ブログ記事708件
「北国街道歩き」の再開です。目標は「渟足(ぬたり)柵」(647年)なのですが後世の「河川の氾濫」等で、今では「その所在地は不明」です。そこで、江戸期「新潟湊」を支配した「新潟奉行所(跡)」を、到着目標として、歩いて行きます。前泊したホテルを出て、前回の到着地「高田の追分」から出発です。←黒井・新潟方面高田・軽井沢方面↗桝形を左折し、黒井方面へと「雁木の続く旧商店街」を進みます。城下町特有の桝形の多い道ですが、人通りは、殆どありません。やがて「関川」に架かる「稲田
上高地~別所温泉旅の三日目は一日雨予報で行き先を何も考えていなかったので、東京方面へ向けて帰りながらガイドブックで立ち寄れるところを探します。曇り空ながら予報に反して雨が落ちて来ないので、急遽思いついて行ってみることにしたのがここ、北國(ほっこく)街道海野宿(うんのじゅく)です。別所温泉の旅館花屋さんをチェックアウトして、ナビゲーションのいう通りに海野宿へ向かっていたら、途中車もほとんど通らないような道の脇に、“木曽義仲史跡正海清水”(長野県上田市)と書かれた小さな看板を見つ
こんばんは風のマーサです😊湖北の峠を巡る旅、前回投稿の続きになります。杉野→鳥越峠→菅並→鷲見(廃村)→峠→椿坂のルートで歩きました。前回は、鳥越峠を越えて菅並までを紹介しました。今回、菅並地区からは北に進み妙理橋を渡ります(下写真)ここから先は丹生谷の、より深い部分に入っていきます。県道285号線(中河内木之本線)、高時川沿いに進む道は、滋賀県最北の中河内まで続きます。想像していたよりも細く険しい道でした。しばらく進むと通行止めの看板がありました(汗)様子を
鹿蒜神社から鹿蒜川左岸を東に下ると、北陸街道(北陸道)と北国街道が合流します。今庄宿の南側に文政の道しるべとして現在でも残ってます。ここから北へ進むと、すぐに燧ヶ城の登城口に着きます。愛宕山の尾根が日野川にぶつかり削られた隘路部です。燧ヶ城は1183年、木曽義仲が仁科守弘らに命じて築いた城で、天正越前一向一揆の際は、本願寺の坊官、下間頼照が総大将として布陣しました。街道沿いは古民家が多少残っておりますが、人通りはまばら…北陸へ入るには、ほぼ、この今庄宿を通る事になります。なので、京へ上る
海野宿の入り口に、白鳥神社があります。宿場町を歩く前に、参拝しました。平安時代に鎮座。源平盛衰記に、木曽義仲が白鳥河原で挙兵の記録があります。奈良時代に海野郷と称し、献上した品が正倉院御物として残ります。日本武尊が、東征の帰りに海野に滞在。伊勢で亡くなったあと、白い鳥に化身し海野に舞い降りる。御神木欅本殿木曽義仲挙兵の地と書いてありました。治承5年(1181年)以仁王の発した平家討伐の令旨に応じます。樋口、今井、根井、楯の木曽四天王の他に、海野、祢津、望月、小室の東信濃の
散り残る紅葉はことにいとおしき秋の名残はこればかりぞと石田三成の歌である天下分け目の関ヶ原に臨むにあたって詠んだといわれるNHK大河ドラマ「葵徳川三代」では、関ヶ原の笹尾山に陣を構えた三成がその場で詠んだもちろん、「散り残る紅葉」とは豊臣家のことであるさながら高原に広がる高原盆地のような関ヶ原である西には伊吹山がひかえ、雪も深い新幹線もよく雪で止まっていたほどであるそう!関ヶ原は交通の要所であるだから関所があったのだ中仙道が東西にのび、北へと向かう北国街
結局、最中にはなかなか更新できませんでしたが、無事に善光寺まで歩きましたー2024年5月2日ほぼ始発で最寄駅発。ケチったので鈍行を乗り継ぎ、今回の旅の出発点、しなの鉄道信濃追分駅に着いたのは概ね9時。そこから右往左往して中山道との追分に着いた10時ごろか。この旅が始まる。しなの鉄道を登るルートを24kmほど歩き、1日目は田中駅で終わり。今回の旅の拠点は長野に置いたので、そこから長野駅に移動した。夜は地元の居酒屋で一杯🍻安くて美味しくて大満足の夜を過ごす。2024年5月3日田
上田市から、東御市に向かいました。目的地は、海野宿です。駐車場に車を止めると、石碑があります。海野氏発祥地と書いてありました。海野氏信濃国小県郡海野荘を本貫地とした武家。東信濃の豪族滋野氏の嫡流。海野氏の子に、真田幸隆の出身地。海野宿北国街道の宿場。日本の道100選。善光寺の参拝客、北陸諸大名の参勤交代で使われ栄えます。うだつが残る民家赤印が、うだつ。防火壁だけど、財力を示すために豪華になり競い合うようになりました。うだつが上がらないの語源。重要伝統的建造物群保存
「小諸城」(長野県小諸市)の前編のブログでは、「本丸」跡入口辺りまでお届けしました。前編は↓『お城紀行2日目「小諸城」(前編)は、”三の門”と野面積み石垣の共演』8/3(火)~5(木)二泊三日の城巡りツアー2日目です。高崎のホテルで1泊しましたが、夜中に左足ふくろはぎがこむら返り、右足の筋が痙攣という二重苦に襲われ…ameblo.jp「懐古園」案内パンフレット本日は、私が「当城」を歩いた中で最も驚いた「北谷(地獄谷)」からです。そこには「酔月橋」が架かっていますがそ