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【前回の記事の後半部分(赤字部分)をコピペ】してから、続きを書かせてもらいますのでよろしくお願いします妹さんが二人いる石野真子さんと、お兄さんやお姉さんがいる末っ子の上沼恵美子さんの会話が、とても心に残った。(ちなみに私はどちらでもない中間子ですが、中間子性格は「一度も親の愛情を独り占めした経験がない」共通点を持つ末っ子寄りかなと思っています。)コメント頂いた方が、ご自身を長女で長子で優等生で、私が記事で優等生=受け身気質と書いたことに納得して下さったのですが。(ありがとうございます✨)
おはようございます。次回をアメンバー限定にしますね。息子のiPhoneはロック解除できました。夫、ありがとう。ごめんね!解除されないと思ったよね。お父さん、あなたのパスコード探し出したよ!中身は。全てではないけど、諸々と整理して削除してあった。アプリはあっても中はからっぽだったり、ログアウトしていたり。LINEはそのままだった。そうだよね。直前にLINE送信していたもんね。こちらも同じパスコードでした。(甘いなw)登録されているともだちやトークの最後が見えます。おつかれさま
『ある男性の死①』繰り返しで申し訳ないが、私は夫と暮らしていた時、分譲マンションに住んでいた。さして広くもなく、オートロックも付いていない、でも新築のマンション。購入してすぐに…ameblo.jp旦那さんと玄関で立ち話の様な形で、引っ越す事を伝え、奥様にもよろしくと菓子折りを渡したが、旦那さんから出た言葉は「もう、奥さんも子供も出て行って、1人なんですよ。」知らなかった私は驚いた。「あ、知らなかったとはいえ、失礼しました。」謝ると、「このマンションの人達、殆ど知っているから、Iさんも知ってると
※今回の話題はデリケートなものです。表現や描写で気分を害する方もいると存じますので、苦手な方は読まないでください。*******************************************************この時期になると私は忘れられない嫌な光景がフラッシュバックする。五年前、鉄道の人身事故の瞬間を目の当たりにしたからだ。五年前の帰宅時、私は勤務先の最寄駅のホームで会社の同僚と一緒にいた。帰る方向が同じなので一緒にいたのだ。職場の愚痴、上司の噂話
日韓年の差夫婦です1年前に自死でこの世を去った韓国の義理母のことを書いています今まで、このブログでは韓国の義理父のことに触れる機会がなかったのですが。なんでかと言うと旦那が義理父のことをよくわかってなかったというかたしかに旦那の幼少期から義理父の女性問題が多々あり中学、高校あたりになると義理父が旦那に浮気相手を会わせてきたりとえと思うことが何度かあったようだけど。問題が勃発するときまって、義理母が浮気相手と直接会い『私の夫と別れてくれ』と、
喪主はもちろん私なのだが、はっきり言ってそんなことできるような精神状態じゃない。そんな私を思いやって父は何も言わず、葬儀屋と段取りをしてくれた。葬儀は家族葬で行われた。だから何がどうとかあまり覚えていない。目の前には夫の亡き骸があって、言われたまま動くだけ。私がおぼろげに覚えているのは、棺に何を入れるかとかお揃いで買った財布に3000円入れてやったりだとか顔を見るたびに自然と涙が溢れ、それを拭うしかできない。「あなたのこれからの役目は、私とこの子の人生を見守ること。」それが精一
【概要】連れ去られた親は大きな苦痛を伴ってしまう。そのときに自死を選んでしまう人も少なくない。でも本ブログでご紹介するように、子どものためにできることがあるので、まずはできることがないかということを探していただけたら幸いである。また気持ちを落ち着かせる上でオススメしたいことを記載する。(目次)1.自分自身を肯定する2.体調日記を書く3.病院に行く4.子どもに対する気持ちを整理しておく5.子どもの笑顔を思い浮かべる6.子どもにいつか伝わるように記録を残す7.似たような当事者を
