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胃がん摘出から3年経過今第二治療中で2022年10月に膀胱に転移したがんも大きくも小さくもなっていない状況これを抗がん剤が効いているとの判断。転移から一年が過ぎスキルス性胃がん転移=腹膜播種5年生存率腹水悲しい言葉が飛び交う中第二治療は脱毛という恐怖と戦い髪の毛もそこまで抜けることなく副作用もそんなに無い毎日を今平穏に生活しております。このまま穏やかな日が続きますように・・・皆様におかれましてもどうぞ佳き年が訪れますように・・・今年一年ありがと
と言うわけで、昨日の投稿で書いた様に今回からブログ記事を方針転換。お堅い日記や日誌の様な文章では無く、もっと気楽に素の僕をどんどん解放して行きます!ぶっちゃけその方が書きやすいし(爆)。CVポートのせいで血栓が出来てしまい、それが原因で予定より1週間ずらされた化学療法第二回目。今回はオプジーボのみ。最初に血液検査をし、色々調べて主治医からOKを貰い点滴へ。血液の数値を見る限りは、病気は進行はしていない(良くもなってはいない)との事。食事、睡眠、運動のバランスは介護職時代の不規則でス
癌の告知から5年経過しました❗️5年生存率40%台でしたが無事にクリアすることができました😆5年前の9月16日に上咽頭癌のステージ4Bと宣告され、5年後は生きていられないかもと思いながら、途中で再発もありなながらも何とか5年迎えられました✨治療は本当に大変だったし辛かったけど、🐶🐶のためにもと思い頑張りました。とても信頼できる病院、先生のお陰です。病院選びとても大事です🏥父を癌で亡くしている経験から、病院選びとスピード感はとても重要なことだと思い今の病院を選びました。放
私は、ダンナがすい臓がんになってから、なんでもいいから記録として残すため、無印のフリースケジュール帳、ノート・ウィークリーに書き込んでいる。自分で日付を書き込んで、いつからでも使い始められるフリータイプなスケジュール帳。A5の大きさで、邪魔にならない。自分で日付を書き込むので、途中で書かなくなっても、無駄な空白ページを作らずに済む。もちろん表紙に題名なんか付けていない。事務仕事の合間に、前の日の出来事をちょろちょろっと書く。そう長くはないこの生活、忘れないように書き留めておこう
見てしまった😱子宮頸がん5年生存率ステージⅢ50%よく意味がわからないけど😱どういうデータなんだ…半分はⅣになり末期になり…って半分😱明日は我が身藁をも掴む思いで治療がんばります(ง•̀_•́)ง
結論からお伝えしますと...傍大動脈リンパ節に転移していました。ステージⅢは確定です。ただ幸いなことに、まだ他の臓器には転移していなかったので、2/5に摘出手術が出来る事になりました!!ここ最近、病院に行く度に最悪な結果しか言われなかったので、手術ができるだけで御の字です。そして3月中旬から抗がん剤治療が始まる予定です。先生からも5年生存率の話をされました。高異型度子宮内膜間質肉腫の時点で、2割であること。ステージⅢだと、もっと低いんだよね。でも何故か私なら大丈夫って変な自信
4月19日予定通り消化器内科の病棟に入院しました。この日はこれまでに受けた検査の結果を踏まえて確定診断の話になる為家族同席という事になっていたので妹にお願いして病院まで来てもらう事になっていた。私ががんになってステージ的にも進んでいる事を真っ先に話したのは市内にいる妹だった。妹は2つ違い。だけど性格は全く正反対で周りをよく見ていて気遣いはできるけど話す言葉に冷たさを感じる独身。50歳を過ぎて更年期になりその神経質な性格に拍車がかかり鬱のような症状や不安障害に悩まさ
ちょっと興味深い論文が紹介されていたので。誤嚥性肺炎で入院した患者の退院後の予後とその予測因子に関する研究の論文がDysphagia誌に掲載されました!|聖隷浜松病院総合診療内科要点は下記です。・対象は聖隷浜松病院に入院した65歳以上の誤嚥性肺炎患者のうち、生存退院した209名、研究デザインはretrospectivecohort・年齢中央値85歳、BMI中央値16.0、男性58%、入院前PS433%・退院後の生存時間中央値は約1年で、退院5年後の生存割合は13%・退
