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今日は明日、デビューの平山花羽ちゃんの新曲キャンペーンに赤羽と小岩に行って来ました。デビュー前の初めてのキャンペーンで沢山の応援隊がお店や会場を埋め尽くしました。可愛くて綺麗で歌も上手くてひろし君の付き人をしていた時とは見違える変わりようでした。ひろし君のコンサートなどでいつも会っていていろんな話をしていたのでとても他人とは思えないので、今日行くことができて本当に良かったです。これからは独り立ちなので大変ですが頑張ってほしいです。できる限り応援していきます。
さて、続きます。1976年(昭和51年)2月4日(水曜日)ニッポン放送・・たぶんこれが正式名なんだと思いますが、日記には「日本放送」って書いてあります、有楽町にありました。「日本放送」入口20センチ位PM:1:50入りGパン、チェックのジャンバー、チェックのマフラー、白いYシャツ、ベルトあらいたての髪の毛でとてもきれいだった。思い出すのは後ろ姿ばかり・・・昨日よりとげとげしくなかった。
最初は軽い気持ちだったんです。「岸和田だんじり祭を見に来ませんか?」何の含みもない、ごくありふれたお誘い。岸和田だんじり。よく映像で見る、あの有名な(´・∀・`)どこか見学するのに穴場ポイントでもあるのかな?近くで観戦できるのかな?楽しそ~見てみたいかも~うん、行く行く~深く考えもせず、二つ返事でOK☆それが、こんな事になろうとは。な~んか、引っかかる事言ってた気がしたんです。「水戸黄門漫遊マラソンの練習になりますよ」ん?(゚ー゚)祭り見るのに何でマラ
ジュリ友のえっぴょちゃんからLINEが届きました。✒️ミルミルちゃん〜懐かしいお話しありがとう~。ミルミルちゃんの日記で、自分の記憶を呼び覚まされています。前回のブログ読みました。私はこの5月16日の、大阪厚生年金会館に行っています~。このコンサートを観るために、コージーのつけまつげを買って応募したような記憶が…👀このコンサートで印象に残っているのは、白地に赤の大きい水玉の衣装で、『ブランコ乗りの〜』みたいな悲しい歌詞の切ない歌を歌ったのを
「沢田研二27才職業歌手」テレビ史上、最も書画期的な音楽番組と言われた「サンデースペシャルセブンスターショー」が始まった。アーティスト一人で90分出ずっぱり、正真正銘のワンマンショーである。そんな番組のトップバッターとして選ばれた出演者こそ沢田研二、その人だった。1976年2月15日から7週間にわたって、日曜日の19時30分~21時にオンエアされた番組でした。沢田研二はこの時27歳。近づくとオーラが漂っ