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私が今、最もハマっている「物書き」が居る。それが、「書評家」「文芸評論家」として、ベストセラーを連発している、三宅香帆(みやけ・かほ)という書き手である。私はここ最近、三宅香帆が今まで書いて来た本を片っ端から読んでみたが、どれも大変面白かった。そこで、今度はこの私が、大変僭越ではあるが、三宅香帆が書いた本の「書評」を書き、「三宅香帆本」の魅力を、皆様にご紹介したいと思い、このような記事を書かせて頂いている。『書評家・三宅香帆の本の面白さを語る②~「書評・文芸評論編(2)」
以下、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟1』(亀山郁夫:訳、光文社古典新訳文庫、2006年)から引用です。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー第1部第1編ある家族の物語4三男アリョーシャp.61[フョードル]「[略]鉤がなかったら、いったいだれがこのおれを鉤で引っかけて、地獄へ連れてってくれる?おれを地獄へ連れてかないなんて、とんでもない話じゃないか、だとしたら、いったいどこに真理がある?Ilfaudraitlesinventer(ぜひとも鉤を
25-10-24(金)今週は物凄く忙しく、ほとんど相談室の業務が出来なかった、まあいいか。今のところ病院から退院した母は老人ホームでの生活を再開できたし、また株式市場も高市トレードが効をなしたのか、4万9千円台の高値で安定して推移している。高市さんへの期待は高いようだが、来春には恐らく解散―総選挙が行われる(と私は予想している)時まで人気を保てるかどうか見物ではある。そもそも私は政治のことは良く知らないし、経済のことも解っていない。ただ、私の周囲の人より為替と株の値動きに敏感なだけであ
ドストエフスキーの小説世界は、語る者たちの饒舌によって構成されている。彼らは語り、問い、葛藤し、苦悩し、ついには信仰にすがる。自己を言葉によって明らかにしようとするその姿は、文学という形式における“語り”の限界と可能性を徹底して探究した痕跡であり、同時に19世紀ロシアの思想的密度の結晶でもある。しかし、その語りの構造があまりに強固であるがゆえに、ドストエフスキー文学には決定的に描かれなかった存在がある。それは、語らない者である。沈黙する者。赦しも拒絶もしない者。倫理的対話に加わらず、信仰の
コーリャと少年探偵団/柳広司/理論社父親を亡くし、母親と愛犬と一緒に暮らすコーリャは近所の少年たちを率いるリーダー格。彼の家の近所には放蕩者のフョードル・カラマーゾフの館があり、最近そこの個性豊かな3人の息子たち、ドミトリー、イワン、アリョーシャが戻ってきて、何かと注目を集めています。そんなある日、フョードルが何者かに殺され、3000ルーブルが盗まれるという事件が起こります。疑いがかかったのは父と折り合いが悪く、事件の直後に大金を持って豪遊していた長男のドミートリー。コーリャは仲間の
ウソって、ついたこと・・・・・・ありますよね。人生で一度もウソついたことのない人なんて、いないはず。ウソをつくかつかないかで悩んだり、またはついたあとで収拾がつかなくなって、どうしよう、と思う方も多いでしょう。さらにウソがバレたときのバツの悪さも大変です。ただ、ウソについては価値観が違ったり考え方が違ったり、また場合によって、といろいろあります。ウソも方便というようなことわざもあるくらいですし。英語でも同じように、whitelie(白いウソ)と言って特別他意・悪意のない、ちょっと
2020年にFBに最初のレビュー書いた本をようやく完読。この本、「一応」読めるようになるのに6年かかったwしかし晩年グルジェフの代表的な弟子のジャンヌドザルツマンがクリシュナムルティの講話に足を運んでいたとは知らなかった。。OSHOにも私淑していたとOSHOタイムズで読んだ覚えはあったが。著者の郷さんはクリシュナムルティにもジャンヌドザルツマンの晩年の展開にも否定的のようであるが、OSHOが言うようにグルジェフの教えは第四身体より先に進むには役に立たないのだとしたら、ジャンヌドザルツマンの転
AWriter'sDiary(EnglishEdition)Amazon(アマゾン)やっと読了した、ドストエフスキーの作家の日記。入手したのは20年以上前、IとIIの両方で約1200ページ。定番の縮刷版も出ている。4月から読み始めて約3か月。われながらよく読み切ったものだ。夕食後の2-3時間をかけて、約20ページくらいというルーティンを続けた。前回も指摘したが、これはいわゆる日記ではない。どちらかというとブログか。その時々、ドストエフスキーの関心を引いたテ