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退院して6日目の朝。時間は朝の5時半。口の中の違和感で目覚めました。ティッシュで唾を出してみると赤赤しい血が。なんか、まずい。洗面所に向かいます。何度も口の中に溜まる大量の血。洗面所の横の部屋で仕事に行く準備をしていた母に「やばいわ血が止まらん。病院電話してくれへん?」えー?と覗き込んだ母。おびただしい血の量にひるみます。「うわっ」といい、電話を手に取ります。母に電話をかけてもらってる間も止まりませんもう一度水を含んで吐き出すと握り拳くらいの血の塊が…くらぁどっから
早朝、頭の近くでわからない振動で目覚めました。あ、スマホに着信や母のいる施設です。なかなかスマホで電話ってしないから、通話に手間取りながら出ました。ちょうど一昨日着信履歴があり、昨日電話して軽い風邪症状、服薬と聞いてました。痰が絡む咳があるけど元気と。電話で「吐血した」と聞いて動転しました。救急車呼んだので、搬送先決まったらまた連絡すると。電話切って一度電気つけないと目が覚めない。いつ電話鳴るかわからないしと時間見たら3時45分でした。電話がなかなか鳴らない中、うとうとしたけど
今日から、坊やが保育園。娘の学童は、娘がコロナ感染期間のためお休み。3日から調子が良ければ学童開始。朝からバタバタと支度をし、持ち物、書類、連絡帳チェックを済ませ、保育園の用意を黙々と進める。娘のご飯の準備を終えて、食べ終わった頃に、ふと、夫の声がしない、起きてこないことに気づく。昨日から解熱しており、いつもなら、朝から大きな声で、おはよーって降りてくるのにな。様子を見に行くために、2階の階段をあがる。階段を上がり終えて、まっすぐな廊下に…夫がうつ伏せで倒れ、口や鼻の周りから赤い液体
ドーレン換えるつもりで入院した。だんだん太くする予定だった。ベッドのしたに転げ落ちてた。頑張っていったら、血便でトイレの前に倒れこんでた。吐血した。輸血した。血便が止まらない。もう一週間。まだでる。オムツ、導尿昨日午後からはお腹が破裂しそうになって、痛い痛いと叫んでました。何時間も。腸を動かす点滴で、血便がドロドロ何度も出てきました。麻薬も使ってますが、流量調整、増やしながら痛みがとれるようにしてます、門脈閉塞があるから、静脈のどこからかあちこち出血してるみたいです。
非結核性抗酸菌症、市民公開講座の内容にブロ友さんからコメントを頂きました。アレルギー繋がりのおちょこさんですお仕事は看護師さんです。先日の非結核性抗酸菌症の公開講座の喀血については専門的な内容だったと載せたので、わかりやすい説明を頂きました。病気の講座って医療者向けすぎる時ありますよね。私も色々と参加しますが「これじゃあ患者さんは分からないよー」っていう話の時はガッカリします。吐血と喀血の違いは、血の色…。で判断しますがなかなか一般の方では難しいかもしれません(新人の頃はよくこれ
【あれっ!?全然苦しくないぞ】入院5日目。憂鬱な内視鏡検査を受けねばならん。あの新人くんドクターにあたりませんように!と朝から神頼み。止血処置したところに不備がありませんように、と2回目の神頼み。そして、未検査の胃が大丈夫ありますように、と最後の神頼み。頼みごとの大安売りに、神様もさぞあきれたことだろう。11時を過ぎたころ、ベテランの看護師さんの押す車イスにのせられ、内視鏡室へ。検査準備をしてもらったところで、ドクター登場。あの新人くんじゃない!!そして、検査に移ったの
私は医療関係者ではありませんので医学的なところの真偽はわかりません。私から見た夫の身に起こったこと、私の思うことを書いていきます。夫の肝硬変がわかってから2年経つ頃、夫は吐血しました。食道静脈瘤の破裂でした。どうなったら危ないのかと夫が医師から聞いていて私は夫から「血を吐いたら終わり」と聞いていました。肝硬変が進行すると食道静脈瘤ができて、破裂する危険があります。夫も胃カメラで検査しましょうと言われていて、その検査前でした。吐血しても夫は意識はしっかりしており、吐
