭和22年)M552-299より抜粋拡大加筆日和監防空視哨(民~軍)↑監視哨跡米軍撮影1947/10/13(昭和22年)USA-R528-1-2より抜粋拡大牟岐防空監視哨(民~軍)鷲敷防空監視哨↑米軍撮影1947/08/17(昭和22年)A-M414-34より抜粋拡大加筆右移転前左
徳島県の防空監視哨巡りも残り県南の3件を残すのみとなりました。県南のダニは怖いので12月を過ぎもう大丈夫かと思い今回訪問したのですがシダは生き生きと茂っており、ダニも茶色いの黒いの、小さいの大きいのが生き生きとしており、シダ群を通り抜ける度に取り付かれていました。いつもは監視哨と付近の三角点はセットで撮るのですが今回三角点は断念しました。その他の画像は続・徳島県の防空監視哨巡りたまに更新予定にて追加で更新しています。↑20251217↑退避壕内部↑休憩所基礎部コンクリートブロッ