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長男、支援学校卒業後の進路先就B事業所と生活介護施設の2箇所にあっという間に馴染んで(⇦彼の特技)毎日色んな仕事をさせてもらっていてそれはそれは楽しくて仕方のない様子にホッとしていた「働いている‼︎」と自覚を持っていてお給料が出たら旅行に連れて行ってくれるとまで言っていて朝も早く行きたくて準備万端で待っている毎日元気いっぱいで通ったこの1ヶ月迎えの車を待つ場所の桜がとても綺麗で毎朝2人でしょうもない話をしながら見上げていた彼の楽しそうな姿を見るだけで本当にありがたくて嬉しくて幸
主治医のからの指示通り検査日当日の9時に病院へ到着息子「なんで今日も病院こないとアカンの?仕事行きたいのに…なんでなん?」と怒っていた何とか誤魔化しもって放射線科へ今日は造影剤のルートを先に採ってもらう毎回採血の際血管を採りにくいタイプでベテランの方に当たるよう祈る気持ち造影剤のルートは更に取りにくく結果8回さされ7回目には我慢も限界で静かに泣いていたその姿を見るのがほんと苦しいMRIは相変わらず慣れたもので20分程で終了そしてこのあと3年前に半年以上入院していた病棟へ上
あれから1週間後血液内科を受診した。もちろん有休を取る。女性の先生でとても落ち着いた先生でした。先生より「更に詳しい血液検査をしましょう」そうなんですか。。。。。。「ではまた検査の予約取ります」え?え?え?今日じゃないのですか?有休取って来たんですけど。。。。。。詳しい検査は予約制みたいです泣いろいろ先生と話してたらなんと僕の家の近くの大学病院から来てるとの事、でしたらそちらでお願いします。会社も家も近いし!!では紹介状出しますので大学病院
その日も有休を取って大学病院に行くどうせ太り過ぎって、言われるだろうな~って思いながら診察を待つ。余裕で病院内にあるスタバでコーヒまで飲んでる余裕さ(・´з`・)ぷぅー診察に呼ばれるとなんか書類がいっぱい置いてある。でもその時も先生は大変だな~って思っていた。。。ところがその書類を僕に渡してきた。もう????血液検査の結果、間違いなく慢性骨髄性白血病と言われる思わず死にますか?と聞く。先生は丁寧に説明をしてくれる。。。。でもなんか他
入院1日目(R5.8.15)台風🌀のなか入院かぁと、憂鬱になりながら主人と車で出発。小雨降ってる…。これから大雨になるんだろうなぁ。しょぼ〜ん。行きたくない…。久しぶりの首都高。高速なのに道がクネクネしていて、北海道の高速道路とは全然違う。毎回、助手席でビビっちゃう私。それでも、東京タワーだぁ🗼とさきっぽが見えただけでも盛り上がる。このままドライブして帰りたいなぁ。でも、今日は大事な日…。帰れないさっきは、小雨がぱらついていたのに晴れてきた。ラッキーたくさんの荷
前回の腫瘍が癌だとわかってからの流れの続きとなります。4/10の外来でPET検査の結果、転移はなし。ステージ1だと伝えられてからの外来は4/24の皮膚科でした。術後の傷の様子を定期的に診てくれていましたが、順調だったので今回で皮膚科卒業!浮腫がひどくて足のサイズが変わりそうな事を伝えても着圧ソックスを履き続ける事1択。あとはマッサージなど。以前は内もものリンパが張っていたけど、着圧ソックスから着圧レギンスを履いたのをきっかけに浮腫が足元に逃げるかの様に足の甲までパンパンで、以降ソ
朝一番で戦友ママからLINEがあった。転院の時親子でお見送りに来てくれた。その戦友のお兄ちゃんの洋服を着ていざ、転院先へと向かった。我が子は一番上なのでお下がりに憧れていたのだ。しかも同じ病気で頑張ってきたお兄ちゃん。ちなみに我が家の妹も戦友お姉ちゃんからのお下がりを毎日着ている。みんな、ありがとう。その戦友ママ、コロナのせいでお仕事が休みで先週、献血に行ってきたのだと。『前に行った時は血管が見えなくてできなかったけど今回は家から両腕にカイロ貼って窓もあ
