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今日も朝早く目が覚めてしまいました、まだ緊張しているのかな?それで、舞台の仲間の方たちにお礼のLINEの文章を打ちながら泣いてました。私はお稽古始まって1ヶ月してから母が亡くなって迷惑かけましたから。その事とかを思い出して。でも、私がお稽古に復帰して最後まで舞台を勤められたのは仲間のみなさんのおかげです。みなさんにお礼が言いたくて。撮った写真などもグループLINEにあげたりしてました。お昼からははるばる私の公演を東京から見に来てくれた親友とランチしてきました。京銀駅近くの人気のホテルのバイ
西本願寺は浄土真宗本願寺派の本山で愛称としてお西さんとも呼ばれています。西本願寺と東本願寺どちらがどちらかよくわからなくなることもありますが同じ浄土真宗ですが派閥が違います。西本願寺は本尊は阿弥陀如来で正式名称は龍谷山本願寺です。東本願寺は本尊は同じく阿弥陀如来で正式名称は真宗本廟です。区別をするために西本願寺より東にあることから東本願寺と呼ばれています。西本願寺は豊臣秀吉からの寄進をうけ大阪天満から京都堀川六条へ移動させました。
4月22日は東寺の次に西本願寺と東本願寺に行ってきました。基本徒歩で、ホテルから東寺に行き、西本願寺と東本願寺、東本願寺から京都駅は徒歩でしたが、さすがに全部徒歩はきついと思ったので当時から西本願寺間だけバス移動で。まずは西本願寺ここまでが西本願寺ここから東本願寺残りの写真はGoogleフォトアルバムにあるので興味のあるからはどうぞ~2024年4月19日~4月22日京都旅行
【4月20日】京都市下京区にある浄土真宗本願寺派本山西本願寺さんへ。参拝記念符が変わってましたので頂きました。
昨日は、ふらりと一人で京都へ。行きたかったお店があったので。ついでにパパも、松風買ってきて!と言うしじゃ、行ってくる!と、なりました。お一人様のときはいつもイノダコーヒで京の朝食です↓ボリュームあっておいしいので京都に来たらぜひ!https://www.inoda-coffee.co.jp/shop/poruta/ポルタ支店|ネルドリップコーヒーとレトロな空間を楽しむ喫茶店イノダコーヒ(INODACOFFEE)老舗喫茶店京都カフェwww.inoda-coffee.
4月20日(土)は店を休んで京都まで行ってきました。目的は、サラリーマン時代の仲間との会食。だけど、折角京都に行くし会食は夕方からなのでゆっくり京都散策をするよね~京都駅に着きまずは、京都に行くと必ず立ち寄る西本願寺。ここ外せないお寺。キチンとお経も読みましたよ。右下に結婚式をあげてる花婿、花嫁が見えるのも良いでしょ。この日は八坂神社あたりの散策が目的。歩いて移動しました。途中、四条で人が増えてきた中で聞こえてくるのは日本語以外の言葉ばかり。こんなにインバウンドが増えてる
こんにちは、函館まちあるきガイドの土田尚史(つちだたかし)です。今日の函館市内、風がとても強いです。雨が降る前に用事を済ませようと自転車に乗ってきましたが、なかなか思うように進まない!台風が近づいています。十分に気をつけてください。用事を済ませるの一つとして、東川町にある「本願寺函館別院(西本願寺)」へ所用で行ってきました。現在の本堂は、前本堂の老朽化を受けて、明治時代後期に建てられたものの造りを模して2013(平成25)年に竣工されました。境
京都の朝早い時間に亀屋陸奥に立ち寄る。目的は上生菓子と味噌松風だ。上生菓子は、きんとんと、蕨餅を買った。両方とも美味しい。蕨餅は築地の茂助団子のように中に漉餡が入っているタイプだった。そして、味噌松風を摘む。これはお徳用袋のようで小振りのひと口サイズ味噌松風が沢山入っていた。しみじみと美味しい。味噌松風は松屋常盤が元祖だと思っていたが、亀屋陸奥で初めて作られたと初めて知った。味噌松風が織田信長との戦い時の石山本願寺での非常食だったのだということを知り、今さらながら西山本願寺