4月の初め、ママが死んでさみしい気持ちをなんとかしてもらいたくて、Googleさんにいろいろ聞いてみたら、自死遺族だけの集りが隣の市で開催されるって教えてもらったのねいつかなって聞いたら昨日だったみたいで、次は2ヶ月後の6月ですだってさ_| ̄|○il||li2ヶ月待つのは待ち切れないもっと早い開催は無いものか?調べてみたらありました家からだと電車で一時間くらいだけど5月開催の集いがあったよ\(^o^)/ということで昨日自死遺族の集いとやらに参加してみた受付で自分の呼び方、誰を亡く
2023年6月19日。息子が大阪で借りている自室で亡くなっているという連絡が入った。6月8日に電話で話した息子はいつもと変わらない様子だった。今月いっぱいで仕事を辞めて、実家に帰ってくる息子に私は引っ越し荷物を詰める新しい段ボールを注文して送った。それが6月8日に届くから、受け取ってねと電話で話した。「わかった。でも出掛けてるかもしれないから再配達してもらうかも。」そんな会話が最後になってしまった。10日に、掃除した実家の息子の部屋を動画で撮って送った。あな
ある日突然の、我が子の自死(自殺)というショッキングな出来事から生まれ出た“悲しみ”は、感情のコントロール不能、泣けば泣きっぱなし、時に放心状態に陥ったり、かと思えば怒りの矛先が自分に向かったり他人に向かったり、一番思いやらなければならないはずの同じ苦しみを味わった家族に向けられたり……、まるで手が付けられない癇癪を起こしたような状態が続く時期もありました。悪気は無いのであろう他者の言動にも神経質に傷つき怒り、時にそれは嫉みにも豹変したり、心の中は濁流で渦巻いていたようにも思います。
眠れない夜には・・・どうしても考えてしまう・・・君がこの世からさよならをしたことが悪いのか・・・僕が君の手をしっかり握りしめていなかったことが悪いのか・・・いや、僕は片手で精一杯握りしめていたつもりだったけれども・・・もし両手で握りしめていたら違っていたのだろうか・・・僕にはできないことだけど僕ではない誰かだったら・・・君に違う未来があったのだろうか・・・と・・・。でもそれは君と僕がめぐり逢った事実を否定してしまう・・・それだけは僕にはできない・
2023年10月26日(木)…今日は月組『フリューゲル』新人公演の予定日でした。中止は残念ですが、病欠者が続々と復帰したことは嬉しいかぎり。昨日10/25(水)から、白河りり(103期・研7)も舞台復帰。りりちゃん、ご快癒おめでとうございます。りりちゃんのエミリア(本役:白雪さち花)を配信でも観たかった…!宝塚大劇場の新公を思い出しただけで、ぐぐっ…と来ます。本役さんと同じく、涙腺崩壊。終演後、しばらく席を立てず。芝居の月組を象徴する名演でした。東京の劇場、そし
Xの件は感情移入してしまった。奴らのやった事は忘れないけど、思い出すのも嫌、普段は考えないですが、こんなサレ妻さんの話を聞くと黙ってられなくなる。でも私が考えないようにできるのは夫が反省して戻って来たからできる事で、そうじゃなかったら、どうなってたかわかりません。ところでブログで自死について目をします。気持ちはわかるけど、相手への復讐からの自死ならなんの意味もないから止めた方がいいですよ。沖縄の元タレントや元議員も元配偶者が自死しても不倫を継続
夫は中卒で特に目立った資格もなく一時期正社員で働いているのが奇跡のような人でした。それが家を建てた時期あたりから会社に不満を持ちはじめ、間も無く一丁前にお偉いさんにたてつきました。会社での不満なんて誰しも持っているはずだし、表では「はいー」って言って裏であっかんべーしてりゃいいものを。次に就職した会社が休みなしのブラック企業だとわかって、「人足りてないからまだ大丈夫なはず」と言って前の会社にヘコヘコ頼んだらお偉いさんに結局「お前なんかいらない」ってすぐ返事が来て本人は愕然としてたんです。