2021/02/1611:00入院2日目骨髄検査開始昨日からビビりまくり。さてさてどうなるやら…検査前元気な私麻酔➡痛い針➡痛い麻酔足される針刺す。採れない。違うところに針刺す。採れない。痛い。麻酔足す。また違うところに針刺す…痛すぎて汗だくと涙目😭ようやく採取出来ました。なんで何回もやり直すねん!どんな体やねん!はぁ、疲れた。私、頑張ったお腹の子は採取中元気に動き回ってたお腹も張らず、一安心。検査後ぐったりな私1時間くらい休んだらお昼ご
骨髄検査などの結果がわかる5/25まではふわふわとした気持ちで生きてたような気がする。会社には伝えて、最大限フォローしていただくことに。ありがたい。そして実母にも電話で伝えた。かなり動揺していて、足が震える…って言ってて、心配かけちゃったなぁ…と凹む。まぁでもこの時はまだどんな病気かよく分かってなかったから、余計にだと思う。薬さえ飲めば、普通の人と同じ生活送れるし、お酒だって飲めるんだからね!というとそう。うん。わかった。と、全然わかってない感じの返事だった。旦那がすごく家事と育児
2020年6月18日(木)いつも通りに目覚める朝。新型コロナウィルスのお陰で原則としては出勤しない日々が続いています。長女ココの幼稚園が再開されたので、毎朝、見送ってから仕事を始めますが。今朝は病院の予約時間が9時~9時30分なので、私が先に家を出ました。天気があいにくの雨だったので、歩いて病院に行ったので余計に早く出ました。自宅から病院まで、歩けば20分弱。歩いて行ったことを除けば、いつもと何も変わりません。信号の運が悪く、診察券を受付機に通したのが9:0
大学病院に来た。すごすぎる。ここは空港か?セントレアか?受付支払い窓口が空港みたいに並んでいる。窓口が30ぐらいある。さすが大学病院だすぐに迷子になる(笑)同じ先生に外来して血液検査する。血液検査も広いでかい窓口20はある。奥がかすんで見えるこのメイン通路から各科分からている。すごい広さである。今日は血液検査して帰る。
本日骨髄検査の結果を聞きに診察しました。間違いなく慢性骨髄性白血病と最終診断を受けました。まぁやっぱりねしょうがない血液検査もやっぱり良くない(笑)白血球も増えてるけどやっぱり肝臓がやばいしかも尿酸値がやばい痛風はやめて:;(∩´﹏`∩);:で僕が飲む薬が決まりました。スプリセルダサチニブだそうです。3種類ある薬の1つだそうです。どうしてこの薬が選ばれたか分かりませんが、この薬です。イマニチブグリベックだと思ってましたが?よくわかりません。わか
ご訪問くださる皆様ありがとうございます。嬉しく思っております④からの続きです)病室に着き医師より「今から輸血したいと思います。承諾なく出来ませんので承諾書を書いてください。」(はっ?!輸血なんてイヤなんだけれど!っていうか何か大事になってない?)と思った私の表情に医師は気づいたのでしょう。医師:「極度の貧血になっています。今輸血しなかったら治らないし命の保証も出来ませんよ!」渋々同意書にサインし、輸血が始まりました。輸血と点滴が数日続き、身体の痛みはあるもののやや弱くなり、
\まずはじめに/いつもお付き合いいただいてる方たまたま目に入れちゃった方どんな形であれ冴えない!映えない!どうしよもない!乾物系おんなのブログを読んでいただき本当にありがとうございます気がつけばなんということでしょう!!読者登録してくださっている方が6000人を超えておりまして嬉しいやら恥かしいやら嬉しいやら…リアルなお友達にもお父ちゃんにも話してないことを今からここに綴ります(重いわ)※あくまでもこれはわたしの場合という前提でお読みくださいませ!かれこれ
6月24日(水)梅雨の中休み、ということで今日も大阪は快晴です。前回記事のその後。土日は京都の実家に帰って報告して、少しゆっくりしました。月曜は久しぶりに出社して会社の片付けと上司や同僚に挨拶。火曜は入院準備と家の掃除・片付け。そして、今日を迎えました。そう、今日は再発治療の入院の日です。入院初日というのは往々にしてそうですが・・・、あまりにも盛りだくさんの1日でした。特に医師からの病状や治療法の説明。想像通りの部分と少し違う部分がありましたが、納
