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ありがとうございました!2023年7月5日0時38分「さだ」こと、私、貞苅早苗は、永眠いたしました。2022年8月9日の初診から、始まった子宮体がん(子宮がん肉腫)の闘病生活も終わりました。手術に抗がん剤、介護保険を使っての在宅医療。日々のいろんなこと、思ったこと、考えたことを気の向くままに綴ってきましたが、これが最後の投稿になります。治療方法も、ホスピスも、葬儀も、お墓も全部、私が決めてきました。身近な家族は、そんな私についてこれずに戸惑いも多く、心配したことだ
韓国ドラマトッケビほぼ寝たきり生活なので、アマプラ三昧です。韓国ドラマや中国ドラマ、アニメに映画にいろいろ見てます。そんな中、「トッケビ」はなかなかの名作なので、何度か見てます。その中で出てくるのが、トッケビでは人は4回生まれ変わるとされています。・種をまく人生・種に水をやる人生・収穫する人生・収穫物を食べる人生って話。で、私は何回目かなぁと考えてみました。「種まき」は、いろんな人と出会い、交流することで「何か」を残す人生?人とのこと交流が苦手な私は…
腫瘍マーカーの推移腫瘍マーカーは、CEA、CA19-9、CA125の3種類を見るようです。CEAは、ずっと標準内のようです。CA19-947.5H⇒41.2H⇒24.5⇒13.1CA125142.0H⇒69.7H⇒31.3⇒35.0腫瘍マーカーの意味CA125(0~35)CA125は代表的な腫瘍マーカーで、卵巣がん、肺がん、膵がんなどで高値を示し、子宮内膜症や骨盤内炎症などの良性の疾患でも基準値以上になることがあります。
抗がん剤を1週間後に控えて、大変調子の良い私ですが、主治医からもうそんなに長くないといわれているので、就活は常に考えています。我が家はお墓を持っていませんので、私のお骨をどうするかという問題があります。いろいろ考えた末、遺骨で作ったプレートになることにしました。エターナルプレートお墓不要の手元供養(自宅供養)!エターナルジャパン┃遺骨プレート・ペンダント・パウダー、散骨のご相談お墓がなくても供養ができる、従来の葬法にとらわれない新しい供養の形を提案するエターナルジャパン
昨年の秋から、ハスミワクチンというのを、5日に1度、打っています。免疫療法の1つで、ずいぶんむかーしからあるようです。写真右上のボールペンみたいな器具で、ボールペンみたいに頭の部分を抑えたら、パチンと細い針が出て注射できるようになっていて自分で打つのも楽チンです。主人の母が40年前に大腸癌で亡くなっているのですが、その時、余命1ヶ月の状態で、ハスミワクチンを使って2年生きたと聞き、病院も近いし、是非やってみてと親戚に言われ、始めました。自分の尿の成分から、1年分い
主治医から、秋には食事が取れなくなるでしょうと言われています。お腹の中ががんだらけなので(多発性腹膜は種)、そのせいで腸が動けなくなり腸閉塞を起こしやすい状態です。いつそうなってもおかしくないんでしょうが、今のところ毎日出るものはでております。昨日は夜中にお腹が空いて我慢ならず、冷蔵庫にあったカステラをむしゃむしゃ食べてしまいました。今日の夜は近所のイタリアンバルで食事をしました。前菜2〜3品と、梅酒ソーダ、自家製フォカッチャ、マルゲリータピザを食べ、牛肉の
食事はどうしようかな?明後日、火曜日からホスピスへ移動します。で、ふと考えたのが、食事のこと。今現在は、ほとんど食べて無い状況。ま、量が入らないのは確実なれど…食べられないってことでも無いような?食べることを考えるのが面倒っぽい感じ?「とりあえず、薬を飲むために何か食べなきゃなぁ〜」って感じ?入院していた頃は、「すこやかメニュー」ってありました。抗がん剤の影響で食欲が無い、量が入らない人向けのメニューでした。お茶漬け、ひと口サイズのおにぎり、稲荷寿司、パン、うどん、そうめ
