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その駅の全物件を独占すると仲間にすることができる歴史ヒーロー。東日本編では30の歴史ヒーローが登場しますが、独断と偏見で、ベスト10&ワースト1を決定!決定するにあたり、独占に必要な金額との費用対効果ではなく、得られる効果を重視しました!カッコ内は駅名と独占に必要な金額。1位:源義経(小松・647億3000万円)目的地から20マス以内にある物件駅5駅がランダムで表示され、行きたい駅を選択できる(もちろん行かないこともできる)。選択した駅に移
映画“国宝”で、喜久雄(吉沢亮)と俊介(横浜流星)が、初めて観た人間国宝小野川万菊(田中泯)の舞踊は「鷺娘」ですが、吉田修一の原作では「隅田川」です小野川万菊(田中泯・1945〜)田中泯は、映画「たそがれ清兵衛」で真田広之の敵役を好演した俳優であるが、元々はダンサーです「鷺娘」に変えたのは、演目のストーリーもあるが、むしろ坂東玉三郎の珠玉の名演と世界的成功があったからだと思う李相日監督、脚本奥寺佐渡子の慧眼ですね…万菊(田中泯)の鷺娘若き日の喜久雄と俊介は、師匠の命で万菊
建国記念日の小伝馬町街歩き(小伝馬町の老舗で耕書堂再現+絶品パンの店)では、江戸最大とも言われた伝馬町処刑場跡地にも足を延ばしました。これまで小伝馬町メトロ駅入り口にある伝馬町牢屋敷跡の碑は見たことがあったものの、裏手の公園そばにある実際の処刑スポットはパスしたのでした。日没後だったこともあり。これが↓その処刑場跡の石碑です。処刑場跡付近を歩いていたところ、牢屋敷の模型があります、という表示を見つけました。半信半疑で行ってみることに。↓下の写真に見える「拷
あんぱん面白く見ていますが、吉田鋼太郎さんの演技がとてもうざいです。頑固おやじを表したいのでしょうが、あの大声が耳障りです。同じ中園ミホさん脚本の花子とアンの時はもっと渋くて重厚感があったのに、今の演技は頭の悪い頑固おやじって感じです。べらぼうこれも安田顕さんの演技がもう吐きそうになるくらい嫌いでした。平賀源内と言えば、天才です。肖像画から見れば役所広司さんなんか当てはまる顔立ちですが、背の高くない安田さんに豪放磊落なイメージを出さそうとして登場時からうさん臭かったのですが、最期は
「恋川春町は、どうしても死ななければならなかったのですか?」ええと、それはドラマ演出、考察の話ってことで、いいですか?以下、歴史考証の話ではありませんのでご了承ください。恋川春町は死なないとダメだったのか?と言われれば、そりゃあドラマはフィクションなんですから、死なないで済ませたっていいんです。「史実で死んでるんだから、仕方ない」とは言えません。事実、「歴史を曲げるのは御法度」の大河ドラマですら、史実では死んでいるキャラを「実は生きていたことにしちゃった」ことはあります。たとえば「
大田南畝著随筆📖『奴凧(やっこだこ)』より南畝著の随筆📖『半日閑話』『街談録』『一話一言』から抜き書きする形でまとめられたもの。「奴師労(やっこだこ)の緒(イトグチ)」和名抄に、紙鳶(シエン)を師労之(タコ)と書しは、其頃の方言にや。都には、いかのぼりといひ、東都(あづま)には、たこと称(よ)ぶ。長崎にて婆羅門(ばらもん=長崎方言では、たこを「はた」と称し、「ばらもん」は特に大きく雲龍を描いた絵凧)と称し、びいどろよま(ガラス粉をまぶした凧糸)をもて、弥生十日に金毘羅の山にて、互に婆
ひとつ前の当ブログで、4月18日に88歳で亡くなられた山口崇さん主演のNHK時代劇『天下御免』を取り上げました。毎週楽しみに観ていた僕の中では、平賀源内と聞くと自動的に山口崇さんの顔を思い浮かべるほどです。1971年から1972年にかけて放送された時代劇(脚本・早坂暁さん)で、山口崇さん扮する平賀源内と仲間たち(林隆三さん、津坂匡章=秋野太作さん、中野良子さん、坂本九さんなど)が様々な事件に巻き込まれるのです。とにかく「斬新」な時代劇で、登場人物が突如、現代の歩行者天国を歩いたり、当時流行っ
東京の下町を江戸の古地図で歩いた三日目⬇︎深川〜門前仲町辺りの古地図⬇︎深川〜門前仲町辺りの現在マップこの日のスタートは朝の深川不動堂(成田山東京別院)そして富岡八幡宮⛩️富岡八幡宮、そういえばあの暗いニュースから8年経つのねさて、一旦門前仲町を離れ、深川へ向かいます。実は僕、芭蕉が好き。奥の細道が好き。三度の飯と同じくらい好き(^^)深川は芭蕉が暮らした町芭蕉ゆかりの施設がそこかしこに・・・採荼庵(さいとあん)跡芭蕉庵を手離した後、奥の細道へ旅立つまで暮らしたのが採荼庵
こんにちは。ツクツクボウシの鳴き声も無くなり、静かな平日の始まりとなりました。さて、話はまだ8月27日の話になります。伴野城址(城址公園)から目指した先は、平賀城跡(平賀氏館跡)になります。旅から帰宅して、平賀城跡の縄張り図を見つけたので、これを参考に画像と照らし合せてご覧下さいね。平賀城跡縄張り図。ナビに平賀城跡でセットして車を走らせると、正安寺を通り過ぎて更に山を上がって行き、たどり着いた場所は佐久宝寿霊園でした…。(笑)道は更に上へと続いていましたが、その霊園から平賀城跡ま