子宮体癌だと思い込んでいた。子宮摘出だけで何とかならないかと祈ってた。まだ一歳の娘がいるのに、現実は残酷。細胞検査とMRIが終わり、タチ悪な肉腫はほぼ確定。1月26日にPETCTを撮る予定→転移がなければ子宮、卵巣、リンパの摘出手術ができて、その後抗がん剤治療に進めるらしい。転移があったら、きっと死ぬ(Ⅳ期の5年生存率は3%)。Ⅱ期、Ⅲ期でも10%前後。Ⅰ期であれば25〜55%(この時点でもかなり残酷だが)。5年生きて、娘のランドセル姿が見たい。その想いを込めて、基本3日坊主の私
お盆休みで、検査、治療が進まず、1週間以上、悶々とした気持ちで自宅で過ごす。滅入っているせいか、じっとしていても胸と背中に痛みを感じるようになった。風邪でもないのに鼻水が出て、鼻をかむ。声に力が入らず、時々かすれるようになった。じっとしていられなくなって、気晴らしに外に出てみるが、気が晴れることもなく、すぐに帰宅し、ダラダラとスマホを眺める。何も手につかない…そして食道がんのことをつい調べてしまう。難治がんのひとつ…5年生存率がよくない…手術は、大変恐ろしい内容で、考えたくもない…
残念ながら悪性でした。右乳癌、大きさは1.8センチステージ1エストロゲン100%プロゲステロン95%細胞増殖Ki6723.1%HER2陰性サブタイプはルミナールA又はルミナールBKi67値が少し高いのでAかBか微妙なところですと…全て初めて聞く言葉でいいのか悪いのかよくわからなくて…ただステージ1の5年生存率が99%というのを聞いて、すぐに死ぬことは無いんだなと少しホッと…手術と補助療法すればきっ大丈夫…告知されて落ち込むかと思いきや、新しい扉🚪が自分の前にあって、扉が
2018.1.22〜24セカンドオピニオンを受けてから、手術予定日まで一週間!入院までは5日間!ばったばたな日々でした1日目はセカンドオピニオンでのお話と簡単な検査だけして帰宅しました(超音波だったかな??)前のブログに書いた日です2日目、また病院へ昨日の大雪が残る中、足元かなり悪い中、いつもの仕事の時間より早起きしてめちゃ眠い中…まず一度目の手術をした病院へ立ち寄り、プレパラートを受け取りましたこれがあると次の手術の判断がしやすいそう病理検査ももう一度見直してくれるみた
彼氏食道癌ステージIVご来訪ありがとうございます。続けての更新です。2ヶ月位前でしょうか?癌の部位ごと、ステージごとの10年生存率というものが、国立がん研究センターより発表されました。今までは、5年生存率までの報告だったので、ある意味、画期的なリポートかもしれません。そのニュースを聞いたのが丁度、彼の車に乗っていた時ラジオからそのニュースが流れた時、一瞬だけ、車の中が、ピーンと張り付いた氷のようになりましたその他のニュースの流れの1つだったので、主だった癌のステージ
すい臓がんのダンナが選んだ治療法は、抗がん剤治療。フォルフィリノックス(FOLFIRINOX)でがんばると。先生から丁寧に説明をしたもらったし、フォルフィリノックス(FOLFIRINOX)の小冊子ももらった。ネットもたくさん調べて見た。調べないと気が済まない。私の性分だから仕方がない。ダンナが選んだとしても、私がやっぱりやめようっと言えば治療方を変えてくれるかな?いや~あいつは変えないだろうな~治療をすれば、すい臓がんといえども治ると信じているし。私はこの当時、
こちらも→すい臓がんの夫をもつ妻第一話ダンナの朝は忙しい。まずは洗濯機をまわす。家じゅうのごみを集めてまとめる。ごみ捨てついでに朝のウォーキング。ちなみに私と子供たちは、これを徘徊と言ってる。用意してあるおかずを自分のお弁当箱に詰める。洗濯物を干す。お風呂を洗う。食べ終わった家族の食器を洗う。ちなみに夜も食器を洗う。寝る前に米を研いでタイマー掛ける。私はダンナより遅く起きてから、お弁当のおかずを作って自分の支度。念入りにヘアアイロンをする。厚化粧に見えないように