最近撮った写真アグネスラム西本願寺のお堀夷川通「やっこ」の藤産寧坂の桜その後時間がないので今日はこれにて失礼〜ではでは〜
写真で綴る…ご本山団体参拝の旅…続きま~す写真が多いので、Wi-Fi環境の良いところで見てくださいね4月25日(火)京都観光を終え…岐阜県にやって参りました今夜のお宿は長良川温泉「十八楼」部屋から鵜飼い舟が見える~鵜飼いは…5/11からだそうです残念…また来てみるか宿のロビーお風呂に入って大宴会お料理の一部…おしゃれな感じ飛騨牛だご満悦~4月26日(水)…今日はどしゃ降りだー雨の郡上八幡へ向かいます一行は郡上八幡博覧館へ…郡上本染めの見事なこいのぼり…欲しい郡上お
下の娘が数日前に仁和寺に行って来て、写真を見せてもらったら凄く綺麗で🌸もう遅いかもと思いながらも週末行って来た🚙京都だから渋滞を覚悟してたけど、朝8時半に出て京都に住んでる上の娘も誘って仁和寺へ🚙そんなに混んで無かった仁和寺の駐車場も満車になる前にギリギリ入れた入場券も少し並んで桜ゾーンへ🌸写真じゃ分かりづらいけど、とても綺麗緑の花もあったよ桜を堪能したら次はTVで見て行きたかったお店へ🚙父の選択品私はこれ綿菓子に桜の花びらが付いているパフェ苺ソースを掛けて綿菓子を溶か
ブログ更新5979回目西本願寺は京都のツツジの名所初夏の京都を鮮やかに彩る「ツツジ」が美しい所長散策ぶらり~お散歩旅です。境内にツツジが多くあるのではなく、御影堂門や阿弥陀堂門の並びの東側の土塀やお堀沿いにツツジが多くあります。春には色とりどりのツツジが咲き誇り、雄大な門や風情ある石橋を華やかに彩ります。また、普段はお堀には水が溜まっていないことが多いですが、雨の後には水が溜まり美しいツツジの水鏡も見られます。人や車の多く行きかう大通り(堀川通り)を春色に染める見事なツツジが楽し
そうだ、京都へ行こう思ったが吉日今年も京都へ日帰り観光マドンナの大好きな安倍晴明さんのお宅、晴明神社へ行ってきました。今年は天気も良く、多くの方が参拝してましたマドンナも、軽やかな足取りですたたたー参拝2礼2拍手ぱんぱんがぱん。。。厄除けの桃さん今年も頼みますといいながらおさわりなんか。。。すごく。。。痴女気分。。。昨年はコロナのために、井戸がせき止められてましたが今年は復活。やはり、出てるところは出てないとね晴明さんもにこーって笑ってます余り大きな神社ではな
京都旅行の予習編を狙ってぶち上げた「京都にいっぱいあるお寺の歴史」シリーズ。現存しないお寺ばかりを語った初回、前々回を反省して、現存する「大徳寺」を前回ご紹介しました。今回は、京都に行くとなると、どうしても気になってしまう、あのお寺の歴史についてやってみようかと。「東本願寺」と「西本願寺」。これです。京都駅を出ると、すぐにあるお寺。しかも「東西」の違いがあるだけで、同じ「本願寺」。似ている名前なだけにややこしい…。「『家康が本願寺の力を殺ぐために』分立させ
枯山水庭園で、国・特別名勝に指定される西本願寺の大書院庭園は何と云うか?西本願寺・書院前庭園は「虎渓の庭」と呼ばれる。虎渓とは、中国の故事「虎渓三笑」に因んだもので、故事に語られる渓谷と橋が庭園に表現されている。護岸石組を巡らせた亀島・鶴島を配する枯山水であり、書院造庭園の代表でもある。渓流が北東の枯滝から枯池へと流れる様が表現されている。ソテツの群植、大ぶりの色彩豊かな庭石が豪華さを演出している。
「東寺」の国宝・五重塔↓↓↓西本願寺で暫し瞑想…。↓↓↓伏見稲荷大社の映えスポットで有名な「千本鳥居」↓↓↓千本鳥居だけは外国人?観光客?だらけだったが、他は思いのほか空いていて、この秋も来ようか?と思うのでありました🤪。
