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本日お昼12時、2026年最初の合戦イベント「甲州征伐」がついに終戦を迎えました!!その結果、勝利を手にしたのは織田軍でした!!まずは参戦されたすべてのみなさま、大変お疲れ様でした!軍功の経過を振り返ってみると、初日は織田軍がリード、翌日は一転武田軍が10万前後リードを保つ中で戦況が明けました。が、その翌日には織田軍が再逆転してそのまま一回目の両軍同時総攻撃を迎えます。総攻撃終了時の軍功差はたったの5,000(!)、そのまま織田軍がほんの少し優勢な状況で推移しますが、
2025年6月長野県下伊那エリアのパワースポットを巡ってきました。その16.阿智神社前宮その17.阿智神社奥宮です。平谷村からR153を北上し、昼神温泉に入るとR256沿いに阿智神社前宮の鳥居や社号標が建っています。天八意思兼命が孝元天皇5(BC210)年に天下って、阿智の祝部の祖となったと伝わる式内社(論社)ですが、神社の創建は不明です。鳥居とホテルの間を恐る恐る抜けて、更に細い坂を車で上っていきます。途中に庇が出ている所があるので車高の高い車だと当たりそうでした。
織田信長は武田討伐へと先発した嫡男・信忠に対し、執拗なまでに自制を促す書状を送り続けた。それは勝頼侮りがたしという畏怖の表れであった。だが、信忠は美濃から信濃の地へ踏み込むや、父の危惧をよそに破竹の勢いで伊那谷を駆け抜ける。その姿はまさに若き日の信長を彷彿とさせるものであった。一方、これを迎え撃つ勝頼は要所に親類衆を配置し、信濃を決戦場と定めて自身は諏訪の地に本陣を据えた。何の因果か、そこはかつて“諏訪四郎”の名で将として歩み始めた自らの原点であった。信長の後継者として自らの手で武田を