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忌野清志郎スーパースター列伝南こうせつさんと言えば、70年代フォークの象徴ともいうべきグループ、かぐや姫のリーダーにして、誰もが知っている四畳半フォーク最大のヒット曲の「神田川」を始め数々の名曲を生み出した偉大なシンガーソングライターです。こうせつおいちゃん、とてもユーモアに溢れていて、加えて適度なエロさも魅力でしたね(笑)。神田川のイメージと真逆でとても明るく、吉田拓郎さんが「野の仏」で歌った「笑ったような、笑わなかったような?!」表情がとても魅力的です
忌野清志郎スーパースター烈伝トータス松本編トータス松本さんが、本気でロックバンドをやると決意したキッカケは、高校時代に友人に誘われて見に行った大阪でのRCサクセションのライブだったそうです。これは、いろんなところで本人が語ってるので、ご存じの方も多いと思います。トータスさんは、清志郎をリスペクトしている多くのアーティストの中でも代表的な存在なんじゃないかな。すべてはAlltight!トータスさん、清志郎繋がりのライブではよく「すべてはAl
🎄クリスマスの約束2024🎄24日の放送を見ましたが、今年が最後だそうです。小田和正さん、本当にお疲れ様でした。番組は、過去VTRもふんだんでした。拓郎さんと小田さん細野晴臣さんと小田さん宇多田ヒカルと小田さん松たか子と小田さん2013年は、デイ・ドリーム・ビリーバー(ザ・タイマーズ)を、小田和正・根本要・スキマスイッチ・水野良樹で演奏しています。忌野清志郎スーパースター烈伝小田和正さん以前何かで読んだのを覚えていて、気になっていたことがありました。忌野清志郎が小田
忌野清志郎スーパースター烈伝デイ・ドリーム・ビリーバー、ザ・モンキーズの1967の大ヒット曲です。『忌野清志郎スーパースター烈伝番外編・デイドリームビリーバー』TOKYOMXの番組で、♪デイ・ドリーム・ビリーバーが来週から毎日流れるようです!🎵11月11日(月)〜TOKYOMX「5時に夢中!」エンディングテーマに、…ameblo.jp洋楽ポップスの、黄金のスタンダード・ナンバーと言っても良いと思います。そして日本では、忌野清志郎(ザ・タイマーズ)のカバーがとても有名なのです
忌野清志郎スーパースター烈伝自転車は『ROADMAN』で決まり!だった?中高年のスポーツサイクリストをよく見かけるようになってから、かれこれ20年以上たったかな?流線型のヘルメットと専用スーツ、専用シューズに身を包み、小さなサドルに跨って前傾姿勢のドロップハンドルを握りしめ颯爽と風を切って走ってゆく!ところで、こういう自転車🚲って、めちゃ高そうですよね。やはりイタリア製とか海外モデルが人気なのかな。私達が小学校の頃は何といっても日本製、ブ
忌野清志郎スーパースター烈伝甲本ヒロト編先日、ザ・クロマニヨンズの静岡市民文化会館でのライブ、興奮のルツボでした!なんていうのかな、ロックがもたらす心地よいココロの高ぶりを感じさせてもらえて、音楽の持つパワーを改めて感じました。ヒロト、全身全霊で歌ってます。実力派のとても素晴らしいバンドです。『オイラの街にザ・クロマニヨンズがやって来た!』暫く、無風状態が続いてましたが、先日の日曜日は静岡市民文化会館、も〜凄いです!空前絶後です!ホールが揺れました!ザ・クロマ
毎度おおきに、悦光堂の女将どす🌸今日はちょいと、うちの人の話をさせてもろてなあたい、美しいもんが大好きなんやせやから──高校の入学式であの人を見た瞬間もう一発で心、持ってかれてしもうたんよ🤍あたいの一目惚れから始まって、もう40年今日のお仕立て画に、よう出てるやろ?笑けどな、その後が、なかなかの試練やったわうちの人、めっちゃ外面キングやねん😤家の中ではな──感情、爆発型なんどす🔥とにかくこだわり強いんや(あんたもやろ❗️)似たもの同士っちゅうわけやけど💦ある日ドカーン!や
