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カナダ在住から日本に戻った者が遭遇した出来事や文化の違いを綴っています。Anyresemblancetoactualeventsorlocalsorpersons,livingordead,isentirelycoincidental.©m2011-2026Allrightsreserved.仕事や執筆の依頼はdrippingofpoison★gmail.comまでお願いします。★を@に変えてください。ブログ記事の転載、複製は禁止しております。
本来ならば年末年始に連載するはずの、お猫様フリーダム化対策を兼ねた年末の大掃除ネタ。諸事情により遅れに遅れたブログの再開はこちらのネタから始めようと思います。まずは二階の寝室西側の大掃除と雷蔵の冬場の寝床のセッティッングです。まだ11月頃だったと思いますね。ゴミ屋敷の猫軍団(地球防衛軍)の記録2016-2025今回は雷蔵の寝床を作るために、その周辺を大掃除する・・・ということなので、結局のところ大掃除もお猫様のためということになるのですよね。まずベットの上にある毛布
シン・関ヶ原(講談社現代新書)Amazon(アマゾン)本書は「関ヶ原の戦い」にまつわる通説を一次史料、大名どうしの書簡や当時の日記などに基づいて再検討して現実に即した新説を立てています。講談のように大河ドラマでも繰り返し放送されている名シーンなどが否定されてしまうと話としては面白みが減ってしまうかもしれませんが、小説と歴史的な事実はきちんと区別したほうがいいように思います。いくつか紹介しますと…・秀吉は遺言で秀頼が成人するまで政務を義弟である家康に託したの
「もし関ヶ原の戦いで、石田三成率いる西軍が勝利したら、どうなっていただろうか?」歴史にたらればやもしは禁物だ、という人もいますが。たらればや、もしがいけないなのではありません。「もし、石田三成が勝ったら」というならば、現実世界では何故石田三成は勝てなかったのか、その原因は何か、を分析することからしか始まりません。それ無しに「もし、は、もしだよ」とか言っても、それは単なるオアソビで、歴史語りとしては意味がないのですよ。もし関ヶ原で、互角の兵力同士がぶつかって、ほんのちょっとした時の運
大河ドラマ『豊臣兄弟』毎回楽しみは楽しみなのだが…。実は一昨年、この大河ドラマが決まった時から心配が…。そんな思いを地元タウン紙に投稿。うれしいことに掲載されました。ドラマの流れは先まで決まっているのだろうが、そこをなんとか…。佐吉どん、石田治部少輔三成をぜひ良く!投稿「石田三成の描かれ方が心配…」今年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』の主役は、秀吉の弟で生涯を補佐役に徹した大納言秀長という。今までと違う秀吉像なども描かれそうで楽しみなのだが、私には気がかりなことが…。それは我が
「関ヶ原の戦い」と言われますが、実は戦闘は東北から九州まで、全国各地で起きています。伊達政宗も上杉景勝も黒田如水も、それぞれの場所で(それぞれの思惑で)戦っています。毛利輝元だって、関ヶ原にこそ来なかったものの、毛利軍は西国方面で結構積極的に動いています。輝元が「天下を取りに来ていた」のは事実です。王将が無闇に前線に出るのはヘボ将棋です。毛利輝元が大坂城にどっしり構えて、全国の戦闘を指揮しようと考えていたとすれば、さほど理に合わないことではないでしょう。関ヶ原が「決戦場」になるというのは、
小早川秀秋は最初から東軍です。「最初から」というのは、美濃関ヶ原での合戦の開戦前からすでに東軍、という意味です。戦闘が始まってもまだ迷っていたとかは「ウソ」です。小早川は、松尾山に他の部隊がすでにいたのを追い払って、強引に布陣しています。この時点で、石田三成が「アイツは敵に回った」と認識できなかったのならば、それは悪いけど馬鹿、といって悪ければ、情報収集・分析能力が圧倒的に欠如してます。小早川秀秋は、寧々さんの甥であり、秀吉とも淀殿とも秀頼とも、血縁関係はありません。そのせいでか、秀吉