毎週末に決まって急変を起こすオット昨日の夜は私が病室に泊まり込み、なかなか眠れないと言うオットと夜中までいろんな話をしましたと言っても私がほとんど喋ってたけど普段は子供達を留守番させて私が泊まり込む事ができないので、週末だけ私が義理母に代わって泊まり込む日だけ、なんかふたりだけの空間に末期がん患者そっちのけでウキウキおしゃべりしてしまうのですそんなこんなでもう疲れたから寝ると言って私からおやすみと言いました最近言ってないでしょ?って言ってそうだなと言ってオットもおやすみと
食道静脈瘤の破裂した時、どうだったのか。の続きの続きの続きの続き。入院中の(主に内視鏡手術後の食事の)話です。ドクターから最低2週間といわれていた入院期間は9日で終了しました。治療関連については大きく以下の3つ・消化管内での出血の確認(うん〇の色チェック/自己申告、内視鏡による確認1回/入院5日目)・貧血対策(追加の輸血、鉄剤の静脈注射)・栄養と水分補充の点滴(最初は絶飲食)ひたすら地味な内容です。一日24時間、ほぼ何もしません。入院中は食い物のことばかり考えていまし
【吐血のあとには、もれなく貧血がついてくる】吐血して、救急で内視鏡手術をうけた日の血液検査の説明を若いドクターが続けている。「肝臓の方がはるかに大きな問題ですが、だいぶん血の数値が低いですね。完全な貧血です。ふらつきとか、ありませんか?」うん、そんなにはない。多少ふわふわした感じは残っているけれど。でも、これくらいなら、入院生活程度の活動は大丈夫である。「肝臓のことを考えると、鉄の大量摂取は、おすすめできませんから、鉄剤の処方は、少し様子をみましょう」と、ドクター。じゃ、
今日夜唐揚げとキャベツみじん切り食べてたら口の中で痛っ痛っでなんかささっだと思いクネクネしてたらなんかおかしいというわけで口の中みたら【第3類医薬品】サトウ口内軟膏8gAmazon(アマゾン)365〜2,776円でけーぶどうがはえてるなにこれやべーだいぶびびりでなんかおおきくなってきてこれはやばいでとりあえずボス連絡しても口内炎ょクワッとかえされてのどちかで呼吸苦しんですがでネットでしらべたら口の中に突然できる血豆、ABH:野口内科BLOG(こ
おはようございます。ミリーです。3月13日、日曜日。今日もゴリさんと朝を迎えることが出来ました。生きています。夕方6時前に、「もう、寝る。」と右手を上げたゴリさん。20時前くらいから、時々続く大きなうめき声。昼間眠っていて、どうやら夜になると覚醒してきているらしい。22時過ぎにこの日の担当の看護師さんと話をしました。「少し夜にしっかり眠れるお薬を使いましょうか」迷わずお願いしました。点滴に薬が加わって、うめき声がなくなり目を開けてナースコールを押すこともなくなりま
9月30日、「妻から吐血した…」との電話!単身赴任先の私は言葉を失った。妻と言っても、様々な理由で入籍を伸ばしてきたから内縁の妻である。一緒に暮らし初めてから、もう7年になる。「えっ!あっそう…」と応えてしまった私妻が何を咄嗟に口にしたかを理解したのは電話を切ってから吐血?血を吐いたって事?何故?再度、妻に電話すると「帰って来れる?」電話越しに頷くも、いつもの調子でほろ酔い気分の私には、100kmもの道のりを飲酒運転で帰るのは無理…「明日の朝帰る」と告げると、妻は「解った
食道静脈瘤の破裂した時、どうだったのか。の続きの続きの続き。救急搬送→緊急手術までの話です。※2回あった吐血を一つのケースにアレンジしています。■病院到着まで①救急車到着(連絡終了後、ものの数分で来る…早い!!)②車内のベッドにて救急士による問診・バイタルチェック③救急士による受け入れ病院への連絡~確定※これ、けっこう断られます。私は1度、嫁さんの時は2度断られました。救急体制は都道府県などによって差がかなりあるようです。結局、救急車に乗って病院に向かうために発車
最初の外来から体の倦怠感や気持ち悪さはあまり変わることはなく、それは病気によるものだけなのか、それとも服用しているお薬の副作用もふくまれているのか。。この頃から、テレビに映る食べ物を見るだけで吐き気を感じ近所から漂う食事の匂いにも敏感に反応してしまうようになっていました。自分に似通った症状を検索すればするほど気持ちが落ち込んでいくのがわかっていたので、とりあえず先生の言うことをきちんと守り、体重は3週間で15kgほど落ちていました…血液検査の数値も最悪を更新するというよりかは、