2019年4月25日(木)血液検査と骨髄検査、そして告知この日の事は一生忘れる事ができないでしょう。いつも通りに目覚める、いつも通りの朝。妻が朝食を作ってくれる。いつもと違うのはネクタイを締めない事。JRの駅へ向かわない事。自転車で病院に向かう。できるだけ早く出勤したいから、おじーちゃん、おばーちゃん達に受付の先着勝負で勝たないとね。いつも通りの時間に出たら7:40過ぎには病院に着く筈だ。病院について再診受付をし、速やかに採血の受付へ。これでいいのか?こ
2022.6/27ついにマルク(骨髄検査)をすることに腸骨(腰の骨)からとるみたい骨の中の骨髄を抜く検査と、骨髄の細胞をとる検査と2つするらしい。皮膚に麻酔してからそのあと奥の方にも麻酔をするらしいんだけど…「皮膚の麻酔はチクッとした痛みがあると思う。で、この後なんやけど…骨には麻酔できやんのよ。だから、これは痛いと思う。引っ張られるような痛さかなぁ、若い人は特に痛がる人多いかも。細胞をとる時はね中をちょっとグリグリするから痛いと思う」先生は淡々と言ってるけど……いや、待って笑さ
久々にブログを開きました。骨髄移植が終わり、再開のタイミングを考えていましたが、いろいろと特定されてはいけないという決まりもありなかなか書けずにいました。現在、移植してから数ヶ月経ち、退院をして自宅療養中です。無事に骨髄移植が終わって、そろそろ少しずつ再開していこうと思っていた矢先‥いろいろなことを前向きに考え始め矢先‥移植してまだ数ヶ月しか経ってないのに、月2回の定期検診の血液検査で芽球が見つかりました。白血球と血小板の数値も下がっていて、急遽骨髄検
最後のマルク(骨髄検査)!絶対最後のマルクにするんだ!!!🔥と、意気込んだ1ヶ月前にした検査の結果を聞きに行ってきました。前提として、むぃちゃんはキメラ遺伝子のetv6-runx1というものを持っていて(産まれた時から持ってる子もいるし、突然変異で出来る子もいる→むぃちゃんは途中から出来ちゃったパターン😢)、↑の遺伝子異常ともう一つの要因(今のところ感染症にかかった事と思われている)が合わさって小児白血病を発症しました。このetv6-runx1、、こちらのキメラ遺伝子が身体の中から無く
5回目の抗がん剤は2022年11月10日。私の体調は放射線の副作用と抗がん剤の副作用が重なり、下痢や吐き気、食欲不振、倦怠感で日中はベッドで過ごしました。骨髄抑制は、白血球の数値は基準値ギリギリでしたが貧血(ヘモグロビン)と血小板の数値が基準値より低くなっていました。一週間の間、貧血改善の為に増血剤の点滴をしました。点滴時間は約30分でした。毎日10時~10時半で行いました。増血剤の点滴をしても、病院の廊下を歩くだけでフラフラします。看護師さんに、転倒の危険性があるのでなるべく今は
今日は私のことについてもんちゃんが白血病になった時、1番先が見えなかったことがあって。それが、長引くと予想される治療中、私は仕事をどうするか、子供はどうするかということだった急性という名前通り昨日まで普通に働いて普通に暮らしていたのに、急に明日から違う生活になります!でもいつ何が必要かはわかりません!と言われたような感覚で、面会についても病院からは、『免疫が下がることが予想される中で、保育園に行っている子供たち2人が面会に行くのはあまり望ましくない、でもそれで精神的に参ってしまっ
10月12日(火)骨髄穿刺(マルク)の日です。冷や汗タラタラですてか、ホントにタイミング悪く生理になりました女の子って嫌だよね【骨髄穿刺】通称マルク検査自体は数分で終わりですうつ伏せになって腰の当たりに麻酔を打ってそこから髄液を取るため少し太い針をぶち込む痛さの程度は人それぞれで全く痛くない人もいるみたい私は鈍痛って感じでした重苦しいような生理痛のようななんとも言えない痛み髄液を採る時ぎゅいーーーーんって引っ張られる感じがする体の中から何か吸い取られていく