忌野清志郎スーパースター烈伝SOMPO美術館で「ひまわり」を見た先日、西新宿にあるSOMPO美術館で「ひまわり」などゴッホの作品を見てきました。忌野清志郎画伯が大変リスペクトとしていたゴッホ、一度見たいと常々思ってました。清志郎は高校時代、美大を目指して受験の為の予備校に通うくらい絵の才能に恵まれていて、高校卒業後もずっと油絵を描き続けていました。当時よりゴッホの作風を意識していたようです。忌野清志郎ゴッホを見に行く2004年にNHKで放送された
忌野清志スーパースター烈伝(8月2日の投稿に追加し再投稿)吉川晃司さんが、平和への発信について、忌野清志郎から受けた影響を話されています。被爆2世の吉川晃司、平和発信のきっかけは「物議を醸す行動」していた忌野清志郎さんからの言葉-芸能:日刊スポーツ米軍による広島への原爆投下から80年となった6日、テレビ朝日系「大下容子ワイド!スクランブル」(月~金曜午前10時25分)は、歌手で俳優、広島県出身で被爆2世…-日刊スポーツ新聞社のニュースサイト、ニッカンスポーツ・コム(nik
忌野清志郎スーパースター烈伝坂本冬美編現役の演歌歌手で1番好きなのが坂本冬美さんです。最近は丘みどりさんも好きですが😅、冬美さんがNo.1です。なんといってもメチャクチャ歌が上手いです。デビュー当時からずば抜けてうまかったし、デビュー曲のあばれ太鼓や、大ヒットナンバー夜桜お七、そして今君に恋してるなどなど、いいですねぇ。(あばれ太鼓)-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中
忌野清志郎スーパースター烈伝RHYMESTER編RHYMESTER(ライムスター)を簡単にご紹介しますと、ヒップホップグループのベテランです。メンバーは以下の3人。🔹宇多丸(うたまる)-MC🔹Mummy-D(マミー・ディー)-MC、プロデューサー🔹DJJIN(ディージェイ・ジン)-DJ、プロデューサーヒップホップ黎明期から活動していて、日本語ラップを広げていった人気グループの一つです。ライブパフォーマンスの完成度が高く、いつしか「キン
忌野清志郎スーパースター烈伝アニメキャラが似合うロック・スター?清志郎ほどアニメキャラクターが似合うロックスターはいないと思います。特徴的なヘアスタイルに、ハデハデな衣装とお化粧、一見おっかなそうだけど実はユーモア精神溢れる人柄などなど。きっと作家さんからしたらアニメにして動かしたくなるキャラなんじゃないかなと思うし、今風に言うと、ロックスターのアイコンピッタリの存在なんじゃないかな。実際アニメ化された清志郎をいくつかご紹介すると、『theTEARSOF
『君はオーティスを聴いたか』2005年の秋、清志郎はNHKの番組でアメリカを旅し、オーティスの足跡をたどります。そしてメンフィスで、スティーブ・クロッパー(MG’Sのギタリスト)と彼のスタジオでオーティスに捧げる曲『オーティスが教えてくれた』を作り上げます。この曲は、清志郎最後のオリジナルアルバム「夢助」に収録されます。何となく、この時は既にインタビュー時の声や歌声に変調が現れているようにも感じます。BookerT&TheMG’SとJapanTourメンフィスでBooker
忌野清志郎スーパースター烈伝どんと2000年1月に早逝してしまいました。どんとは、1986年ローザ・ルクセンブルグでデビュー、翌年解散、1989年にボ・ガンボスでメジャー再デビューしました。とても印象に残っているアーティストです。どんとは清志郎をリスペクトしていました。特に中学、高校生時代はRCサクセションに大きな影響を受けたようですね。また、私の友人がどんとと親交があったんです。清志郎のどんとへの思い清志郎の名著『瀕死の双六問屋』には、こうあ
ずいぶん前から準備始めて…はじめはコソコソ…だんだんヒソヒソ…そのうちワイワイ…まだまだ先だと思ってたけど…いよいよソワソワ…なんだか卒業式が近づいてくるみたいな…今週木曜日10月30日京都磔磔RCサクセションと忌野清志郎…永久不滅のあの曲たち…みんなで一緒に楽しまないか?みんなでにぎやかに演ろうよ?みんなでYeah!って言おう!天国のあの人に届くように…参加、待ってるよ!みんなでとってもよく似た夢を見よう…い・け・な・い・オトナマジック炸裂!ドキドキワクワ
