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若様は朝起きて私がトイレに向かうと襲ってきます。足首に噛みついたり、爪で軽く足首を撫でてきたりします。足首を噛まれた時、痛いっていうとまた噛みます。本当、困ったちゃんです。何考えてるんでしょうかねえ。。。『先にぽっくんの朝ご飯を用意するのだ』『養母がお漏らししたらどーすんだ』
みなさんお久しぶりです。まるです。また初めましての方も見てくださっていたら嬉しいです。とても久しぶりの投稿になり、長文ですが最後まで読んでほしいです。今悩んでるあなたへ届きますように。初めての方へ(前情報を載せさせて頂きます)〇まず特別養子縁組について引用:養子縁組を考えている人の必須知識│条件や手続き、流れなど養子縁組を検討し実際に養子縁組する際に、必要な情報がすべてまとまっているサイトがあると便利ですよね。この記事では、養子縁組を検討するにあたり、必要な情報をまとめま
清朝5代目雍正帝の実母です。4代康熙帝の妃(徳妃)。子供は6人いたが、半分は夭折して、成人したのは3人だけです。第四皇子胤禛(雍正帝)、第14皇子胤禵(恂郡王)、第9皇女(固倫温憲公主)、第6皇子胤祚(5歳で死去)出身は満州族の貴族の一つ烏雅氏(ウヤ)、先祖代々満洲八旗のひとつ、正黄旗の包衣(使用人)だった。祖父は内務府包衣・膳房総領の額森(エセン)。父親は魏武(ウエィウ)といって護軍参領(八旗の軍務担当の幹部)。あまり身分は高くないようですね。年頃になり秀女選抜で選ばれて常在(身
乾隆帝第七皇女(公主)として誕生。母は令妃(孝儀純皇后)魏氏。本名は不明。某ドラマでは昭華公主(続編の主人公)、もう一つは璟妧と呼ばれてます。まあ異母姉の和敬公主ほどではないが、かなり我儘に育ったようで。。。彼女も生まれてすぐモンゴルの王子との婚約がなされたのです。相手はラワンドルジ(拉旺多爾濟)という男でした。ボルジギト氏で、モンゴルの部族長の息子でした。そして嫁いでも結局結核で病死してしまう。まだ22歳の若さでした。これが史実の和静公主です。某ドラマでは、続編が主
乾隆帝の側室シリーズ?いったん〆としたいと思います。即位してしばらくして迎えた側室です。満州族の名門エホナラ(葉赫那拉)氏の娘で父親は侍郎といって皇帝の側近みたいな地位にいたのです。本名は不明。例によってドラマでは淳雪(納蘭氏)や意歓と呼ばれてます。この一族、実はちょっとした裏話?があって、エホナラ氏の呪いって言って、清朝の初代皇帝ヌルハチに滅ぼされそうになった時、エホナラ氏の当時の当主が「わがエホナラ氏が一人でも残ったときおまえら愛新覚羅氏(清朝皇帝家の苗字)の子孫は滅ぶ」といったと