はじめまして。これから、父の闘病のこと、家族の気持ちを忘れないように綴っていこうと思います。2023.9.27私は准看護師として、病院で働いています。夜勤の夕食の休憩中にケータイを見ると母から何度か着信がありました。この電話が全ての始まりです。母に電話を掛け直すと、「お父さんの再検査の結果悪かった。」と。どーいう事か聞いても言葉を濁します。「悪かったって、癌ってこと?」と聞くと「うん。」と。夜勤中の為、明日の朝仕事が終わったら連絡するように伝えました。父は毎年会社で負担して
末期がんと確定したけど日常!昨日の外来で、なんとなく予想はされていたことが、正式に決定しました。(子宮がん肉腫ステージ4b」末期がんが確定しました。とはいえ、体調が変わる訳でもなく、普通の日常です。たまたま立ち寄った銀行のロビーに、「石破茂氏講演会」のポスターがありました。見たことが無い有名人を無料で見れるなら…ってミーハー的感覚で、行ってみたいなあって。講演会ということで、数時間、座席に座ったままで聞けるかどうか、不安はありますが、とりあえず、申込みました。私
2030現在1930【夕食】クリミール125/125マスカットジュース100/200服薬完了!2000【トイレ】大、小それなり!久しぶりに普通の歯ブラシで歯磨き。私の歯が大きいからかなのか、咥えるタイプだと、上とか下に届いて無かったような?スッキリ!だけど…トイレと洗面終わって、ベッドな落ち着いたかと思えば…微妙な吐き気が。ま、夕食後の薬に吐き気止めも入っているから、様子見。【累計水分量】600今日は、兄と義姉も顔を出してくれたし、巡回ヘルパーさんもタイミング
いよいよ1回目!10月6日に手術してから、4週間後の11月4日に抗がん剤が始まります。今回は、1回目ということで、少し早めの11月2日からの入院です。採血は先週の外来日に済んでることもあり、入院日の検査は抗原検査。結果が出るのは、12時半。12時半までに連絡が無かったら、入院OKなので、13時半に病棟に入ります。今回、始めてだったこともあり、抗原検査に一番乗りでした。当然、待ち時間も無く、「鼻の奥に綿棒突っ込まれて10秒」の苦痛もすぐに終わりました。そして、あとはひたすら
初めまして。イッコです。60過ぎのおばさんがイッコとは・・・と、自分でも思いますが、両親や親せき身内、ご近所そして友達からの呼び名なので文字にすると恥ずかしいのですがとりあえず、昔からの名前で出ています。あ~なんか、昔の名前で出ていますって演歌があったよね鼻歌では歌えても、文字にはできないなぁなんせ、アメブロ始めたばかりで、使い方もわからないしボチボチやっていきますのでよろしくお願いいたします。
腹水穿刺が終わりました!最近は、毎週お願いしている腹水穿刺。明日のお昼頃には、すでにホスピスに移動しているはず。だから、今日が最後の「自宅での腹水穿刺」でした。今回もまた、3000ちょっと抜けました。これで吐き気も少しは収まるかな?それにしても、最近、いろんな方々が苦労されている血圧測定。ほぼ、機械での自動測定ができずに、聴診器を当ててあります。それでも、聞こえないとか、上はわかったけれど下が測定出来ないとかで、皆さん、何度も測り直してあります。でも!先ほどの訪問医療の時は
思い返して書きます。水はうがいのみで朝を迎えました。私は今回より以前に卵巣嚢腫、子宮筋腫、摘出等で1回の開腹と3回の腹腔鏡の経験がありました。(子宮摘出は一年前。その時卵巣に癌はなかった?悲しいので忘れます)管を外すには歩かないとと意気込んでいました。あまりつらくないなと勘違いしていました。硬膜外麻酔に助けられていました。しかも、おかわりができない事も知りません。バンバン押していました。のち後悔します。術後翌日は歩く予定です。午前中は私は尿管を早く外したい一心で看護師さん2人に支えられてた
2021年4月14日造影CT。結果は19日の受診で。結果・・・顕著な効果が認められました!明らかに腫瘍が縮小していたのでした。抗がん剤って、同じ薬でも人によって全く効果がなかったり、さまざまなんだそう。あとから、担当の緩和ケアの認定看護師さんから、「もしこれがダメだったら、って凄く心配でドキドキしてたんだよ。よかったね〜〜〜」と言われて、とてもラッキーだったんだ、って実感した。悪い話を聞いても泣いたり騒いだりしない私だけど、この時には嬉しくてニコニコだったな〜〜〜※担当の「緩和ケ