忌野清志郎スーパースター烈伝タモリさんタモさんです。でも、タモさん、と、ある種、敬意を含んだ呼び方をされるのは、タモさんの芸歴の中では、やはり後半戦なんだろうな。長幼の序は当たり前としても、お笑い界の中でも大御所中の大御所として多くの方から親愛の情と尊敬の念を持って「タモさん」と呼ばれていると思います。そんなタモさんですが、芸能界入りたての頃は、やはりタモリと呼び捨てにするのが芸風的にも似合ってる存在でした。私もガキでしたが、「あっ、タモリ、出てる!」っ
く忌野清志郎スーパースター烈伝太田光編もう、ずーと、よくテレビで見ているし、その都度、確実に笑わせてくれる、稀有な芸人さんです。サンジャポもなんだかんだで見ちゃいますし😅。滑ることもよくありますが、反省しないところがとてもEです😅。もう還暦だそうですが、いつまで経っても一兵卒の芸人感覚を大事に働いてます。キャリアからすると関東お笑い界の重鎮なのだけど、大御所感、ゼロです😅。芸風は、世の中の忖度や言い難いことを、見て見ぬふりをせず笑いでハイライトし
(2024年12月投稿のブログに加筆しています)忌野清志郎スーパースター烈伝金子マリさんと清志郎の関係私、ある時期下北沢に4年間暮らしてました。自分で下北沢を選んだ訳ではなく、いきがかり上そうなったのですが、とても魅力的な街でした。まだ再開発前だったので、駅舎から踏切から屋根下の商店街から劇場、ライブハウス、飲食店が若者中心の喧騒に包まれた、猥雑だけど健康的な街って感じでした。ただ、この時期仕事が忙しかったので、あまりenjoyできた訳ではないのですが、多
忌野清志郎スーパースター烈伝私、1980年という節目の年に出会って、初めて曲を聞いて、その後もずっと聞き続けているアーティストが2組います。ブルース・スプリングスティーンと、RCサクセションです。スプリングティーンは2枚組の「ザ・リバー」とファーストシングル「ハングリー・ハート」が日本でも大ヒット、RCはアルバム「RHAPSODY」を引っ提げその特異な存在感で時代の寵児に躍り出た年でした。二組とも、一言で言うと「ロック」なのですが、タイプが違
忌野清志郎スーパースター烈伝オーティスのあの名言1967年6月に開催されたモンタレー国際ポップフェスティバル、オーティス・レディングの人気を決定づけた、とても有名なフェスです。その音楽ドキュメンタリー映画「MONTEREYPOPモンタレー・ポップ」の4Kレストア版が、3月15日より公開されていて、私の地元静岡では4/12からミニシアターで上映される予定です。今からとても楽しみにしています。さて、そのフェスのMCでオーティスが発した言葉が、、“Wealllo
忌野清志郎スーパースター烈伝草野マサムネさん誰もが知っている「ロビンソン」や「チェリー」など数々の大ヒットを飛ばし続けているロックバンド、スピッツのボーカル・ギター担当です。類稀なメロディー・メーカーだと思います。曲の構成はとても分かり易いし、思わず口ずさみたくなるし、また、独特の声質とハイトーンのボーカルが、ヤサぐれた心をも包み込んでくれるような、とても包容力に富んだシンガーだと思います。ただ、コレも半ばファンの間では常識かもしれませんが、マサムネさんの音
忌野清志郎スーパースター烈伝ジミ・ヘンドリックス、通称ジミヘン誰もが知っているスーパーギターヒーローです。メジャーデビューわずか4年、若くして亡くなってしまったのですが、その伝説は今も全く輝きを失いません。清志郎は中学生の頃からギターを弾き始めました。清志郎にとっての最初のギターヒーローはベンチャーズだったのですが、段々とブルース・ロックに傾倒していくうちに、ご多分に漏れずジミヘンには大いに刺激を受け、惹かれていったようです。好きなアルバムはこの2枚!名著
