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さあ歩きます圓徳院の入り口です豊臣秀吉とその正室北政所(きたのまんどころ)ゆかりの寺院である高台寺の塔頭であるこのお寺は秀吉の死後、北政所がその余生を静かに過ごした地でもあります。立て看板大きくしたけど読めないよね秀吉公好み手水鉢秀吉が西尾家に世話になったお礼として贈った手水鉢西尾家は今川義元の親戚にあたる。。。。「南庭(なんてい)」ねねの遺志を継ぎ、特に女性の目線で楽し
Kōdai-jiàKyoto.----------2022年7月29日撮影朝9時開門の高台寺。高台寺境内を散策。ここに来た目的は百鬼夜行展です。毎夏行われておりますが、貴重な百鬼夜行の絵などが見られます。夜にはライトアップなども。僕は夜ではなく、朝9時開門と同時に入りました。残念ながら百鬼夜行の絵などは撮影禁止なので、建物などの写真を。正式な名称は、高台寿聖禅寺(こうだいじゅしょうぜんじ)。豊臣秀吉の奥さんの高台院(北政所・ねね)が秀吉の菩提を弔うために建立したお寺
高台寺(こうだいじ)は、京都市東山区にある臨済宗建仁寺派の寺院です。正式名は「高台寿聖禅寺(こうだいじゅしょうぜんじ)」といい、山号は「鷲峰山(じゅぶさん)」です。豊臣秀吉の正夫人である北政所(高台院・ねね)が秀吉の菩提を弔うために建てた寺院です。「戦国一の出世頭」として、関白にまで上りつめ天下をほしいままにした太閤秀吉も、慶長3年(1598)に亡くなります。すると、秀吉の妻北政所は、淀君との対立を避けるように大坂から京都へ移り住み、落飾(らくしょく)して高台院湖月尼(