緩和ケア医の方がんサバイバーの緩和ケア医の方のブログがありました。ひまわりさんのプロフィールページ初めまして。緩和ケア医のひまわりです。子宮癌サバイバーです。患者としての経験からついつい診療に熱が入ってしまいます。自分らしく生きること、生き抜くことを全力で支えます。profile.ameba.jp自分自身が「がんサバイバー」だからこそ、緩和ケア医としてのいろんな思いが、とても参考になります。家族の立場で、関わって来た病院や緩和ケア病棟、ホスピスや高齢者施設などなどの経験から
1900現在………1900………1600【兄来訪】お墓の打ち合わせ1615【ケアマネさん来訪】ケアプランの確認とご挨拶1700【WiFiの解約手続き】ネットと電話で無事に終了!あとは、機器返却のみ。1745【姉と義姉の来訪】明日の準備と、入院給付金や傷病手当金の請求手続き。1850【夕食】とりあえず、冷凍ブルーベリー少しファンタ250/350クリミール100/125(挫折)緑茶50/200とりあえず、服薬完了!【累計水分量】575
昨日の血液検査の結果腫瘍マーカーは標準値内になったようです。私の闘病生活を支えてくれている姉に勧められて、使っている水素生成器です。ステージ4Bにも関わらず、元気に過ごせている理由のひとつかもしれませんので、参考までにご紹介します。
0745現在………0745………【今日の予定】10〜11時ホスピス出発に向けて、いろんな方々が来訪予定。家族は、荷造り訪問看護師さんは、軽く清拭して着換え。帝人さんは、酸素吸入器の回収。そして、メインは、「民間救急車」で、移動準備。0650【服薬済み】6時過ぎから「薬を飲まなきゃ!」と思いつつ、やっと朝食なしで服薬!0730【トイレ】0830の定期巡回サービスでトイレに行こうかなぁと思っていたけれど…行けそうな気配だったので、前倒しで0715に連絡。すぐに来て
最後のキイトルーダ今日は最後のキイトルーダのために外来へ。今回は、兄の車で兄弟3人で来てます。昨日の昼間は、姉が車椅子の積み込みに四苦八苦してました。そして、夕方には、兄が積み込みをしてました。移動中の車内を快適に過ごせるようにと、兄夫婦でリクライニングの角度や枕、足元のクッションなどなどをセッティングしてくれてました。9時45分私のアパートに全員集合!前回までは、少しなら一人で歩くことも出来たけれど、今回はちょっと無理そうなので、支えられながら、ベッドから車へ移動。車
2020年12月24日に造影CT撮影。2021年1月4日、右肺に4箇所、腫瘍と思われる影があるとの説明を受ける。手術前の画像にはなかったが、手術後からそれまで画像は撮っていなかったためどの時点で腫瘍が発生したかは不明。なんにせよ、遠隔転移のためステージ4Bが確定。しかし、最大で5ミリ弱が1つ、あとはほんの小さなものだから焦ることはないと言われた。とりあえず服薬による治療を続けて、再度CTにより確認してから点滴の抗がん剤も検討しましょう、とのこと。シスプラチンとジェムザール(ゲムシタビン)
よく言われる言葉怖く無い?不安は?心配ごとは?悲しみは?皆さん、私のメンタルを気にしてくれてます…。入院中も、このブログを読んでる方も、私と直接お会いしてお話した方にも…。で、どうかなぁ?って振り返ってみても、たぶん「私は泣いたことがない〜!」って中森明菜の歌声が響いてきます。私への気遣いや、思いやりに感動して、ありがたくて、泣きそうになることはありますけど。「夜、一人で考えて不安になって泣いてしまう」ってことは、私は…本当に一度もありません。なぜかというと、やはりたどり着く結
退院後の初外来!退院後初の…と言っても、22日に退院したばかりですから、1週間もたってませんが…。通常は、手術から1週間位で退院して初外来の日まで入浴禁止、外来で病状確認後、入浴許可が出るって流れのようです。私の場合は、入院が長かったので、退院してすぐ外来になりました。そして、今回、大事なのは、「病名とステージの確定」です。10月6日の手術で採取された細胞を病理検査に出されて、その結果がやっと正式に出たようです。通常は2週間程度で回答があるらしいですが、特殊だったために時