今日は、退院後の初めての外来診察に行って参りました。まず血液検査の採血をしてから妻同席で診察という流れでした。まず、手術部の抜鉤(ばっこう)をしました。次に、まだ開頭部の皮下の水溜まりが無くならないので、包帯で圧着させる処置を受けました。そして病理検査の結果です。結果はグリオブラストーマ(膠芽腫)、脳腫瘍悪性グレード4で、1番悪いクジを引いてしまいました。WHOのデータでは5年生存率5%だそうです。術前面談の時の説明で、この名前は候補の1つに入っていたので覚悟はしていました。覚
昨日の化学療法第二回目の副作用が出始めたらしく、怠さと腹痛が酷い…。下痢や血便は無し。熱やぽわーんと微熱がある。と言うか、点滴を終えた辺りからお腹の右側が痛い。最初に不調を感じて腫瘍が出来たのも腹部右側。腹膜の中皮腫なので、その痛みなのか点滴後なので化学療法が効いている証拠なのか。耐えられないものじゃないし時々痛むくらいで、お腹の痛み対策で病院から抗生剤と痛み止めも貰っているからとりあえず様子見。あんまりキツい様なら週末に入る前に病院に電話するかも。今日はとにかく怠いです。
3月18日本日、泌尿器科の診察を受けてきました。先に(3月8日)、CT検査などを受けていて、その結果報告です。CTの画像検査では、癌による病変は見られないとのことでした。しかし、大腸憩室や膵臓嚢胞、脂肪肝などの兆候を指摘されました。これらは、膀胱がんの指摘以前からに永年のメタボ体形のツケ見たいなもので、治療を要するものではなく、食事の改善を指導されました。と言うことで、おおむね1年点検は「合格」しました。癌治療では「5年生存率」と言う目安をよく言われます。これで、
vol.252021年夏-2ガンマナイフと副作用夕日と海。この景色を永遠に見てるだけの生活だったら、どんなにいい事か。。。先日の無駄に大変だった検査結果のおかげで無事ガンマナイフ(脳への分割照射)が出来ることになったのだが気分は上記のようだ。いくら安全だとはいえ、痛みが少ないとはいえ、2泊3日とはいえ、不安なのだ。だが一応、気合いを入れたフリの更なる丸刈り。5mm。40手前の脂の乗り切った男だが、実際は随分とセンチメンタルな日々を過ごしきっていざ出陣。確か痛みは少ないと聞い
2018年11月12日食道がんリンパ節転移の個数別による予後について長い間、調べてました。見つけた事実に暗くなったりしてしばらく放置してましたが「考えてもしゃーないし」と、ようやくUPします。食道がんの5年生存率&再発転移からの続きです。遅っ。食道がんの5年生存率&再発転移(リンク)マノンはリンパ節転移が6個ありました。今回も「前向きに生きたい」「先の事は考えずにいたい」「予後について知りたくない」という方は、ここで読むのをおやめくださいませ。
23年5月29日近所のクリニックで人生で初めてがん検診を受けました。もともとピルが欲しくて、処方してもらうついでに検査もしとくか、くらいの感覚でした。院長ではない医師に担当いただきました。23年6月19日ピル処方のついでに結果確認。再検でした。院長ではない、同じ医師でした。この医師曰く「よくある事だからー!2週間くらいで結果出るから聞きに来てね。自信があるなら聞きに来なくてもいいし笑」とのことでした。無知でバカだった私は、そんなもんなのかと軽く考え、結果は聞きに行きませんでした
ひと段落したので日記がてらに書いてみる先月に自分が上顎洞の癌だということが判明ステージは4...以前から鼻の奥に違和感があって町医者に診てもらったのは今年の頭その時は鼻茸と言われポリープもできているということでアレルギー系の薬をもらってまた2週間後に...とのことだったがなんとなく何か違うと思って少し大きな耳鼻科にすぐに行ってみたそこでは鼻茸はできているがポリープはうちでは対処できないといわれ紹介状を書いてもらい総合病院へどんどんこと