忌野清志郎スーパースター烈伝(2023年12月の投稿に一部加筆)RCサクセションって、なんと言ってもライブが真骨頂だったので、夏のフジロックや野音のイメージが強いと思います。また、唯一のオリコントップ10入りしたシングルが「サマーツアー」ですし、やはり一般的には夏のイメージが強いかな。しかし、楽曲としては冬の曲が案外多く、特にラブソングは名曲揃いです。窓の外は雪そんなWinterLoveSongsの一曲に、「窓の外は雪」があります。シングル「つきあい
忌野清志郎スーパースター烈伝娘が巣立つ朝忌野清志郎やRCサクセションが登場する小説といえば、以前このブログでも紹介させていただいた、重松清さんの作品をいくつか思い出しますが、『忌野清志郎スーパースター烈伝・作家重松清編』忌野清志郎スーパースター烈伝小説の中に、RCサクセションを重要な役割で、しかも複数の作品で登場させている超有名な作家さんがおります。重松清さんです。「トンビ」…ameblo.jp伊吹有喜さんの『娘が巣立つ朝』は、忌野清志郎・RCサクセションの音
忌野清志郎スーパースター烈伝中島みゆき編wikiによると、オリコンで5つの年代(70年代~2010年代)にわたって、自身の作品も含め作詞・作曲を手掛けた作品がオリコン・シングルチャート1位を獲得しているとのことです。しかもどの曲も耳にくっついて離れません。私のように特別熱心にアルバムを聞いているファンでなくても、曲名がポンポン出てきます。時代、わかれうた、悪女、空と君のあいだに、地上の星、そして、世情、糸、ファイト。。
忌野清志郎スーパースター烈伝ザ・ゴールデン・カップス編私の場合、物心ついた時は既にGSブームは終わっており、「沢田研二はどうやらタイガースからソロになったらしい」ということ程度は知ってるというレベルでした(笑)。GSの代表曲をしっかり聞いたのは、1987年あたりかな、急速に音楽業界を席巻し始めていたCDが、次々とアナログ音源を取り込みはじめ、その流れの中で発売されたGSのコンピレーション・アルバムを買ったことがきっかけでした。うろ覚えですが、
忌野清志郎スーパースター烈伝石井竜也さん米米CLUB時代には、MC・ボーカルのカールスモーキー石井として『浪漫飛行』や『君がいるだけで』など大ヒットを飛ばしています。1997年3月に米米CLUBは解散、その後石井竜也としてソロ活動を行っていましたが、米米CLUBは2006年4月に再結成し、現在に至ってます。最初に米米を知ったのは週刊プレイボーイだったかな。まずバンド名が目を引きましたね。なんて、ふざけた名前なんだ(笑)!と思いました。当時は今のようなマカロニえ
忌野清志郎スーパースター烈伝2000年代の清志郎を語る上で避けて通れない?(笑)自転車に関わるエピソードを、いくつか紹介させていただきます。山形の強靭なお父様と面会NHKの番組で、ツール・ド・奥の細道~忌野清志郎1000キロの旅〜(初回放送:2002年)がありました。清志郎が51歳の秋、松尾芭蕉の足跡をたどる東京・深川から秋田・象潟まで、10日間・1000キロの自転車旅の記録です。ナレーションは竹中直人さんが勤めています。この旅のメインイベントは、❶で紹介しました、清志
忌野清志郎スーパースター烈伝私、子供の頃から大河ドラマが大好きで、今でも殆どの作品をみています。勿論、戦国時代のものも好きだし昨年は「どうする家康」を熱心に見てましたか、個人的には「あまり当たらない」というジンクスのある幕末ものや、初めて映像化する時代の作品にとても興味が惹かれるし、実際内容も面白かった記憶があります。最近だと「いだてん」や「晴天を衝け」、更に昔だと「新撰組」や「太平記」などが好きでした。あまのじゃくな性格なのかもしれません😅。なので、今
忌野清志郎スーパースター烈伝サワコの朝もう終了して2年くらいたつのかな、『サワコの朝』、阿川佐和子さんが様々な分野の著名人ゲストと対談する番組で、日曜日の朝、放送していました。私、この番組が好きでよく見ていました。阿川さんのお人柄なんでしょうね、休みの日の朝、とても安心してほっこりしながら見られる番組でした。番組の中で、阿川さん毎週必ずゲストに「記憶の中で今もきらめく曲」を聞いていたのですが、清志郎の曲を挙げる方が案外多いような気がしていました。そこである時、暇