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御陵宝満神社(ごりょうほうまんじんじゃ)福岡県大野城市中1-9-7(以下『筑前国続風土記附録』)社伝によると、玉依姫はこの地でお亡くなりなられた。よって御陵を築き、神廟を建てて祟め祭った。ここは、初代神武天皇の母、玉依姫が亡くなった地!(以下、現地案内板)祭神(左座)神功皇后(中座)玉依姫(右座)應神天皇西曆七一年~一三〇年景行天皇在位期間天皇自ら筑紫に下らせ給い。熊襲を征伐し給うこの時、御陵の宮に、ご祈願ありて賊を平らげ給う一九二年~二
こんにちは花粉症に加え、黄砂・pm2.5も飛ぶこのごろですが、皆さんお変わりありませんか?宇宙基地牽牛子塚古墳の現在(2024年11月撮影)の姿↓さてさて、唐突ですが、奈良県明日香村にある牽牛子塚古墳の話を書きたいと思います牽牛子塚古墳は明日香村越の丘の高い場所にある八角形のそれはそれは立派な古墳で、被葬者は斉明天皇と娘の間人皇女であるといわれる古墳です(なんとツインルームの古墳です)最近自分の携帯の中に収められた膨大な数の画像を整理しておりましたところ、
☆有間皇子墓紀伊国名草郡和歌山県海南市藤白(P無し、藤白神社から200m足らず)政争に巻き込まれ、19歳の若さでこの世を去った悲運の皇子、有間皇子が絞首刑に遭ったとされる伝承地。一角には「有間皇子之墓」と刻まれた石碑が立てられ、脇には万葉学者の佐佐木信綱氏筆による、皇子が詠んだ歌碑が設けられています。この時代であれば、墳墓が別に存在するのであろうと思われます。殯(もがり)の行われた場所とは別に墳墓が築造されました。また改葬も頻繁に行われています。同じく謀叛の罪に問われた大津皇子の墓