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最近、YouTubeで偶然出会った一曲に、すっかり心をつかまれてしまいました。どぶろっくの「ホイッスル」です。一見するとコミカルなイメージのあるどぶろっくですが、この曲はまったく違います。青春時代のマドンナへ捧ぐ“感謝の歌”。あの頃、ただ遠くから見ているだけでドキドキした人。言葉を交わすだけで一日が輝いた人。誰の心にも、そんな「青春のマドンナ」がいるのではないでしょうか。この曲は、そんな大切
最近の信太山新地って、どんな感じなんかな。けど、うかつに近寄れない、、そんな信太山新地なんです。link:思い出話♪♪☆彡『18禁編』酔った勢い(?)で、トモちゃん、マスター、僕とで3Pした夜・・。過去記事の再アップなのでコメントのお気遣いは不要です(*--)(*__)ペコリ当時、流行っていた曲だと思います。↓↓↓EddieMurphy❖PartyAlltheTime(1985)seeyou!!
今日の天気予報は気温に関しては当たっていてもう朝から陽が当たると暑くて・・・死にそうでした(汗)でも降水確率はハズレて昼頃に雨が、かなり強く降ったんですよ。午後になって雨が止んだ後・・・久しぶりに遭遇しちゃしました。最初から、こんな画像で申し訳ありませんが何と全長1メートルほどあるヘビ・・・スマホで写真を撮ったヘビは、とっとと逃げちゃったけどちょっとビックリしました。さて今日のブログですが以前にも何回か取り上げているので「またぁ?」と言われそうですが今日この日に投
(『二十歳の原点』に想うこと)(『二十歳の原点』新潮社、1971年)(高野悦子さん)(高野さんが通っていた当時の立命館大学広小路学舎)私は『二十歳の原点』の著者・高野悦子さんと同じ立命館大学の、同じ文学部史学科日本史学専攻を卒業した。入学したのは1973年であり、高野さんが亡くなった4年後のことである。出身地も同じ北関東であり、今住んでいる茨城県古河市からは車で2時間ほどで高野さんの生地の栃木県旧西那須野町に行くことが出来る。以前高野さんのことを書いたことがあったが(ブ
今年は沖縄より九州南部の方が先に梅雨入りしましたね。こんな事も稀にあるんですね。(^_^;)MAXマックス今年、デビュー30周年を迎えた、沖縄県出身の4人組ダンスグループ。Max-Seventies<1996年>※原曲は、ユーロビート・シンガー、メガ・エナジー・マン(MEGANRGMAN)の作品ですが、MAXがカヴァーしたこの作品は、1970年代に青春時代を過ごした世代が懐古する歌詞から、娘世代から見た1970年代の歌詞へと変更されています。作詞/作曲
おはようございます。今日は謎の2.22起きでびっくり、ベッドでモゾモゾしていたら猫も起きてしまい隣に来た猫を暗闇でモミモミさせてもらって4時半に起きてコーヒーを淹れた。今日も仕事のお休みが取れた。私が高校一年生とかそのくらいに椎名林檎さんの1曲目か2曲目を歌番組で歌う姿を拝見してとても強い衝撃を受け翌日にツタヤでCDをレンタルした、外見から声から不穏なメロディーから歌詞から全てが幸せではない生い立ちで厨二病
30ウン年(!)振りに、渡辺美里さんのコンサートに参戦したのをきっかけに過去の作品をいくつか振り返ろうかな~、なんて思いました。といっても、デビューから90年代前半くらいまでの曲しか聴いていなかったけど...2枚組の『Lovin'you』は別途書いたので、他のアルバム曲を思い出しながら・・・1st『eyes』を久しぶりに聴いたけど、ボーカルが若い!(当たり前だ)初々しい美里さんの、若さはじけるピチピチな感じが新鮮(笑)粗削りですが。木根さん作曲の「eyes」は今回のコンサ
泉州地区、和泉市、信太山。そこには、モテない男でも夢中にさせる、魔の世界が広がってたんだ。俺は、、どっぷりと嵌って行くのでした・・・。link:思い出話♪♪☆彡『新地編』⑩≧[゚∇゚]≦≧[゚∇゚]≦過去記事の再アップなのでコメントのお気遣いは不要です(*--)(*__)ペコリ当時、大好きだった曲。↓↓↓ArtAttack❖Mandolay(1985)seeyou!!
わぁー!言わせて言わせて私の大好きな“ティファニー・ティーセン”が家族で日本に来日中なんだって!!ご存知ない方の為に⋯ティファニー・ティーセン(左下に写る彼女です♡)(TiffaniAmberThiessen,1974年1月23日-)は、アメリカ合衆国の女優、料理家。ティファニー・ティッセン、ティファニー=アンバー・ティーセン、ティファニー=アンバー・ティッセン[1](Tiffani-AmberThiessen)とも表記される。『ビバリーヒルズ青春白書』シリーズのバ
「昭和だねぇ〜」とか「昭和的だねぇ〜」とかことあるごとに揶揄的に使われる昨今だが、カラオケでの歌とか漫画など昭和に流行したものが若者に浸透している。「何故、今どきの子がこんなの知ってるの?!」と聞くと、「親の影響で良いなと思ったから」と返って来る。「現代人も良いものの判別はできるのだな」と安堵するが、現代人が良いとされているものは、生まれてから青春時代をがっつり昭和で生きた私のような者には理解ができない。というか、理解するまでに追いついていけてない。しかし、同級生でも優秀な人間はそうで
1964年5月公開の「君たちがいて僕がいた」は、舟木さんにとって大映「高校三年生」日活「学園広場」「仲間たち」東宝「ミスタージャイアンツ勝利の旗」の3社の映画に続いて4社目の東映での映画でした。デビューから1年の間に、邦画4社5本の映画に出演する事は、本当に異例の事で、後にも先にもこうした歌手、いや俳優さんでも居ないでしょう。日活以外の予告編と言うのは、中々みる事がなかったのですが、今回YouTubeで見つけましたので、掲載させて頂きました。この曲のレコードでは、冒頭に
KinKiKids名義最後の作品ベストアルバム39Verymuch私の元にも届いた◎段ボールを持った瞬間に思ったことお、、、重いありがとうの重みがすごい……笑受取は母がしてくれたんだけど佐川のお兄ちゃんが結構重いので置きますよとか言って玄関の横にあるスツールに置いてくれたとかありがとうございます、私が帰宅して無事に部屋に移動しましたで、ごはんとお風呂をすませ心身ともに清めてからの開封の儀式乾燥剤にまで39Verymuchが!!遊び心?こだわり?がすご