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赤い唐辛子と黄柚子の「柚子胡椒」というのが製品化されていて、買ったことがあるのですが、青唐辛子と青柚子の「柚子胡椒」とは別物でした。あの未熟果の青と青がぶつかった「柚子胡椒」は誰が生みだしたのか知りませんが、偉業であると思います。ではこの柚子胡椒がどこで生まれたかといえば、AIによると諸説あるそうで、その場所というのが大分の日田、そして福岡県の英彦山(そこに暮らす山伏が作った)、さらにそれを製品化して販売したのが福岡県の添田町だというのです。こうきくと遠くの方は「ああ、三か
福岡県観光連盟の視察研修で、英彦山に行きました。英彦山神宮福岡県田川郡添田町大字英彦山1銅鳥居と書いて「かねのとりい」と読む。佐賀藩初代藩主鍋島勝茂公が寛永十四(1637)年に寄進建立したもの。佐賀藩の藩主が何故?ここは佐賀藩の地域でもないのに?…何か見た覚えがあるな。そう、約2年前に英彦山を登った際に見掛けた「稚児落とし」が関係あるのだという。『英彦山と鍋島清久、豊臣秀吉』英彦山を登っていると、戦国武将の名前が。鍋島清久は鍋島氏4代目当主。龍造寺氏の家臣。清久が幼少の
九州西国霊場三十三カ所を順不同に廻っています。今回は英彦山登山後に霊泉寺を訪ねました。霊泉寺は九州西国霊場巡礼の一番札所ですが、霊泉寺が復興されたのは比較的新しく昭和30年です。英彦山は修験道の山として栄えていたのですが、明治の神仏分離令で修験道は廃止となりました。また多くの貴重な仏像が壊されるなど、明治維新は英彦山を襲った法難でもありました。当時の遺品が「山伏文化財室」に残されていると聞いたので、まずそちらに向かいました。(山伏文化財室はスロープカー花駅の隣にあります)