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コメントいただいた方に返事をしようとしてもできない。しかも、二つ続けて一つ目、チェロさんあて、以下を返事しようとした。「尊敬するチェロさん、的確なアドバイス誠にありがとございます。このような説明は、G研では全く聞いていませんてんDICに対する点滴は、次回16日に行ったときに申し込みます。入院になるなら、DNARを出すことになりますが,しょーがないです。」そうすると、不正な投稿を検知しましたので、画像認証をしてください。とメッセージがでる。どこが不正なんだよ。画像認証も10回以上
2019年4月27日(土)3日目初めて個室で目覚める朝。1日前と違って、ぐっすり眠れて・・・ない。騒音は解決したけど、体が環境変化に適応できないのか。数時間おきに目が覚める。ついこの間まで、布団に入ったらすぐ眠りについて、朝6時の目覚ましまで熟睡だったのに。初日の反動で昼間、ちょこちょこ寝てしまったからだろうか?朝の採血。基本的には毎日採血があって、採血のない休みの日もある、という感じ。朝の採血は大体6時。結果を午前中に先生が伝えに来てくれる。先生は二人。外来から見て
手術が終わっても、私はずっと眠くてたまりませんでした。気づけば眠りについてしまう。遠くから、自分のいびきも聞こえてしまう。代わる代わる、看護師もやって来ます。「めち子さん、お名前と生年月日を教えてください。」私は乾いた声でようやく答える。「めち子、センキュウヒャク…」何度も何度も、このやり取りを繰り返しました。その度に看護師さんが液体を取り替え、私の身体に異常が無いかを聞いてきます。よく見ると、右腕には点滴、左腕には輸血がされていました。しばらくして、先生が来てくださいました
実は、よんちゃんのお父さんは医療従事者です。周産期医療センターも入っている大きな病院に勤めています。夫は、同僚である医療従事者の方に、よんちゃんが常位胎盤早期剥離で亡くなったことを伝えていました。その中には、産婦人科やNICUで働く看護師さん達が何人もいたそうです。そして、その方達はだいたい「えー!早剥!!早剥はねぇ…」という感じで、言葉を失う。夫の勤めている病院では、年に4、5件くらい、常位胎盤早期剥離があるそうです。この症状を訴える妊婦の受診があると、医療スタッフも軽くパニッ
診察室に戻り、先生から今後の流れについて説明を受けました。とりあえず、2週間後、もう一度赤ちゃんを見てみて、成長が確認できたら、妊娠届を提出。それ以降、妊婦健診に入ることとなりました。私は、今回の妊娠確認に際し、電子問診表の備考欄に前回の死産後、総合病院の先生には次回妊娠が可能か相談しています。妊娠した場合は、妊娠後期から総合病院で管理入院をする必要があるとの説明も受けています。と、入力していました。(これは、無計画に妊娠したわけではないとわかって欲しかったという意図もありました。)
ファミリールーム外泊扱いでお家で過ごす体制に切り替え注射で入れていた薬も内服薬に切り替えEDチューブ(十二指腸)は入れずSTチューブ(胃)から入れることになりましたが無事一晩過ごし病棟に戻りました。病棟のスタッフさんに家族で過ごした写真を見てもらったり様子を聞いてもらうと私以上に喜んでくれたり涙してくれたり。風ちゃんのここまでの頑張りを間近で支えてくれていたからこそ家族が揃った一枚の写真にも心を震わせてくれています。私はというととにかく
緊急帝王切開をしてから3週間くらい経過したある夕方。37度台の微熱が出ました。疲れかなぁ、(何もしてないのに…)と思い、そのまま安静にして休みました。その翌朝には熱も下がりました。その日の夕方、シャワーを浴びようと服を脱ぐと、帝王切開をした場所の皮膚が少しだけ赤くなり、腫れ上がっていることに気づきました。よく考えたら、昨日から痛かった。帝王切開の傷の痛みだと思っていたが、違ったのかな。触ると痛かったです。シャワーを浴びてから、また熱っぽく感じたので熱を測りました。今度は38度台
先生から休むことを勧められた私は、職場に電話連絡をしました。もう、復帰まで10日に迫っていました。職場からも了承を貰い、診断書を取るように指示されました。そもそも私は、育休で1年間休む予定であり、抜けた穴には新しい方もいらっしゃいました。職場への負担も無いわけで、私自身、申し訳無さもあまりありませんでした。みなさんも事情を知っているので、無理させようともしません。その点では、本当にありがたかったです。後日、再度かかりつけ医に行き、先生に診断書を書いてもらいました。先生はとりあえず