ガスターを投与してもらい、吐く際の吐血は治ってきたものの、シャワー後に下腹部から流血したり(お子様は無事)、気持ち悪くて夜寝れなかったり、もちろん飲食できない日々。6週と1日目のお子の写真。週数相当の大きさに無事に成長している。こんだけ飲まず食わずで吐きまくってるのにふつーに成長してて凄い。手加減しておくれ。1週間刺しっぱなしだった点滴あと。抜いてから12時間経つけどアザっぽいところもあってなんか地味に痛い😅そんなこんなでさっきサンタが来た。『今日は院長が休みだから、何故だかオレ
友人の最期のお別れ家族葬に参加させていただいた娘さんに状況を話していただいた5年前に普通に生活出きるのが3年そして頑張って5年と余命宣告されていたと初めて聞いた知らなかったきっと普通に過ごしたかったのだろうそして気を遣わせたくなかったのだろう余命宣告されてあんなに気丈に仕事もしっかりこなして認知症のお母様の介護して岸壁すぎます。最期の16日間はとても辛かったそうです肝臓への転移から5年お誕生日も迎えて65歳になって3日後亡くなる
まさか?噓でしょ?このまま逝くなんてことないよね!?~昨日の続き~7月5日もうすぐ日にちがうごくころ救急隊の方のおかげで夫はなんとか救急車に乗せてもらった救急隊の方は、吐血現場を写真に撮り大体どのくらい吐いたか検討をつけることができるらしい私は、夫をすぐに病院に運んでもらえると思ったが夜中だということ吐血したということもあるのか中々受け入れ先が決まらないコロナ渦の時なんかもっと大変だったんだろうなー体調の悪い夫
病院に着いた。そこには通院でごった返す日常が広がる入口で手指消毒、検温を済ませる総合受付で「先程、救急車で運ばれた○○の家族の者です」と告げる「ご関係は?」と問われるいつもこの瞬間が嫌だ!籍が入っていないから夫ではない。かといって友人ではない「一緒に住んでいますが籍は入っていません」「それでは内縁の旦那さんということで良いですね」私は「はい」と答えた「ご案内します」と救急外来に案内されたそこには青ざめてオドオドする息子が座っている「様態は?」と尋ねると「いま内視
目の前で夫が吐血した瞬間何を書けばいいのか何から書けばいいのか呟きのような記録でいいのか迷いながら書いている~令和5年7月5日(水)午後11時半近く夫吐血~数日前から体調がおもわしくない夫その日は在宅ワークに切り替えてお仕事ベッドにゴロゴロしながらも仕事のパソコンを横になって見ていた姿を記憶している私が『大丈夫?』と声をかけると、怒られると思うのか必ず起き上がり、『大丈夫だよ、休んでいれば治るから』と
内視鏡検査の結果、マロリーワイス症候群とのことで、出血ももう止まっていて、しばらくは大丈夫とのお墨付きをいただきました。ただ今後、急な吐血は病院に電話確認ではなく必ず救急車を呼ぶようにと厳しく言われました…。ですよね。なんだか最近元気になってきているつもりでもしかして肝硬変治ったんじゃない?とかあり得ない思考になっていた自分を反省。私、プロの肝硬変(肝不全)患者でした。wあー、傲慢って怖い。自信過剰って怖い。しばらくは大人しく過ごすことを誓います。
点滴してます(´Д`)ハァ…手先だぁ🩸血液検査もあり🩸ほんと!オンボロ!ボロ!お父ちゃんが膵癌で他界看取り、通夜、葬儀後同時進行でこれでもかぁと(。>﹏<。)体調を崩しやすくなる胃カメラ、1年…に5回(胃潰瘍、吐血)1年…に3回入院(。>﹏<。)ボロの身体(。>﹏<。)いやにいやになります(泣)吐血する、下血する(泣)輸血したし(泣)(´Д`)ハァ…貧血は治りつつです点滴痛いわ!帰りたいわ!(`・ω・´)ゞmomoko(。>﹏<。)(。>﹏<。)(。
心拍確認後、更につわりが酷くなってる。通勤の車内は最悪だ。嗅覚が超人的になってそばにいる一人一人の臭いをかぎ分けられる程だ。不思議なことに加齢臭よりもシャンプー、ボディソープ整髪料、柔軟剤の臭いの方が辛く感じてしまう。一番最悪なのは香水の香りだ。ついてないことに満員電車の隣が海外のグループでそれぞれから違う香水の香りがする。差別とかそういうのじゃないけど海外の人の香水のつけ方って半端ないように思う。吐き気MAXで次の駅までが永遠に感じられた。駅についたら