私は、今のパートは2年半前からやっている。その前は、お食事処みたいな所でパートをしていたが、そこをやめて今のパート先に移った。今のパート先は、最寄駅は自宅最寄駅と同じ。住宅街なので、駅前やそれ以外にも何軒かスーパーはある。私が前に住んでいた分譲マンションと、現在住んでいる賃貸マンションは、少し離れてはいるが歩いても行ける距離。前の分譲マンションも、今の賃貸マンションも、どちらからでも行きやすい大きめのAというスーパーがある。私がパートをしているスーパーは、Aとは逆方向。少し遠い。
ある生命保険会社から、ある死亡患者さんに関する照会の書類が来た。だいぶ前のことで当時の担当医は退職して居ない。この患者さんは、トラックに轢かれて多発外傷で意識不明の状態で運ばれ、翌日亡くなっている。カルテ上にはどうやら自分で走行中のトラックに飛び込んだようだ。精神科の通院歴もあり、事故前に奥さんに自殺をほのめかす言葉もあったらしい。で、照会内容は事故と精神疾患との関連を問うものであった。そもそも、御本人は意識不明で搬送され、事故の状況も自分で飛び込んだらしいとか、奥さんによる
私、よく桜子に対して「生きていてさえいてくれればいい」という言葉を使いますが、実は自死自体を全く否定していません。もちろん、残された遺族はつらいです。「なぜだろう」と考えても、その答えが出ない時は特に。これについては、本当に人それぞれの価値観で、賛否両論が激しくわかれるところです。「何言ってんの!人の命は大事に決まってるでしょ!」と思う方も多いと思います。自分が自死遺族になっていないから言えるセリフかもしれません。私の周りでも自死した人がいます。自死遺族の知り合いもいま
パートナーが自殺しようが何年経っても想い慕う人がいれば私のようにわりかし冷めてる人もいる。その人が身につけていたものをずっと大事にしている人はたくさんいるが、裏切られた怒りでヤケになった私は夫のものを2ヶ月以内でほぼ捨てたり売ったりした。愛用していたメガネですらすぐ不燃ゴミに出した。この違いはなんだろうと心の隅っこでずっと思っていた。今はこんな調子だがもちろん私だって夫を世界一愛していて、こんな優しい人とはもう二度と出会えない、来世も一緒にいたい。ドジなところもあるけど自慢の夫。
あなたは、カナダという国に何を連想しますか?私は、まず、プリンスエドワード島を舞台にした『赤毛のアン』という小説を思い出します。治安の良いバンクーバーの街。そして、秋の美しい紅葉。行った事が、まだないけど、良いイメージしかありません。しかし、今のカナダには、とんでもない闇があるのです。今日は、アメリカの警察官(日本人女性)の動画を紹介します。カナダのМAIDプログラムについて、語っています。[カナダ政府]メイドプログラムの目的とはマンペーの動画紹介昼に潜入htt
以前、私の仕事関係者で、更年期鬱になってしばらく休職した話を書いたことがあったんだけど。。。。どの記事だったか探せない私と同い年の女性、Aさんです。ふくよかだったのに、鬱になって10キロ以上激やせしました半年ほど前、彼女がフラフラになりながら職場に復帰した姿を見て、「私は更年期鬱にならないように気を付けよう」と思わされましたが、春以降のいろいろな事件で、結局私も似たようなものになりましたただ、私とAさんが決定的に違うところは、彼女は死にたくなって
実は色々あって行事自体は少し前に終わらせた。そして迎えた一周忌。あの人が好きだったお菓子などを買ってきて供えた。あの日から一年。その日は確かに朝からざわざわしてた。けど、心情としてはいつもの日常と変わらないような気もする。実家家族はあの日のことに触れなかった。私も触れてほしくなかったのでよかった。確かにあの日を境にいつもの日常は地獄となったけど、一年たった今、私は子供と一緒に何気ない幸せな毎日を過ごしている。とても幸せ。「生きているだけでエラい」その言葉を私の座右の銘(?