治療歴と経過2020年5月〜アバスチン➕パクリタキセル胸の癌と肺転移、あちこちのリンパ節転移消失!ただ、縦隔リンパの転移のみ残存2021年10月〜アバスチン➕タモキシフェンの内服2021年12月〜EC療法2022年9月〜リュープリン➕タモキシフェンの内服右胸のリンパ節が腫脹!2022年12月〜エリブリン療法右胸の癌が再び出現、リンパ節転移も数箇所発覚!2023年2月〜ロゼウス2023年4月〜5月放射線治療併用皮膚転移発覚!2023年7月〜
こんにちは、イッチーです。昨日遂に病理組織検査結果が出ました奥さんと息子とイッチー3人で担当のO先生から説明を受けました。来ると言っていた末娘は来れなかったみたいO先生、画像を見ながらこれが手術によって切除した胆のう、十二指腸、すい臓です。最初切除したすい臓の断端に異常があり再切除した断端には大丈夫です。胆のう、胆管、十二指腸にはがん細胞はありません!しかーし、2つに分かれたすい臓を10等分した部分を見ると5番から7番のスライス(チーズじゃありません)した部
昨日、がんステージ4の告知を受けたステージ4の5年生存率はかなり低い3年生きれるの?命の期限が急に切られた、、まだ心の整理が全然つかないベットで座ってるだけなのに涙がこみ上げてくる気持ちの落ち込みが襲ってくるこれからの手術ごれからの抗がん剤治療不安と恐怖しかない仕事に戻れるの?普通の生活に戻れるの?これからどうしようどうしたらいいの?分からない闇雲にネット情報漁ってもマイナス記事しか出てこなくて希望が見出せないよ
ステージⅢとわかったことについては、前述した通り、ショックが大きく、死んでしまうかもしれないと思いました。調べてみると、色々なネット記事、書籍などにより、書いていることは、まちまちですが、5年生存率は70%、10年生存率は60%ぐらいになります。もっと低い値を示すものもありますが、わたしが一番信用できると思った記事は、上記の値になります。この数値を高いと思う人、低いと思う人、様々でしょうが、わたしは低いと感じています。それに、わたしが一番知りたいことって、『何人中何人がステージⅢという状
本日、無事に1歳レベルアップしXにも風船が飛んできました!肺がんの5年生存率は、50%。先月で肺がんになってから丸5年経ち、6年目に突入しました。と言う事は、生存率49%以下になりこれから、どんどん減る一方。毎日をハッピーに過ごします!多くの友人、フォロワーさんからお祝いの言葉を頂きました。ありがたい事です。感謝致します。矢沢永ちゃんからもメッセージを頂きました!肺がん歴のおさらい。↓2019年3月左大腿骨骨折で緊急入院左大腿骨に髄内釘(ずいないてい)挿入手術し
膵癌が見つかったときはステージ3Bだったから5年生存率は当時8%だったと思う6年前の12月20日人間ドックでのこと6年も生きられるとは当時は思ってもいなかったなー病院の先生方、看護師さん方家族支えようとしてくれる友人達感謝していますあとどれだけ生きられるかわからないけどみんなの気持ちにこたえられるようにがんばるよ
「敬老の日」とやらで、100才超の人が増えたというニュースが上がった。9万人を超えるらしい。○○年(いつか忘れた)から倍増!と嬉々として語っていた。しかし!単に数字だけ見て「倍増や!!やった!!長寿国家や!!」でいいのか?問題は「内容」やろ。うちの義妹のオカンは今、90才超え。意識朦朧、点滴で生き延びているらしい。この9万人の中には、義妹オカンのように、点滴や胃瘻で生き延びている人間もかなりいるはず。これは「生きている」というより「生かされている」と言っていいだろう。要は「医療の発達」
2/25退院後初の通院手術の結果を聞く日リンパに転移していることは、入院中の回診で既に聞いていたけど、リンパ転移の範囲とか、がんのステージとか、いろいろわかる日築地駅を降りて、築地本願寺で遠くから(門のところから)お参りして、病院へ。採血を終わらせ、いよいよその時が来る(先生):リンパは20個取って、転移していたのは4個でした(私):はい。(もっと悪いと思ってたから、よかったー):ステージは3bとなります。4に