あと少しでホスピス!今の最大の目標は、「無事に何ごともなくホスピスにいくこと」です。いよいよ、明日で6月も終わり!ホスピスへの移動は、7月4日11時の予定。それまでの数日間を転倒しないように、急変しないように、病状の変化、体調の変化に注意しつつ、無理せず、慎重にしたいと思います。せっかく、家族はもちろん、いろんな方々の万全なサポートを受けて、ここまで順調に過ごすことが、できたのだから、最後の最後に油断しないように、気をつけてます。明日、金曜日は、生命保険2社の来客。15時からは
90才を超えた父親今の父親の施設は、要支援1の頃から入居してました。母と私は、外出することが多いけれど父親は、ずっと自宅で自由気ままに過ごてました。食事も心配だし、近隣は足場も悪くトラックも多いから父親が好きな散歩も危ないし、玄関前も家の中も段差があるし、他人との接触も少なく認知症も進みやすいなぁって思ってました。掃除洗濯は、母がやってましたが、その母の負担も軽減したかったし。耳が遠いためにテレビの音量は家中に響くほどガンガンだし。(いろんなスピーカやグッズも使ってましたが、なかな
心配していたトイレ今夜トイレに行く時は、ポータブルトイレに移る時からヘルパーさんを呼ぶことにしてました。でも、予想外に早く行けそうな気配が…。そこで選択肢。20時には、ヘルパーさんが来る予定だけど、まだ18時前…。夕方、義姉が仕事終わりに立ち寄ってくれますが、小柄だし介護経験も無いので、一人では無理そう。とりあえず、義姉に、「トイレに行けそうだから、二人で来て欲しい」ってお願いしました。すると…救世主!介護経験があり何かと頼りになる甥っ子の妻が、居てくれました。兄も心配して
自分が死んだ後とは言え、私が納得した写真を飾ってほしいという気持ちと、残された家族の手間を1つでも減らしたいという気持ちで、ココナラで、遺影を作ってもらいました。元の写真は、↓こんな感じ背景は、菜の花畑がいいというのは、私の希望です。うまいこと作ってもらえるものですね。この写真は、がんとわかる半年前の写真なんですが、当時、体重が47キロ。で、現在は、62キロ。食べたいだけ食べて育っちゃいました~~。人生最高体重で、人生フィニッシュか・・・。
夜明け前の風景入院前から、夜は2時間おきに目覚めてましたので、入院してからも同じような感じです。とはいえ、この病棟は6階。誰もいない食堂からは、深夜でも外を眺められます。遠くを走る車や、ビルや街頭の明かりなどを眺めつつ、スマホをいじりつつ、過ごしてます。朝日タイム7時の起床時間から8時の朝食までの時間帯が、朝日を眺める時間です。廊下の突き当りの全面ガラスにへばりついて、太陽が出てくる風景を楽しんでます。日中のベッドからの風景日中は、窓
布団での寝起き退院前から不安があったのが、布団での寝起きでした。病院ではベッドですが、私の自宅は、床置きの布団。お腹の傷がまだ痛いので、床からの起き上がりが大変だろうから、リハビリの先生と相談していろいろと練習してました。以前は、ベッドを使っていたのですが、今年の春に引っ越した際に断捨離で処分したばかりでした。処分していたベッド・・・そのベッドは、1回目のがん治療の際に準備したものでした。抗がん剤が始まったら、きっとグッタリして起き上がるのも大変だろうから
9月末から休職中でしたが・・・・仕事は、一応、休職扱いにして貰っていました。子宮全摘をした人でも、抗がん剤をしながらでも、仕事をしているって話もありましたし、私も復帰できるかなぁっていう気もしてました。とはいえ、私の状況的には・・・ちょっと厳しいかなぁって。退職日をいつにするのか?退職することにしても、今度は何日付で退職するのかを考えました。時間給の契約社員の私は、10月は、まったく仕事をしていないので収入はありません。でも、在籍中だから、そのまま継続して社