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本日はトゥール・スレン虐殺博物館に行って来ました。※残虐な拷問死の写真多数あります名も無き人たちのお墓が出迎えます。もともとは高校の校舎でした。子どもたちの笑い声、静かな授業、マンゴーの木。『マンゴー学校』という意味の学校名でした。そこをクメールルージュ(ポル・ポト率いる政権)は拷問施設としました。秘密裏につくられた施設でS21と呼ばれ、このような施設がカンボジア中に多数ありました。窓に鉄格子を作りつけてました。各教室は拷問部屋でした。足を固定する器具と排便排尿用の缶がそのまま残
小川哲著『ゲームの王国』を読んでいる。まだ途中だけどめちゃくちゃ面白い。人名や用語が覚えられなくて読むペースが上がらないので、頭の整理がてら登場人物をまとめることにする。(随時更新)ロベーブレソン村スウ家スウ・サム:カンボジア1の働き者。村長。ニル:サムの妻フオン:サムの弟。共産主義者。プノンペンで教師と新聞記者をしていた。ティウン:サムの長男。わりと賢い。ソック(ムイタック):サムの次男。ムイタック(水浴び)が好きな清潔好き。かなり賢い。シヴァ家シヴァ
マンゴーの木が茂るトゥール・スレン博物館の続きです。《閲覧注意》残虐な拷問の絵があります美しいテラスのもと拷問施設、観光客がたくさんいます。ポル・ポト政権は1975年4月15日から1979年1月7日までの3年8ヶ月で自国民大虐殺を行い、当時人口800万人ほどのカンボジアにて300万人が亡くなったとされています(人数には諸説あるようですがキリングフィールド博物館では300万とあります)。この拷問施設S21に連れて来られた20000人中、生還者12人が確認されておりその中の7人の写真です。