兵糧として考案されたと云う。後に菓名の由来となる歌を詠んだと伝わる人物は誰か?元亀元年に勃発した信長と石山本願寺との石山合戦のさなか、亀屋陸奥の3代目・大塚治右衛門春近が兵糧の代りに作ったのが「松風」である。合戦終了後、本願寺第11世・顕如が京都六条下間邸にて「わすれては波のおとかとおもうなりまくらにちかき庭の松風」と詠んだ事から「松風」と名付けられた。以後、松風は亀屋陸奥の代表銘菓となった。
寺名:小比賀山・甲生院・西光寺本尊:阿弥陀如来開基:僧正賢創建:永正年間宗派:真宗西本願寺派札所:住所:香川県高松市香南町由佐電話:由緒はじめ、僧正賢が鷺田村坂田(現高松市田村町)に建立したが、孫の時代に至って本村大字吉光(現高松市香南町吉光)に移転し、その後現在地に移転した。僧正賢がこの寺を創立したのは永正五年八月(1505)に香西豊前守本定が、三谷兵庫守景久を三谷城に攻めた時に父の小比賀五郎四郎が、
嵐山を散策して南禅寺へ南禅寺は三門(さんもん)からの眺めが絶景と言われていますが…紅葉はどうでしょうか?一つ目の門をくぐると紅葉してますがちょっと早かったかもしれません続いて2つ目の門くぐります真っ赤に紅葉したらきれいでしょうね~3つ目の門くぐることはできなかったので裏側をぐるっと回ってみてきましたがやはり紅葉はこれからが見頃のようでした南禅寺の三門を散策した後水路閣近くにやってきました~染まり始めた紅葉もキレイ水路閣ここですね~水路閣の柱
昨日のアメリカ株も良くなかったので、朝からあまり元気なく、株式相場に臨みましたが、一旦下がった後、少しずつ上がって行くので、おもしろい展開になっていきました。しかし、また下がるかも、という疑念から、薄利ですぐ手放してしまいます。今は、塩漬け株が多いので、少しでも、キャッシュポジションを高めることを良しとします。今朝も10時からはお仕事をして、午後からは孫のところへ行って公園でキャッチボールを始めました。一昨年は、頸椎椎間板ヘルニアのために、腕が痛さのためにまったく上がらなかったのに、肩甲
【京都】京都市下京区堀川通り花屋町下ル西本願寺令和4年4月1日より季節ごとに絵柄の異なるステキな【参拝記念】がいただけます西本願寺で朱印の入った参拝記念がいただけるようになったのはとても喜しいです【西本願寺参拝記念】龍虎殿でいただきました(無料)和顔愛語(わげんあいご)心がけたいですね【宗派】浄土真宗本願寺派本山【御本尊】阿弥陀如来【正式名称】龍谷山本願寺1272
宗祖・親鸞の末娘・覚信尼が建立した。東山に在った、大谷廟堂を前身とする。第3代覚如の時に本願寺と称す。天正19年秀吉が現在地を寄進し移転した。慶長7年教如が東本願寺を分離し、准如が本願寺を継承した。国宝の唐門は、伏見城の遺構とされ桃山様式の建築。元は、御影堂(ゴエイドウ)の前に在り、元和4年に現在地に移築した。通称は「日暮門」。
「梵鐘」と「喚鐘」について■梵鐘(ぼんしょう)「梵鐘」とは、寺院の鐘楼(しょうろう)に吊す青銅製の大きな鐘のことです。この「梵鐘」は、インドにはなく中国で作られたものといわれ、一般に「大鐘(おおがね)」とか「釣鐘(つりがね)」などといわれています。西本願寺では、法要や儀式に先立って、みなさんに集まっていただく合図として用いるので、「集会鐘(しゅうえしょう)」ともいわれています。多くの場合、法要の30分または1時間前に撞きます。また、朝夕の寺報として撞くこともあります。
日本の特撮史上最高傑作とされる寺の炎上シーンの見られる第23話「呪いの壺」をお勧めします。冒頭良家のご隠居と思しき老人が豪邸の縁側で壺を覗くシーンあ゛――――――っ!!突如!!異様な音とともに老人の目が白化し絶命!!ショッキングな冒頭!!プップ――――――ッシーンは変わり、京都府警鑑識課とSRIのやり取り「解剖の結果が出ましたが・・・。ど~いうんですかな~、被害者の神経線が五人が五人ともみんな変質してるんです。視神経が完全に破壊されており、外観上の