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『大宝律令と万葉集に残る古代近江国の内緒話』『万葉集に正しく記された天香久山と踊る13の女神の内緒話』『『阿波院』と呼ばれた天皇と五角形の内緒話』『禁書にされた阿波風土記と徳川幕府と『十三』の秘密…ameblo.jp『『古代の大地震と遷都の謎』の内緒話』『大宝律令と万葉集に残る古代近江国の内緒話』『万葉集に正しく記された天香久山と踊る13の女神の内緒話』『『阿波院』と呼ばれた天皇と五角形の内緒話』『禁…ameblo.jp↑のつづき。さて、遷都の歴史シリーズです。平城京以
大和三山(やまとさんざん)のひとつ天香久山(あまのかぐやま)です。「あま」のかぐやま「あめ」のかぐやまどちらの読み方もあるようですね。大和三山のうち火山でないのは天香久山だけのようです。奈良盆地と吉野川(中央構造線)と宇陀(うだ)にはさまれた山岳地帯を竜門(りゅうもん)山地というようですが天香久山は、竜門山地にある多武峰(とうのみね)のふもとにあたり侵食作用によって独立したようにみえるのだそうです。標高は152.4メートルで大和三山では2番
➊改新の詔の基本的な内容とその限界について説明せよ。(80字)■関連記事日本史の基本24(5-1唐帝国の成立と大化改新)■重要な付加説明【郡評論争】郡評論争とは、大化改新ごろの地方行政を示す文字として、「郡」が用いられたか、それとも「評」であったか、という点を軸に展開された論争をいう。藤原京跡から発見された大量の木簡によって、「郡」は大宝律令(701年制定)にもとづく単位で、それ以前は「評」の用語が使用されていたことが判明し、この論争には決着がつけられることになった
こんにちは。今日は、奈良の橿原のお土産のフィナンシェで、「蘇(そ)やねん橿原」をご紹介します!こちらのお菓子の名前は、「そうです」の意味の「そやねん」!それと、「蘇(そ)」という日本の古代のチーズのような発酵食品をつかっていることからネーミングされたようです。しかも、橿原神宮(かしはらじんぐう)の御用菓子