こんにちは3月26日は22回目の診察日でした。前回の診察時(19日)IS値の数値が出ました。減っていて欲しかったけど、増えていました1月8.01702月9.1560今回3月12.6823血球は波を打ちながら少しずつ上がっています。だから主治医は薬をぼちぼち始めようか…といった感じです。私にはそのように見えるただ、薬を飲むには本当ならまだ血球が少ないらしく、先生方がカンファレンスを行いどうするか決めます。なんせ国内での症
(②の続き)血液内科診察室に入ると開口一番、K医師『ほぼほぼ多発性骨髄腫といって間違いないでしょう』…夫を横目で見ると、ショックのあまり腕を組んでうつむいてしまっている…私もショックだった。でも、私が話聞かなきゃ、後々後悔すると、心を奮い立たせる(亡き実父も、頭の病気で亡くなる前の2年間は、何度も医師から厳しい病状言われてたので、少しは耐性ついてたのかな?)私がK医師を見ると、説明が始まった。(まとめるとこう言われました)・IgGの値が、正常の数倍ある。これだけでもほぼ多発性骨髄
おはようございます。とうとう検査結果の日が来てしまいました。昨日は結果が出るまで残り1日、僕と出来るだけ楽しい時間をと思っていましたが、前日のわんこの血尿で朝一から病院へ行く等でドタバタでした。わんこは検査しましたが画像では問題がなく、やはりストレスからではないかと言われ様子見になりました。これは私達のせい。。わんこ本当にごめん。今日の外来へ行くとかなり時間がかかるので、わんこを留守番をさせるのが不安だという事になり、急遽母を迎えに行き僕宅で面倒見てもらう事にしまし
みなさま、こんにちは~!\(^o^)/いい天気ですね~♪めっちゃ自分以外の方にはどうでもいいことなんですが・・・今日で骨髄移植から丸14年が経ちました。2004年の今日、1度目の移植を受けたわけです。↑当時、ガラケイで撮影した骨髄液。5時間かけて点滴でいれました。再発、再移植(臍帯血)、再々発のインパクトが強すぎて、つい1度目の記念日を忘れてしまうのですが、でもこの時、骨髄液を下さったドナーさんがいなければ、今の
8/15に行った髄液と骨髄の検査結果が帰ってきた。【髄液検査の結果】これはその日の内にわかったのだが、我が子は再発時、髄液の中にも白血病細胞が見られたのでドキドキだった。細胞数・・・5個/μL以下色調・・・無色透明合格だった!そして骨髄検査。ドナーの骨髄がどれだけ定着しているかを遺伝子レベルで判定するものだ。弟とは骨髄の型がフルマッチだったが、珍しく遺伝子の長さ?までもが兄弟そっくりで、違いを見分けるのに時間がかかるらしい。少しでも悪い細胞が見受けられたり、我が子自身の
白血病の再発からちょうど1年。もう10月ですねー1年があっという間ですねーと病棟でもよく耳にするが、いやはや、この1年は、やっとの1年。一日一日命を紡いできた1年だった。心臓移植のお話は少し横に置いておき、蘇ってきた思いを綴ろうと思う。あの日のことは一生忘れない。2週に一回の定期外来の採血で主治医の先生に「骨髄検査をしたいので、検査入院してもらえませんか?」と言われた。白血球が増え、血小板が下がっていた。LDが1000を超えており、その時は何を意味しているのかわから
面会に行ってきました。いざ僕を目の前にして会話しようとすると、涙が出そうでうまく話せません。頭も正常に動いてないのか言葉も浮かばなかったです。根拠はないのですが、寛解出来ると思っていて、この1週間くらいは血球が上がらずだったのでどうしたかな。。と思ってはいましたが、寛解出来ていないとは思いませんでした。その分僕も私もショックが大きく動揺も酷かったです。僕がカテーテルを入れ終わり、ベットで安静にしている間に担当の先生と話すことが出来ました。先生の説明はとても丁寧
こんにちは。蒼月です。今日も暖かいですね。満開の桜が散ってしまいそうです。さて、一回目の抗がん剤治療をして2年。濾胞性リンパ腫は、別の場所に転移していました。低悪性度の非ホジキンリンパ腫なので、積極的に治療をするのを先延ばしにしてきました。ここからは今から12年前のことになります。濾胞性リンパ腫の標準治療はR-CHOP療法になります。一度2006年から2007年にかけて治療しました。骨髄検査をしたところ、骨髄まで浸潤しているという事だったので2回目の抗がん剤治療を