授業中、学校敷地内での飛び降り自死。第一発見者は学校見回り職員の方。*その日は冬休み明けの健康診断があり、着替えが終わった順に生徒たちは自分のクラスに戻ることになっていました。が、クラスに戻って来ない生徒が1名、それが我が子でした。机の上に残されていた『いしょ』を生徒たちが発見して、担任をはじめその日学校に来ていたPTAの方々や見回り職員さんたちで校内を探し始めたらしいです。すると三階の渡り廊下に、上履きシューズがきちんと揃えて脱いであるのが見つかったそうで、そ
死別されている皆様へ死別直後は、手続きやらなんやらでバタバタしていて、悲しいのもあるけれど、まだ気丈に行動できていたと思う死別して本当に悲しく苦しくなるのは、月日が経ってから私の場合は、3年くらい、玄関の方で足音が聞こえると突然、帰って来たりして!とか、夫の契約していた駐車場がベランダのすぐ横にあったのですが、車が入ってくる音がすると、もしかして?とか期待していました死んでしまったのはドッキリでしたーみたいなミラクルが起きたらとか、多分、現実を受け入れていなかったからのだと思いますが、そ
「手放したほうがいいんじゃないか?」父親の口から分かりきった答え。なんとも言えない霧のようなもやもやが頭ん中をめぐる。何か良い方法を期待していたかもしれない。しかし、まぁ現実的に考えればみんなそういうだろう。どう考えてもそうだ。ひとりで子育てしながら、何が何にいくらかお金が必要なのかわからないような状況で。どうしようもない、八方塞がり。しかし、わからずやの私には当時こんな想いがあった。「家がかわいそう。」我が家は企画住宅だったが、おおまかなデザインや配色は自分たちで決める
市役所には両親と向かった。周りに聞かれたくないので場所を個室にお願いした。話を聞いてくれたのは暮らしの困りごと相談を担当の方と子育て担当の方。まず状況を細かく説明したのだが、こういうときでもいちいち涙がとまらない。当事者の私ですらこの状況は本当にきついと思うくらいだから、他人が聞いたらさぞ辛い気持ちだろう。私がつたない言葉で説明しても役所の方は本当に親身になって聞いてくれた。どうしたらこの状況はよくなるのか…複数の大人たちがいろいろ話したが、かなりの同情は得られたが、残念ながらや
娘は今回の大学病院に入院する前に3年近く個人心療内科に通っていました。病院に行っても自分の意見や状況をうまく伝える事が出来ないし、毎回、体調悪くても化粧しておしゃれして病院に通っていたのを、先生は「おしゃれが出来るなら大丈夫」くらいに眠れない薬の処方ばかりでした。いつもいつも死にたい気持ちだということは伝えてあったし、その病院に通い中に・五階から飛び降り・首切・薬多量摂取(数回)未遂があったのに、きちんとした病名をあててもらえませんでした。本人いわく病名があれば、まともに仕事が
息子の仲良しの友人のお母さんに連絡をしました。私もお母さんと仲良しです。お互い姉弟の年齢も同じなのでうちの娘もそちらの娘さんと仲良しです。息子と関わりのあった友達、そして中学のサッカー部のみんなに連絡してもらいました。が、年頃の子供たちです。最初はためらいました。高校一年生。この息子の姿をこの子達に見せていいものなのか。私は会ってあげて欲しいと思いましたが、それはこちらの勝手な都合。将来がある子供達に友人の死しかも自死です。どれほどの影響を及ぼすのか。考えたら躊躇もします。家族葬はお
2016年7月30日息子は自ら命を絶った。突然の出来事だった。私の息子が亡くなったという衝撃。まさか何かの間違いじゃないのかと信じがたい事実を突きつけられ暗い闇に突き落とされた感覚。あの日から丸6年という月日を私は生きてきた。あの日からの自分の気持ちを読み返すと引き戻されたように今も心が揺れる。当時の私が知りたかったことはこの苦しみと悲しみはいつまで続くのだろう。何年かかるのだろう。この悲しみと喪失感のトンネルはいつ抜けるのだろう。そんな気持ちの渦にのまれていた
くまパパちゃんと朝コーヒー☕️最高な眺め…だけど暑い💦昨日は昨日で暑かったダメージジーンズを履いて車を運転していた私…今朝見た私の立派な太ももにはダメージの痕がくっきりと(¯―¯٥)今日はどこまで気温が上がるのよ…夏はまだ先なのに日本の夏はどうなるの?