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〜prologue〜一度狂った運命の歯車は二度と戻すことはできないのか。どれほど焦がれても、どれほど願っても、この胸の祈りは届かない。凍てついて重苦しい空気が二人の男を包んでいた。「あいつは俺についてくると言う・・・。俺は一度は手を引いた、だから、もう二度と引く気はない。」それは伊集院忍にとって、死刑宣告にも似た痛烈な最後通告だった。「何も言うことはない・・・紅緒さんは貴方を選んだんだ。」青江冬星の前で取り乱さずにいられたのは、男としてのせめてもの矜持だった。「あの人を不幸にし
ロシアからシベリア鉄道を乗り継ぎ辿りついた極東の地、日本。革命後のロシアでは、赤軍に追われた王侯貴族たちは散り々りとなり、皆哀れな最期を迎えた者も多い。そんな中、サーシャ・ミハイロフとその妻のラリサは、赤軍の目を逃れ、ロシアから亡命を果たすことができた。東京に入った二人は時の公爵家の武者小路家の預かりとなった。雪と氷に閉ざされた最果ての地で、常に死と隣り合わせだったサーシャとラリサにようやく安寧の時間がやってきた。ラリサはこれでやっと幸せに暮らせると思った。豊かで平和な国・・・傍らに
「・・・紅緒の様子は?」「幸い頭の怪我は大したことはありません。足首を酷く捻挫しています。歩ける状態ではないくらいに。ショックのせいか、昨夜から熱を出しているんです。」冬星は忍に紅緒の様子を聞くと、悲痛な表情を浮かべた。紅緒を守ってやれなかった後悔が、冬星を苦しめた。「青江さん・・・勝手な言い分だと思います・・・今更と言われるかもしれません。」忍は冬星に頭を下げる。「紅緒さんを僕に返して下さい・・・。」「あいつを愛しているのか・・・まだ。」「記憶をなくした僕は、もう一度あの
sideS僕は不自由な脚を引き摺りながら、寝巻きで裸足のまま、テラスの扉を開けて、庭へ出た。午後から降り続く雨が石畳みをより冷たくさせる。瞬く間にびしょ濡れになった僕は、彼女が去って行った邸の門に向かって歩いた。邸の建物から門までは、木々に囲まれた石畳みの小径だ。僕のこの脚では、門までたどり着くにはかなりの時間がかかる。真冬の雨の夜にこんなことするなんて、まるで自殺行為だ。わかっていて、こんな馬鹿なことをしないではいられないほど、僕は追い詰められていた。今の僕には、彼女を引き止
サーシャ・ミハイロフが伊集院家に紅緒を訪ねたのは初めてのことだった。伊集院伯爵夫妻は、サーシャと初めての対面をして、忍とのあまりの酷似ぶりに言葉を失っていた。紅緒はサーシャの来訪に胸騒ぎを覚える。何かが動き出す・・・再び運命の波に飲み込まれそうな、そんな慄きを感じずにはいられなかった。「ミハイロフ侯爵・・・本日の御用の赴きは何事ですか?」紅緒は努めて平静を装った。サーシャは紅緒に妻ラリサの会葬の礼を述べると、件のラリサの日記をテーブルの上に置いた。「これは亡きラリサの日記です。・
頬を切る風が冷たい・・・。馬を駆る忍の胸に抱かれて、秋深まる森の中を駆け抜けてゆく。紅緒は何も考えられない・・・今はまだ。ただ、冬星の背後姿だけが胸に焼き付いて離れない。赦されない罪を冒した気がして、胸が締め付けられるように苦しかった。時折、白い手袋に包まれた忍の手が紅緒の身体に絡みついた。まるで己の胸の中の紅緒の存在を確かめるかのように、忍の手が手綱から紅緒に何度も移るのを、紅緒はじっと見ていた。あの時、教会の祭壇の前で、自分はこの手を振り切る事はできなかったのだと紅緒は認めざる
つい最近のこと、一般紙夕刊の一面下のほうに連日にわたって見慣れたイラストを目に。そう、大和和紀原作の人気少女漫画『はいからさんが通る』だ。2017年中に新作の劇場用アニメが前後編で公開されるとあって、初ソフト化されるTVアニメシリーズのDVD&ブルーレイBOXの広告だった。『はいからさんが通る』は昭和50~52年にかけて週刊少女フレンドに連載。TVアニメ版は昭和53年6月から翌年の3月にかけてテレビ朝日系で土曜午後7時から放送されていた。本放送時、私は多くの男子がそうであったように、裏番