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◾️フロンティアーズ・レコードが新生エイジアのニューアルバムを来年リリースすると公表しました。Xの投稿より【関連記事】◾️彼らは以前のレーベルであるフロンティアーズ・ミュージックと再び契約した。2025年6月19日ByScottColothan(HelloRayoUK)プログレッシヴ・ロックバンドのエイジアが新たなレコード契約を締結し、2026年に12年ぶりのアルバムをリリースする。創設メンバーでキーボード奏者のジェフリー・ダウンズ(イエス、バグルズ)を中心に、エイジアは最
◾️20歳若返ったエイジアまるで夏のように気温が上昇した昨日の東京。4月19日(土)エイジア来日公演最終日、一緒に行く予定だった人が急病になってしまったという友人に誘われてファースト・ステージ(17:30開演)に急遽代打参戦しました。会場で全8公演に参加される方にお会いしましたが、熱心でなくてなんかすいません。エイジアを観るのは、スティーヴ・ハウが在籍していた再結成オリジナル・エイジア最後の来日だった2012年の秋以来なのでほぼ13年ぶりです。ウェットンが亡くなってしまったので、今思えば
◾️エイジア(AFJ)に参加したフランシス・ダナリーがSNSでツアー初日の感想と、そしてツアーを離脱することを公表しました。来日公演を含む8月12日以降の残りのツアー日程がどうなるかは現時点では不明です。<<クラシックロックバンドでの初日>>クラシック・ロックといえば、いつもジャーニー、フォリナー、カンサス、TOTOといったバンドを思い浮かべます。そういう雰囲気のバンドです。メタル寄りのギターサウンドで、よく練られた曲です。イギリスバージョンで言うと、FMというバンドの古い友人ピート・ジ
と言うことで、ASAIの来日公演が決定していました😓ASIAINASIA1983年日本武道館で行われた初来日公演のセットリストの完全再現ライブらしいです!大阪2月3日&4日、横浜2月6日、東京2月8日9日の5Days私は前回のヒート・オブ・ザ・モーメント・ツアーに参加しました。『ASIAヒート・オブ・ザ・モーメントツアー行ってきました!その1』実は仕事が入っていたのですが、昨日は他の人に代わってもらいました^^;それくらい私にとっては重要な日だったからです。って、大げさか
年末に行われた各テレビ局演技大賞2025候補者はこちら『2025年~SBS・MBC・KBS演技大賞♡予想』年末に開催される各テレビ局の授賞式ケーブルTV、OTT作品に押され年々寂しくなってますがこのネタ、ブログ始めた頃から書いているので今年も、自分の記録用に…ameblo.jp大賞はこの方たちでした今回は未視聴ドラマが多いのでリアタイで追いかけず翌日、結果だけ見ましたkstyleMBCSBSKBSクリックすると記事に飛びます
はあい!Netflixで韓国発「フィジカル100アジア」を何気なく見たらめちゃハマったカイルです。日本でも「ファイナルドラフト」がありましたがそのアジア各国の対戦版です。「ファイナルドラフト」で優勝した元プロ野球選手の糸井嘉男さんも出演!男性4人、女性2人で豪州やトルコも含めたアジア地域8か国が出場。日本韓国タイフィリピンインドネシアモンゴルオーストラリアトルコです。日本からは糸井嘉男(元プロ野球選手)中村克(元水泳選手)※甘いイケ
◾️来日するジェフ・ダウンズの最新インタビュー2025年3月28日ByDaveLing(ClassicRock)現在のエイジアのラインナップは、2023年のジョン・ウェットン・トリビュート・ショーでデビューした。リック・ウェイクマンをはじめ、たくさんの素晴らしい人たちが駆けつけて、ジョンがいかに多くのアーティストに大きな影響を与えたかを示した。昨年の夏、マーティン・ターナー、フォーカス、カーブド・エアとともにアメリカでのツアーに出るきっかけにもなった。新しいエイジアとしての最初の
◼️もう一つのエイジア、AFJはフランシス・ダナリーとツアーを開始。ニューアルバムも出して来日します。2025年6月18日ByConnyMyrberg(ArtRock)1991年はエイジアのダウンズ/ペイン時代が始まった年であり、私がこのバンドに強い関心を抱くようになった年でもあった。ジョン・ペインのベースとヴォーカルがバンドに更なる重みを与えたようで、すぐに数々のアルバムと、その後長きにわたって熱心に聴いた曲がリリースされた。それはアルバム『Aqua』(1992年)で、ダウンズ/
2013年の1月10日にスティーヴ・ハウが再結成オリジナル・エイジアを離脱することが正式に公表されました。この一報は全米紙USAトゥデイまでもが伝えました。同時に後任にサム・コールソンが加入することまで公表されたので、事前によく準備して発表されたことがわかります。最初のエイジア脱退のように喧嘩別れではありませんでした。では何故やめたのでしょうか?2012年は、イエス(4月)とエイジア(9月)で同じ年に二度来日した(1992年以来です)ことに象徴されるように、もちろん多忙すぎたのもあるでしょ