書店の新書コーナーで興味を惹かれた、高橋陽介著「シン・関ヶ原」(講談社現代新書)を購入して読みました。表紙(本書の紹介)「関ヶ原の戦い」とは、江戸時代に各地で編纂されたさまざまな史料を、明治になってから帝国陸軍参謀本部が集約し、再構築したものである。そして、これをもとに「国民的作家」司馬遼太郎が創作した長編歴史小説『関ヶ原』によって、日本人の「関ヶ原像」が決定づけられ、いまもなお、多くの人々を魅了しつづけている。本書は、著者が、1600(慶長5)年9月15日に美濃の関ヶ
「大坂の陣」って、戦国最後の決戦、と言われるけど。実際のところは、強大な幕府権力に、(かつては名家だったにせよ、いまは)単なる一大名が叛乱を起こして、鎮圧された、というだけのもの、とも言えます。所詮は島原の乱と同じです。豊臣に万に一つも勝ち目はありませんでした。でも、それじゃあ面白くないじゃあないですか。「まるで、天下分け目の最後の戦い、みたいな壮大な言い方をされるのは何故なんだ」といえば、それは「みんな、面白い話が聞きたいから」でしょう。夢が見たいんですよ。徳川があと一歩で
いつも読んで頂いてありがとうございます今年初めてのモーニング1月4日(日曜日)モーニング今日はで関ヶ原町にある『G-GDINER関ヶ原』へモーニング時間10時30分までだ〜慌てて入店ギリ間に合ったよ店内に食品サンプルがあった美味しそうで見てて楽しい🎶落ち着いた感じで地元の方の憩いの場広いよお水はセルフだよ〜モーニングメニュードリンクメニューはモーニングホットコーヒー500円+500円(ドリンク代+500円)【E】ドリン
「関ヶ原の戦いの前から徳川氏に臣従しているのが譜代大名」というふうに、教科書にも、モノの本にも、書いてありますが。この文言を誤解して、「関ヶ原で徳川の味方(東軍)だったのが譜代大名なんだ」と誤解しているひとが、まだ、います。違います。臣従、というのは「徳川の家来になる」という意味です。東軍に参加するのは「徳川の味方をする」ということで、家来と味方は全然違います。関ヶ原の時点では、すべての大名は豊臣家の家臣であり、家康とは(大小の差はあっても)横並びです。関ヶ原で東軍についた
この滝の存在を知ったのは、2011/04の瀑好さんのブログであり、滋賀県から近いことから記憶に残っていた。ただ、熊の生息域と考えられることから、先延ばしになっていた。先日の養老界隈徘徊の時に、この滝のことを思い出した。ネット検索しても、その後の情報がほとんどない。文献情報としては、「鈴鹿の山と谷1(西尾寿一著)」の中の地図に大滝10mと書かれている。このようにネット情報が少ない滝ほど行く価値が高いと考え、熊鈴と熊笛を持って出かけた。問題は林道の状態と駐車場所になる。ストリートビューが見える
もうすぐ関ケ原合戦祭り。関ヶ原合戦絵巻参加者に一つ忠告します。すたっふの中に個人情報を売って悪質行為を援護した人間がいます。今年はもしかしたらSNSの匿名を利用してボクを誹謗中傷した犯人↓もすたっふに戻っているかもしれません。運営が理不尽を強制したり抑圧してきても絶体に反論しないようにしてください。岡山戦国武将隊時代に嫌がらせしてきた人もすたっふにいます。本当に気を付けてください。首を吊る程にボクが追い込まれた関ヶ原のイジメ組に所属していた人たちが関ケ原合戦合戦絵巻のすたっふです。運
関ヶ原ウォーランドの続きです護摩木にお願い事を書いて関ヶ原ウォーランドの隣にある宝蔵寺護摩堂へ向かいました祈ノーモア関ヶ原合戦関ヶ原合戦戦死者供養堂不動堂護摩堂明日は丸亀製麺わがまちうどん47スタンプラリー岡山県の黄ニラ肉うどんです宝蔵寺の御朱印・アクセス情報(岐阜県関ケ原駅)(高野山真言宗)|ホトカミ宝蔵寺の情報はホトカミでチェック!参拝記録(6件)、写真
今回の【駅】シリーズは、岐阜県西部、滋賀県との県境近くの降雪地帯に町域を有する、関ケ原町の中心市街地に位置する東海道本線【東海道線】の駅で、関ヶ原の戦いが繰り広げられた関ヶ原古戦場への玄関口である、関ケ原駅(せきがはらえき。SekigaharaStation)です。尚、駅名の漢字表記は「関ケ原駅」で、「関ヶ原駅」ではありません。「ケ」が大きいです。当記事では「関ケ原駅」に統一しますが、「関ヶ原古戦場」など、駅名以外では「ヶ」を使用する場合があります。また、私が訪問した際