絶対に東京ドームに行きたかった行かせてあげたかった辛くて悲しくてもう無理です緊急入院になりました昨日までのたかおちゃんが嘘のようです信じられないことがおきてしまいました今朝、早番のため5時40分に起きると気持ち悪いと言っていましたヤバいね又詰まっちゃったかな??って…軽く受け止め洗濯物干しに行っちゃったみいちゃんトイレからの叫び声に慌てて行くと、「なんなんだ、これは!」立ちすくむたかおちゃんがいました吐血しました便器から飛び散る嘔吐物みいちゃんの前でも
つわりが終わったと思い、順調に食事もとれて、体重もいい感じで増えていったのに、21週3日で急にぶり返しましたお昼から突然の吐き気、嘔吐そして、吐血・・・翌日から仕事復帰予定だったのに、食べれず、飲めずでフラフラでした仕事復帰へのストレスかな?とも思いつつ、翌日の朝は吐き気はあるものの、嘔吐はしなかったので、いかないともう二度と仕事にいけなくなると思い、出勤しました仕事内容はかなり配慮してもらい、ほぼ動かずにデスクワークばかりさせてもらい、なんとか定時まで頑張れましたが、
生存報告の為にブログアップします。表題通り手術の前日にトラブルがあり、今日までICUにいました。手術は中止に。今後についてはこれから決まって行きます。手術出来なかったのは非常に残念ですが、入院してたので生命が助かったと、思ってます。詳しくは明日以降にブログアップします。今日、明日はプライベート、職場関係者、家族と連絡とりあったり、話したり…。Amebaも貯まってるの読んだりして、水曜ぶりの携帯を使いまくります。ICU長期は後半きつかったりしますので。体調は今日からエンシュア開始
沖縄バベシア感染により重篤のフレブルさんに、供血したクリップ翌日は、元気に海水浴🌊フレブルさんと、血液の相性はバッチリ💮だったんだけどフレブルさん2日後の朝に吐血🩸再度献血の以来📞速攻で、連れていきました🚙💨2回目の献血は、仕事の都合上付き添い&保定出来なかったけどちゃんと供血させたみたいで、ホッとしました病院に置いて行かれたのは、初❗️この時、NIKI母ちゃんに報告したら即返信が❗️NIKI血液型データ🩸『いつでも、提供するよ❗』と、アリガトよ~❗️血液
最近、保険のことを書いていますが昨年の今日も保険のことを書いていましたねー。2017年の4月に胃からの吐血で救急車で運ばれ緊急手術、入院したしんさんその後退院してからも定期的に通院していてこの緊急入院をきっかけにと大腸の検査もしたんです。そしたらポリープが見つかってその場で切除。もちろんその日に自宅に帰りましたよ。その切除術が保険点数5,000点を超えていて県民共済の手術給付金の対象になったわけです。10万円もいただけたんです。本当に保険
そんな感じで3年後。よく咳き込むようになっていた。そして、ひどく咳込んだ時に吐血。かかりつけにすぐ来るように言われた。でも、その日は私も飲んでしまっていて、運転できず。タクシーを呼ぶが金曜日で混んでいて手配できないとのこと。で、救急車を呼ぶ。救急車で病院につき、明日の朝イチ内視鏡をすることに。で、手続きやら全部終わると1時まえ。タクシー電話するが来てもらえない。私、どうしたらいいの?歩くしかない?と、一時間ちょっとかけて夜中歩いて帰りました😭しかもあわててたから、クロックス。次の日は足
同じようにアルコールからの肝硬変の方のブログをよく読ませていただいてます。そんな中で離婚したい、という方や、治してあげたい、という方のブログを読むと、私はどうしたいのかな、と考えます。こんなことになってかれこれ20年。若い時は、なんとか禁酒してほしいと必死でした。病院で禁酒させられないことを責められているような気もしていました。そして夜に子どもが病気になってもケガをしても飲んでいるから運転してもらえないことに本当に疲れました。でも、離婚するには私も非正規で働いていたし、家はダンナの名義だし